旅行と修行と

「まさか、馬よりも先に魔獣に乗ることになるなんてねぇ」


 なんて苦笑しつつも、貴重な体験に満足げな様子で楽しんでいるのは、僕の母さんだ。


 魔獣も、竜族や他の種族と同じように、僕の実家に出入りしてる。でも、やっぱり魔獣は魔獣で、そうそう人に懐いたりはしない。

 母さんも、家で魔獣を見たりすることはあったみたいだけど、深い接点は持っていなかったみたい。

 それでも、種族と種族の壁を容易く越えちゃう幼女たちの仲介があり、こうして貴重な体験へと繋がった。


 母さんを背中に乗せているのは、いつぞや僕を追いかけ回し続けていた大狼魔獣おおおおかみまじゅうだ。

 くんくん、と母さんの匂いを嗅ぐと、自分から母さんを誘った。

 どうも、僕と母さんは同じたぐいの匂いらしくて、それで気に入っちゃったみたいだね。


 母さん以外の母親連合のみなさんも、鹿の魔獣や大鳥の魔獣に騎乗して満喫している。

 面白いのは、熊の魔獣に騎乗したライラとレネイラ様かな。


「どうしましょう、どうしましょう……」

「レネイラ様、あまり動かれますと危ないですわ。ほら、みなさまもレネイラ様を見て不安がっておいでですわ」

「ですが、ライラ。……ほら、木の枝がこんな近くにありますわ」

「はい。手を伸ばすと、木の実が取れますわ」

「ああ、どうしましょう。私がこんな体験をして良いのでしょうか」


 てっきり、魔獣を怖がっているのかと思いきや、どうも違うみたい。

 普通では味わえない体験に最も興奮しているのがレネイラ様だった。

 熊の魔獣の背中で動いているのは、怖くて逃げ出そうとしているからではない。

 たくましい熊の魔獣の身体をべたべた触ったり、周りの自然に手を伸ばしたり。他の魔獣にちょっかいを出したり。


 はい。まるで子供みたいにはしゃいでます。


 心配で一緒に騎乗したライラは、レネイラ様が落ちないように支えるので必死だよ。


「はわわっ。レネイラ様、あんまり毛を強く引っ張ると、熊様が痛がりますわ」

「見て、ライラ。とても素敵な毛並みですわ」


 レネイラ様を見たときの最初の印象は、昔のライラのように、ちょっと引っ込み思案で恥ずかしがり屋だと感じていた。

 でも、本性は違ったみたい。

 なにかに対しての最初の一歩は確かに積極的ではないものの、一度触れたものには臆することなく関わろうとする。


 幽閉されていた離宮から出るときも、最初は躊躇いがちだったんだよね。だけど、ライラや僕たちの説得を受け、王様の許可をもらうと、一転して旅を楽しみ始めた。

 あんなに怯えていたレヴァリアにだって、一度触れたあとは、自分から仲良くなろうとしていたくらい。ヨルテニトス王国からこちらに来るときも、ライラと一緒にレヴァリアに騎乗していたっけ。


 そうそう。

 アームアード王国の王妃様たちと上手く馴染めるかな、と不安だったけど、その心配は最初から必要なかった。

 どうも、両国の王様が顔見知りなように、王妃様たちも昔から仲良しだったらしい。

 今はライラと一緒に熊の魔獣に騎乗しているレネイラ様だけど、休憩中は他の人たちとも仲良く雑談しているし、セーラ様たちもレネイラ様の境遇を心配したり、一緒になって夫の悪口を言ったりして楽しく過ごしていた。


「それで、エルネアはなにを企んでいたのかしら?」

「はい!?」


 最後尾からライラや他のみんなを見守っていたら、横を歩いていたミストラルが僕をめつけていた。


「な、なんのことかな!?」

「とぼけても無駄よ。ニーミアにまた弱みを握られたのでしょう?」

「うっ……」


 ニーミアめ、帰還早々に僕を追い詰める気ですか!?


 僕は、巨大兎魔獣に騎乗するプリシアちゃんの、頭の上で休んでいるニーミアを恨めしそうに睨んだ。


 ちなみに、魔獣に騎乗しているのはライラと幼女組以外は、母さんたち母親連合だけ。

 僕や妻たち、それに案内役のカーリーさんは徒歩だ。


「むきいいっっ! なんで私は魔獣に乗れないのですかっ」

「マドリーヌ様、諦めて。私とマドリーヌ様は修行という名目で同行させてもらっているのだから、楽はできません」


 もちろん、マドリーヌ様とセフィーナさんも徒歩だ。

 渋々と歩くマドリーヌ様の手を取って颯爽さっそうと進むセフィーナさんを見ていると、どっちが年上かわからなくなっちゃうよね。


「エルネア、遠い目でマドリーヌたちを見て誤魔化そうとしても無駄よ?」

「ううっ、違うんだよ」

「なにが違うのかしら。さあ、白状なさい」


 ぐぐいっ、と詰め寄るミストラル。

 僕の腕に自分の腕を絡ませて、細い身体を密着させてくる。

 慎ましい感触が僕の肩に当たって気持ち良い。


「エルネアお兄ちゃんがすけべなことを考えてるにゃん」

「あっ、こらっ!」


 わざわざ、こっちを見下ろして暴露するニーミア。

 ミストラルは「まったくもう」なんてため息を吐きつつ、それでも身体を離そうとはしない。

 だけど、ニーミアの密告はミストラルに対してのものではなかった。


「エルネア君、後ろでひっそりと卑怯だわっ」

「ミスト、最後尾でこっそりとはずるいわっ」


 前方を歩いていたユフィーリアとニーナが、ニーミアの声に気づいてこちらへ飛んでくる。


「いやいや、遊んでいるわけじゃないからねっ」

「なら、私も混ぜてほしいわ」

「なら、仲間はずれは嫌だわ」


 そうして、僕はいつものように揉みくちゃにされるのでした。


「あ、歩きにくい……」






「ルイセイネ、大丈夫?」


 日中歩き通して。

 本日は、竜の森のなかで野宿をすることになった。


 普通なら迷いの森が良いように作用して、簡単に竜峰の麓へとたどり着けそうなものだけど、どうも上手く進めなかったらしい。

 これって、絶対にスレイグスタ老の悪戯いたずらだよね。

 この場にいないのに悪戯してくるって、なんて極悪なおじいちゃんなんでしょう。


 上手く案内できなかったカーリーさんなんて、ちょっと申し訳なさそうにしているよ。

 可哀想に。カーリーさんのせいじゃなくて、スレイグスタ老のせいなのにね。


 夕食は、料理上手というレネイラ様を中心に、母親連合が団結して作っている。それで、手の空いた僕たちは思い思いに休憩しているわけなんだけど。

 なんだか、ルイセイネの元気がない。

 そういえば、日中の騒ぎにもあまり関わってこなかったよね。


 気になって声をかけると、優しく微笑まれた。


「エルネア君、心配してくださってありがとうございます。ですが、わたくしはいたって平気ですよ?」

「そうかなぁ?」

「あらあらまあまあ、なにか気にかかることでも?」

「うん。僕の見立てだと、ヨルテニトス王国から帰ってきて以降、ルイセイネはなにか思いつめているような気がするんだよね」

「ふふふ」


 僕の考えに、ルイセイネは嬉しそうに微笑んだ。

 でも、やっぱり元気がない。


「なにか悩みでもあるの? もしかして、マドリーヌ様がついて来ちゃったことに怒ってる?」

「いいえ、マドリーヌ様のことは仕方のないことですよ。同じ神職の者として、魔王が奪っていった錫杖の価値も知っていますし」

「そうかぁ。なら、なんで元気がないのかな?」


 ルイセイネの様子の変化に気づいているのは、僕だけじゃない。ミストラルたちも気にしているのか、僕とルイセイネの会話にちょっかいを出すことなく見守っている。

 あのユフィーリアとニーナでさえ、割り込んでこない。

 ルイセイネも、僕たち全員が心配していることを気にしたのか、少し躊躇いがちにではあったけど口を開いてくれた。


「わたくしは、みなさまのお役に立てているのか、と思いまして」

「ええっ、すごく役に立ててるよっ。というか、家族なんだしとても大切に思ってるよ!」

「ふふふ、ありがとうございます。エルネア君の愛はいっぱい感じてますよ? ですが、だからこそ思うのです。はい、昔から何度となく繰り返し思っていることなのですが……」


 不安な心情を表すように、もじもじと動くルイセイネの手を握る。すると、ルイセイネも嬉しそうに握り返してきた。


「戦いにおいて、わたくしは足手まといでは、と思ってしまうのです。高位の法術が使えるわけでもなく、みなさんのような特殊な力もありませんから……。ヨルテニトス王国では、結局怪我をされた方々や竜族を癒しただけですし」


 なるほど。戦いに参加できなかったことに対して、後ろめたさを感じているんだね。


「そんなことないよ。むしろ、僕たちの一番の支えはルイセイネだと思うんだ。僕たちは戦うことしかできない。でも、ルイセイネは唯一の癒し手なんだしさ。それに、魔剣使いの動きを止めたのだってルイセイネじゃないか」

「あれは、わたくしの法術ではなくマドリーヌ様の二重法術が効いていただけですよ?」

「ううん、そんなことはない! 僕たちはルイセイネの活躍をちゃんと見ていたよ!」

「ありがとうございます……」


 手を離し、代わりにルイセイネを抱き寄せる。すると、ルイセイネも僕の背中に腕を回す。


「ルイセイネ、勘違いをしては駄目よ。わたしたちの日常は、戦いのなかにあるわけではないの。平穏な日々、なんでもない毎日にこそ、大切なものがあるのよ。そして、その日常に安らぎを与えている中心は、貴女なのよ?」

「そうだよ。ミストラルの言う通り! 僕だって、できれば戦いや争いのない日々を送りたいと思っているんだ。……そこの人たち、怪しい目で僕を見つめない! ともかくさ。ルイセイネは僕の大切なお嫁さんで、けっして役に立ってなくなんかないってことだよ!」


 ここ最近、というか学校に通いだしてから? ちょっと荒事が続いていたからね。

 戦巫女いくさみこのルイセイネは、戦いにおいて活躍できないことに、後ろめたさを感じていたんだね。

 でも、周りは竜人族だったり魔族だったりと、本来なら人族の手に負える相手じゃないんだ。だから、ルイセイネが悪いわけじゃないし、誰も責めたりなんてしていない。

 むしろ、僕の家族に規律と慎ましさを与えているルイセイネは、とっても貢献していると思うんだよね。


「ルイセイネはお馬鹿だわ。癒し手がいるからこそ、私たちは全力で戦えるのよ」

「ルイセイネはお馬鹿だわ。癒し手がいるからこそ、私たちは無茶ができるのよ」

「ルイセイネ様。私の命を救ってくださったのは、ルイセイネ様ですわ」

「そうだよ。ライラだけじゃない。アーニャさんの飛竜や大勢のみんながルイセイネに救われているんだからね」

「んんっと。ユンユンとリンリンも凄いって言ってるよ?」

「あらあらまあまあ、耳長族の賢者様に褒められると照れますね」


 いつの間にか、ルイセイネを囲むみんな。

 ふふふ、といつものような優しい微笑みに戻ったルイセイネは、ちゃんと家族の温かさに触れたみたいだね。


「ごめんなさい。楽しい旅の雰囲気を壊してしまいましたね」

「いいえ、そんなことはないですよ!」


 ううん、良い雰囲気を壊したのはマドリーヌ様です!


 僕たちが家族の愛を深めあっていると、割り込んできたのはマドリーヌ様だった。


「ルイセイネ、修行です! 自らを至らないと感じるのであれば、他者に心配をかけるのではなく、己の修練をもって乗り越えなさい」


 びしっ、とルイセイネを指差すマドリーヌ様。


「誰かの役に立つためには、己を磨くしかないのです。貴女は巫女なのですから、道は示されているのですよ」

「はい、マドリーヌ様。そうでした、わたくしたち巫女は日々修行にはげみ、女神様の慈愛を世界に満たすのがお役目でした」

「そうです。だから、修行ですよ!」

「はい!」


 どうやら、ルイセイネの悩みは過ぎ去ってくれたみたいだね。

 マドリーヌ様と気合いを入れるルイセイネ。先ずは瞑想からと、早速身を正して行動に移る二人。


「それじゃあ、僕たちも瞑想をしようか。竜気の補充もしなきゃいけないしね」

「エルネア、瞑想も良いけれど。結局、なにを企んでいたのかしら?」

「くっ。まだ覚えていたんだね!?」

「にゃーん」

「こらっ、ニーミア。君のせいなんだからねっ」

「にゃんはなにも言ってないにゃん」

「んんっとね。おばちゃんたちを……」

「あーっ! プリシアちゃん、お菓子をあげよう。さあ、これで満足かい? というか、やっぱり喋ってるじゃないですかーっ!」


 教訓。

 悪巧みを考えてはいけません。

 清く正しく美しく。

 聖職者じゃないけれど、まっとうに生きようね!

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