竜人族二人

「どういうこと!?」


 僕は咄嗟に、キーリとイネアを見る。


「説明は後だよ。今は逃げなきゃー」

「そうですよ。わたくしたちが足止めしますので、その間に逃げてください」

「私たちは戦巫女いくさみこじゃないからね。足止めだけで精一杯だよー」


 言って、法術の祝詞のりとを奏上し始める二人。

 キーリとイネアは、ルイセイネとは違って普通の巫女職なんだ。だから、勇者様ご一行の中でも、基本的には後方支援の役目を担っていた。


「魔剣使いと聞いて、尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかん」

「ザンの言う通りだな」


 不敵に笑うザンとセスタリニース。


 見た目が聖剣と瓜二つの不気味な気配を放つ魔剣を手にして、暴れる冒険者たち。そして、闘気むき出しで身構えるザンとセスタリニース。

 大通りの人たちは、両方から離れるように逃げる。

 脇道に走って逃げて行く人。近場の建物に逃げ込み、入り口を固く締める人。

 あっという間に、大通りからは僕たちと暴れる冒険者以外の人気ひとけがなくなった。


 聖剣のような魔剣を手にした冒険者たちは、全員が随分と立派な装備をしていた。だけど魔剣に呪われ、目を充血させて暴れまわる。


 完全に理性を失っているように見えた。


 魔剣使いへと堕ちた冒険者たちは、大通りに残った僕たちに狙いを定め、襲いかかってくる。


「今回は、お前は見学で良い。そこで女を守っていろ」


 僕に言って最初に仕掛けたのは、ザンだった。

 低く腰を落としたと思った瞬間、ザンは冒険者の集団の中へと入り込んでいた。


 瞬間移動じゃない。あまりにも速すぎて、目で追えなかっただけだ。


 冒険者の集団の中に潜り込んだザンの足元で、炎がぜる。そして、回し蹴り一閃。

 炎は渦を巻きながら冒険者を襲い、爆散した。


 ザンの足にかかった冒険者は一撃で炭と化し、炎に襲われた冒険者が高熱にもだえる。

 そして爆風で飛ばされた残りの冒険者に、セスタリニースが迫った。


 両手斧を振り下ろす。


 魔剣で防ごうとした冒険者を、武器もろとも真っ二つに両断するセスタリニース。


「あのっ、出来れば殺生は」


 問答無用で冒険者を殺すザンとセスタリニースに、キーリが息を呑む。


「無駄だ。こいつらはすでに精神を壊している。こういった奴らは殺すしかない」


 セスタリニースの言葉に、巫女のキーリとイネアは唇を噛む。


 彼女たちの、魔剣使いに堕ちた人もどうにかして助けたい、という巫女のとしての気持ちはわかる。

 だけど、僕もセスタリニースと同意見だった。

 とても高位の法術には、どんな呪いでも浄化する素晴らしいものがある、とは聞いたことがある。

 でもキーリもイネアも、さすがにそんな高位の法術は使えない。

 きっと、アームアード王国とヨルテニトス王国の全ての巫女が使えない。


 神殿宗教の総本山は、魔族の国よりもさらに西にある。そこにおわす人族の最高権威、巫女王様かその側近の最上位の巫女様たちくらいしか使えないのだと、宗教関係者でない僕でも知っていた。


 だから、魔剣使いへと堕ちた冒険者は、可哀想だけど殺すしかない。


 ザンが、僕は見学していろと言った理由のひとつは、人族同士で殺しあう罪を察してくれたから。

 だからザンとセスタリニースは全力で戦い、僕たちの方へ冒険者が向かわないように仕向けてくれていた。


 ザンの拳が唸る。炎を纏った一撃は、冒険者に触れると爆ぜ、一撃のもとに沈める。

 セスタリニースは怪力で両手斧を振るい、防御も無意味に両断していく。


 圧倒的な威力で魔剣使いたちを制圧していく二人。

 僕も二人の本気の戦いを初めて見たけど、キーリとイネアは竜人族の圧倒的な攻撃力を目の当たりにして、息を呑み目を見開いて驚いていた。


 セスタリニースの両手斧は黒い軌跡を引きながら冒険者を両断し、地面に深々と傷をつけて止まる。

 ザンは最後の冒険者の胸倉を掴み、そのまま地面に叩きつける。

 地面を陥没させるほどの爆発が起き、冒険者は黒焦げになって果てた。


 あっという間の戦闘だったけど、大通りは凄惨な状態へ変わり果てていた。


 セスタリニースが相手をした冒険者は、叩き潰されるか両断されて、血と肉片を大通りにぶちまけている。そしてザンが相手をした者は全て、黒く炭化して絶命していた。


 殺し合いに綺麗事はない。

 ザンとセスタリニースの戦いと惨状を見て、僕は身に染みて感じてしまう。


 セスタリニースは、魔剣使いへと堕ちた冒険者が他にいないことを確認すると、武器ごと両断出来なかった魔剣を、両手斧で砕いていく。

 ザンの炎は恐ろしく高温だったのか、相対した冒険者が手にしていた魔剣は全て黒く焦げて、朽ち果てていた。


 そして事が収まった頃にようやく、副都の警備兵が現場に駆けつけてきた。


「お、お前たちっ」

「これは……」


 威勢良く駆けつけたものの、現場の惨状を見て絶句する警備兵。


「面倒になりそうだな」


 ザンが舌打ちをする。

 今更それを言うんですか。僕は少しだけ呆れて苦笑する。


「人族の面倒ごとに巻き込まれるのは、御免被る」


 いやですから、いまさら何を言っているのでしょう、セスタリニースさん。

 やれやれ、とため息を吐く僕のもとに、急いで戻ってくる二人。

 そしてそのまま。


「きゃあっ」

「うわっ」

「あらー」


 ザンが僕を捕まえ、セスタリニースがキーリとイネアを両脇に抱きかかえて、脱兎の如く現場を逃げ出した!


「こらっ」

「まてえっ」


 警備兵が慌てて追おうとしたけど、竜人族の速さになんて人族が付いてこられるわけがない。

 一瞬のうちに警備兵を撒いた。


 大通りから離れ、幾つもの脇道を曲がり、あっという間に、僕たちは人気のない裏路地へと辿り着く。

 道の両脇は建ち並ぶ家の壁。周辺の住人しか使わなさそうな、狭い道。


 すると急に、ザンとセスタリニースは立ち止まった。

 キーリとイネアは、セスタリニースの腕の中で目を回している。


「ほう」

「手練れか」


 ザンは僕を下ろし、セスタリニースがキーリとイネアを預けてくる。


 僕も、最初から気づいていた。


 冒険者が暴れていた時から今に至るまで。ずっと陰からこちらを観察していた相手に。


「何者だ」


 ザンの鋭い声に、裏路地の奥から姿を現わす者。


「ほほう」


 セスタリニースが片眉を上げ、興味深そうに現れた人物を見る。


「ああっ」

「見つけたーっ」


 目を回していたはずのキーリとイネアが慌てて立ち上がり、僕は素早く身構えた。


 裏路地の奥から現れたのは、全身黒甲冑の男だった。


「魔族!?」


 どうしてアームアード王国内に魔族が、と思ったけど、セスタリニースに否定される。


「いいや、こいつは人族だ」


 セスタリニースの断言に、黒甲冑の男はほんの僅か、身悶みもだえる。


「お願いです、その者を捕らえてください」

「そいつを探していたんだなー」


 キーリとイネアの願いに、だそうだ、と黒甲冑の男を見据え、両手斧を構えるセスタリニース。

 しかし不敵に笑い、腰の剣を抜く黒甲冑の男。


「ふん。随分と同じ形の武器があるもんだな」


 黒甲冑の男が抜いたのは、魔剣使いへと堕ちた冒険者たちが持っていた聖剣と同じ見た目の剣。しかし、剣に不気味な気配はなく、魔剣ではないような気がした。


「ザン、こいつは俺に任せてもらおう」


 言って、前に一歩出るセスタリニース。

 ザンは了解したと、逆に一歩下がる。


「ふん。この狭い裏路地で、そんな馬鹿でかい武器で戦えるかな?」


 黒甲冑の男は身構える。


 たしかに、セスタリニースが両手斧を振るうには、裏路地は狭すぎる。


 先に仕掛けたのは、黒甲冑の男だった。

 聖剣のように刀身に炎を纏わせ、セスタリニースに鋭い突きを繰り出す。

 しかし、セスタリニースは超巨大な両手斧の腹の部分で突きを防ぎ、横に武器を構えた。


 狭い路地で振れるものなら振ってみろ、と言わんばかりに、黒甲冑の男が突進する。


「木造なんぞ、紙同然」


 歯をむき出しにして笑ったセスタリニースが、両手斧を振った。


 黒い軌跡が尾を引く。

 そして、脇の建物の壁など障害物にもならいなような速度で、両手斧を黒甲冑の男に叩きつけた。


 目を見開く黒甲冑の男。


 しかしそのまま、上半身と下半身を分断されて、地面に崩れ落ちた。


「雑魚だな」


 刃に着いた血と肉片を振り払い、背中に両手斧を戻しながら、セスタリニースは吐き捨てる。


 手練じゃなかったんですか……


「あーあ、殺しちゃったー」

「巫女の前で無闇に殺生をするなんて」


 イネアが呆れ、キーリが少し不満そうに呟く。


「竜人族に、巫女がどうだなどと言っても、無駄であろう」


 セスタリニースは、キーリの不満なんて気にした様子もなく戻ってくる。


「でも、女の子の前で暴れるのはどうかと思うよ」

「ふむ、一理ある。すまなんだ」


 僕の突っ込みに、セスタリニースは素直にキーリとイネアに頭を下げる。

 無頼漢ぶらいかんなんだけど、根は素直なんだね。


「でもこれで、また手がかりを失ってしまいました」

「せっかく副都まで追ってきたのにねー」


 残念がるキーリとイネア。


「追っていた? この黒甲冑の男を?」

「はい。今回の事件、どこから説明すればいいのかわかりませんが……」


 思案するキーリを、戻ってきたセスタリニースが抱きかかえる。


「面白そうな話だ。もう少し寛げる場所で、詳しく聞こう」


 言ってイネアも抱きかかえると、二人の抗議を無視して裏路地を後にする。


「うわっ、待って」


 置いていかれそうになり、僕は慌ててセスタリニースの後を追った。

 そして気づく。


「あら? ザンはどこに行ったのかな?」


 辺りを見渡しても、ザンの姿がない。いつの間に姿を消したんだろう。


「言っただろう、手練れだと」

「んん?」

「エルネアは気づかなかったようだな。後一人、俺らを監視していた者がいる。おそらく、気配からして魔族だったろう」

「ええっ、全く気づかなかったよ」

「それはそれは。竜王としてはまだまだだな」


 僕の驚きに、セスタリニースはにやりと笑う。


「さっきの男は下っ端だ。あんな者を捕まえても、大した情報は取れん。あれの更に後ろに控える者を追った方が、有意義だろう。俺がさっきの奴を倒した直後に、もうひとつの気配が慌てて遠ざかっていったのを、ザンが追っている」


 つまり最初から、セスタリニースとザンは、気配を押し殺していたもうひとりの相手を狙っていたんだね。

 だから裏路地に現れた黒甲冑の男をセスタリニースが相手にして、注意がそちらに向いている間に、ザンが気配を消して魔族を追ったのか。

 気配を消すことに長けたザンのことだよ。絶対に気づかれずに魔族を追っているに違いない。


 僕たちは足早に裏路地を後にした。


 ところで、あの黒甲冑の男の死体はあのままにしてても良かったのでしょうか……

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