原初の剣舞
「えっ!?」
思わず、声が漏れた。
「ファルナ……様?」
僕は知っている。
きっとみんなも知っている。
ファルナという名前。そこから連想する人物はひとりだ。
武器を手に取る者であれば、誰もが知っている名前。剣術を極めた女性。何百年も前から人に伝わる伝説の人物。数多くの逸話や伝説を残し、京劇では一番に演目の多い人気者。あの舞姫だって、元を辿れば剣聖ファルナの剣舞を真似ているものだ。
「……ほ、本物ですか?」
つい、
普通なら、同じ名前なんですね、と流すところだけど。
目の前の女性から感じる只ならぬ気配。あのミシェイラちゃんと同席していた事実。そして、古代種の竜族であるアシェルさんが守護するという夢見の巫女様と同等の人物ということで、答えはひとつに収束していった。
「自身で剣聖などと名乗ったことはありませんが」
優しく微笑む女性。
自慢するわけでもなく、気負うこともなく。そういう話もありますね、程度に軽く返答されて、余計にこの人は本物だ、と確信する。
みんなも、この女性が剣聖ファルナだと素直に受け止めたようで、一様に緊張していた。
「みんな……。僕ひとりで戦ったら駄目かな?」
単なるわがままだ。
剣聖ファルナ様と知って、竜剣舞を納めた僕の血が沸き立っていた。
みんなは僕の気持ちを感じ取ってくれたのか、頷いて
「それでは、まずは貴方から」
ファルナ様も僕との勝負を
そばにいたミシェイラちゃんたちも退がる。
だけど、ファルナ様は武器を手にしていない。腰にも武器を携帯していないし、剣聖と
ファルナ様の周囲の空間が揺らぎ出した。
金銀の炎はファルナ様の周りを乱舞すると、次第に収束し始めた。
金色の炎は右手に。銀色の炎は左手に。
二色の
剣だ。
長剣に近い直剣。
金色の炎は金色の
背景が透き通って見える刃はその内側で黄金の炎が揺らめいているために、剣の輪郭がなんとか確認できる。
とても不思議な直剣だ。
だけど、左手に収束した銀の炎が創りあげた直剣はさらに異質だった。
見えない剣。
見えないけど、確かにその鋭利な存在感を感じ取ることのできる剣。
ファルナ様は、たしかに左手にも剣を握っている。だけど、それをはっきりと目視することはできない。
意識を研ぎ澄ませることによって、感じ取ることができる。
まるで、魔王クシャリラのようだ。
確実にそこに存在するはずなのに、見えない者には見えない。油断すればすぐに見失い、なにが有るのかもわからなくなる。
よく観察してみると右手の直剣と同じで、剣の内側では銀色の炎が僅かに揺らめいていた。だけどここは真っ白な世界で、それはとても確認しづらいものだった。
臨戦態勢を整えたファルナ様。
僕は不思議な光景に心を奪われていて、構えてさえもいなかった。
慌てて白剣を抜き放つ。そして、はっと気づく。
霊樹は背後で本来の姿を取り戻し、枝葉を揺らしている。
剣聖ファルナ様と手合わせできるまたとない機会だというのに、僕は左手の武器がない!?
「ぶきぶき」
『ぶきぶき』
アレスちゃんは、お願いする前から光の粒となって僕に同化してきた。そして、霊樹と一緒にそう呟く。
背後の霊樹が日光をいっぱいに浴びたように輝いた。生命力が溢れんばかりの輝きは一枚の葉っぱに集められ、ふわり、と僕の左手に落ちる。
そして、葉っぱが変化する。
緑の美しい剣へと。
夢の世界だからこその現象なのか、それとも、霊樹とアレスちゃんの新たな能力なのかはわからない。
だけど確かに、僕の左手にはよく馴染むひと振りの剣が収まっていた。
「八大竜王エルネア・イース。いざ、手合わせをお願いします!」
竜宝玉を解放する。
荒ぶる竜気に身を任せ、ファルナ様に手加減なく突っ込む。
白剣を左から右へと横薙ぎに振るい、そこから竜剣舞へ。
霊樹の剣が白剣の軌跡を追い、勢いに任せて回転した後に右脚で後ろ回し蹴りを放つ。さらに身を
攻撃あるのみだ!
「……あれ?」
意気込む心とは裏腹に、僕は宙を舞っていた。
投げ飛ばされた!?
なにをされたのか、一瞬理解できなかった。
はっ、と気を取り直し、綺麗に受け身をとって着地する。
ファルナ様はそんな僕を、優雅に見下ろしていた。
「気負うことなく、いつも通りに」
「は、はいっ!」
どうやら、相手が剣聖ファルナ様ということで、必要以上に気合が入り過ぎていたみたい。
肩の力を抜き、深呼吸をする。そして、改めて攻撃を仕掛けた。
竜気を最大限まで解放し、強化した跳躍で一気に間合いを詰める。と見せかけて、空間跳躍!
一瞬で背後を取ると、鋭く突きを放つ。
だけど、ひらりと
そして放たれる右手の直剣。
優雅ではあるけど、けっして速い動きではない。しっかりと目で追えるし、身体も反応する。
白剣で受け、反撃する。
反転しながら霊樹の剣を繰り出すと、ファルナ様は左手の直剣で受け流す。
注意してないと、剣の間合いを見誤る。見えない剣は恐ろしく手強い。
ファルナ様が振るう剣の
「あっ!」
下段から放った白剣はしかし、巧みに絡め取られて僕の手から弾き飛ばされてしまった。
「そ、そんな……!」
くるくると上空に舞った白剣は、離れた場所に落ちた。
全く相手になっていない。
そんなはずはない!
僕は全力だ。出し惜しみなんてしていない。
だけど……
優雅に佇むファルナ様は、追撃してこない。僕に白剣を拾いなさい、と無言で促していた。
「ふむ。竜剣舞を舞っているはずの汝は、
そうだ、スレイグスタ老の言う通り。
自分の舞をしているはずなのに、気づくとファルナ様の剣舞に合わせて僕が動いている。
次は横薙ぎに、その次は蹴りを。下段から、体を捻って連撃へ。
ファルナ様の動きを読んで型を組み替え、変幻自在に竜剣舞を舞っている。気持ちよく次の攻撃に繋げている。
そういう風に、僕は戦わされている?
ファルナ様は、特段なにかの技を繰り出しているわけじゃない。
ただ優雅に僕の攻撃を捌き、的確に反撃してくるだけだ。
動き自体も速いわけじゃなく、惑わされている気もしない。
ただし、無駄のないひとつひとつの動きは洗練されて美しく、なぜか視線が釘付けになってしまう。
これが剣聖ファルナ様の剣技で、誰もが魅了されてしまうという剣舞なのだろうか。
「……みんな、やっぱり協力してもらえるかな?」
「貴方はそれで良いの?」
「うん。本当はもっともっと戦ってみたいんだけど……。今はこれで十分かな。それよりも、ファルナ様には僕たち全員の力を見せないといけないと思うんだ」
勝負を決めにはこないファルナ様。
きっと、望めば僕のわがままにいつまでも付き合ってくれるに違いない。だけど、今はそういう場面じゃない。
ファルナ様は僕たちの技量、団結力、連携、
「それでは、お相手させていただきます」
「全力で行きますわ」
「本気で行かせてもらうわ」
「殺す気で行かせてもらうわ」
ルイセイネが
プリシアちゃんは、ニーミアと一緒にアシェルさんの側まで後退してもらった。
ちびっ子には危ないからね。
とくに、双子の技が……
臨戦態勢に入ったみんなに対し、ファルナ様は余裕を失わずに微笑んでいた。
「どうぞ、全員で」
「怪我をしても知りませんよ?」
「ふふふ、遠慮なく。もし死んだとしても、わたしたちは
ファルナ様は優しく微笑んでいたけど、僕たちは顔を引きつらせていた。
一度も転生したことがない。それはつまり、負けたことがない、ということだ。
ミストラルはそれなら、と
背中からは翼が生え、銀に近い金色の鱗が手の甲に浮かび上がる。
抜き放たれた漆黒の片手棍には、最初から桁違いの竜気が練りこまれていた。
「ユフィと」
「ニーナの」
「「
戦いの
数え切れないほどの竜槍が、二人の周りに出現する。緑色に輝く竜槍は、一本一本が飛竜の形になっていた。顔と口が鋭い刃となり、翼が
そして、出現した竜槍の全てがファルナ様を目掛けて放たれる。
指向性を与えられた竜槍は、周囲へ無差別に放たれることはなくなった。
竜槍は緑色の雨となり、恐ろしい速度でファルナ様に迫る。
「
ルイセイネの法術が完成する。
ファルナ様の足もとに円が生まれる。円は三日月の輝きと影になり、ファルナ様の動きを縛る。
これなら、ファルナ様は竜槍の雨を
ぱりんっ、と
そして、四方八方から迫る竜槍を、両手の直剣で受け流す。
剣先で、竜槍の軌道を逸らす。刃で受ける。屈んで回避し、すうっと滑らかな足捌きで躱す。
まさか、竜槍乱舞を全て受け躱す気なのかな!?
命中しなかった竜槍はあらぬ方角へと飛んでいったり、地面にぶつかって爆発する。
ファルナ様の姿が緑色の爆炎により一瞬で見えなくなった。
「このおぉぉっっ!」
竜槍の雨が止み、連続した爆発が収まった直後にライラが突っ込んで行く!
霊樹の両手棍が黄金色に輝いていた。
緑色の爆炎を薙ぎ払い、一気に詰め寄る。そして、渾身の一撃を振り下ろす!
爆心地では、やはりファルナ様は傷ひとつ、衣服に
左の直剣でライラの攻撃を受ける。しかし、黄金色に輝く両手棍が不可視の剣に触れた瞬間、輝きが膨れ上がる。
これなら躱しようもない!
黄金色の輝きは、ファルナ様だけを巻き込むようにして爆発した。
だけど、それさえも受け流すファルナ様。
爆発はなにかに阻まれるようにして横滑りし、あらぬ場所を吹き飛ばすばかり。
渾身の一撃を受け流されたライラは姿勢を崩し、動きが止まる。そこへ、容赦なくファルナ様の剣が振るわれた。
「かかりましたわ!」
でも、それはこちらの罠だった!
ライラを仕留めに動いたファルナ様。その背後から、ミストラルが高速で迫る。
青白く輝く片手棍の先端は、流星のように尾を引いていた。
背後を取ったミストラルは、容赦なく必殺の七連撃を繰り出す。
さらに、僕も動く!
空間跳躍で一瞬にしてライラとファルナ様の間に割り込むと、竜剣舞を放つ。
前後からの同時攻撃。しかも、僕もミストラルも最大限の手数でファルナ様に肉薄する。
体勢を崩したかのように見えたライラは、素早く後退していた。
白剣の横薙ぎ、霊樹の剣の追撃。続けざまになおも白剣を連動させ、霊樹の剣が次の軌道を
ミストラルの片手棍が、爆発的な破壊力で降り注ぐ。
二撃、三撃、四撃、
だけど、古代種の竜族をも負傷させるほどの破壊力を持つ流星群は、右に左に振り払われる。僕の竜剣舞も同時に受け流され、気づくと眼前に見えない剣先が伸びてくる。
慌てて回避し、それでも竜剣舞を舞う。
「くっ……。そんな!」
ミストラルが珍しく舌打ちをする。
なにをしても無駄だ。どれだけの手数、どれだけの破壊力をもってしても、ファルナ様には通用しない。
こちらがどれだけ速く動こうと、反応されてしまう。
いいや、違う。
無意識のうちに、僕たちはファルナ様の意図した場所に攻撃させられてしまっている。だから受けられてしまうんだ!
攻撃を受け止められる。次の一手はどこを狙うか、どう惑わして攻撃するか。
自分で考えているように見えて、実は誘導されている。
攻撃しやすそうな場所。次に繋がりそうな空間、連続した動きならここに連撃を放つ。
僕やみんなは、そうやって攻撃をする。
僕たちだけではなく、誰もがそうやって相手の動きを読んだり読ませたりしながら戦う。
でも、それこそがファルナ様の術中に
ほんの僅かな隙、視線の動き、身体の動き。剣を振るう速さや足捌きを見て、攻撃を組み立てる。
強者になれば強者になる程、相手の動きをよく見て次を予測する。
僕たちだって、
ファルナ様の動きを観察し、攻撃を仕掛けている。
そして、まんまとファルナ様が受けやすい場所に剣を繰り出し、受け流されてしまっていた。
対戦者を巻き込んで、まるで演舞を舞っているようだ、とはよく言ったものだ。
僕たちは、ファルナ様を相手に気分良く踊らされていた。
ミストラルは、出す手の全てがファルナ様の思いのままに受け流されている状況に困惑している。
ルイセイネが法術の矢を放つ。ユフィーリアとニーナは
みんなは無意識のうちに、ファルナ様とともに踊っていた。
ファルナ様の動きは、けっして速くはない。優雅に、華麗に、舞踊のように美しく滑らかに動くファルナ様。
剣が交わる瞬間、片手棍が受け流される間、術を躱す仕草、全てが計算され尽くした無駄のない美しい動き。そして、知らず識らずのうちに誘導されている攻撃。
どうやら、僕だけが気づいているらしい。
竜剣舞を舞う僕だからこそ、気づけたのかもしれない。
ファルナ様の戦い方は、まさに
僕を含め、みんなはファルナ様の剣舞の共演者。
ファルナ様の誘導によって攻撃し、躱され、反撃される。
だけどみんなは、手の出せる場所、受け流されても次はここだ、と信じて攻撃を繰り出している。まさか、その全てがファルナ様の意図したものだとは思ってもいない。
ファルナ様と同じく、相手を共演者と見立てて戦う竜剣舞の使い手の僕だからこそ気づけたこと。
ならば!
きっと、次は霊樹の剣を突き出すことが最良の手。連続した攻撃に繋がる一手。
だけどそこをぐっとこらえ、左手首を捻る。
そして、剣先を振ってファルナ様に斬りかかった。
すうっ、とファルナ様の目が細められる。
そう来たか、と僕を見ていた。
きぃんっ、と弾かれる霊樹の剣。
やはり、小手先の変化程度では通用しない。
でも、これからだ!
ファルナ様の誘導に気づいた僕は、自分を取り戻す。
僕はファルナ様の剣舞の相手ではない。
ファルナ様が、僕の竜剣舞の相手なんだ!
相手に合わせた動きから、自分自身の動きへと意識して切り替える。
「素晴らしい技術です」
ファルナ様が嬉しそうに笑う。
そして、僕と同時にミストラルやみんなと交互に相対していた姿勢を、僕だけに集中させてきた。
「む、無視とは失礼ですわっ」
見向きもされなくなったライラが怒って突っ込んでくる。それを、視線を向けることもなく受け捌くファルナ様。
どうやら、その気になれば気配だけでも反応できるみたい。
竜剣舞とは違い、単発の攻撃を練り混ぜることによって連続した攻撃とするミストラルやライラの攻撃は、ファルナ様にとって受けやすいものでしかないんだ。
ファルナ様はそうした攻撃よりも、自分の思惑から外れた動きを見せ始めた僕に注力する。
僕は、ファルナ様の術中に嵌らないように意識する。
自分の舞をするんだ!
竜剣舞には多くの型がある。多様な型を組み合わせ、無限に近い攻撃を編み出す。
ファルナ様が受けやすい場所、それは裏を返すと、最も適した攻撃箇所。でも、それだと動きを読まれてしまう。
これまでにない動き。新しい連携で竜剣舞を舞う。
いつもとは違う竜剣舞。だけど、基本は一緒だ。どんなときでも優雅さを忘れず、連続した攻撃を意識する。さらに、相手を魅了するような舞踊としての一面を取り入れて惑わし、尚且つ、この竜剣舞を女神様や相手に捧げる。
みんなは僕の動きに合わせ、合いの手のように攻撃を繰り出し始めた。
ファルナ様は、竜剣舞の共演者だ。そして、みんなも同じく共演者なんだ。
僕だけで竜剣舞を舞っているわけじゃない。みんなと戦っている。
ならば、みんなも一緒に舞える竜剣舞を、そう心がける。
僕が作った機会を活かし、ミストラルが技を放つ。ライラが攻撃しやすいように間合いを作ってあげる。ルイセイネが法術を唱える余裕を与え、ユフィーリアとニーナが連携できるように導く。
さらに、忘れちゃいけません。
竜剣舞を舞いながら、足もとから竜脈を汲みあげる。そして、拡散させていく。
大技を連発するミストラルたち。
ミストラルはまだしも、ライラとユフィーリアの竜気が目に見えて減少していく。
そこへ、
ついでにファルナ様へ向けても放つ。
ファルナ様へは
竜剣舞に合わせて
雷鳴が
白剣の鍔に嵌め込まれている宝玉が青く輝く。剣を振り下ろすと、空が激しく
僕の技を熟知しているみんなは、距離を取っていた。
僕は頭上の異変に構うことなく、竜剣舞を舞う。ファルナ様に逃げる隙を与えないためだ。
雷撃が落ちる!
今や嵐のように渦を巻く上空の竜気の雲の至る所から、ファルナ様を目掛けて雷電が
さあ、この攻撃はどうやって防ぎますか!
防ぎようなんてない。
剣で薙いだところで、雷撃は軌道を変えない。軽やかに回避しようとしても、雷撃の雨が広範囲に落ちて電撃が奔る。
そもそも、逃しはしない。自分の放った雷撃だ。僕には効かない。それを活かし、ファルナ様をこの場に押し留める!
ファルナ様は僕の剣戟を流しながら、左手の直剣を掲げた。
無数の雷光は直剣を避雷針として、ファルナ様に落ちた。
「んなっ!!」
絶句したのは僕。
みんなも驚愕していた。
ファルナ様が掲げた左手の直剣に落ちたはずの雷は、しかしファルナ様の身体には届かなかった。
雷撃の全てを吸収した左手の直剣が、眩く発光している。
ファルナ様はそのまま、左手の直剣を振るった。
ばちっ、と電撃がほとばしる。
雷光の先端に触れた僕の右足に、鋭い激痛が走る。
「っ!」
ファルナ様は尚も、帯電した左手の直剣を振るう。そして振るわれるたびに、雷撃が放たれた。
「うわっ」
まさか、自分の攻撃が吸収されて自分に襲いかかってくるなんて!
でも、
あまりのことに驚いたけど、打つ手がないわけじゃない。
僕も白剣の宝玉を解放し、刀身に雷を纏わせる。そしてファルナ様の直剣に真っ向から向立ち向かう。
雷撃は雷撃で相殺する!
みんなも雷の雨が無効だと認識し、また攻撃を仕掛け始めた。
雷撃が駄目なら、と意識を研ぎ澄ませる。
広がりをみせていた嵐が収束し始めた。
空の竜気の嵐は密度を上げ、僕の遥か頭上で小さく濃く変化していく。
さらに、周囲へと拡散していた竜気も渦を巻きながら纏まり始めた。
ミストラルが下段から片手棍を放つ。
濃密な竜気が、竜の頭部を模してファルナ様に襲いかかった。
ファルナ様は迎撃しようと右手の直剣を振り下ろす。
意識が下へ向いた、と見て取った瞬間。
僕は上空から渾身の一撃を落とした!
空を斬り裂き、大気の
だけど、ファルナ様はそれさえも読んでいた。
しまった、僕は絶好の機会だと思って撃たされてしまったんだ!
ファルナ様は左手の直剣を振り上げ、大鎌を迎え撃つ。
上と下からの
そう思っただろうか。
ミストラルの攻撃は全力で、僕も渾身の一撃を放った。それは間違いない。でもだからこそ、この攻撃に全てをかけた、と読んだだろうか。
ファルナ様の右手の直剣が漆黒の片手棍と交差し、左手の直剣が大気の大鎌を受け止めた。
その瞬間、周囲で収束させていた竜気がさらなる刃となって、ファルナ様に放たれた。
「っ!」
ふっ、と急にファルナ様が加速した。
これまでにない速さ。だけど優雅さと美しさは欠片も損なわれていない。それでも確かに、ファルナ様はこれまでは一切見せなかった動きで反応した。
ミストラルが放った竜気で形取られた竜の頭部が一瞬で右手の直剣に絡め取られる。僕の大鎌も、左手の直剣に吸収されてしまう。
ファルナ様は巻き取った二つの力を纏わせたまま、両手を広げてひらりと回転する。右手の直剣は下から上に。左手の直剣は上から下に。奪われた僕の竜気は銀色の炎になり、ミストラルの竜気は金色の炎になって、ファルナ様を包む。
周囲から放たれた刃は、金と銀の炎に巻き込まれて燃え散る。
僕とミストラルの攻撃を防いだファルナ様は、なにかを察知して高く跳躍する。
金銀二色の炎が両手の直剣から尾を引いて、空中に
「「
直後、二体の巨大な水竜がファルナ様の足もとから現れ、襲いかかる。
ユフィーリアとニーナが放った竜術だ!
「はあっっ!」
ライラが高く跳躍し、両手棍を振るう。
同じく跳躍していたファルナ様より高く飛んで、頭上から押さえつける。下からは、二体の水竜が迫っていた。
「まだまだですよ!」
ルイセイネが法術の矢を放つ。
「エルネア、諦めないで!」
「もちろんだよ!」
ミストラルが竜術を放つ。僕も負けじとありったけの竜気を込めて、竜槍を何本も創り出し放つ。
全方位から攻撃だ!!
これならどうだ、と僕たちは
ファルナ様は、空中で楽しそうに微笑んでいた。
長い長い戦いだった。
僕たちはどれだけ剣を弾かれても、技を防がれても、挑み続けた。
ファルナ様は、勝とうとしない。僕たちの全ての攻撃を受け止める。ときには反撃するし、油断していれば投げ飛ばされたり蹴られたりもした。だけど、とどめを刺しには来ない。
僕たちが何度となく膝をついても、立ち上がるのを待つ。
そして、僕たちの全力に真っ向から向き合った。
白い世界には、時間の概念がないのかもしれない。
全力を出した戦いは、短かったような、長かったような。
終わってみれば呆気なかったようにも感じるし、逆に濃密な時間だったようにも思える。
ぜぇぜぇ、と荒い息を吐き、僕たちは倒れ込んでいた。
ミストラルは人竜化を維持できなくなり、普段の姿に戻っている。そして、僕の横で同じように息切れをして倒れ込んでいた。
ルイセイネもライラも、ユフィーリアもニーナも、みんなで横になって息切れをしていた。
僕たちの戦いをおとなしく見守っていたプリシアちゃんが真似して横になっている。
でも、構ってあげられないほど
このまま目を閉じちゃえば、僕たちは抵抗なく夢のなかに落ちるだろうね。
……ああ、ここが夢のなかでした。
結局、手も足も出ませんでした。
というか、勝てるわけがありません!
竜剣舞を
はっきり言って、あの両手の直剣は
竜術、魔法、法術、精霊術から霊樹の術まで、とにかく放たれる術は剣先で分解されて無力化されちゃう。それだけならまだしも、分解した術を剣に纏わせて戦うなんて、そんな戦い方は見たことも聞いたこともありませんよ。
ずるい、卑怯だ!
「実力のある者は、それに相応しい武具を手にするものだ。汝とて、我の牙から作られた剣と霊樹の剣を所有しておるであろう。格下の者から見れば、立派に卑怯な武器である。しかし、だからといって汝は相手に合わせて銅の剣や鉄の剣を持ったりはせぬであろう?」
「言われてみると、そうですね。世界最高峰の剣術の使い手である剣聖ファルナ様が、その実力に相応しい剣を持っているのは当たりなんですよね」
例えば、白剣にすぱっと両断されるような武具しか持たない対戦者から見れば、僕も十分にずるい武器の所有者なんだよね。
でも、これが僕の武器だし、戦いにおいて手心を加えていたらこっちが死んじゃうので、手加減なんてできない。
「でも、手加減してくれてもいいのに、大人気ないわ」
「でも、武器の能力を使わないという制限くらいはほしかったわ」
ユフィーリアとニーナが愚痴ると、ファルナ様は苦笑していた。
「ううーん、二人の言い分は確かにわかるんだけど。でもやっぱり、違うんじゃないかな。ファルナ様は僕たちの全力が見たかったと思うんだ。だからファルナ様も手加減なく相対してくれた。ファルナ様が本気だったからこそ、僕たちはこうして疲弊しきるまで戦えたんじゃないかな?」
「そうですね。もしも手心が加えられていると知りながら戦っていたら、すぐに心は
「もしも手加減されていたら、
「ですが、やっぱり
ライラの言う通り、確かに悔しい。
手も足も出なかった。
相手がファルナ様だから、という言い訳は存分にできる。でも、どうだろう。
今回は剣聖と称えられたその人が相手だった。ファルナ様は未だかつて負けたことがないと言う。そんな偉大な人に、僕たちが勝てるわけはないんだけど。
考え方を変えてみる。
もしもこれが腕試しではなく、真剣勝負だったなら。
相手がファルナ様だからと諦める?
僕たちよりも強力な武具だから勝てないんだ、と割り切る?
そんなことをしても、待っているのは敗北、そして最悪の場合は死しかない。
これまで、僕たちと相対してきた者たちはどう思っていただろう。
白剣の斬れ味が鋭すぎるから仕方ない、と潔く負けただろうか。霊樹の木刀や術が強力だから勝てるわけがない、と素直に敗北しただろうか。
いいや、絶対にそんな者はひとりもいないはずだ。
負けること、死ぬことが怖くない者なんていない。
死を目の前にしたら、どんなに無様に
だから、ファルナ様の武具が強力すぎる、と
世界には、強力だったり
「……勝とう、勝とう、としていたのが間違いだったのかな。まずは負けないことが大切で、生き残る術を持っておかなきゃいけないのかな」
ファルナ様の戦いを通して、なんとなく気づいた。
僕たちよりも強い者はたくさんいるよね。でも、強い相手にもなにがあっても負けない。勝てなくても良いから生き延びる。
これからもうひと皮剥けるためには、そうした技術を習得しなければいけないのかもしれない。
寝転がり、息を整えながら考えを口にする。
ファルナ様はこれまで通りの優しい笑みを浮かべながら、僕の考えに耳を傾けてくれていた。
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