夏の終わりの始まり

 ライラは僕の服のそでを掴み、寄り添って歩く。僕もライラが不安に思わないように、彼女の隣で堂々と足を前に運ぶ。


 宿泊にてがわれた離宮の一室で、意識を失っていた間の出来事を教えてもらったあと。


 早速、王様への謁見えっけんを求めて、取り次ぎをしてもらおうと動いた。王様側も僕との面会を希望していたのか、部屋の外に控えていた使用人さんに用件を伝えると、すぐに取り次いでくれた。


 使用人さんを使うなんて、貴族にでもなった気分だね。しかも、案内役に現れた身分の高そうな人の後をついて歩いていると、僕はまだ夢でも見ているんじゃないかと疑いたくなる。


 だけど、夢かもしれないと、おどおどと歩くわけにはいかない。

 すれ違う使用人さんや衛兵の人たちの視線を強く感じる。そんななかで、ライラを傍らに挙動不審な態度で歩いていては、彼女に申し訳ないし、なんて頼り甲斐のない、情けない男だと自分でも感じてしまうから。

 だから、堂々と。多くの視線や、きらびびやかな離宮に尻込みせずに、案内の人の後をついて歩く。


 まぁ、これからのことを考えれば、多くの視線や、豪華な調度品や高い天井も全ては些細ささいな事として、心の隅に追いやる事ができるかな。


 ヨルテニトス王国に来た当初は、王様のお見舞い、という体裁を取ろうとしていた。だけど現在、王様は呪いを跳ね除けて、復調をみせているという。なので、お見舞いではなくて謁見らしい。


 王様としても、病人扱いをしてほしくないのかな。半身不随で痩せ細った身体だけど、意識を失う前に会った王様の瞳は生気に満ちていた。

 一国の支配者として客人と会うときは、病人としてではなく、まだまだ現役の王として会いたいのかもしれない。

 僕としても、病弱な王様よりも、国王然とした人に会って、きちんと話をしたい。だから、謁見という形に変わったけど、望むところだと意気込みを上げる。


「エルネア様は緊張なさらないのですか?」


 ライラが身を寄せ歩きながら聞いてきた。


「もちろん、緊張はするよ。だけど、おじいちゃんとかアシェルさんで色々と耐性がついちゃっているからね」

「そういえば、アシェル様はニーミアちゃんのお母様なのですね」

「うん。一年振りに会いに来たみたい。そういえば、さっきの部屋でニーミアを見なかったけど、どこかに遊びに行った?」

「いいえ、居ましたわ。長椅子の上で、お母さんが怖いと震えていました」

「……あらら」


 どうやら、ニーミアは未だにアシェルさんが怖いらしい。

 この一年間。ニーミアもちゃんと修行はしてきた。灰の竜術も使えるようになったし、今回だって、前線に出る事はなかったけど、みんなを陰から守り通した。

 アシェルさんもニーミアの頑張りには気づいていて、だから怒ることもなく、先にスレイグスタ老が守護する竜の森へと行ったんだと思うんだけど。


「ニーミアにはいっぱい頑張ってもらったし、僕たちの件が落ち着いたら、励ましていっぱい遊んでやらなきゃね」

「はい。きっとニーミアちゃんもそれで元気になると思いますわ」


 暴君にも借りがあるし、色々と忙しいかも。

 ぼんやりと、物事が流れていくことに身を任せている暇はないみたい。

 よし。それなら先ずは、最重要案件のライラのことを済ませて、身軽になってしまおう。


 ライラと並んで、案内の人の後をついて歩く。


 それにしても、謁見はどこで行われるんだろうね? そう思いながら、中庭がよく見える長い回廊を進む。


 どうも、この離宮も僕の術の範囲だったらしいです。見渡す中庭の花々は満開に色づき、芝生は瑞々しい緑の葉を風に揺らせていた。


 そして、中庭の先。離宮の別の棟の先に、漆黒しっこくの地竜の姿が見えてきた。


「陛下の騎竜のグスフェルス様ですわ。闇属性の地竜なのですわ」


 ライラが教えてくれる。


「なんでこんなところに王様の地竜が居るんだろう?」

「グスフェルス様は、陛下が事故に遭われて以来、竜厩舎りゅうきゅうしゃの最奥にずっと居たのですわ。竜厩舎が壊れたので、ここに居るのでしょうか?」

「でもそれなら、別の竜厩舎に入れられるんじゃない?」


 離宮とはいえ、使役している竜を囲う場所はあると思う。王様が騎乗していた竜を雨風に晒される場所には置かないと思うんだけど。と二人で話していると、僕たちの足はその地竜の方へと向かった。


「この先で、陛下がお待ちでございます」


 案内の人が指し示すのは、屋外へと通じる扉。その先には、確かに闇地竜のグスフェルスの気配があった。


 僕とライラは一度顔を見合わせて、頷いてから、一緒に扉を開く。


 夏の名残を残す日差しと、秋の訪れを告げる少し冷たい風が僕とライラを包み、目を細めて季節の移り変わりを感じる。


 だけど、細まった視界の先では圧倒的な地竜の気配が漂い、深呼吸をしたくなる気分を一瞬で吹き飛ばした。


 その闇地竜グスフェルスの前に、屈強な騎士と竜の世話係を従えた壮年の男性がたたずんで、僕とライラを待っていた。


 半身不随と聞いていたけど。痩躯そうくではあるけど、杖をつき、しっかりとした足腰で、僕とライラが歩み寄るのを待つ男性。

 ヨルテニトス王国の王様は、見た目とは真逆の迫力ある雰囲気で、しっかりと僕たちを見据えていた。


 僕とライラはゆっくりと並んで歩を進め、王様の前へと進む。そして、護衛の近衛騎士が王様よりも一歩前へと出たところで立ち止まる。


 それが、僕たちが近づける王様との距離だと、無言で言われている気がした。


 ちなみに、王様の背後には竜騎士も控えている。


 ライラは立ち止まると、王様に向かって平伏した。


 きっと、ライラの行動が正しい。相手は国の支配者。王様の前に出れば、平伏するのが普通だと思う。だけど、僕は色々と思うところがあり、片膝をついて敬意を示すだけに留める。


 僕の態度に、近衛騎士が不満そうに鼻を鳴らす。だけど、それを目線だけで制して、王様が口を開く。


「今日は天気が良い。儂も久々に屋外へ出て、気分がいい。どうだ、グスフェルスに乗って散歩に行かぬか?」


 なるほど。僕たちと外出するために、グスフェルスを連れてきていたんだね。


 でも、大丈夫なのかな?


 闇地竜のグスフェルスは、過去にオルティナ王女と王様を乗せようとした際に、大暴れしたんだよね。そして、その時の怪我のせいで王様は半身不随になり、オルティナ王女は不幸へと進んでいったんだよね。


 僕の考えを読んだのか、王様は頷く。


「エルネア、と親しく呼んでも良いかな? 英雄殿よ」

「はい。英雄と呼ばれるのは、やっぱり馴染めませんので」

「ふむ、謙虚けんきょだな。ではエルネアよ」

「はい」

「其方は、色々とこの国の過去や問題にも精通しているようだな」

「色々と、とは買いかぶりでございます。ほんのちょっと、表面的なことを知っているだけです」

「ふはは、本当に謙虚な少年だ」


 王様は僕を見て、楽しそうに笑う。そして言う。


「其方と儂は、深く話し合う必要がある。それは間違いないだろう?」

「……はい。それは間違いございません」

「ならば、儂とエルネアと。そして、そこのライラと三人で、グスフェルスに乗って散歩をしながら話そうではないか」


 王様は、躊躇ためらうことなくライラの名前を口にした。それは、ひとつの問題の答えを明確に表しているのだと、この場の全員が理解した。


 ライラが微かに震える。


「陛下のご提案を、つつしんでお受けいたします」


 僕は、王様と話さなければならない。しっかりと、お互いが納得できるまで。そしてそれは、王様と平民という立場の話し合いではなく、人と人として。


 王様の意図ははっきりしている。


 三人で。つまり、護衛の騎士や口を挟みそうな高官を排除し、身分や立場を除いて話し合おうではないか、と言っているんだ。

 そしてそこで、僕はライラのことを含めて、この人ときっちりと話さなければならない。


 この場の人は全員が、王様の意図を汲んでいるのか、僕を威圧をしても、言葉を挟む人はいなかった。


「それでは、グスフェルスに騎乗しようか。と言いたいところなのだが」


 王様は自分の姿を見て、苦笑する。


「見ての通り。情けなくも不自由な身。どうだろう、其方らの力で、儂をグスフェルスの背中に運んでもらえぬだろうか」


 グイフェルスの背中には、鞍もなにも取り付けられていない。僕とライラは、暴君やニーミアの背中に素で乗ることに慣れているけど、王様は大丈夫なのかな?


 ライラも平伏した状態から、困ったように僕を見上げた。


「ライラよ。其方も儂に平伏する必要はない。そして聞けば、其方らは竜と不自由なく意思疎通ができるのだとか。ぜひその力をもって、儂をグスフェルスの背中へと乗せてほしい」


 王様は、竜心のことを言っているんだね。そして、ライラにグスフェルスとの意思疎通の役目を任せようとしている。

 つまり、近衛騎士や竜騎士。そして竜の世話役の人たちの前で能力を示し、彼らのライラに対する過去の評価を改めさせようとしているんだと思う。


 まぁ、ライラはオルティナ王女じゃないんだから、そもそも過去の評価なんてないんだけどね。なんて思ったりしてみたり。


「ライラ。僕も君の竜心を見てみたいな」

「は、はいですわ」


 僕が手を差し伸べると、ライラは平伏した状態から立ち上がり、しっかりと頷いた。


 ライラも、状況を理解しているみたい。一度大きく深呼吸をすると、王様にもう一度許可をもらい、人々の背後で興味深そうにこちらの様子を見ているグスフェルスに近づいていく。


 漆黒の鱗に覆われた巨大な地竜のグスフェルスは、近づいてくるライラをじっと静かに見下ろしていた。


 ごくり、と近くの竜騎士が生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。


 過去の事件を知る者にとっては、気が気でない瞬間なのかもしれない。だけど、僕はライラを信じて見守る。


 グスフェルスの目の前まで歩み寄ったライラは、頭上に位置する竜の顔を見上げた。


「グスフェルス様」


 ライラが声をかけると、グスフェルスは喉を鳴らしてライラを見下ろす。


 ぴくり、と世話役の人が震え、王様たちに緊張が走った。


 でもね。竜が喉を鳴らすのはよくあることなんですよ、と僕は助言したい気分でいっぱいです。


 現に、グスフェルスは身構えることなく、ライラに意思を向けていた。


『ライラ、か』

「はい。わたくしはライラと言う名前ですわ」

『そうか』

「グスフェルス様、お願いがありますわ」

『うむ、断ろう』

「はわわわっ。そんな意地悪をしないでくださいですわ」

『くくく。我が断固拒否しても、汝であれば容易たやすく意に従わせることはできるだろう?』

「でも、それはしたくないですわ。だからお願いですわ」

『我は過去に、幼女とそこの男を振り落とし、負傷させたことがある危険な地竜ぞ?』

「知っていますわ。ですが、それは少女が自身の能力を理解していなくて、危険だったからですわ。そして私は、そのことをしっかりと理解していますわ」

『ふむ……』

「私が怖いですか?」


 ライラは不安そうにグスフェルスを見上げた。グスフェルスは、思案げにライラを見下ろした。


『能力を把握し、制御する力を得たか。なんじは素晴らしい指導者に恵まれたのだな』

「はい。尊敬できる指導者と素敵なお友達と、大切な家族に恵まれましたわ」


 ライラが微笑んだとき。


 上空を暴君が通過して、咆哮をあげた。


『ふふん、地上を這う地竜に乗っても面白くないだろう』


 暴君の挑発に、グスフェルスが空を見上げる。


『やれやれ。あの飛竜は勇ましいな』

「はい。素敵なお友達ですわ」

『なるほど。では、汝には地竜の良さをここで示し、あの飛竜に一泡吹かせてやろうか』


 言いたいことだけ言って飛び去った暴君のあとを、フィオリーナとリームが追いかけて飛んでいった。


「それでは、乗せていただけますか?」

『ふむ、仕方ない』


 言ってグスフェルスは、地に伏して背の位置を低くした。

 でも、これでも見上げる高さ。杖をついてやっと立っているだけの王様には、到底上がれない。


 ここは、僕の出番かな。


「陛下。よろしければ、僕が地竜の背中へとお連れいたします」


 グスフェルスとライラのやり取りは、竜心のない人には意味不明だったはずだ。だけど、ライラの言葉の断片とグスフェルスの態度で、騎乗できると理解できたとは思うんだよね。


 王様はどうやって背中に運ぶのだ、と不思議そうに僕を見つつも、許しを出す。

 僕は「失礼します」と声をかけて、王様を抱きかかえると、一気に地を蹴ってグスフェルスの背中へと飛び移った。


 人の身体能力を超えた跳躍ちょうやくに、どよめきが起きる。


 だけど、空間跳躍は使っていない。普通の、竜気で強化した跳躍です。だって、初めての人だと気分が悪くなっちゃうからね。


「エルネア様、わたくしも……」


 ライラが下で懇願こんがんするように、僕を見上げていた。


 やれやれ。君は自分で飛び乗れるでしょう。とは思ったけど、仕方ないですね。王様に待機してもらって、一度グスフェルスの背中から飛び降りる。そしてライラの手を取り、今度は空間跳躍で背中に移動した。


「な、なんだ、今の瞬間移動のような跳躍は!?」

「馬鹿な。移動が見えなかったぞ?」

「なんという速さだ」


 騎士の人たちが驚愕して僕を僕を見上げているけど、移動を目で追えるはずがない。だって、空間を飛び越えたんだからね。


 近衛騎士や竜騎士の人たちの熱い視線を感じながら、僕とライラと王様は、グスフェルスに乗って散歩へと出発した。

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