生きる楽しみ

「とりゃあっ」

「甘いわ、小僧! ぅおりゃあぁっ!」

「くっ。はあっ!」

「そんなへっぴり腰で、どうにかなるとでも思ったか。ぬおりゃっ!」


 僕とルルドドおじさんは、朝から激しく体を動かしていた。

 僕が振り下ろすのはくわ

 ルルドドおじさんは、素手を地面に穿うがつ。

 だけど、殺し合いをしているわけじゃないよ?


 禁領に帰ってきたんだから、途中だった畑仕事を進めなきゃね。と思っていたら、ルルドドおじさんが指導してくれたわけだ。

 ただし、今の僕は眠くて気合が入っていません。

 なぜって?

 だって、昨夜にあれだけ大騒ぎの大宴会をして、そのまま眠らずに朝を迎えたからね!


 死にたいと願っていたルルドドおじさんの気持ちを、僕たちは変えることができた。そうしたら、心に刺さっていたとげが抜けて気が楽になったのか、ルルドドおじさんの飲食が止まらなくなったんだ。

 そして、僕はルルドドおじさんに朝まで付き合わされて、話の途中で出た畑仕事に朝からいそしむことになったわけです。


 剣とは違って、鍬を振り下ろすのは難しい。なにせ、大きく振りかぶって鍬の刃を地面に突き立てなきゃいけないんだけど、角度を間違えると上手く土をたがやせないんだよね。

 ルルドドおじさんは山民族らしく、掘るのも耕すのも得意らしい。それで、僕に色々と指導してくれていた。


「はあっ」

「小僧、踏ん張りが足らんぞ。そんなことでは、いもさえ育たぬ畑になってしまうわ」

「それは困るなぁ。僕はいつか、黄金のお芋を育てたいんですよ?」

「黄金の芋だと? そんなものは伝説だ。儂は見たことがない」

「そうなの? アレスちゃん?」


 ルルドドおじさんも、黄金のお芋のことを知っていた。だけど、見たことがないという。もしかして、大陸の南の方では採れないのかな?

 それなら、とアレスちゃんを呼ぶ僕。


「いもいも」


 顕現したアレスちゃんは、謎の空間をまさぐって、お芋の在庫を確認する。だけど、頬を膨らませて僕に抗議してきた。


「ざいこがないよ?」

「な、なんだってー! って、そういえば今年の冬は掘りに行っていないね?」

「たべたいたべたい」

「今からじゃあ、もうないんじゃないかなぁ」


 そもそも在庫がなくなったのは、アレスちゃんとプリシアちゃんが食べ過ぎちゃったからだよね?

 とはいえ、残念です。

 物がなければ、ルルドドおじさんに本物の黄金のお芋を見せることも、食べさせることもできません。


「……お前さんたち。もしや、黄金の芋を掘ったことがあるのか?」

「はい。毎年、掘りに行っていますよ。でも、今年の冬は色々と忙しくて、忘れていました」

「むむむ。霊樹の雫の酒だけでなく、黄金の芋まで」

「次の冬まで、お預けですね」

「くっ。なんということだ」


 これで、生きる理由がまたできましたね。と僕が言うと、ルルドドおじさんは豪快に笑ってくれた。


「それでは、黄金の芋を栽培できるくらいに耕さねばな」

「よし、まずは胡瓜きゅうりから始めるぞ!」


 二日酔いで頭が痛かったはずだけど、思いっきり体を動かしていたら、気分が良くなってきちゃった。

 僕とルルドドおじさんは、竜峰の山頂から太陽が昇る前から、汗を流して働く。

 すると、お屋敷の方からミストラルがやってきた。


「エルネア、ルルドド様、おはようございます。朝から精が出ますね」

「ミストラル、おはよう!」

「おおう、お前さんも朝が早いな。おはようさん」

「二人とも、朝食の準備ができたから、手を洗ってきてね?」

「はーい」

「朝飯か、それは嬉しいな!」

「おじさん、まだ食べる気!?」

「当たり前だろう? 体を動かしたら、食う。そして、飲む。それが生きるということだ」

「ルルドド様、すっかり元気になりましたね?」

「小僧のおかげでな」


 手拭てぬぐいで流れる汗を拭い、井戸へ向かう僕とルルドドおじさん。

 井戸では、朝から水行をする敬虔けいけんな耳長族の人と、石を彫るジルドさんがいた。


「ほほう。お前さんは石彫りか」

「おや、おはようございます。朝のひと仕事は気持ちが良いですな。かくいう儂も、こうして依頼品を彫っておるところです。最初は妻に勧められて、趣味で始めたのですがね? 何百年と彫っていると、こうして日銭ひぜにを稼ぐくらいには上達しました」

「ジルドさん、その竜の彫り物は誰からの依頼ですか?」

「アイリー様にな。彫り終わるまで帰らせんと言われたら、彫るしかないだろう?」

「確かに!」


 僕としては、もうそろそろジルドさんにも禁領に移り住んで欲しいんだけど。だけど、まだまだ王都で仕事の依頼を抱えているみたい。

 ジルドさんは趣味の延長なんて言っているけど、依頼が絶えないくらいに売れっ子の職人なんだよね。


 ルルドドおじさんは、ジルドさんが彫る竜の置き物をじっと見つめる。

 だけど、残念そうに首を横に振った。

 もしかして、超一流の職人でもあるルルドドおじさんから見れば、まだまだなのかな?


「儂のような山民族は山を掘るだけではなく、そこから取れる鉱物を加工するのも得意としておる。石を彫れば美術品になり、宝石を削れば至宝になる。この儂も、数え切れぬほどの名品を世に送り出してきたが。その儂から言わせてもらおう」

「下手、ですかな?」

「いいや。ジルド殿の腕は確かだろう。長い歳月でつちかった技術が至る所に見て取れる。だが、だからこそ残念だな。一級の職人は、素材にもこだわるべきだ」

「ふぅむ。素材はなぁ」

「あっ。わかった。ジルドさんは、アイリーさんの依頼だからって、その辺の石を使ったんだね?」

「わっはっはっ。そういうことだ」

「なんと、もったいない!」

「いやいや、アイリー様の依頼であれば、これくらいで丁度良いのですよ」


 ジルドさんに彫ってもらった彫刻は、竜の墓所に置かれるんだろうね。

 アイリーさんがでる美術品としてではなく、老いた竜たちの心を癒すために。

 だから、貴重な石よりも、その辺の石で彫られた方が身近に感じられて良いのかもしれない。

 ルルドドおじさんも、その辺の事情を聞いて「なるほど」と頷いてくれた。


「今度、旅に出たら。ジルド殿の腕前に相応しい石を持ち帰ってこよう」

「それは楽しみですな」

「おじさん、僕たちにもお土産をお願いね?」

「おじさんと言う小僧たちにはない!」

「そんなぁ。でも、お土産がなかったら、駄々っ子が泣いて抗議しますよ?」

「むむむ。お前さんたちには、子供がおるのか!?」

「僕たちの子供ではないんですけどね? 耳長族の、大賢者です。でも、大切な家族ですよ」

「プリシアちゃんか。そりぁあ、お土産を持ってこなきゃいかんなあ」

「ですよね、ジルドさん!」


 大賢者なのに子供?

 血は繋がっていないのに、駄々をこねる大切な子供?

 首を傾げるルルドドおじさんを見て、井戸の周りにいたみんなで笑う。

 きっと、プリシアちゃんと会ったら苦労するだろうなぁ。

 わがままに付き合っていたら、身も心も疲れ切っちゃうからね。そうならないためにも、初対面用のお土産は重要です。


「ほら、あんたたち。朝ご飯が冷めるから、早くしてよねっ」

「みんなが待っている。急げ」

「ユンユン、リンリン、おはよう」


 談笑をしていると、二人が呼びにきてくれた。

 そして、僕に挨拶をすると、すぐに消えて去ってしまう。


「精霊のような耳長族……。これも、見たことも聞いたこともない。お前さんの周りには、色々と不思議がいっぱいだな」

「ユンユンとリンリンのことは、他言無用ですよ?」

「他言無用も何も、意味がわからん」

「意味がわからないのも含めて、二人のことは他所よそで話題にするのは禁止です」


 ルルドドおじさんと親しくはなったけど、秘密にすべきことは話していない。

 霊樹のこととか、竜の森のこととか。それに、ユンユンとリンリンの秘密とかね。

 ユンユンとリンリンのことがどこかで話題になると、耳長族の禁忌きんきに触れる者が現れるかもしれない。だから、話題にするのも禁止です。


「まあ良い。どこにでも、誰にでも秘密はある」

「おじさんにも?」

「もちろんだとも」


 ルルドドおじさんは、僕たちのことを色々と驚いてくれる。だけど、本当はルルドドおじさんだって僕たちが驚くような体験をしたり、話せない秘密を抱えていたりするはずだ。

 これからの長い付き合いで、そうした秘密や冒険話を少しずつ打ち明けられるといいね。


「さあ、行くぞ。酒と飯が儂を待っている」

「いやいや、お酒はないですからねっ」


 ばしゃばしゃと、春の冷たい水で手と顔を荒く洗ったルルドドおじさんは、軽い足取りでお屋敷の中へと消えていった。


「やれやれ。エルネア君は今回も、随分と変わった御仁ごじんと知り合いになったね」

「これも、女神様のお導きです」

「はっはっはっ。ルイセイネちゃんかマドリーヌちゃんが聞いていたら喜びそうなことを言う」


 ふふふ。甘いですよ、ジルドさん。

 周りで行水をしていた敬虔な耳長族の人が、僕を尊敬するような眼差しで見ていた。

 よし、僕の株もこれで上がったぞ。

 僕も、るんるんな足取りでルルドドおじさんを追ってお屋敷に入る。


 今朝の朝食は、昨日にルルドドおじさんが持ってきてくれた湖のお魚だ。白身を揚げたもの。お吸い物や、煮付け。身をほぐして野菜と混ぜたもの。お土産のお魚だけでなく、他にも様々な料理が机の上に並ぶ。

 禁領のお屋敷では、大所帯なのでミストラルの村と同じ形式の食事が通常だ。

 好きなものを好きなだけ取れる、素敵な様式だね。

 ただし、お残しは厳禁なので、取ったものは全て食べる。最後に残った物も、全員で綺麗に食べ終わらなきゃいけません。


「美味そうだな。なに? 好きなだけ取って良いだと! そうかそうか」


 僕よりも先に食堂へ入ったルルドドおじさんは山盛りの料理をお皿に盛って、ほくほく顔で席に着く。そして、朝食とは思えない旺盛おうせいさで、盛った料理を平げ始めた。


「エルネア、油断していたらルルドド様に全部食べられるわよ?」

「はっ! 急がなきゃ」


 僕たちも料理を取ると、席に着いて食べ始める。


「こ、これは! ユーリィおばあちゃんの手作りだね? 優しい味だ」

「昨日は、みんなでたくさん飲んだからねえ。朝はお腹に優しいものが良いと思ってねえ」


 ミストラルや妻たちの手料理も美味しいけど、たまには他の人の料理も良いよね。特に、ユーリィおばあちゃんの手作りなんて、竜の森の耳長族がこの場にいたら、ありがた過ぎて涙を流して喜ぶに違いない。


「あっ。いた。カーリーさん……」


 竜の森から移住してきたカーリーさんが、感涙にむせびながら朝ごはんを食べていました。


「にゃん」


 ニーミアとオズも、いっぱい食べているね。


「そういえば、小僧。お前さんたちは忙しいのだろう?」

「昨夜、お話ししましたね。そうなんです。僕たちは今、女神様の試練を受けている最中なんです。だから、早くみんなのところに戻らないといけないんですよ」

「そうか。ならば、儂はもう暫くこの地に留まらせてもらい、散策でもしてみるかな。お前さんらが次に帰ってきた時は、儂の方がこの地に詳しくなっておったりしてな。わっはっはっ」

「ふふふ、そう上手くいくかなぁ? おじさん、禁領には立ち入りが禁止されている場所がありますらかね。気をつけてください」

「むむむ、それはどこだ?」

「西に見える、霊山です」

「あの、大きな山か。なぜ、立ち入り禁止なのだ?」

「テルルちゃんの縄張りだから」


 霊樹ちゃんのことは、残念ながらまだ教えられません。だから、代わりにテルルちゃんの存在を示す。

 だけど「ちゃん」付けで呼ぶ存在がそんなに恐ろしいのか、とルルドドおじさんは首を傾げた。


「ええっと。本当に危険だから、行っちゃ駄目ですからね?」

「それで、その『テルルちゃん』なる者は何者だ? 危険であれば、儂が討伐とうばつしてやっても良いぞ?」

「できるかなぁ……。千手せんじゅ蜘蛛くもだけど、倒せるかなぁ?」

「……は?」


 予想外の名前が出てきたのか、ルルドドおじさんの食事の手が止まる。


「霊山には、住んでいるんですよ。千手の蜘蛛のテルルちゃんが。だから立ち入り禁止なんです。近づいたら、容赦なく喰われますよ? まあ、僕は入れるから、その分の差で禁領の地は僕の方が詳しいってことになりますけどね!」

「ぐぬぬ。やはりお前さんは油断ならんなっ」


 昨日とは打って変わって明るい表情を見せるルルドドおじさんに、食堂に集まったみんなも笑顔になっていた。

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