眠り姫は今日も熟睡

 僕はやはり、衰弱をしていたみたい。


 ただでさえ竜気を大量消費する嵐の竜術を長時間発動させただけではなく、竜剣舞を舞い続け、しまいにはミストラルの竜気も操って竜術の二重使用のようなことをしたんだ。

 アレスちゃんと融合し、竜宝玉を最大限に開放しても、相当に身体の負担が大きかったみたい。


 アシェルさんが西の空に飛び去ったあと。僕の精神も、事切れたように眠りの世界へと飛び去ってしまった。


 そして、長いような短いような、浅いような深いような、奇妙な感覚の睡眠を抜け出して瞳を開けた時には、知らない天井の下にいた。


「おはよう、エルネア」


 近くでミストラルの声がした。

 柔らかく、身体が深く包み込むような寝心地のいい寝具のなかで寝返りを打ち、声がした方を向こうとする。

 だけど、身体が思うように動かない。


 ずっしりと胸から下が重く、自分の身体ではないような重鈍な感覚に襲われて、首を巡らせることしかできなかった。


 この感覚には身に覚えがあるよ。


 去年。アームアード王国王都近郊の遺跡で魔剣使いと戦ったあと、竜力の枯渇こかつを招いて寝込んだ時の状況に似ている。

 どうやら僕の疲労は、身体的なものよりも竜力の枯渇から来た衰弱だったみたいだね。


 ミストラルの姿を確認しようと、動かせる首から上だけで振り向くけど、僕の頭を深く包んだ枕で視界が埋まり、なにも見えない。

 ふわりと柔らかく、人肌の温もりのする最上級の枕。ほのかな甘い匂いが鼻腔をくすぐり、ほんわりと気持ちが溶ける。


 ああ、なんて素敵な枕なんだろう。

 僕はきっと、意識を失った後にどこかに運ばれて、素敵な寝具で寝かせられていたに違いない。


 こんなおもてなしを受けるなんて、感激です。


 声をかけてくれたミストラルを確認したいんだけど、この至高の枕にずっと顔を埋めていたいとも思える。それくらいにこの枕は魅力的で、最高で、こんな寝具を僕なんかに使わせてくれるなんて、嬉しさ満点です。


 むぐむぐと枕に顔を押し付ける。


 柔らかい感触が僕の顔をどこまでも優しく包み込むけど、けっして遊んでいるわけじゃない。枕の膨らみを潰し、視界にミストラルを収めようとしているだけです。


 それにしても、この枕の柔らかさ。なんか懐かしい気がするよ。それに、甘い香りは寝具の匂いというよりも、香水に近い?


 むむむ?


「ニーナ、エルネア君が私の胸を堪能しているわ」

「ユフィ姉様、羨ましいわ。代わってね」


 はひっ!?


 なんか嫌な予感。というか、まさかの天国のような地獄!?


 僕は慌てて頭を引き、限界まで首を伸ばして視界を確保する。

 すると、僕を挟むようにして、ユフィとニーナが同じ寝台に寝そべっていた。

 そして、お胸様が丁度僕の頭の両脇に来るように横になっていた。


 ……つまり。


「エルネア?」


 亀のように首を伸ばして確保した視界の隅に、僕を見下ろすミストラルが映った。それはもう、凍えるような冷たい視線のミストラルが!


「ち、違うよっ。誤解だよっ」


 慌てて弁明しようとするけど、身体が言うことを聞かない。それで、言葉だけの誠意が欠けたような言い訳になってしまう。


 くうう。身体さえ動かすことができれば、土下座でもして謝罪するのに。と不自由な自分の身体を恨めしく見る。


「……」


 僕の胸あたりでは、プリシアちゃんが覆いかぶさるようにして寝ていた。そして足元には、アレスちゃんが同じように寝ていた。


 君たちのせいか!


 なんのことはない。僕の身体の自由を奪っていたのは、衰弱ではなくて幼女の呪縛だった。


「ええっと、僕ってどんな状況?」


 両脇で双子王女様が添い寝をしていて、身体の上には幼女。そしてそれをなぜか、近くに立って見下ろすミストラル。


「ふふふっ」

「ぷふっ」


 視界外から、ルイセイネとライラの吹き出す笑い声が聞こえてきた。それと同時に、冷たい視線を飛ばしていたミストラルも吹き出して、両脇の双子王女様も可笑しそうに笑う。


 ……なんなんでしょう?


 起きたばかり、という以前に意味がわかりません。

 ふかふかの寝具に身を包み、女性陣の笑い声に囲まれた僕は、困惑するばかり。

 僕が寝ている間に、いったいなにが起きて、この状況になったのかな?

 普段なら、ミストラルが双子王女様の暴走を許すはずがない。そして幼女とはいえ、寝込んでいたはずの僕の上にのらせて眠らせるようなこともしないはずだよね。

 ルイセイネとライラが口出ししてこないのも変だ。


 むむう、と唸って悩んでいると、笑いがようやく収まったミストラルが色々と教えてくれた。


「貴方の寝顔があまりにも幸せそうだったから、みんなで悪戯いたずらを考えたのよ」

「ぐぬぬ、これが悪戯?」

「そうよ。幸せな悪戯でしょ?」

「そうよ。 ミストラルとルイセイネには無理な悪戯でしょ?」

「ちょっと貴女たち、聞き捨てならないわよ!」

「そうです、納得できません。というか、悪戯はもう終わったので、そこを退いてください!」


 双子王女様の余計な言葉で目尻を釣り上げたミストラルとルイセイネが、実力行使で僕の両脇から双子王女様を引き離そうとする。


「助けて、エルネア君」

「離れたくないわ、エルネア君」


 双子王女様が両脇から僕に強く抱きつく。


 むぐぐっ。お胸様に埋まり、息を詰まらせる。

 助けて! ……ほしいのかな?


「エルネア様、お助けしますわっ」


 ライラがなぜか僕に飛びつく。


 さらに増えた至福の物体!


 四方八方から幸せな弾力の攻撃を受けて、僕の精神はまた違う世界へと飛び立とうとしていた。


「ライラ、どさくさに紛れてなにをしているの!」

「敵よ、ミストさん以外はみんな敵よ!」

「あら、ルイセイネ。貴女はまだ可能性があるわ」

「あら、ルイセイネ。貴女はミストラルよりも胸はあるわ」

「ルイセイネ様はこのなかで一番年少ですし、大丈夫ですわ」

「……貴女たちはみんな敵よっ!」


 いったい何がしたいのやら。僕の周りで押し問答をしていた女性陣は、ミストラルの怪力で次々に引き剥がされて、飛ばされていく。


「エルネア、胸など邪魔なだけです!」

「ええっと、僕は胸で人を判断したりはしないよ?」


 そして、ミストラルに目と鼻の先で凄まれて、僕は顔を引きつらせてそう言うのがやっとだった。


 僕の言葉に満足したのか、ミストラルは優しく微笑み、勝利に胸を張って、飛ばしたみんなを見た。


「さあ、お遊びは終わりよ」


 僕は遊び道具ですか。という突っ込みは止めておきましょう。


 みんなも今の騒ぎで十分に満足したのか、衣服の乱れを整えて、僕が寝ている寝台の周りへと戻ってくる。


 それにしても、今の騒ぎでも位置を死守したプリシアちゃんとアレスちゃんは凄いね。相変わらず、僕の上に覆いかぶさるようにして寝ていた。


「この二人は完全に寝てる?」

「そうね。貴方が起きそうな気配を見せてから悪戯の準備に入ったのだけれど、そのまま寝てしまったみたい」

うらやましいわ」

微笑ほほえましいわ」


 集まってきたみんなの視線が、幼女二人に向けられる。プリシアちゃんもアレスちゃんも、微かに笑みを浮かべてすこやかに寝息を立て続けていた。


「それで、色々と状況を説明してもらえると助かるんだけど?」


 みんなが僕に悪戯をして、満足いくくらいに楽しんだのは良いとして。

 ここがどこなのか。どれくらい僕は寝入っていたのか。そして、騒動の事後処理はどうなっているのか。知りたいことが山積みだった。


「そうね。それじゃあ、順番に説明していきましょうか。ということで、ルイセイネからどうぞ」


 椅子を持ち出して、寝台の周りに腰を下ろすみんな。ライラが手渡してくれた果実風味の甘い水を喉に流しながら、僕は説明を受ける。


「わたくしがず指名を受けたということは、陛下のことを話せば良いのですね」

「ええ、お願い」


 ミストラルの返事に、ルイセイネが口を開く。


「先ずは陛下の容態なのですが、危篤状態を脱しました。それは、わたくしが視えていた、陛下を包む邪悪な竜気が消えたことが要因だと思います。いま思えば、あの禍々まがまがしい竜気、というか呪いの竜術は多頭竜のものだったのではないでしょうか?」

「そういえば、王様の寝室に竜の生首が有ったよね?」

「はい。あれは多頭竜から切り離された頭で、あれのおかげで多頭竜が無限に復活を繰り返して苦戦していたのです」

「それで、あの生首は本体の保険として寝室に安置していただけではなく、陛下へ呪いをかける為だったのだと思いますわ」

「ライラさんの言う通りですね。多頭竜が滅んで、陛下への呪いの元凶が消失したことにより、復調したのだと思います」

「竜族の呪いにあらがうなんて、あの方はかなりな精神力ね。竜人族でも、呪われればそう抗えるものではないわ」

「さすがはヨルテニトスの国王だわ」

「さすがはヨルテニトスの英雄だわ」


 聞けば、王様は東の国土で暴れていた強力な魔物を討伐した英雄で、キャスター様たちが現在行っている東の警備は、その後始末が主らしい。

 そして、王様は多頭竜の呪いに抗いながら、意識はあったのだとか。周りの人たちには危篤状態だと思われていたけど、精神は活性化していて、周りの状況を把握していた。

 だから、騒乱が終幕した直後に復調を見せて、さほどの説明も受けずに状況を把握したらしい。


「それでも、衰弱していることには変わりありませんし。復興なども行わないといけませんので、主だった方々は王都近郊の離宮に移り、臨時の行政機関をそこにもうけたわけです。そして、意識を失ったエルネア君やわたくしたちも、その離宮の一室を借りて寝泊まりさせていただいてます」

「つまり、ここはその離宮のお部屋?」

「はい。エルネア君はここに運ばれてから、二日ほど眠っていました」


 ルイセイネの説明で、場所と寝入っていた時間がわかった。

 王様も離宮に滞在しているけど、復興作業の陣頭指揮はグレイヴ様が行っているのだとか。復調したといっても、王様はもともと半身不随で、いまも半分寝たきり生活らしい。


「それじゃあ、復興の方はどうなっているの?」

「それは、エルネアが消し飛ばした王城のことを言っているのかしら?」

「うっ……」

「ふふふ、冗談よ。それは双子にお願いしようかしら」

「わかったわ。王城は、瓦礫が綺麗さっぱり無くなっているから復興が楽だとキャスター殿が言っていたわ」

「ただし、地下の迷宮の全容解明と宝物回収が優先だから、まだ再建の目星は立っていないわ」

「すごく深いみたい」

「すごく広いみたい」

「王城跡の敷地には軍の関係者以外は立ち入り禁止よ」

「宝物の回収が終わるまでは、立ち入り禁止よ」

「泥棒に入られちゃうと大変だからね。それはよくわかるよ」

「そうよ。不届き者はどこにでもいるわ」

「そうよ。無法者はどこにでもいるわ」


 全容解明といっても、実は粗方あらかたの調査などはもう終わっているらしい。ただし、繋がりのない場所がないか、上の土地に王城を再建する場合、空洞化した地下が建物の過重に耐えれるのかなどの調査がこれから必要らしい。

 そして、再建には長い時間と莫大な予算が必要になる。宝物回収を最優先にしているのも、予算確保のため。


 王城再建なんて、いったいどれくらいの金額になるんだろう。僕には想像もつかない。


「それでね、エルネア君」

「お願いがあるの」


 双子王女様はここで、少しだけ困った表情になった。


「なに?」


 二人が困り顔になるなんて、珍しい。なんだろうと二人を見ると、申し訳なさそうに言ってきた。


「今回の騒動のことを、秘密にして欲しいの」

「今回の騒動のことを、内緒にして欲しいの」


 どういうこと、と首を傾げる僕に、双子王女様はヨルテニトス王国側とのやりとりを教えてくれた。


 そもそも今回の事件は、国内での魔族の暗躍と王子のひとりの謀反むほんという、ヨルテニトス王国側にしてみれば汚点でしかない事件だった。そして、汚点はどうにかして秘匿ひとくしたいことになる。

 だから、今回の騒乱に巻き込まれた僕たちにも、色々と箝口令かんこうれいかれることになるのは当然だった。


 まずは、王城内での出来事は全て秘匿すること。魔族の暗躍も、バリアテル王子の謀反も、言いふらさない。そして、王城消失という事件は、古代遺跡の暴走によるもの、という話を強引にでっち上げて公表するみたい。

 地下にできた迷宮は古代遺跡だった、と利用するらしい。


 また、バリアテル王子はその際に、不幸に事故死したと発表し、謀反は完全に隠蔽いんぺいされることになった。それで、僕たちにも口裏を合わせるように指示が来ているらしい。


「でもそうすると、アシェルさんの登場や僕の竜術で大変になったことはどう説明するの?」


 アシェルさんの巨体は王都中から見えただろうし、僕の嵐の竜術も目立っていたはずだよね?


「それは、貴方が偉大な竜を召喚し、遺跡の暴走を鎮めたということになっているわ」

「だから、エルネア君が英雄なのは変わらないわ」

「だから、エルネア君が英雄なのは間違いないわ」


 隠蔽する出来事。ねじ曲げられた事実。普通なら利権や権威が絡む腹黒い策謀さくぼうに巻き込まれて複雑な心境になるんだろうけど。


 僕はもう、似たようなことを知っているからね。

 腐龍の王を討伐した時代の真実をスレイグスタ老に教えてもらったことがある。あれと似たようなもので、時には施政者しせいしゃの都合のいいように物事を発表することも必要なのだと理解している。

 だから僕は、素直に双子王女様の言葉に頷いた。


「それじゃあ最後に、ライラのことについてね」


 残された問題のなかで、僕たちには最も重要度の高い問題。それがライラのことだった。


 ライラは少し緊張した面持ちで身構える。


「エルネア」


 ミストラルに呼ばれて、首を巡らせて彼女を見る。


「ライラと二人で、王様に会ってらっしゃい」

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