イース家の陰謀

 朝食の時間が終われば、アミラさんには嫌な時間が待っている。

 横柄おうへいな貴族であり、この地の領主であるギルディアの接待をしなきゃいけない。

 朝の早い時間からお酒の席で横に座って接待、なんてことはないと思うんだけど。いったい、ギルディアはアミラさんに何をさせようとしているんだろうね?


 ユフィーリアやニーナなんかは「嫌なことは嫌だと言うべきだわ」なんて王族らしい考えを言っていたけど。でも、言えないよね。

 身分制度が緩かったアームアード王国でさえ、平民が貴族に対して面と向かって楯突たてつくようなことはなかった。そんな人族の国以上に厳格な身分制度が存在する神族の国の、しかも自分の住む地域の領主に歯向かうのは難しい。

 なにせ、アレクスさんやアミラさんたちがギルディアと対立するということは、つまり村人全員が立ち上がることを意味するからね。


 アレクスさんの一族は、いつか闘神として帝に仕えたいと願っている。そして村の人々は、そんな闘神の末裔の忠実な家臣であろうとする。

 帝に仕えたいと願う者たちが、帝が支配する国に対して反乱を起こす。なんてことは誰だって避けたいと思うよね。

 だから、アミラさんも嫌々ながら、ギルディアの要求を受けて接待に出るしかないみたいだ。


 だけど、そうなるとアミラさんは本当に、このままではギルディアのめかけになってしまう。

 だから、何か手を打たないといけない。とは思うんだけど、やっぱり良い案が思いつかない。

 僕たちが勝手に動くわけにはいかないからね。

 今は、アレクスさんのねばり強い交渉に賭けるしかない状況だ。


 とはいえ、僕たちだって指をくわえて状況を見ているだけ、なんてことはしないよ。


「ルイセイネ、貴女は今後に備えて、今は瞳を休ませておいて。マドリーヌ、貴女はアミラの傍にいてちょうだい」

「ミストさんの案でいきましょう。アミラさんが体調を崩すかもしれないから、という理由で巫女が傍にひかえるのなら、神族の貴族でも断れないはずです」

「何かあったら、すぐに保護いたします。アミラさんも、ギルディアに嫌なことを要求されたら、体調が悪くなったと演技でも良いので示してください」


 大人しくない僕たちの作戦を聞いて少し困った表情を見せたアミラさんだったけど、うん、と頷いてくれた。


「それじゃあ、セフィーナさんとライラは、お手伝いをするという名目でアレクスさんの家に行ってね」

「はいですわっ。エルネア様のご期待に添えるように、頑張りますわ」

「ギルディアの弱みになりそうなことを探ってくれば良いのね? ここ数日の間、ギルディアがあのお屋敷に滞在していたというのなら、なにか残っているかもしれないわね」

「ギルディアの弱みを探ることも大切だけど、マグルドには気をつけてね」

「あら、グエンという護衛の方は良いの?」


 今朝の僕の情報源はどこからかしら? と笑みを浮かべるセフィーナさん。

 僕は明言こそ避けたけど、意味深な微笑みで返した。


「それじゃあ、私たちはプリシアちゃんと遊んでいるわ」

「それじゃあ、私たちはプリシアちゃんの子守りをするわ」

「二人とも。表向きはそうだけど、役目を忘れないでね?」


 ユフィーリアとニーナは、プリシアちゃんとニーミアを連れて村を見て回る予定だ。

 村長のお爺ちゃんに状況を聞けばいい話なんだけどさ。でも、やっぱり自分たちの目で確認しておきたいよね。アミラさんを連れ去りそうなギルディアが来ているこの村が、どういう状況になっているのかを。

 まさか、アレクスさんたちの意向を無視して反乱を起こす、という可能性は低いだろうけど。でも、大切なアミラさんを奪いに来たギルディアには不満が溜まっているはずだ。

 三人には、そうした村の人たちの動向を調べてもらいたい。


「それで、エルネアはどうするのかしら?」


 ミストラルの質問に、僕は胸を張って答える!


「僕も、村を見て回ろうと思っているよ。ただし、プリシアちゃんたちが堂々と動くのに対して、僕はひっそりとだけどね」


 とは言っても、村の人たちを警戒しているわけじゃない。僕たちはあくまでも、ギルディアの横暴を阻止しようとしているだけだ。なので、僕が村をひっそりと見て回るのも、ギルディアのことを探るのが目的です。


「気になるんだよね。グエンや帝尊府のマグルドが傍らで護衛しているからといっても、神族が天族の護衛や使用人をひとりも連れていないのは、やっぱり不自然だよ」

「言われてみると、見かけないわね?」


 僕たちを連行してきた時も。村に着いてからも。ギルディアを護衛する者や奉仕する者の中に、天族を見かけなかった。

 それって、実は不自然だよね?

 この辺境の小さな村にだって天族の人たちは住んでいて、本当のご主人様であるアレクスさんたちに心から仕えているという。なのに、威張り散らす貴族のギルディアがひとりも従えていないなんて、違和感しかない。


「何か、理由があると思うんだ。マグルドの影響が強いのか、天族嫌いなのか。それに帝尊府だって、神族を差し置いて他の種族が目立つのが目障りってだけで、仕える天族であろうと邪魔だから排除する、なんて考えは持っていないはずだよね?」


 僕の考えに、うむ、と頷く村長のお爺ちゃん。


「帝尊府の過激な連中でも、さすがにそこまで行き過ぎた考えは持っていないよ。それに、神族の生活は天族の支えがあってこそだからね」


 人口比率でいえば、神族よりも天族の方が遥かに多いらしい。

 神族は寿命が長い分、子供が産まれる間隔が長くなって、人口が増えにくいのだとお爺ちゃんは教えてくれた。

 そういえば、耳長族も全体の人口が少ないよね。やっぱり、寿命が長いと子作りとかも気長になっちゃうのかな?


「前に、領主就任の際にこの村を訪問した折りには、天族の家来を大勢連れていたんだけどね。今回は、護衛の神族だけだね」

「それって、絶対に理由がありますよね? もしかしたら村の外に天族を潜ませているかもしれないし、僕はそういう部分を調べようと思っています」

「何か異変があったら、教えておくれ」


 村の人たちは、おおっぴらにギルディアをあおるような動きはできない。だから、僕たちが動くんだ。

 他所者の僕たちが何か不手際を起こしたって、人族どもめ、と僕たちが睨まれるだけだからね。そして、僕たちだったらどんなに疎まれても、用事を済ませた後に村やこの国から出ていけば終わる話だ。

 ということで、身軽な僕たちがアレクスさんや村の人たちの代わりになってギルディアの身辺を探ることになった。


 ちなみに、ミストラルも村長のお爺ちゃんの家で待機予定だ。竜人族の故郷である竜峰と神族の国は国境を接しているからね。ミストラルの方から目立つ行動を取って、竜峰と神族の仲を悪くするわけにはいかない。

 でも、何かあればすぐに飛び出せるのが、ミストラルだ。

 なので、ルイセイネと一緒に待機です。

 それと、ユンユンも待機を選んだ。


「リンはエルネアの補佐をするように。何かあれば、すぐに知らせに走れ」

「仕方ないわね。エルネア、問題を起こさないでよ?」

「は、はい……」


 姿と気配を消せるリンリンが僕と一緒に行動して、異変があればすぐに戻る。そしてユンユンと協力して、他のみんなに情報を伝える。

 僕たち家族ならではの、素晴らしい連携だね。


 話が纏まると、アミラさんがおもむろに動き出す。

 どうやら、嫌な接待の時間らしい。

 そして、マドリーヌ様を連れ添って、村長さんの家を出た。






 天気は快晴で、ぽかぽか陽気。ただし、気分は憂鬱ゆううつで、どんよりと重い。それが、今のアミラさんの心境だと思う。

 アミラさんが外に出ると、計ったかのようにギルディアたちも外に出てきた。

 そして、いきなり悪態を吐いてくる。


「迎えに来ないとは、お前はどういう教育を受けてきたんだ」


 いやいや。ギルディアこそ、どんな環境で育ったらそういう性格になるのかな。と、僕たちは突っ込みたいね。


「まあ、良い。アミラ、お前がこの村を案内しろ」


 どうやら、朝の散歩らしい。

 朝食を摂ったら呑気にお散歩だなんて、神族の国の貴族はなまけ者だね。

 人族の貴族だって、午前中は公務にいそしみ、午後は接客の応対や私事だの雑務だのに忙しく働いているのにね。

 いや、もしかしたらギルディアは、自分の領地である村を歩き回り、威張り散らしたいだけなのかもしれない。

 それと、言葉を封印されたアミラさんを連れ回して、妾にするってことを村の人たちに見せつけたいのかもね。


 本当に、性格の悪い神族だ。


 そして、性格が悪い、というかねじ曲がった思想に取り憑かれているのが、帝尊府のマグルドだ。

 マグルドは護衛者らしく、ギルディアの側にいる。

 お屋敷の外へ出てきたアレクスさんとギルディアの間を遮るように立つあたり、護衛者としてきちんと仕事をしているようだね。


 だけど、マグルドの姿はあっても、もうひとりの護衛者であるグエンの姿が見当たらなかった。

 もしかしたら、グエンは夜の警護担当でマグルドが日中の警護担当なのかもしれない。


 他にも、数人の神兵を従えるギルディアだけど、やはり天族の姿はどこにもなかった。

 やはり、天族に関して、なにか秘密があるみたいだ。村長のお爺ちゃんも知らなかったってことは、ギルディアの個人的な問題なのかな?

 僕はその辺を探ってみよう。


「おい、行くぞ。早く案内しろ」


 アミラさんの都合なんてお構いなしとばかりに、ギルディアが歩き出す。

 アミラさんは慌ててギルディアの傍に駆け寄った。


 嫌々でも、今は領主の横暴に従うしかない。

 理不尽な光景を見送るしかない僕たちに向かって、マグルドが露骨に嫌味な笑みを向けていた。


「待て。アミラだけを行かせるわけにはいかない」


 そこへ、見かねたアルフさんがお屋敷から飛び出す。


「お前は邪魔だ!」


 護衛のマグルドが拳を振り上げる。それを、アレクスさんが素早く受け止めた。


「待たれよ。ギルディア殿は、村の様子を見て回りたいと仰った。だが、アミラは知っての通り言葉を話せない。ならば、アミラの意思を通訳する者が必要だろう。アルフなら、十分にギルディア殿の役に立つ」


 アレクスさんの言葉に舌打ちするマグルド。だけど、仕方なくではあるけどギルディアが同行を許可したので、それ以上は手も口も出してこない。

 そうして、ギルディアたちはお屋敷の敷地を離れて、田畑が広がる村の方へ去っていく。

 僕たちはそれを見送ると、各自の役目に移る。


「アレクス様。アミラ様より、お屋敷のお掃除をお願いされています。これより、取り掛かってもよろしいでしょうか」


 セフィーナさんの言葉に、少し違和感を見せるアレクスさん。だけど、すぐにこちらの意図を理解したようだ。


「そうか。では、よろしくお願いしよう。色々と散らかってしまっているので、隅々まで頼むことにするよ」

「お掃除は得意ですわ。お任せくださいませ」


 ギルディアは、神兵の一部をお屋敷に置いていった。きっと、自分がいない間にアレクスさんたちが何か画策かくさくしないようにと、監視のつもりで残していったんだろうね。

 僕たちは神兵の監視の目もあって、神族のアレクスさんに丁寧な対応をとる。

 とはいっても、昨日の時点でアレクスさん一家を「さん」付けで呼んでしまっているけどね。

 もしかしたら、そうした態度が最初から目障りに映り、マグルドに目を付けられたのかもしれないね。これは反省だ。今度からは、気をつけよう。


「んんっと。プリシアはお母さんを探したいよ?」

「プリシアちゃんの家族の手掛かりを探しに行くわ」

「プリシアちゃんのお母さんを探しに行くわ」


 プリシアちゃん、素敵な演技です!

 もちろん、アレクスさんはこれが嘘だとわかっている。それでも普段通りに優しい笑みを浮かべて、プリシアちゃんの頭を撫でるアレクスさん。


「村の者に色々と聞いてみると良い。彼らも若い頃には外へ出て研鑽けんさんを積んだ者だ。多くの知識を持っているだろうから、君たちの役に立てると思う。それに、君たちのことも知っているはずだから、協力してくれるだろう」


 きっと、僕たちと冒険したことをアレクスさんは村の人たちに語ったんだろうね。だから、村の人たちも僕たちのことを知っている。

 そういえば、僕たちを発見した天族の男性も、それらしいことを口にしていたよね。


 瓜二つの容姿を持つ双子のユフィーリアとニーナ。それに、長い耳が印象的な耳長族のプリシアちゃんと、毛先が桃色の子竜ニーミア。

 アレクスさんから僕たちの特徴を聞いた人たちなら、すぐにわかってくれるはずだ。


「それじゃあ、僕も少し外出してきますね。泊めていただいたお礼に、獣でも狩ってきます」

「それは楽しみだ。だが、気をつけなさい。ここらは辺境とあって、魔物だけでなく魔獣が潜んでいる場合もある。狩りをする場合は、なるべく気配を殺して余計な者に見つからないように配慮した方が安全だ」

「はい。助言をありがとうございます」


 つまり、邪魔者が村の周辺に潜んでいるという、アレクスさんからの警告だね?

 それは、僕たちが睨んだ通りの天族の兵士なのか。それとも、もっと別の存在なのか。その辺は、今から調べればいいね。


「行ってきます」


 ミストラルとルイセイネに見送られた僕は、気配と姿を消したリンリンと一緒に出発した。

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