責任者は誰ですか?

「というわけで、僕たちはちゃんと挨拶あいさつをしてきました!」

「エルネア。というわけで、ではないでしょう?」

「えっ? ミストラル、僕の説明に何か不備があったかな?」

「エルネア君。不備と言いますか、もうひとつ肝心な結婚の儀のお話が抜けていますよ?」

「ルイセイネは鋭いね!」


 なんて、ほのぼのとした報告会を、僕たちは禁領のお屋敷で行っていた。

 ゆらゆらと揺れる炎が暖かい暖炉の前に家族全員で集まって、温かい飲み物を飲みながら、お忍びで人族の国を訪れた結果をみんなに伝える。

 でも、どうやら僕の報告には穴があったようです。


「それでは、セフィーにその辺のお話をしてもらいましょう!」

「なぜエルネアが自分の口で言わないのかしら? 怪しいわね?」

「ミストラル、気のせいだよ? 僕たちが楽園で試練を受けている間に結婚の儀の計画を進めてくれたのがセフィーナなんだよ」


 これは、けっして嘘ではない。

 僕とマドリーヌが追いかけ回されていた裏では、セフィーナがちゃんと話を進めてくれていたんだ。


「セフィーナさんが主軸でお話を進めてくださったのでしたら、安心ですね?」

「ルイセイネが、暗に僕とマドリーヌに任せたら大変になると言っていますよ!」

「むきぃっ、聞き捨てならないですよ!」

「でも、事実だわ」

「でも、真実だわ」

「はわわっ、満月の花の流れ星様、暴れては駄目ですわっ」

「んんっと、このお衣装は綺麗だね? プリシアは好きだからちょうだい?」

「プリシアちゃん、それはマドリーヌに贈られた大切な巫女装束だから、汚しちゃ駄目なんだからね? …………っていうか!」


 竜の森に帰ったはずのプリシアちゃんが、なんで禁領に戻ってきているのかな!?

 僕の驚きの叫びに、きゃっきゃと楽しそうに笑うプリシアちゃん。

 プリシアちゃんは、マドリーヌが貰った特別な巫女装束を着せてもらって、上機嫌だね。

 でも、大人のマドリーヌの背丈に合わせて裁縫さいほうされた巫女装束だから、お子様のプリシアちゃんが着たらぶかぶかになる。

 裾や袖をだらりと床に引きずりながら、ニーミアとアレスちゃんとお披露目会ごっこをして遊んでいた。


「んんっと、お散歩に来たんだよ?」

「プリシアちゃんのお散歩は、ものすごく範囲が広いね?」

「ミストお姉ちゃんが明日の朝に苔の広場に行くときに帰るにゃん」

「お散歩の責任者はニーミアだね?」

「にゃん」


 なんて僕たちがやり取りしている横では、セフィーナがしっかりと報告をしてくれていた。


「結果的に、私たちの結婚の儀はヨルテニトス王国の王都の中心で執り行うことになったわ」

「ええっ! セフィーナ、それって本当なの!?」


 ふかふかの絨毯じゅうたんの上に引っくり返って驚く僕!


「なぜそこでエルネアが一番驚いているのかしらね?」


 ミストラルが苦笑する。

 プリシアちゃんとアレスちゃんは、僕の真似をして絨毯の上に寝転がった。

 それを見て、みんなが笑う。

 プリシアちゃんに大切な巫女装束を貸しているマドリーヌも笑っていた。


 心が広いよね。

 お師匠様や両親、それだけでなく、ヨルテニトス王国の聖職者の人たちが心を込めて贈った大切な衣装を、プリシアちゃんに笑顔で貸せるなんてね。

 もちろん、借りたプリシアちゃんだって、マドリーヌの新たな巫女装束が大切なものだということはわかっていて、手荒く扱ったりはしていない。

 それでも万がいちの事故とかが怖くはないのかな?


「痛んだらもう一着もらうつもりにゃん。お気に入りだから二着欲しいにゃん」

「むきぃっ、ニーミアちゃん、それは秘密ですよ!」


 なるほど、と全員が納得顔で頷いた。


「ええっと。それで、改めて聞くけど。本当に王都の中心で僕たちの結婚の儀を執り行うの?」

「主役が今さら質問しているわ」

「当事者が計画を把握していないわ」

「だってさ、セフィーナにお任せしていたら間違いはないと全幅の信頼を寄せていたからね?」


 それなのに、開催場所を聞いただけで、既に大変な大事おおごとになっている予感が強く漂っています!


「そ、それで……。なんで王都の中心で執り行うって計画になったのかな?」


 僕が質問すると、セフィーナは格好良く苦笑を浮かべて、マドリーヌを指差した。


「良くも悪くも、マドリーヌ様がヨルテニトス王国の国民に愛され過ぎていることが原因じゃないかしら?」


 名前を出されて、胸を張って威張るマドリーヌ。

 それを、横でプリシアちゃんとアレスちゃんが真似する。


「どうやら私の偉大さがあだとなったようですね? 愛されすぎるというのも困りものでしょうか。エルネア君、その私と結婚をするのですから、ちゃんと愛してくださいね?」

「もちろん、みんな平等に愛しているよ?」

「むきぃっ、私を特別にしてくださいっ」


 そんなことを言ったら、他の妻たちから総攻撃を受けるよ? と僕がいう前に、マドリーヌはユフィーリアとニーナに押し倒された。


「どうやらエルネア君の妻としてのしつけを教え込む必要があるわ」

「どうやらエルネア君の妻としての自覚を植え付ける必要があるわ」

「むきいいっ、満月の花の流れ星になんという暴挙ですかっ」


 残念です。

 満月の花の流れ星は、暴走双子王女様の前にはかなく流れ去っていきました……

 と、冗談はそのくらいにして。


 セフィーナが説明を続ける。


「今回は、アームアード王国の王女の私よりも、ヨルテニトス王国の大神殿で巫女頭を務めたマドリーヌ様の立場が優先されたみたい。まあ、私の場合はユフィ姉様とニーナ姉様に次ぐ三人目の王室からの妻だしね?」

「セフィーナ。私はもう巫女頭ではないのですから、これからは呼び捨てでお願いします」

「わかったわ、マドリーヌ」

「むきいっ、切り替えが早すぎますっ。もう少し躊躇ためらってくださいっ」


 マドリーヌは、ユフィーリアとニーナに揉みくちゃにされているけど、こちらの話はちゃんと聞いているんだね。


「それで、マドリーヌの結婚の儀ということで、関係者以外の一般の人たちも祝福したいという声が大きいみたいなのよね」

「だから、王都の中心で? たしかヨルテニトス王国の王都の中心は、王城が消滅してしまって、現在はその地下の迷宮を学生や冒険者の人たちに解放しているんだよね?」


 誰が王城を消し飛ばして、誰が地下に大迷宮を創ったのかは、絶対に口にしません!


「にゃあ」


 と、ともかく!


 マドリーヌの結婚を、国民も祝福したい。そう考えると、王都の中心で執り行うのが最も効率が良いのかもしれないね?

 盛大な儀式になるからと、前のように飛竜の狩場などのような特別な場所を選定すると、一般の人たちはなかなか参加できない。

 その点、王都の中心で結婚の儀を執り行うと、関係者は王都の中心に集まれば良いし、一般の人たちも王都内で一緒に祝うことで一体感が持てるというわけだね?


 セフィーナの説明に「仕方がないと言えば仕方がないのかしら?」と、妻たちも一応の納得を示す。


「でも、そこで少し困った問題を提示されたのよね?」

「問題というと?」

「エルネア、貴方は本当に全てをセフィーナに任せていて、自分は何も知らないのね?」

「ミストラル、それは言っちゃ駄目だよ?」

「あとで責任放棄のお仕置きですね?」

「ルイセイネ、お手柔らかにね?」

「はわわっ、エルネア様、お仕置きの前にわたくしと一緒に逃げましょう!」

「ライラと一緒に過ごす時間はちゃんと取るからね? 安心してね?」

「はいですわっ!」


 イース家の家族会議は、なかなか進行しない。

 あっちに話がそれたり、こっちでは騒動が起きたり。わいわいと賑やかすぎて、本題が前に進み難いんだよね。

 それでも、セフイーナは説明を続けてくれた。


「前任とはいえ巫女頭であり、ヴァリティエの長女であるマドリーヌと、三人目とはいえアームアード王国の王女の私、それとアームアード王国とヨルテニトス王国の救世主であり竜神様の御遣いと大々的に噂の広まったエルネア君。その結婚の儀の進行役となる者の選定に困っているみたいよ?」

「じつはそれって、結構大きな問題じゃないかな?」


 僕が言うのも何だけど、結婚の儀を執り仕切る者は、僕たちや貴賓たちから見ても納得のできる者じゃないと務まらないと思う。

 結婚の儀が僕たちの主催だったら、それでも方々ほうぼうに声を掛けて、誰かしらを選定できたとは思うんだけど……

 現在の計画者たちでは、声を掛けられる者に限度が出てしまうんだろうね。


 アームアード王国とヨルテニトス王国、そして神殿宗教の人たちが中心となって僕たちの結婚の議を執り行ってくれるのは有難いんだけど、その進行役の選出が困難を極めている様子みたいだね?


「それで、どうなったのかしら?」


 ミストラルの質問に、両手を広げて「お手上げ」と示すセフィーナ。


「今のところ、候補者すら決まっていないらしいわ」

「あらあらまあまあ、それでは結婚の儀自体が頓挫とんざしてしますますね?」

「むきいっ、それは困りますっ!」


 マドリーヌの声だけが聞こえてくる。

 でも、ユフィーリアとニーナとプリシアちゃんとアレスちゃんとニーミアの山に埋もれて、姿は見えません。

 がんばれ、マドリーヌ!


「相談は受けたわよ? 人族以外に誰か適切な者はいないか聞かれたわ」

「それで、セフィーナはなんて答えたの?」

「巨人の魔王陛下か、スレイグスタ様か、アシェル様か、精霊王の誰かか……」

「うーん、受けてくれるかもしれないけど、儀式が大変なことになりそうな予感しかないね?」

「あとは、ミシェイラちゃんや竜神様も一応は提案したわ」

「そっち方面の方々は、どちらかというと貴賓として招んだ方が良いよね?」

「私もそう思ったし、主催側も私の挙げた名前と計画を練るのは畏れ多すぎて、と逆に困っていたわね?」


 確かに、普通の人たちが魔王やスレイグスタ老やその他諸々の計り知れない存在の者と相談はできなさそうだよね?


「アリスお母さんがまだ残ってくれていたら相談したかもしれないわね」

「そう考えると、アリスお母さんが帰っちゃったのは残念だね?」


 聖域の巫女騎士様であり、アリスさん自身も高位の巫女様だから、僕たちの結婚の儀を執り仕切る人物としては申し分なかったかもしれない。

 でも、残念ながらアリスさんは聖域に帰っちゃったんだよね。

 どうにかして連絡できれば良いんだけどなぁ、とみんなで考え込んだ。

 だけど、こちらから聖域のアリスさんへ連絡する手段は見つからなかった。


 古代遺跡をこちらから利用する?

 駄目です。

 魔女さんやアーダさんが封印して回っていたような遺跡を、安易に利用しようとは思わない。


「結婚の儀は、どちらにしてもエルネアたちが狂淵魔王の騒動から帰ってきてからになるのだから、もう少しみんなで考えましょう」


 ミストラルの提案によって、この問題は繰り越されることになった。

 今年の冬は、みんなで意見を出し合いながらぬくぬくと過ごそう。そう結論付けて、今回のお忍びの挨拶回りの報告会、及び家族会議は終了した。


 このまま、深まる冬を禁領で過ごして、年が明けたら勇者のリステアやスラットンと共に狂淵魔王の国に入って活動する。

 ということで、あとはゆっくりとした年越しだね!


 と、思った時期もありました。

 だけど、年越し前に僕たちは今年最後のお客様を迎えることになるのだった。

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