天族 ルーヴェント

「よろしゅうございます。貴方のその心意気、私が正面から受けて差し上げましょう」


 スラットンの挑発に、ルーヴェントは下ろしていた長槍の先端を持ち上げる。


「おい、お前ら!?」


 相棒と天族の一触即発の状況に、リステアが戸惑う。


「リステア、俺を信じてるなら、手出しは無用だぜ。俺の意思は俺自身のもので、霧の化け物に操られてなんていない。それを証明するだけだ」

「だが……」

「なぁに、簡単なことだろう? もしも俺が本当に操られているなら、仇敵きゅうてきを前に化け物は正体を現すはずだぜ。まぁ、俺は天族程度に遅れをとったりはしないがな。なんなら、そっちの神族を相手にしてやっても良いんだぜ?」


 にやり、と完全に悪役の笑みを浮かべるスラットン。

 彼らしい不遜ふそんな態度は、まさに何者でもなくスラットンだ。


「俺の内側に化け物が潜んでるってぇんなら、頑張って俺を窮地きゅうちに追い込むこったな。俺に手も足もでねえようなら、化け物も草葉くさばかげから笑うだけで現れてくれねえぜ?」

「やれやれ、言いたい放題でございますね」


 スラットンの容赦ない悪態に、苦笑するルーヴェント。

 だけど、ルーヴェントもその気らしい。


 背中の大きな翼を広げると、スラットンへ隠すことなく敵意を向ける。


「それでは、こちらも貴方の正体を全力で暴いてみせましょう!」

「本気でいかせてもらうぜ!」

「こちらこそ、でございます!」


 ばさり、とルーヴェントは翼を羽ばたかせた。


「うおおおぉぉぉっっ!」


 叫ぶ、スラットン。


「てめえ、卑怯ひきょうだぞ! 空を飛ぶなんてよ!!」


 えええっ、そっち!?


 がっくりと肩を落とす僕やスリテアたち。


「おい、降りてきて正々堂々と戦いやがれっ」


 長剣を振り回しながら、空に舞い上がったルーヴェントに向かって叫ぶスラットン。

 空では、ルーヴェントも肩をすくめていた。


「やれやれ、でございますね。天族である私にとっての本気とは、こうして空から攻撃を仕掛けることでございますよ?」


 はい、ごもっともです。

 せっかく立派な翼を生やしているのに、それを使わないで本気だなんて、普通は言わないよね。


 しょぱなからスラットンの情けない醜態しゅうたいを目にしてしまう僕たち。

 でも、これもやっぱり、スラットン本人だという証拠じゃないのかな?

 スラットンのことを深く知る僕たちの目には、スラットンが操られているようには見えない。


 白い翼を優雅に羽ばたかせて、村の上空を旋回せんかいするルーヴェント。

 地上で無様に叫ぶスラットン。

 緊張感がとぼしいけど、自身を証明する戦いの幕は切って落とされた。


 いきなり村のなかで戦い始めた他種族に、竜人族の人たちは「仕方ない」と場所を開ける。

 どうやら、竜人族の人たちは二人の戦いを静観するつもりだ。

 ううん、ちょっと違うのかな?

 もしも本当にスラットンが霧の化け物に取り憑かれていたとして。万が一に対処しようと、慎重に様子を伺っている感じだ。


 僕やリステアたちも、スラットンから離れる。

 ただし、僕たちが警戒すべきは、スラットンとルーヴェントの戦いの行く末ではない。

 スラットンのことは信用している。

 相手が天族とはいえ、スラットンがそう易々と負けるはずがないからね。


 では、なにに警戒をすべきか。

 それは、未だに黙して様子を伺っている、神族のアレクスさんだ。


 アレクスさんは、従者のルーヴェントに全てを任せているのか、自分は静かに佇んだまま、二人の戦いや僕たちの様子を伺っている。

 とはいえ、もしもルーヴェントが窮地に陥ったり、本当に霧の化け物がスラットンから出てきた場合には、絶対に黙っていないはずだ。

 そのときこそ、僕やリステアの出番なのかもしれない。


「やい、卑怯者め。とっとと降りてきやがれっ」


 遠距離の攻撃手段を持たないスラットンにとって、長剣が届かない空に逃げられちゃったら、手も足もでない。

 ここにクリーシオがいれば呪術じゅじゅつで長剣を強化させることもできるけど、やっぱり範囲外だと焼け石に水かな?


 地上で叫ぶだけのスラットンとは違い、空から様子を伺うルーヴェントには余裕がありそうだ。

 スラットンに攻撃手段がないとわかっているからこそ、じっくりと観察している。


「なるほど、なるほど。手も足もでないという程度では、正体を表さないのでございますね。それでは!」


 長槍を大きく振りかぶる、ルーヴェント。

 そして、おもむろに投げ放つ。


「ぬおっ!」


 空からの投擲とうてきに対し、スラットンは素早く回避する。

 長槍は目標のスラットンを外し、地面に突き刺さる。

 ぽつり、とルーヴェントが何かを呟いた。

 次の瞬間。地面に突き刺さっていたはずの長槍が、ルーヴェントの手の中にあった。


召喚しょうかんか」


 僕の隣で二人の戦いを観察していたリステアが言葉を漏らす。

 魔族のなかにも、武器なんかを手元に召喚するような者はいた。だから、天族のルーヴェントが召喚術を使えても不思議ではないのかもしれない。


 ところで、天族が使う術って、なんだろう?


 僕の疑問をよそに、戦いは続いていた。

 それも、一方的な展開で。


「くそがっ。この、卑怯者!」


 悪態をつきながら地上を逃げ回っているのは、スラットンだ。

 ルーヴェントは、スラットンの攻撃が届かない上空から長槍を投げ続けていた。


 空から降ってくる、豪速の槍。それを回避するスラットン。

 槍はスラットンを射抜くことができずに、地面に突き刺さる。でも、次の瞬間にはルーヴェントの手元に戻る。

 そして、また投擲される。

 スラットンは避ける。


「ぬがあぁぁっ!」


 スラットンはいらついたようにえると、足を止めた。

 ルーヴェントはそこへ、狙いすましたように長槍を投擲する。

 迫る長槍の鋒。


 がりっ、とスラットンは地面を強く踏みしめながら、半身だけ身体をひねる。

 そして、がしり、と飛来してきた長槍の長いつかを掴んだ。

 にやり、と空に向かって笑みを浮かべるスラットン。

 長槍を掴んでしまえば、ルーヴェントはもう手元に召喚することができない。そう予測したようだ。

 スラットンの予測は正しいようで、ルーヴェントは困ったように自分の手元とスラットンが掴んだ長槍を交互に見る。


「素晴らしい身体能力でございますね」

「けけけっ。てめえの鈍足どんそくな投擲なんざ、俺には通用しねえぜっ」


 右手に長剣。左手に長槍を持ち、スラットンはルーヴェントを挑発する。

 ルーヴェントは、そんなスラットンを空から見下ろしながら、困ったように微笑んだ。


「では、これらも同じように掴んでしまうのでしょうか。いったい、貴方の手はどれだけの槍を持てるのでしょうね?」


 そう言ったルーヴェントの手には、新たな槍が握られていた。

 スラットンが掴んでいる槍とは別物の、二本目の槍だ。


「げっ」


 顔を引きつらせるスラットン。

 ルーヴェントは、地上で固まるスラットンへ、容赦なく槍を放つ。

 そして、放った槍が地上に到達する前に、更に新たな槍を召喚する。

 ルーヴェントはそうして何本もの槍を召喚し、スラットンの頭上に雨のように槍を降らせた。


「のわあっ! くそがっ、卑怯だぞっ」


 叫び、それでも回避するスラットン。


 どうやら、ルーヴェントが召喚できる槍は一本だけではなかったようだ。

 降り注ぐ何本もの槍を奪うことなんてできはしない。

 スラットンは手にした長槍を投げ捨て、村中を逃げ回る。

 とはいえ、そこは勇者の相棒であるスラットンだ。数は多くても、単純な投擲程度に貫かれるような弱さはない。

 ルーヴェントもそれがわかったようで、ある程度槍を投げると、またもや空を旋回しながらスラットンの様子を伺う。


「どうやら、この程度では本性を表さないようですね」


 言って、今度は直剣ちょくけんを手元に召喚するルーヴェント。

 白金色に光る刃は、とても高価そうに見える。


神剣しんけんか」


 ルーヴェントが召喚した武器を見定めた竜人族の戦士が呟いた。


「あれが、神剣? 神剣って、神族以外でも扱えるの?」


 魔族が造った魔剣は、魔族以外が手にすると呪われてしまう。

 では、神族が鍛えあげた神剣はどうなんだろう。

 僕の疑問は、リステアが答えてくれた。


「神剣を手にしたからといって、魔剣のように呪われることはない。ただし、扱う者に神力しんりょくがなければ、性能を発揮することはできないだろうな」

「神力かぁ。ところで、天族は神力を宿しているの?」


 人族であれば、呪力。

 竜族や竜人族であれば、竜気。

 魔族であれば、魔力。


 種族ごとに、その身に宿す「力」は違う。

 その原理でいけば、神力を宿すのは神族であり、天族ではないはずだ。

 僕の疑問はリステアの疑問でもあったようで、首を傾げられた。

 どうやら、リステアにも知らないことはあるらしい。


 僕たちの疑問はさて置き。

 白金色の刃に光る神剣を召喚した天族のルーヴェントは、気合いと共に「力ある言葉」を発した。


『斬り裂け、我が空域よ』


 ぞくり、と悪寒が全身を襲う。

 スラットンも、只ならぬ気配を感じたようだ。

 咄嗟とっさに、大きく跳躍をしてその場から逃げるスラットン。


「なにっ!?」


 だけど、回避したはずのスラットンの衣服が大きく裂けていた。

 いつの間に、と思う間も無く。


『焼き払え、我が空域を』


 驚愕きょうがくしているスラットンに神剣の剣先を向ける、ルーヴェント。

 すると、スラットンが炎に包まれた。


「くそっ!」


 叫びながら、燃え上がる炎から抜け出すスラットン。

 服に燃え移った炎を必死に払う。


「さあ、手加減は終わりです。正体を現さなければ、次は本当に焼け死んでしまいますよ?」


 ルーヴェントは上空で神剣を構えながら、スラットンの様子を慎重に観察する。

 だけど、霧の化け物なんて身に宿していないだろうスラットンには、正体を現しようもない。

 というか、悪態をついたり罵詈雑言ばりぞうごんを放つスラットンこそ、いつもの彼の正体だよね。


「卑怯者は、どこまでいっても卑怯者だな! だがよ、もうてめぇの手の内は読めたぜ」


 スラットンも負けじと、地上から長剣の剣先をルーヴェントに向ける。


「どんな術かは知らねえが、発動前に言葉に出していたんじゃ、対処してくださいと言ってるようなもんだ!」


 たしかに、どんなに強力な術でも、言葉に出してしまったら対応されちゃう。

 スラットンの読みに、ルーヴェントは驚いたように目を見開いた。


「まさか、今の二撃だけでそこに気づかれるとは。流石は人族の勇者殿の家来でございます」

「家来じゃねえって言ってるだろうが!」


 叫ぶスラットン。だけど、ルーヴェントはそれを黙殺すると、またもや「力ある言葉」を発した。


『焼き払え、我が空域を』

「燃えてたまるかってんだ!」


 ルーヴェントの声に素早く反応して、スラットンは神剣が指す地表から退避する。

 だけど、炎は上がらなかった。

 その代わり、スラットンが悲鳴をあげる。


「ぬわっ、なんじゃこりゃっ!?」


 跳躍して、発生するだろう炎から回避しようとしたスラットン。でも実際には、スラットンは跳躍どころかその場から逃げることすらできなかった。


 なぜなら……


「ど、どういうことだ!?」


 スラットンは、四方を分厚い土の壁に阻まれて、囚われてしまっていた。


「やれやれ、これですから人族は」


 地面を隆起りゅうきさせ、頑丈な土の障壁でスラットンを捕縛したのは、言うまでもなくルーヴェントだ。

 そのルーヴェントは、空からスラットンを見下ろす。


「誰が、神言しんごんと発動する術が同じものだと言ったのでございましょうね?」

「なに?」

「どうやら、神術という存在は知っていても、神術が何たるかまでは理解されていないご様子」

「神術……!?」


 ルーヴェントの言葉に、僕だけじゃなくリステアや竜人族の人たちまでもが驚いていた。


「まさか、天族でありながら、神術が使えるというのか……」


 竜人族の戦士の口調を読み解けば、普通だと天族には神術を扱えないようだね。

 でも、ルーヴェントはあつかってみせた。


「もしかして、神剣の性能?」


 僕の疑問に「いいえ」と律儀に答えるルーヴェント。


「やはり、他の種族の方々にはあまり認知されていないようでございますね。では、教えて差し上げましょう。天族のなかにも、先天的せんてんてきに神力を宿す者は存在するのでございます。この、私のように」


 ルーヴェントの告白は、とても衝撃的なものだった。

 本来であれば、神力とは神族が身に宿す固有の力。だけど、神族に仕える天族のなかには、産まれた時から神力を宿す者が存在するんだね。


 でも、それはあり得ない話ではないのかもしれない。

 僕だって、後天的こうてんてきにではあるけど、こうして竜気を宿すようになったわけだし。

 なにかしらの条件があれば、他種族の能力を会得することはできるのかもね。


「くそっ」


 よじ登ろうにも、高い土壁の頂点には人族の跳躍では到達できない。破壊しようにも、分厚すぎて無理だ。

 土壁に包囲されたスラットンの舌打ちが聞こえてくる。


「さあ、そろそろ本性を現しなさい、霧の化け物よ。そうでなければ、宿主である人族もろとも、今度こそちりも残さず焼き払ってくれましょう」


 絶体絶命の危機。

 僕たちからは、スラットンの姿は直接は見えない。

 だけど、スラットンはこの程度で根を上げるような、ひ弱な精神なんてしていないよね。


「おうおう、やってくれるじゃねえかよ。だが、この程度で俺をどうにかできたと思ったら、大間違いだぜ?」


 この状況になっても、にやりと不敵な笑みを浮かべているスラットンの姿が目に見えるようだ。


「いいぜ。お前の本気が空を飛ぶことと神術なら、俺の本気も見せてやろうじゃねえか」


 上空で、ルーヴェントが警戒の色を見せる。

 いったい、スラットンは何をしようとしているのか。

 それを知っているのは、彼のことを詳しく知る僕たちだけだった。


「よう相棒、待たせたな。これからが、俺たちの本番だ!」


 土壁の向こうで、スラットンが叫ぶ。

 それに呼応して、雄々おおしい咆哮が竜人族の村に響き渡った。


「ドゥラネルよ、この邪魔な土壁を蹴散らせ!」

『るがあああぁぁぁぁっっっ!!』


 竜の咆哮に、スラットンを包囲していた土壁が吹き飛ぶ。

 障害物を消し去り、姿を現わすスラットンとドゥラネル。


 だけど、僕たちは愕然がくぜんとしてしまっていた。


「……お、おい、ドゥラネル。お前……!?」


 スラットンの呼び声に呼応して、影から出現したドゥラネル。

 でも、ドゥラネルの様子が変だ。

 というか、異常だ!


 自我を無くしたように白目をき、意味不明の咆哮を放つドゥラネル。

 そして、口や鼻から霧のような靄を生み出し、苦悶くもんしていた。


「これは……!」


 上空では、ルーヴェントも驚愕していた。


「まさか、彼ではなくあの竜に宿っていたか」


 戦いを静観していたアレクスさんが呟いた。

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