釣りの極意!

 ミシェルさんたちを見送れないまま帰してしまった後。


「エルネア君、もう暫くだけ私の我儘わがままに付き合ってもらえないだろうか?」


 とアリスさんにお願いをされて、僕は二つ返事で頷いた。


「もちろん、大丈夫ですよ。ここまできていが残る結果になったら、意味がありませんからね?」


 シャルロットは、自分の用事は済んだとばかりに夜営場所だった焚き火の前に座ると、勝手にお茶を飲み始めていた。

 少し困ったように、アリスさんが朝食を差し出す。

 シャルロットは丁寧にお礼を言うと、僕とアリスさんのことなんて構うことなく、自分の時間で寛ぎ出す。


 つまり、シャルロットもアリスさんの我儘を聞いてくれるという意思表示なのかな?

 まあ、シャルロットは今回の自分の用事は全て済んでいるから、あとはこちらの結末を見届けたいだけなのかもね?

 きっと、魔王城に帰ったら魔王に面白おかしく報告するんだろうね。

 そういえば、今回は巨人の魔王の姿を見なかったけど、忙しいのかな?

 シャルロットの単独行動なんて珍しいね。


 僕もアリスさんから朝食をもらって、三人でゆっくりとご飯を食べた。

 アリスさんは、シャルロットが同席する朝食の場では、ユビットさんのことは語らなかった。

 きっと、アリスさんはシャルロットの得体の知れなさに未だに警戒しているんだろうね。

 これは正しい反応だと思う。

 油断していたら、気づかないうちにもてあそばれちゃうからね!


「経験者は語る、でございますね?」

「しくしく。僕の心を読まないでよね?」


 朝食を食べ終えて。

 シャルロットはそのまま焚き火の前で寛ぐ様子だったので、僕とアリスさんの二人で場所を移す。


「どうせなら、島の北側にも行ってみませんか?」

「そうだな。あの人の話では、北側は岩場が多いが、よく魚が釣れるらしい」

「ほうほう、魚ですか。僕の釣り師としての腕が鳴るね!」

「エルネア君は、海釣りの経験者なのか?」

「ふっふっふっ。大物を釣ってみせましょう」

「それでは、北側の磯場いそばに向かいながら私の話の続きを聞いてもらおう」

「はい、喜んで!」


 本当は、いたれたの話なんて、恥ずかしくて他者には口にできないことだけど。でも、ユビットさんの想いをこの島に伝え残すためには、語るしかないからね。

 アリスさんのお話を、僕やこの島の精霊たちがしっかりと聞く。そうして、この島に関わった者の思い出として、アリスさんやユビットさんやミシェルさんの想いを残すんだ。


 小さな集落跡の北側にある小さな森を迂回して、北の岩場を目指す僕とアリスさん。


「あの人は、花がとても好きだった。今思えば、それはこの島特有の環境から生まれた美しい心だったのだろうな」


 小さな森は、大陸側の禁領が晩秋だとは思えないほどに緑に輝いて眩しい。それだけでなく、見渡す限りの草花の草原には色とりどりの花々が咲き乱れていて、息を呑むほど幻想的な景色になっていた。


「まあ、君が精霊たちを刺激しすぎたおかげで、きっとあの人や島民たちでさえも見たことのないような風景になっているのだろうがな?」

「うっ……。アリスさんを止めるために、仕方なくだったんだからね? だから、この責任の半分はアリスさんにもあります!」

「はははっ。では、そういうことにしておこう」


 季節感が狂ったような風景。それと、世界観さえも大変なことになっています。

 なにせ、先日の決闘の際に、精霊の世界と繋がっちゃったからね!


 でも、変だなぁ?

 僕の術はとっくに途切れてしまっているんだから、精霊の世界と僕たちが普段から目にしている世界が、もうとっくの前に分離していても良さそうなのに?

 何故か、現在もまだ空や大気は色鮮やかに染まっていて、顕現したままの精霊たちが楽しそうに僕たちの周りで遊んでいた。


「アレスちゃん?」

「やりすぎやりすぎ」

「そんな馬鹿な!?」


 バルトノワールと戦った時のように、世界のようを変質させちゃった!?

 ま、まさか禁術にはなっていないよね!!?


「せいれいたちのしまだから?」

「なるほど?」


 つまり、この島は元々が精霊たちにとって暮らしやすい環境だった。そこに僕が強い影響を与えてしまったから、世界が変質しちゃったわけなんだね?

 でも、よく観察してみると地面なんかは変質していないから、きっとまだ大丈夫な範囲のはずです! ……よね? 

 大丈夫だよね!?


「エルネア君、私を見て何を考えているのかは知らないが。こんな現象は、私だって見たことも聞いたこともないからな? やりすぎかどうかは、帰って家族に確認してみなさい」

「ううっ。報告したくありません!」


 絶対に怒られるからね!


 アリスさんがユビットさんの話をする。相槌あいづちを打つように、僕も家族の話を披露する。

 そうしながら、僕とアリスさんは北側の岩場へと辿り着いた。


 アレスちゃんに釣り道具を出してもらって、岩場の先からえさを投げる。

 釣りは、根気と魚との駆け引きが大切です。

 釣れない時は、魚がいないから?

 それとも、こちらの仕掛けを見破られているから?

 反応がない時に、場所を移した方が良いのか、それとも仕掛けを変えてみるべきなのか、そうした魚との見えない戦いは、意外と楽しい。


 海の様子を見ながら、何度か餌の状態などを確認して、アリスさんとアレスちゃんと、ああでもないこうでもないと相談しながら、釣り糸を垂らす。

 そうしながらも、アリスさんはユビットさんとの思い出を話す。


 そういえば、と釣竿の先の反応を見ながら、アリスさんがユビットさんのお話をしてくれた。


「あの人も、釣りの名人だったな。ただ、海魚と川魚の違いを知らなかったようで」


 と、懐かしい記憶に微笑むアリスさん。


「あの人が初めて聖域で釣りをした時のことだ。泥抜どろぬきをしないままこいを捌いて食べて、顔をゆがませていたな」

「ええっ! 泥抜きをしなかったの? そりゃあ、泥臭くて食べられないよね?」

「エルネア君は知っているか? 海の魚は、泥抜きをしなくても新鮮なら美味しいらしい。しかも、なまで食べられる魚もいるのだとか」

「そういえば、前に釣りをしたときも直ぐに捌いて食べて、美味しかったね!」


 えっ!?

 普段は僕も料理をしないから、川魚と海魚の違いを知らなかったって?

 そ、そそそ、そんなことはないよ!

 ただ、アームアード王国などでも魚といえば「川魚」で、だから僕たちにとっては川や湖で獲れた魚は必ず泥抜きをする、というのは常識だった。

 だけど、泥抜きの必要のない海魚ばかり口にしていたユビットさんは、そうした常識を知らなかったんだね。

 面白い話だなぁ、と三人で笑う。


「ところで、なかなか釣れないようだが?」

「うっ。アリスさん、もう暫く待ってね?」

「ぼうずぼうず」

「アレスちゃん!?」


 アリスさんに海釣り経験者として自信を見せたけど。本当は、釣果ちょうかをあげたことなんてありません!

 なんて、男として恥ずかしくて言えないからね。


「話は変わるが。君は、剣聖様を探したいと思っていただろう?」

「はい。そもそもは、そこから話が進んで現在に至るんだよね」


 アリスさんが僕の願いを聞いてくれる。その代わりに、僕がアリスさんのお願いを叶える。それが、こんな大冒険に発展するだなんてね。

 まあ、いつものことか。


「剣聖様は、世界各地をなく旅されている。そうしながら様々な地域に関わって、場合によっては問題解決の手助けをしてくださるんだ」

「世界各地に、ファルナ様の伝説はあるんだよね? でもそうすると、ファルナ様の行き先が絞れないよね? それに、そもそも僕たちはまだ世界中を旅できるほどの準備ができていないんだよね」


 いつかきっと、世界旅行にも行ってみたい。だけど、時期尚早だ。

 僕たちが抱えている身近な課題は、実はたくさんあるからね。

 だから、ファルナ様をこちらから探しにいく、と意気込んだとしても、手掛かりもなく世界中を勝手気ままに飛び回るわけにはいかない。

 いったい、どうすればファルナ様を探し出せるんだろうね?

 僕の疑問に、アリスさんは海面に小さな波紋を浮かべる釣り糸の先を見つめながら、教えてくれた。


「あの方は、たしかに世界中を旅している。だが、なにも根無草ねなしぐさのように年中を旅しているわけではない」

「と言うと?」

「剣聖様にも帰る場所はある、ということだ」

「それってもしかして?」


 当て所なく旅を続けるファルナ様を探す手掛かりを、アリスさんは知っているという。

 そして、ファルナ様にも帰る場所はあると確信を持って口にする。

 つまり、アリスさんはファルナ様の家を知っているってことだよね?

 そして、聖域の守護者であるアリスさんが知っているということは……?


「エルネア君!」


 その時だった!

 びくんっ、と竿先が激しく揺れる。そして、これまで小さな波紋しか浮かべていなかった釣り糸の先が、激しく波打だした!


「こ、これは大物だよ!」


 ぐいっ、と釣竿をしならせる僕!

 どんな大物だったとしても、竜の骨の釣竿と千手せんじゅ蜘蛛くもの釣り糸が切れることはない!

 それなら、あとは力勝負だよね!


 ぐいぐいっ、と力一杯に釣竿を引く。

 ばしゃばしゃっ、と海面が激しく波打つ!


「ええい、負けるもんかっ」


 海面下で抵抗する大物は、僕を海へと引き摺り込むように引っ張ってくる。

 僕は逆に、大物を釣り上げようと必死に力を入れる!

 釣竿が大きくしなり、釣り糸が強く張っていた。そして、釣り竿を持つ手には、ぶるぶるぶるっ、と好感触が伝わってくる!


「あと少し! そーれっ!」


 竜気をみなぎらせて、全力で釣竿を引く!

 大飛沫おおしぶきを上げて、海面から巨大な獲物が海面上に跳ね上がる!


「つ、釣れたーっ!」

「はぁい、釣られましたぁ」

「わーい! ……って!!」


 ざっばーんっ、と大きく跳ねて海から現れた大物。……それは、桃色の鱗が綺麗な魚の下半身と華奢きゃしゃな女性の上半身をした、見慣れた人魚さまだった!!


「いや、なんで人魚さまが!?」


 人魚さまは、海面上に飛び跳ねた勢いを利用して、僕たちの近くまで跳ねる。そして、近くの岩場に綺麗に着地した。

 僕が垂らしていた釣り糸の先を指先に摘んだ状態で。


「お母さん」

「えっ!?」

「オリヴィアお母さん」

「オ、オリヴィアお母さん、なんで僕の釣り糸の先を持っているんですか?」

「それはぁ、釣られたからぁ?」

「なんでそこで疑問系!?」


 いや、そうじゃなくてですね!

 僕たちは、海のお魚を釣ろうとしていたんですよ?

 なのに、なぜか人魚さまを釣ってしまうだなんて?


 アリスさんは、僕の隣で緊張に硬直していた。

 まさか、またアリスさんだけには殺気全開状態なのかな!?


「陸地だから安心してほしいわぁ」

「それじゃあ、アリスさんは純粋に始祖族を前に緊張しているだけなんだね?」

「さっきの金髪の魔族もそうだが。計り知れない者を前にして平然としている君の方が異常なのだと伝えておこう。それで、お母さんとは?」

「ははははは……」


 なんて説明すれば良いんだろうね?

 僕の新しいお母さんです! と言って、アリスさんはなんて思うのかな?

 やっぱり異常だよね!?


「お母さんはぁ、悲しいですぅ。せっかくエルネア坊やのために魚をたくさん捕まえてきたのにぃ」

「もしかして、釣りをしていた僕たちのために?」

「はぁい」


 ふわり、と柔らかく笑う人魚さま。

 まさに伝説の人魚のように、見る者を魅了みりょうする微笑み。

 だけど、次の瞬間に磯場の先から浮かび上がった巨大なあわを見て、僕だけでなくアリスさんも愕然がくぜんとしてしまった。


「オ、オリヴィアお母さん! あれは多過ぎじゃないかな!?」


 翼竜をも包み込みそうな、巨大な泡。その中には、びっしりとお魚が詰め込まれていた!

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