嘘と真実
「ぎゃあああぁぁっっ!」
「ぐああっっっ!」
誰もが悲鳴をあげていた。
叫びながら、必死にリステアの服を掴み、引き離されないように身構える。
白い世界を覆い尽くす純白の雪崩が
リステアは雪崩に
「だあああぁぁぁっっっ!」
「ぬあああっっっっっ!」
その圧倒的な自然の
僕たちは叫び、そして生き残るために心から願った。
ああ、どうか、みんなが無事に雪崩をやり過ごせますように!
「ぎゃああああぁぁぁっっっっっ!」
さっきから
「うぎゃあああぁぁぁぁぁっ!」
トリス君も、スラットンに負けず劣らずの叫び声をあげながら、全力でリステアに抱きついている。
「ああああぁぁぁぁっっ……」
本当に、煩い! ……って、あれ?
「ぁぁぁぁああああぁぁぁ……ああっっ……あぁ?」
喉が張り裂けんばかりに叫んでいたスラットンも、どうやら異変に気付いたようだ。
そうなんだよね。
叫んでばかりいるんだけど、一向に情勢が変化していない。
僕たちは雪崩に巻き込まれて……。ううん、巻き込まれていない?
「ああー……。ああ、あぁぁ?」
僕たちは、リステアの炎の加護を受けようと、みんなで集まった。
そして、叫びながら、襲いかかる雪崩に身構えた。
そこまでは間違いない。
だけど……
恐る恐る、僕たちは周囲を見渡して状況を確認する。
なぜ、叫んでも叫んでも、雪崩が僕たちを押し潰さないのか。
足下には、雪が降り積もっていた。
魔族と争ったせいで、あちこちに足跡が残っている。
あれ?
でも、倒したはずの魔族たちが見当たらない?
いや、今はそんなことよりも……
僕たちは
そして、全員で絶句した。
な、なな、なんだってーっ!
僕たちを飲み込もうとしていた雪崩は、間違いなく迫ってきていた。
だけど、僕たちはいつまで経っても雪崩には巻き込まれない。
なぜなら。
僕たちを飲み込む直前で、猛烈な勢いの雪崩は時間が止まったかのように停止していた。
「いったい、何が……?」
喉からようやく
炎の加護で僕たちを守ろうとしたリステアが
では、いったい何者が雪崩を停止させて、僕たちを救ったのか。
答えは、背後にあった。
「その、宝玉は……」
声につられて、僕たちは背後を振り返る。
すると、そこには鬼将バルビアの姿があった。
ただし、アレクスさんと戦っていたときのような鬼気迫る迫力はなく、まるで
「ああん? 辺境勤務だった魔将軍が、聖剣を知ってるってのかよ?」
だけど、僕は当初から抱いていた幾つかの疑問の内のひとつが心に引っかかっていた。
「なぜ、貴様らがその宝玉を……?」
バルビアは、こちらの困惑した様子などは気にもとめず、一心不乱に折れた聖剣、ううん、聖剣の
「それは、ずっと昔に……」
そして、一方的に意味ありげな言葉を呟く。
「そうか、貴様たちは、あの二人の……」
バルビアの言葉に、はっ、とリステアやスラットンの表情が
「なぜ、お前がそんなことを言う!?」
「おいおい、てめぇ、何を知ってやがる!?」
聖剣の伝説の始まりは、約三百年前に
二人の兄弟、アームアードとヨルテニトス。そのうち、兄であるアームアードが、天上山脈に住まうという東の魔術師から授けられた
でも、なぜ魔族のバルビアが反応したのか。
僕は意識を深く落とし、集中することで、その答えの
「言っとくがよ、東の魔術師の正体が鬼の魔将軍でした、なんつう落ちは
スラットンが露骨に嫌そうな表情を浮かべてバルビアを睨む。
だけど、スラットンの導き出した答えは、大間違いだ。
「ま、まさか……。いや、でも……。そんなことが、ありえるのか……?」
スラットンとは違い、どうやらリステアも、この雪崩の時間停止という異様な状況と、バルビアの意味深な言葉に隠された真実を掴みかけているらしい。
とはいえ、まだ半信半疑みたいだ。
そりゃあ、そうだよね。
雪崩が僕たちを飲み込む直前で停止してしまうなんて自然現象は、普通だったらありえない。
本来であれば、自然現象は自然の原理によって引き起こされる。だから、炎の熱で溶けるでもなく、烈風によって消し飛ぶでもなく、雪崩だけが時間の
でも、この程度のことなら、僕の持つ知識からすれば許容範囲内だ。
なにせ、空を黄金色に染めた大魔族を知っていたり、僕自身も禁術で世界そのものを変貌させちゃったことがあるからね。
だから、自分の導き出した答えに困惑するリステアに代わり、僕が答えを口にした。
「貴方は……。東の魔術師さんですよね?」
なにっ、とスラットンが叫ぶ。
トリス君も、信じられないと
「やっぱり、魔族が……?」
絶対に信じられるもんか、と僕を否定的に睨むスラットン。
でも、安心してね。君の答えは間違っているからさ。
「どんな術かは不明だけど。僕たちは
僕の言葉に、無言で見つめ返すバルビア。
ううん、違う。
あれは、バルビアに見える、幻術だ!
「最初から、奇妙だと思っていたんだ。なぜ、バルビアが僕たちに追いついてきたのか。それだけならまだしも、手下の魔族も無限に出現してくるなんて、ありえない!」
少し冷静になって考えれば、この異常な状況は絶対に有り得ないと気づけた。
たとえ魔王のクシャリラといえども、計り知れない力を持つ古代種の竜族、スレイグスタ老じゃないんだから、大規模な転移の術なんて使えるはずがない。
しかも、魔族たちを
だけど、これがまやかしの術であるのなら、説明がつく。
なぜ、バルビアに僕たちの所在が簡単に突き止められたのか。なぜ、ルイララの足止めを振り切って、短時間で襲撃できたのか。なぜ、配下の魔族を無限に出現できたのか。
全部が幻術だというのなら、説明がつく。
「そして、天上山脈でこれだけの術が使える者って、やっぱり東の魔術師くらいしか思いつかないんだよね」
天上山脈を越えて、西に広がる人族の文化圏への侵略を試みた魔族は、数知れない。それを何百年にも渡って阻止し続けたのは、東の魔術師だ。
では、どうやって並み居る魔族たちを撃退してきたのか。
力勝負、知恵比べ、時代によっていろんな勝負はあったかもしれない。だけど、最も有力な方法は、やはり何らかの術に
そして、東の魔術師が今回、僕たちにとった戦法。
それは、幻術だった。
僕の推論を裏付けるかのように、倒された魔族たちの姿が見当たらない。
たぶん、この状況では、もう魔族の
「だがよ、魔族を斬った手応えはあったぜ?」
「斬られた痛みどころか、ほら、傷だって?」
僕の説明を受けても
トリス君の身体には、幾つもの怪我が実際にあった。
幻術であるなら、斬った手応えはまだしも、本当に怪我なんてするわけがない、と言いたいんだろうね。
それを否定したのは、リステアだった。
「いいや、エルネアの見解であっていると思う。そして、この術は恐らく
「えっ!?」
さすがの僕も、リステアの補足には驚いた。
「確信は持てない。だが、なんとなくだが、わかる」
呪術とは、複雑な
そして、クリーシオは言った。
一流の呪術師になると、世界を満たす「色」が
呪術師は、呪術によってその世界の「色」に干渉し、効果を発揮させる。
だけど、リステアが導き出した答えは、その更に上をいく現象だった。
「想像を絶する強力な呪術の
「そ、それじゃあよ……」
スラットンは、今にも僕たちを飲み込もうと襲いかかったまま停止した雪崩を見上げる。
「この雪崩も、呪術が生み出した
雪崩が、呪術によって僕たちの瞳に干渉した幻術だというのなら、不自然に停止した異常な自然現象の説明がつく。
だけど、リステアは首を横に振った。
「違う。雪崩は間違いなく本物だ。そして、だからこそ俺は自分の導き出した答えに確信を持てないでいる。たとえ高度に極められた呪術といえども、自然を支配し意のままに操れるほどの威力にまで達することができるのだろうか、とな……」
リステアは呪力を
でも、それって僕たちの目にそういう生き物として映るように、リステアの呪術が発動しているだけとも言える。
けっして、鳳凰という本物の生物を現実に生み出しているわけじゃない。
それと、ヨルテニトス王国で魔将軍ゴルドバと戦ったときに、満開のお花畑を生んだこともある。
だけど、あれは精霊さんたちの影響力が強かった。
呪術は、対象者や世界に影響を与えることはできても、世界の摂理を支配し、意のままになんて操れない。
だから、猛烈な勢いで迫った雪崩を停止させたことに対し、リステアは疑問を抱いていた。
「だが、俺たちの想像を超える力を持つ者がこの天上山脈にいるのだとすれば、やはりエルネアが言うように、東の魔術師しか思い浮かばない」
そして、僕と同じ答えにたどり着く。
「俺たちは、遠い国から来ました。この、聖剣を復活させるために!」
言って、リステアは折れた聖剣をバルビアの前にかざす。
バルビア、ううん、正確には、東の魔術師が見せる幻覚で創られた魔族は、僕たちの話を聞く間もずっと、聖剣の鍔に嵌め込まれた宝玉を凝視していた。
「
「俺たちの国では、貴方から授かったこの呪力剣のことを、聖剣と
リステアの言葉に、幻覚の人物はようやく、宝玉から視線を外す。
そして、
「まだ、貴様らを信用したわけじゃない。だから、竜は駄目だ」
「つまり、僕たちだけなら本当の貴方と対面できる?」
東の魔術師にとっては、魔族だろうと僕たちだろうと、天井山脈に侵入してきた者は全て敵に見えるのかもしれない。
だけど、リステアの持つ聖剣が、僕たちと東の魔術師を繋げてくれた。
「竜を連れてこないこと。それと、怪しい素振りを少しでも見せたら、容赦はしない」
「もちろんです。信用してほしい」
相手が東の魔術師であるのなら、こちらは抵抗しない。する必要がない。
敵意がないことを示すために、全員が武器を納める。
ニーミアとドゥラネルも、東の魔術師との接触を
「それで、本体はどこだよ?」
周囲を見渡すスラットン。
スラットンの疑問に、東の魔術師は幻術で応えた。
バルビアの姿をした幻術が、足もとから勢いよく燃えあがる。かと思った直後。炎は新たな形を生み出す。
「すげぇ、やっぱこれも幻術なのかよ?」
真っ赤な炎から
大鷲は知的な瞳で僕たちを見つめる。
そして、人の言葉を口にした。
「大人しく、足に捕まっていろ。怪しい気配を少しでも見せたら、即座に落とす」
見れば、いつの間にかこちらの人数と同じだけの大鷲が大空に出現していた。
大鷲は一羽につきひとりを担当し、僕たちの肩を
「すげぇ! 幻術なのに、現実に飛んでるっ!」
もう、訳がわかりません。
幻術って、幻覚だよね?
見えるだけで、本物じゃない。
なのに、肩を掴む大鷲の爪の感触は本物だし、僕たちは本当に飛んでいる。
リステアの言う通り、これが呪術だとしても、到底信じられない!
「ニーミア、お留守番をよろしくね?」
「にゃん」
ニーミアとドゥラネルに待機をお願いする。
大鷲は僕たちを掴んだまま、天上山脈の谷間を飛んだ。
僕たちは落とされないように怪しい行動は控えて、大人しく成り行きに身を任せた。
ばさり、ばさり、と羽ばたく大鷲。
どこからどう見ても、本物の存在感だ。
ニーミアに乗っているときとは違い、山脈の景色はゆっくりと流れていく。
だけど、どこまで行っても雪景色。
僕たちを連れた大鷲は、わざと谷を通ったり、峰を越えたりと複雑な経路で飛ぶ。
たぶん、僕たちに正確な現在位置を悟らせないためだろうね。
どうやら、東の魔術師は相当に用心深いようだ。
まあ、それだけ警戒心を強く持っていなきゃ、何百年も魔族と戦い抜けないよね。
白く染まった針葉樹の森を抜け、凍った泉を通過する。
僕は、東の魔術師の拠点にたどり着くまでの空のお散歩を、静かに楽しんでいた。
すると、険しい山腹に一ヶ所だけ、不思議な場所を見つけた。
「
なぜか、一本だけ生えた木が目に付いた。
しかも、その木だけは不思議なことに、雪を
そして、なぜ桃の木じゃないかと思えた理由。それは、季節外れの
確認しようと二度見したけど、不思議な木は既に山陰に隠れて見えなくなっていた。
よし、もしも緊急事態が発生した場合は、あそこを集合場所にしよう!
どこを見渡しても雪景色のなかで、雪に覆われていないあの木は目印になるからね。
ということで、何かあったらあそこに集合だよ? と、心に強く念じる。
きっと、
その後も、大鷲は僕たちを掴んでゆっくりと天上山脈の山あいを飛び続けた。
いつもは騒がしいスラットンも、落とされる危険を冒してまで暴れたりはしない。
みんなで静かに、大鷲の爪に掴まれて空を行く。
ちなみに、自前の翼を持つルーヴェントも、大鷲に掴まれていた。
今後のことを考えて、体力を温存しているんじゃないかな?
楽な移動手段があるのなら、見栄を張らずに身を委ねる。
こういうところは有能なんだけどなぁ?
いったい、どれくらいの時間を、大鷲に掴まれていたんだろう。
灰色の空は薄暗さを増し、不気味に色を黒く染め始めた。
もう、夕暮れ刻だ。
その頃になってようやく、大鷲は地表に向かって高度を下げ始めた。
だけど、目指す先には何もない。
何もない、というか、険しい
人家もなければ、休めそうな岩陰や平地さえもない。
だけど、大鷲は
「ぬわっ、ぶつかる!」
「ここまで来て、岩肌に俺たちをぶつけようってのかよっ!?」
悲鳴をあげるスラットンとトリス君。
他の僕たちも、迫り来る断崖に思わず絶叫してしまう。
「ぎゃーっ! ……って、あれ?」
岩場に激突する、と目を閉じて身構えた。だけど、衝撃もなにもない。
「これも、幻術か……」
そして、リステアの声に釣られて、目を開ける僕たち。
すると、全員が深い
「もう、訳がわかんねぇな……」
どうやら、断崖に見えていた風景さえも、東の魔術師が視せていた幻覚だったらしい。
緊張で
だけど、ここからが本番だ!
僕たちを掴んでいた大鷲は、いつの間にか消えていた。
「奥へ進めってことだろうな?」
洞穴は暗く、奥行きは見通せない。
でも、気配を探ると、奥には確かに何者かの気配が。
「炎よ」
リステアが呪術の炎を生む。
炎の明かりが洞穴内を赤々と照らす。
僕たちはリステアの先導で、洞穴の奥へと進む。
「
スラットンに言われるまでもなく、鼻に異臭がつく。
「ふーっ、ふーっ! エルネアよ、儂はこの奥から嫌な予感しか感じぬぞ?」
見ると、オズは二本の尻尾を立てて、なにかに警戒するように
それでも、僕たちは進まなきゃいけない。
東の魔術師に会って、聖剣を復活させるんだ。
だけど、ここでもまた、試練は待ち構えていた。
「グググ……。ヨ、ヨウヤク、ダ。
「なっ!!」
洞穴の奥で、ぎらりと光った
そして、
なによりも、予想外の言葉に、僕たちは
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