森の掃除人
ミストラルとの楽しいひと時は過ぎ去り。
僕は
初冬の寒々とした
不届き者がどこに居るかわかっていれば直行するんだけど、広大な森で見つけるのは難しい。
たぶん、緊急性のあるような極悪人が現れれば、スレイグスタ老か耳長族の人たちが敏感に気づくはずだ。そして、スレイグスタ老が気づけば、森全体にかけられた術で導かれると思うんだよね。
ということで、黙々と歩く。
歩いていると身体も温まり、美しい森の風景に魅入られながら軽やかに足を動かす。
最初は、ミストラルと別れて寂しかったけど、気を取り直せば楽しい森の散歩になっていた。
でも、
周囲に気を張り、悪い人が身を潜めていないか探る。
耳長族の戦士たちには遅れをとったので、次は油断しない。また耳長族に尾行されても必ず見つけるという意気込みは忘れていなかった。
昨年の春先から、毎日のように通った竜の森。だけど、いつ見ても森の風景は新鮮に感じる。
密生する樹木や冬草の間を、冷たい風が吹き抜けた。
少し汗ばみ出した身体には気持ちが良い。
一度足を止めて、大きく深呼吸をする。
そして足を止めたことで、背後から高速で近づいてくる気配に気づいた。
やっぱり、動きながらよりも、止まってじっくりと気配を探る方が精度は良いね。なんて思っている間にも、背後の気配がずんずんと迫ってくる。
木々を避け、足場の悪い土地を恐ろしい速度で移動する気配に、僕は振り返る。
じっと森の奥を凝視した。
一瞬、視界の隅をなにかが過る。そちらへ意識を向けた時には、既に影は消えていた。
耳を澄ます。
気配はあるけど、物音ひとつしない。
深呼吸で深く吸った息をゆっくりと吐き出しながら、気を静める。そして、周囲の気配を慎重に探る。
ぞわり、と背後に大きな気配。
背後を取られた!?
慌てて振り返る。
「んんっと、おはようっ」
振り返った僕の視界いっぱいに、巨大な灰色の狼が覆いかぶさってきた。
「うわっ」
プリシアちゃんの声に、狼の姿。
プリシアちゃんが獣人族になっちゃった!
なんてわけはない。
「おはよう」
危機一髪、大狼魔獣の不意打ちを回避して、騎乗しているプリシアちゃんに挨拶を送る。
プリシアちゃんは大狼魔獣の背中の上から消えて、ぽんっと僕の胸元に出現する。それを抱きしめてあげると、きゃっきゃと喜ばれた。
『うわんっ、速いよっ』
『待ってぇ』
随分と遅れて、森の奥からフィオリーナとリームが飛んでくる。
子竜とはいえ、木々が林立する森の中で羽ばたくには空間が狭い。えっちらおっちら樹木を
『会いたかったよっ』
『ねえねえ聞いて。耳長族の村に泊まったんだよぉー』
「おはよう。ニーミアは?」
『お姉ちゃんはお母さんに呼ばれて苔の広場に行ったよ』
「なるほど、別行動になっちゃったんだね」
ぐりぐりと頭を
特定の相手だけに差別をするのかと、次から次に魔獣が現れ出して、一瞬にして森の動物園になる。
さっきまでの孤独感はどこへやら。
一気に騒がしくなっちゃった!
苦笑しつつ、みんなで仲良く森を行くことになった。
歩きながら、森に住み着いた魔獣の代表っぽい大狼魔獣に、竜峰の麓の森のことを相談する。
『知り合いに聞いておく』
「ありがとうね」
『だけど、いまは散歩』
「うん。後日で良いから、宜しくお願いします」
大狼魔獣にお礼を言うと、なぜか周りの魔獣たちが「どういたしまして」とお辞儀をした。
なんでさ?
わいわいと賑やかに森を歩く。
なんだろう。気づけば、悪い人探しからみんなで楽しく散歩に変わっているような気がする。
その原因は間違いなくプリシアちゃんなんだけど……
無邪気な幼女を見る。
プリシアちゃんは僕の手から離れて、今は巨大兎魔獣の背中でぬくぬくとしていた。
そして高い位置から、次はあっち、やっぱりこっちと進む方向を指示を出す。
プリシアちゃんが号令を出すたびに、魔獣の行進は森を
フィオリーナとリームも翼を畳み、魔獣に混ざってのしのしと歩いていた。
大きさ的にも、魔獣たちに溶け込んでいて違和感がない。
『お友達がいっぱいできたよっ』
『レヴァリアに自慢しなきゃー』
そりゃあ自慢になるね。竜族が魔獣と仲良くなるだなんて、前代未聞だと思いますよ。
魔獣たちも、愛らしい子竜と仲良くなれて楽しそう。
騒がしいくらいの大行進に、このまま僕は不届き者を見つけられずに一日が終わるのかな、と思い始めた頃。
空を飛んでいた大鳥の魔獣が甲高く鳴いた。
『あっちに目標はっけーん』
いやいや、旋回をしている君のあっちってどっちさ!?
僕の想いは地上の魔獣たちの総意だったらしく、ぶうぶうと不満の声があがる。
大鳥の魔獣は旋回を止めて、目標の方角へと向かって飛ぶ。
「よし、追いかけよう!」
大鳥の魔獣の気配を見失わないように、深い森を進む。
『隠れておく』
魔獣たちは気を利かせたのか、
大行進だと、遠くからでもこちらの存在に気づかれて、逃げられる可能性があるからね。魔獣たちの配慮は助かるよ。
「プリシアちゃんは、危ないからフィオリーナとリームと一緒にいてね」
「わかったよ」
騎乗していた巨大兎魔獣がいなくなって、プリシアちゃんは代わりにフィオリーナの背中に乗り移った。
それを確認すると、僕は気配を殺す。
不届き者を捕まえるのが、今回の仕事。とはいっても、証拠もなく森に入っている人を捕まえるわけにはいかない。
普通に森の恵みを採取している人もいるわけだし、
なので、捕まえるなら現行犯じゃないといけない。そのためには気配を殺して近づき、悪さをしようとしているところを確認しなきゃいけないんだ。
僕が気配を消すと、フィオリーナとリームも
子供とはいえ、さすがは竜族。気配を消すくらい朝飯前です。それどころか、背中に乗せたプリシアちゃんの気配まで消えていた。
騒がしく移動していたせいで逃げていた鳥たちが戻ってきて、近くで可愛く鳴く。
動物でも感知できないくらい自然に、僕たちは森に溶け込んだ。
気配を殺したまま、慎重に進む。
すると、前方で複数の気配が。
自分たちの気配に気をつけて、見つからないように身を潜めながら、怪しい気配に近づく。
「おい、早くしろ」
「お前は心配性だなぁ。こんな森の奥に誰か来るわけないじゃないか」
「森林警備隊が来ても、この人数だ。問題ねえよ」
なんてことだろう。
森の奥で不穏な動きを見せる男たち。その数なんと十人以上。
なにを始めるのかと更に様子を伺っていると、大きな背負い荷物のなかから斧や
「聞いた話では、竜の森の木材は貴族どもに高く売れるらしい。今なら、すげぇ値段で売れるぞ!」
「稼がせてもらわなきゃなぁ」
いつか見たような風景が眼前で行われようとしていて、緊張と怒りに気が引き締まる。
一部の悪い人たちのせいで、人族全体が危険になるとは思わないのかな?
こんな悪党なんて、手加減なく捕まえてやるんだ!
僕の背後に隠れているプリシアちゃんたちに、危険だから動かないように指示を出す。
さて、どうやって一網打尽にしようか。
真っ先に思いついたのは、鶏竜の術。あれなら、油断を誘いながら一気に制圧できるかな?
いや、駄目かな? 不届き者の男たちは、元から周囲を警戒している。そこに変なものが出てきたら、警戒されて回避されちゃう。
見た感じ、悪党たちはそれなりの腕前に見えた。
首領と数名は、装備と気配が周りの男たちよりも優れていて、凄腕の気配があった。
どう攻めるか考えあぐねている間にも、男たちは準備を進める。目ぼしい樹木に切り込みを入れる気配に移りだし、
気づかれないように、そっと白剣と霊樹の木刀を抜き放つ。そして、肉食獣のように低い姿勢で狙いを定める。
二人の男が斧を振り上げた。
その瞬間、
一瞬で、斧を手に持つ男の背後に移動する。ひとりの後頭部に一撃を入れて気絶させ、もうひとりの手首に二撃目を入れて骨を砕く。悲鳴が上がる前に、首領格の男に向かい駆けだす。
なにが起きたのか。悪党たちは、一瞬だけ反応が遅れた。だけど、そこは修羅場を潜り抜けてきた冒険者。僕の正体に気づくよりも早く身体が反応を示す。武器を抜き放ち、応撃してきた。
首領の片手剣と霊樹の木刀が交差する。
遅れて、背後でひとつの悲鳴と倒れ込む音が響く。
安心しろ、
白剣を抜いてみたけど、殺すわけにはいかないので、振るうのはもっぱら霊樹の木刀になる。
「なんだ、貴様は!?」
首領が、突然現れて攻撃をしてきた僕に向かい叫ぶ。
でも、そこで名乗りをあげるのは三流悪党だと思うんだよね。僕は無言で右手の白剣を振るった。
大した抵抗もなく、首領の片手剣を両断する。
驚愕する首領の鳩尾に容赦なく霊樹の木刀を叩き込む。
僕の視線は、既に次の獲物へと移っていた。
近くで遅れて武器を構えた男を叩き伏せ、空間跳躍で移動する。
動きを捉えられず
全ての攻撃に竜気を
ぞわり、と空気の変化を感じ取った。
呪術師の動きに警戒心が上がる。
視線を巡らせ、呪術を使おうとする男たちを探す。複数の男たちに守られた背後で、三人の男があぐらをかいて呪術の儀式に入っていた。
僕が動くよりも速く。
地の底から幾つもの気配が沸き起こる。
竜の森の奥深くで、男たちの悲鳴が響いた。
遁甲していた魔獣たちが一斉に悪党に襲いかかった。
「ま、魔獣だ。逃げろっ!」
「ひいいぃぃっっ」
運良く魔獣の襲撃に会わなかった男たちが、散り散りに森の先へと逃げる。
「んんっと、逃がさないよ」
『者ども、捕えてしまえっ』
『とつげきー』
プリシアちゃんの指揮のもと、魔獣たちが逃げた男たちに襲いかかる。
「ひいぃぃ、魔獣使いだっ!」
ひとりの男が、なぜか僕を見ながらそんな悲鳴をあげる。直後には、鹿の魔獣に頭突きをされて気絶した。
それって、僕じゃなくてプリシアちゃんだからね! と心のなかで
結局、最初の数人以外は魔獣たちが制圧した。
魔獣の遁甲を見破れる人族なんて、普通はいない。最近は忘れがちになってしまうけど、魔獣も本来は、人族よりも遥かに恐ろしく
『制圧完了』
「殺しちゃったりしていないよね?」
『問題ない。無用な血を流して怒られたくないから』
「うん、おじいちゃんに怒られるのは怖いからね」
『うんうん』
切実に頷く大狼魔獣。
もしかして、怒られたことがある?
なにはともあれ、ひとつの悪事を潰すことができた。あとは、この悪党たちをどう引き渡すかだね。
よく考えたら、森の奥から十人以上の男たちを運ぶ手段がない。
どうしよう?
「呼ばれた気がしたにゃん」
空から、巨大な物体が降ってきた。
「うわっ」
「それに悪い人たちを詰めるにゃん。にゃんは運び屋さんを任されたのにゃん」
「なるほど、ニーミアが運んでくれるんだね」
遅れて降りてきたニーミアの指示に従い、倒れて気絶している男たちを網のなかに入れていく。
不届き者の詰め合わせが完成すると、ニーミアはそれを掴んで空へと上がる。
巨大化したニーミアは、易々と不届き者の入った網を持ち上げていた。
「んんっと、プリシアも行くの」
『おわおっ、楽しそうっ』
『リームもぉ』
プリシアちゃんが騎乗したフィオリーナがニーミアを追いかけ、リームも後に続く。
「行ってらっしゃい。よろしくね」
僕と魔獣たちは、運び屋さんを地上から手を振って見送った。
そしてそのまま、動きを止める。
「よく考えたら、あのちびっ子軍団に任せて大丈夫だったかな……?」
『知らない』
隣で大狼魔獣が笑っていた。
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