桃源郷

 白剣をぐ。

 やいばは巨大化したルガに届かないけど、確実にその影響力を世界に示す。

 炎の精霊たちが、白剣に力を乗せて舞い踊る。すると、すすけた仲間にもう一度火を呼び起こし、燃え上がらせる。

 風の精霊たちが、僕の竜気を遠くまで届けてくれる。淀んだ風をはらい、新鮮な息吹いぶきで世界を満たす。


 霊樹の木刀を振るう。

 水の精霊は霊樹の力を借りて自浄じじょうしていき、濁った同族を濾過ろかしていく。腐敗した大地の精霊たちも、水の精霊たちの流れに乗ってけがれを落とす。

 光はよりまぶしく僕たちをらし、闇はくっきりと影を生む。


 精霊たちは僕の竜剣舞に合わせて乱舞し、世界をあるべき姿へと戻していく。

 バルトノワールの禁術が生み出す瘴気と、再臨したルガによって乱された世界の秩序ちつじょが、少しずつ浄化され始めた。


「人族風情が、小癪こしゃくな!」


 だけど、それを黙って見ているルガではない。

 死という概念がいねんまとわりつかせた竜の手を、竜剣舞を舞う僕へと振り下ろすルガ。


「させるものですか!」


 そこへ、セフィーナさんが割って入る。


「ユフィと」

「ニーナの」

「「竜鱗障壁りゅうりんしょうへき!!」


 ルガの正面に立つ僕とセフィーナさんの周りに、無数の小結界が生まれる。

 ひとつひとつが竜の鱗のような形をした結界が並び、ルガの凶悪な攻撃を受け止めた。


 ぱりんっ! と竜の手に触れた小結界が弾け散る。だけど、それが十枚、百枚と一瞬のうちに触れては砕かれを繰り返すと、見る間に攻撃の威力が削がれていく。

 そして最後に、待ち構えていたセフィーナさんが動く。


「はあっ!」


 気合いとは裏腹に、清流せいりゅうのようなおだやかな動きを見せるセフィーナさん。

 左の掌底しょうていで竜の手を払い、右手で弾く。たったそれだけで、凶悪なルガの攻撃を受け流した。


「図に乗るなよ?」


 ルガがえる。

 鱗に浮かび上がる、複雑な模様。それと同時に、セフィーナさんが苦悶の表情を浮かべて額に汗を流す。

 ルガは、そこへ容赦なく次の攻撃を放つ。

 迫る「死」に対し、セフィーナさんは動けない。


「加勢しよう!」


 危機におちいったセフィーナさんを救うべく割り込んできたのは、もうひとりの八大竜王、ウォルだ!

 ウォルはセフィーナさんをかばいつつ、竜気を爆発させる。

 竜人族の桁違いの竜気が練りこまれた大地が隆起りゅうきし、分厚い壁を形成する。瞬く間に、巨大な壁がウォルとセフィーナさんを覆い尽くす。


 ルガはしかし、そんな障害物なんてお構いなしとばかりに拳を振り下ろした。

 爆散する、大地の壁。


「っ!?」


 だけど、そこにウォルとセフィーナさんの姿はなかった。


 世界へと意識が繋がっている僕にならわかる。

 ウォルは障壁でルガの視線から隠れると、セフィーナさんを連れて地中へと潜った。そして、魔獣のように竜脈に乗って、別の場所まで瞬時に移動したんだ。


「ふう。流石にきつい……」

「ありがとうございます。助かりました」


 どうやらウォルは、ルイセイネに傷を癒してもらったみたい。だけど、全快ぜんかいではないようで、今の大技で息を荒げていた。

 セフィーナさんも、大きく移動したことによって、ルガの呪術から逃れたみたいだ。


「お二人とも、次の攻撃が来ます!」


 だけど、気を休めている暇なんてない。

 ルガの極太の尻尾が伸びる。そして、離れた場所に移動したウォルとセフィーナさんへ向かって殺意を放つ。


「やれやれ、忙しいよね」


 ルイララが苦笑しながら、それでも魔法を放つ。

 水飛沫みずしぶきのような散弾さんだんが、ルガの巨体に叩きつけられた。

 鱗が割れ、肉が弾ける。ルイララの恐ろしい魔法に、ルガの動きがにぶった。


「お覚悟ですわっ!」

『竜人族ごときが、我になにをした!!』


 ルイララの生み出した泉のなかで治癒をほどこしたのか、レヴァリアが怒り狂った様相でルガに飛びかかる。

 凶暴な爪を、ルガの極太の尻尾に食い込ませると、大小四枚の翼を荒々しく羽ばたかせる。

 そうしながら、紅蓮の炎をルガに放つ。


「その程度の炎と爪で、俺をどうにかできるとでも? 暴君も、この程度か!」

「きゃあぁっ!」

『ちっ』


 ルガは、炎に包まれながら尻尾を振るう。それだけで、レヴァリアが吹き飛ばされた。

 紅蓮の炎も、表皮を焦がすこともなく消えていく。

 さらに、振り回された尻尾が、とうとうセフィーナさんとウォルに迫る。


「「竜鱗障壁!!」」


 ユフィーリアとニーナの竜術が、ウォルとセフィーナさんを守護する。

 だけど、豪速で迫る尻尾に、ことごとく砕かれていく。


「はあっ!」


 ウォルも竜術の結界を展開させた。

 ただし、こちらはセフィーナさんだけを守護するように。


 そして、ウォルの守護を受けたセフィーナさんが、ゆらり、と動く。


「受け流そうとしても無駄だ! 貴様ごと潰してくれる!!」


 ルガが残忍な笑みを浮かべる。

 何度も同じ手にはかからない。ルガは禁術によって、それだけの実力と能力を身につけていた。

 だけど、セフィーナさんの気配は揺るがない。

 きりっと、迫り来る脅威に対して逃げることなく瞳を向ける。


『そおれっ!』

『やっちまえーっ』


 そこへ、精霊たちが協力して動いてくれた。

 僕の竜剣舞に合わせて踊りながら、セフィーナさんを護る。

 風の精霊が大気の密度を増して、見えない壁を作る。大地の精霊がルガの足もとを不安定にする。光の精霊が弾けて目眩めくらましをし、闇の精霊が闇で視界を覆う。

 レヴァリアの炎の残滓ざんしを力に、炎の精霊たちが活気付く。消えたはずの炎が、ルガの全身を覆って再び燃え上がり始めた。


 一瞬のうちに、見えない敵に攻撃を阻害され、逆に攻撃を受けたルガ。でも、今のルガにはそれさえも通用しない!

 ルガは精霊たちの動きなどなかったかのように、セフィーナさんとウォルに向かって凶悪な尻尾を叩きつけた。


「やあっ!」


 全身全霊を込めて、セフィーナさんが動く。

 ルガの攻撃を、激流に逆らうことなく受け流す。さらに、ルガ自身の力を利用し、極太の尻尾を地面に深く叩き込む。

 大地に深々と亀裂を生み、沈み込んだルガの尻尾。それを、大地の精霊たちがせっせと埋めていく。


 圧倒的な力を手に入れたルガ。

 だけど、みんなの小さな抵抗によって、思い通りの結果を呼び込めない。

 ルガは、怒りに任せて暴れ始めた。それを、精霊を含めた全員で耐えしのぐ。


「勝てないけど、負けないわ!」

「強敵だけど、負けないわ!」


 ユフィーリアとニーナの言葉に、全員が頷く。

 ひと昔前の僕たちだったら、戦いにおいて何よりも「勝つ」ことを優先していた。でも、それじゃあこの先、僕たちは格上の相手にいつまでたっても絶対に負けてしまう。

 だから、戦い方を変えたんだ。


 勝つことが最優先じゃない。負けないことが最も大切なんだ!


 ひとりで対処できないなら、みんなで協力し合う。

 個々で敵わなくても、みんなで挑めば負けることはない。

 そして、負けなければ、いつかは勝利できる。


 全員が一丸となって、ルガの猛攻を耐える。


 ルガは、絶対的な存在へと転臨てんりんしたにも関わらず、下等と見下す存在に攻撃を阻まれ続け、怒りを増していく。

 ルガの感情に呼応するように、瘴気が生まれては吸収されていく。

 気を僅かに抜いてしまうだけで、ルガの放つ殺気に命を奪われてしまう状況だ。


 だけど、そんな状況でもみんなは果敢に挑み続ける。

 絶対に負けない、と覚悟を決めたみんなの意志は、竜魔人となったルガにも打ち砕けない!


「いい加減、目障りだっっっ!!」


 苛立ちが頂点へと達したルガが、咆哮を放つ。空気の振動と共に、恐ろしいほどの力が四方八方へと無差別に解き放たれた。

 これまで奮戦していたみんなが悲鳴をあげて吹き飛ばされた。でも、全員が立ち上がる。

 みんなの瞳には、揺るぎない想いが宿っていた。


「エルネア君となら、絶対に負けないわ」

「エルネア君となら、絶対に勝てるわ」


 竜奉剣を構え直す、ユフィーリアとニーナ。


「エルネア様なら、信じられますわ」


 ライラも、レヴァリアの背中で両手棍を握りしめる。


「エルネア君のことだもの。貴方なんて相手にならないわ」


 確信に満ちた言葉を口にするセフィーナさん。

 それに、ウォルが頷く。


「ははは。ルガよ、お前は誰かを忘れていないかい?」

「僕たちが頑張ったんだ。エルネア君にも頑張って欲しいよねぇ」


 竜人族のウォルの言葉に、うんうんと頷くのは、魔族のルイララだ。


『ちっ。今回はゆずってやる』

「あらあらまあまあ、そんなことを言ってもよろしいのでしょうか?」


 翼を荒々しく羽ばたかせたレヴァリアに、ルイセイネがわざとらしく驚く。


 ルガの圧倒的な攻撃によって疲弊しているはずのみんな。だけどなぜか、全員が笑っていた。

 微笑みながら、全員が僕を見ていた。


「っ!?」


 ルガが振り返る。

 巨大化したルガからすれば、僕は小人でしかない。

 そんな僕を見下ろし、ルガは顔を引きつらせた。


 僕は、竜剣舞を舞い続けた。

 精霊たちと一緒になり、想いを込めて舞い続けた。


 精霊たちは僕と一緒に踊ることによって、ルガの魔手から逃れる。そうしながら、自分たちの世界を守ろうと必死に抗う。

 汚染されていた精霊の世界の浸食しんしょくが止まり、逃げ惑っていた精霊たちにも冷静さが戻る。そうすると、精霊たちも一致団結を見せて戦う。

 さらに、余剰よじょうの力を僕に分け与えてくれた。


 精霊たちの力は、霊樹によってアレスさんへも届けられる。

 力を回復させたアレスさんが、精霊たちに命令を下す。すると、精霊たちはさらに連携的な動きを見せて、汚染を振り祓っていく。


 そして気づくと、精霊たちの力を取り込んだ霊樹が、眩しく輝き始めていた。

 夏の日差しをいっぱい浴びたかのように、きらきらと輝く霊樹。

 新緑しんりょくの輝きは次第に密度を増していき、ひとつの形を成していく。


 緑色に輝く刃。


 霊樹れいじゅけん


 竜力、霊樹の力、精霊力。それだけじゃない。魔力やみんなの想いまでもが詰まった霊樹の刃は、どこまでも長く伸びる。


 霊樹の剣を目にしたルガが、瞳を大きく見開いて、驚愕していた。

 僕はそこに、容赦なく刃を振り下ろす。


 みんなが作ってくれた、この瞬間!


 全力で抗ってくれたおかげで、ルガの意識が僕かられた。

 負けないことを貫き通し、防御に徹してくれたみんなは、僕のことを信頼してくれていた。

 僕なら、絶対にルガを倒せると。


 だから、僕は応える。


 全てをこの刃に乗せて、竜魔人ルガを倒す!!


 竜剣舞に合わせて振り下ろされた霊樹の剣は、ルガを左右真っ二つに両断した。


「……!!!」


 悲鳴さえもあげられないまま、両断されたルガの巨体が地面に崩れ落ちる。


 勝った!

 そう思ったのもつかの間。

 だけど、最悪の事態はこれからだった。


「まだ、禁術は発動したままさ……。さあ、どうなるだろうね?」


 死に間際のバルトノワールが、とてつもなく不穏ふおんなことを口にする。と、同時に、ルガの遺骸いがいが爆発した。

 しかも、ただの爆発じゃない!

 ルガという魂のうつわを失ったことで、これまでに吸収してきた瘴気や魂が濃密なまま爆散される。


 真っ黒な瘴気の雲が地上や空をけがし、全てを腐らせていく。

 汚染が止まっていた精霊の世界が、いっきに侵食されていく。


「みなさん、集まってください!」


 ルイセイネが、ルイララの側で結界を張る。

 ルイララも魔法で結界を貼り、レヴァリアも竜術で加勢する。それでも、瘴気が結界を侵食していく。


 このままでは、みんなが危ない!


 僕は白剣と霊樹の剣を握り直し、竜剣舞を舞う。


 瘴気を祓わなければいけない。そうしないと、禁術によって新たな始祖族が誕生してしまう危険性がある。

 ううん、そんなことは二の次の問題だ!


 僕は救いたい。

 みんなを。そして、世界を!


 僕の竜剣舞なら、きっと瘴気を祓うことができるはずだ。

 これまでにだって、死霊や不浄なものを清めてきた。

 それだけじゃない。僕の竜剣舞は、女神様に奉納するための舞でもある。だから、竜剣舞を通してみんなを護り、世界を守ることによって女神様に奏上したい。


 どうか、平穏を取り戻せますように、と。


 意識をどこまでも落としていく。

 世界に溶け込ませ、世界とひとつになる。


 重なり合った幾つもの世界を認識する。

 普段瞳に映っている世界が汚染されていくように、精霊の世界も汚れてしまっている。

 濁った色が世界から色を奪い、腐らせていく。

 僕はそれをひとつひとつ丁寧に祓う。


 想いと力を込めて振るった霊樹の剣。

 霊樹の剣に触れた世界は清められ、色を取り戻す。

 白剣から雷光がほとばしり、瘴気を消し飛ばしていく。


 だけど、いくら祓っても、次から次に瘴気が生まれ、世界を穢していく。


 このままじゃあ、駄目だ。

 もっと、深く。

 もっと、世界に繋がらなきゃ。


 いつか体感した感覚。

 世界の深層に引き込まれていく魂。それと同時に、これ以上は踏み込んではいけない、と本能が警告を発する。


 でも、僕は躊躇わなかった。

 この先に踏み込まないと、きっと世界を救えない。


 深く。深く。

 足もとには地面があるはずなのに、僕の意識と魂はどこまでも深く世界に沈んでいく。


 だけど、深く沈みこませることによって、知ることもあった。

 世界の深層は、まだそれほど侵食されていない。


 ならば!


 竜剣舞に合わせて溢れる竜脈。それに乗せて、深層に広がる極彩色ごくさいしょくの世界を表層へと押し上げる。

 鮮やかな色が竜剣舞によって撹拌かくはんされ、複雑な色模様となって瘴気の闇を塗り替えていく。


 瘴気は竜剣舞によって浄化され、極彩色によって染めあげられていく。


 そうだ。このまま、もっと……

 一心不乱に竜剣舞を舞う。

 僕の意識と魂は世界の深層に沈んでいき……


「ネア……。エルネアッ!!」


 誰かに呼ばれた気がした。


 ふと見上げた空は、黄金色に染まっていた。

 そして、黄金色の空にも負けないほど美しく輝く明星みょうじょうがひとつ。

 ううん、二つ、三つと数を増やしていく。


 はっ、と僕は我に返る。


 黄金色の空に輝く星々を道標みちしるべに、僕は世界の深層から浮上した。


 そして、見た。


「うわぁっ、なんだこれ!?」


 世界が、激変していた。


 瘴気なんて、もうどこにも存在していない。

 禁術の気配さえも、消えていた。


 その代わり。


 大地が、大波のように波打っている。それだけならまだしも、大地は黄色や赤色や白色に染まり、場所によっては結晶化して、きらきらと宝石のように輝いていた。

 幻想的な地上の風景に感嘆かんたんの息を漏らしながら頭上を見上げる。すると、空も黄金色じゃなくて、青や紫や緑といったあり得ない色が混在し、未だに混じり合ったり分離したりと不思議な空景色を見せる。


 そして、極めつけは……!


金魚きんぎょだわ」

鳳凰ほうおうかしら?」

「はわわ、見たことのない生物ですわっ」

「あらあらまあまあ、これは精霊さんたちの具現化ぐげんかではないでしようか」


 金魚に似た青い精霊さんが、水のない空中を気持ち良さそうに泳いでいる。

 赤い鳥が、ルイララの作り出した泉に浮いている。

 それだけでなく、海に生息する軟体動物っぽい姿の精霊さんや、摩訶不思議まかふしぎな様相の精霊さんたちがたくさん、僕たちの目に飛び込んできた。


「いったい、なにが起きたのかな!?」


 僕の驚きの声に、みんなの向ける視線が、なぜか痛い。


「ふふふ、さすがはエルネア君ですね。まさか、重なり合う世界を繋げてしまうとは」


 そんな僕らを見て、ふふふと微笑むのはシャルロットだった。

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