食後は暖炉の前で

「エルネア君、私と一緒にアームアード王国に帰りましょう!」

「えっ!? セフィーナ?」

「エルネア君、私と一緒にヨルテニトス王国に戻ってください!」

「マドリーヌまで!?」

「はわわっ。エルネア様、私と一緒にヨルテニトス王国へお出かけしましょうですわ!」

「ライラは単純に王さまに会いたくなっただけだよね?」


 深々しんしんと雪が降り積もる、冬のある夜。

 暖炉の前で妻たちと過ごしていたら、セフィーナとマドリーヌとライラに突然詰め寄られた。


「三人とも、落ち着いて!」

「そう言っているエルネア君が一番に落ち着いていないわ」

「そう言っているエルネア君が一番に楽しんでいるわ」

「エルネア君、マドリーヌ様とセフィーナさんとはまだ正式に婚姻なさっていないのですから、下心を持ってはいけませんよ?」

「男の子だねぇ」

「ぼ、僕は何もしてないよ!? ただちょっと、手が変なところに触れちゃっただけだからね?」


 本当かしら? とミストラルやみんなに笑われる僕。

 信じてもらえていないけど、本当だよ?

 セフィーナの懐に右手が沈んでいたり、マドリーヌのお股に左腕が挟まっていたり、顔がライラのお胸様に沈んでいるのは、僕の奸計かんけいによるものではありません。


「三人の陰謀にゃん」

「な、なんだってーっ!」


 ニーミアの暴露に、笑いが大きくなった。

 もちろん、僕も笑っている。

 これは、家族団欒かぞくだんらんだからね。

 夜が深まれば、禁領に滞在している流れ星の巫女さまや一緒に暮らしている耳長族の人たちとも分かれて、家族だけの時間になる。

 そうなれば、いつもにように賑やかになるし、僕が鼻の下を伸ばしたって恥ずかしくはありません!

 みんな、僕の妻だからね。


 ちなみに。

 プリシアちゃんは、竜の祭壇から帰ってきて早々に、竜の森へと強制的に帰らされた。

 付き添いとしてユンユンが同行していったので、きっと向こうでもちゃんとした生活を送っているはずだ。

 次に、モモちゃん。

 モモちゃんは意外と自由人みたいで、禁料で僕たちと過ごしていたかと思うと、ふらりと何処かに飛んで行ったりしていたけど。さすがに長居しすぎたのか、大鷲おおわしの魔術を解いて、今はもう禁領にも周辺の空にも気配はない。


 そして、始祖族の二人なんだけど。


「領地を留守にし過ぎても心配だ。そもそも、ここに居てどうやってトリスとシェリアーの帰りを知ればいいんだ?」

「まさか、アステルがその問題に今さら気づくなんて!?」

「馬鹿竜王め、さてはその辺を考えていなかったな!」

「いやいや、気のせいだよ? トリス君たちが帰ってきたら、巨人の魔王かシャルロットかルイララか……きっと誰かが知らせに……たぶん…………」

「歯切れが悪くなっているじゃないか!」


 というやり取りの後に、ニーミアに送ってもらって帰っていった。

 アステルって、何だかんだと言いながらも、トリス君やシェリアーや領地のみんなをちゃんと気にかけているよね。


 そして傀儡の王は、帰って行った悪友しんゆうを見送って、現在も禁領に残っている。


「ふふ、ふふふ。私の場合は全て人形にお任せしていますので」


 とは本人のだん

 確かに、上級魔族でさえも見破れない魔王の人形を造れる傀儡の王の実力は疑えないよね。


 傀儡の王は、お屋敷の片隅に自分の工房をいつの間にか設けていて、いつも流れ星さまや僕たちにちょっかいを掛けるための人形を造っている。

 きっと今も工房に篭もって、明日の新作の作製にいそしんでいるに違いない。


 と、思考がれちゃっているけど。


「ライラの我儘わがままはちょっとだけ置いておいて」


 悲しいですわ。と落ち込むライラを慰めながら、僕はセフィーナとマドリーヌに向き合った。


「二人は何で、急に故郷に帰りたいなんて言い出したのかな? 僕たちって、まだ大っぴらに人族の前には出ない方が良いんだよね?」


 それなのに、セフィーナとマドリーヌは何故なぜそんなことを僕に言ってきたのかな?

 それは僕だけの疑問ではなくて、ミストラルも一緒だった。

 あれ?

 ということは、ルイセイネとユフィーリアとニーナととライラは、理由に気付いているのかな?


「竜人族のミストさんは仕方がないですけど、エルネア君もおわかりになりませんか?」


 ルイセイネに問われて、むむむと考え込む僕。

 セフィーナとマドリーヌは、それぞれが急に故郷へ戻りたいと言い出した。

 そこに、何か別々の思惑があるのかな?

 それとも、共通点が存在する?


 セフィーナとマドリーヌ。二人の共通点といえば、さっきルイセイネが言ったように、まだ正式な婚姻を結んでいないということだよね?


「あっ、そうか!」


 急に、セフィーナとマドリーヌに対して申し訳ない感情にさないまれる僕。


「ごめんね。僕たちが竜神さまの御遣いだとおおやけにして、世間としばらくの間は距離を取るっていう方針になったから。二人との婚姻の話が進んでいないよね」


 セフィーナは、由緒正しきアームアード王国の王族の血を引くお姫様。

 マドリーヌなんて、分家筋とはいえヴァリティエという神殿宗教において最も尊い聖四家に連なる家系で、自身もヨルテニトス王国の大神殿の巫女頭みこがしらという地位に就ている。

 だから、二人と結婚するとなると、アームアード王国にしろヨルテニトス王国にしろ、国をあげて、神殿宗教をあげての大式典になることは、僕にだって想像がつく。


 だというのに、肝心要かんじんかなめのセフィーナとマドリーヌと、そして僕は、人前から姿を消した状態なんだよね。

 そうすると、関係者は結婚の儀の計画が進められなくて、今頃は大変に困っているはずだ。

 それに、関係者の問題だけでなく、僕たち自身の問題もある。


 僕はまだ、セフィーナとマドリーヌのご両親に、正式な挨拶をしていないんです!

 僕はなんて不埒ふらちな男だろうね。

 国にとって、それ以上に両親にとって大切な人と結婚しようとしているのに、礼儀作法をないがしろにしているような状況を続けているんだからね。


 ごめんね、と謝ると、セフィーナとマドリーヌは笑顔を返してくれた。


「エルネア君は、何も謝る必要はないのですよ? なぜなら、巫女である私は、重婚となるエルネア君と結ばれるためには女神様の試練を乗り越えなければいけませんでした。そして、先んじて竜神様の御遣いとなった方々と同等の立場に並ぶことこそが、その女神様の試練だったのです」

「マドリーヌ様の言う通りね。竜神様の御遣いになることができたからこそ、私たちはエルネア君と結婚できるのだもの。そして、世間にエルネア君や私たちの立場を静かに深く浸透させるためには、今の状況を作るしかなかったのよ? だから、エルネア君が負い目を感じる必要はないわ」

「それでも、二人にもっと気を配るべきだっと僕は反省しちゃうよ……」


 しゅん、と落ち込んだ僕を励ますように、セフィーナとマドリーヌが優しく抱きしめてくれた。


「エルネアお兄ちゃんの罠にゃん」

「ニ、ニーミア、僕をおとしめちゃいけないよ!?」


 ニーミアの冗談によって、場の雰囲気が沈むことはなかった。

 いつものようにみんなで笑いながら、誰のせいでもないし、誰かが責任を負う必要もない、と全員が納得するように口々に語る。


「とはいえ、このまま婚姻の話を後回しにしていたら、私とマドリーヌ様だけ歳を取ってお婆ちゃんになるわ。エルネア君も、私たちが皺々しわしわのお婆ちゃんになった頃に結婚するよりも、若い状態で結婚したいでしょう?」

「むきいっ、ユフィとニーナと見ため年齢で差を出したくありませんっ」

「マドリーヌ、もう遅いわ」

「マドリーヌ、もう手遅れだわ」


 なんてユフィーリアとニーナが笑いながら突っ込みを入れているけど、セフイーナもマドリーヌもちゃんと若いよ?

 というか、竜神さまの御遣いとなった時点で加齢は止まっているはずだから、婚姻とは関係ないはずだよね。

 でも、まあ。二人と早く正式な婚姻を結ばないと、下心で鼻の下を堂々と伸ばすこともできません!


「男の子だねぇ」

「ミストラルが僕の心を読むようになってきた!?」

「ミストさんだけでなく、全員が読めますよ?」

「な、なんだってー!」


 僕って、考えていることがそんなに表情に出ちゃうのかな?


「修行不足にゃん」

「ぐぬぬ」


 ニーミアは、日中に焼いてもらったくりをミストラルから包丁で半分に切ってもらい、爪を器用に使って中身を穿ほじって食べている。

 僕も食べたいけど、セフィーナとマドリーヌのお話を終えてからだね。


「はい。エルネア君の分もちゃんと準備していますからね?」

「ルイセイネが僕の心を読んでいるよっ」


 恐るべし、僕の妻たち!


「と、ともかく。セフィーナとマドリーヌは、其々それぞれの場所で婚姻のお話を進めておきたいわけだね?」


 頷く二人。

 でも、そこに大きな問題が立ちはだかっているということは、僕だけでなく全員が理解していた。


「人族の前には、まだ僕たちは姿を現すべきじゃないよね。でも、そうするとアームアード王国とヨルテニトス王国へ行くのは難しいような?」


 人目を避けて王都に入り、どうにかして王さまや神殿宗教の人たちと接触しないといけない。

 この際、関係者との最低限の接触は仕方がないとしても、それ以外の一般人に僕たちが見られるのは避けたいよね。


「ニーミアやレヴァリアに乗せてもらって訪問したら、完全に見つかっちゃうよね?」

「プリシアがたまにニーミアと向こうに行っていたけれど、流石にあなた達が背中に乗っていたらうわさになるでしょうね」


 とミストラルに指摘されて、僕の案は完全に潰れる。


「アームアード王国への出入りであれば、おきなの協力をもらって、竜の森経由で大丈夫だとは思うけれど」

「ですが、ミストさん。竜の森を抜けて王都に入ってからが問題ですよ? 人族の王都は、夜でも多少は人通りがありますので」


 それでも、僕たちなら気配を殺してひっそりと侵入できると思う。

 だけど、そこから王さまや関係者とどうやって連絡を取ればいいのかわからないよね?

 それに、アームアード王国より厄介なのが、ヨルテニトス王国だ。

 ヨルテニトス王国へ行くためには、どうしてもニーミアやレヴァリアの翼の力を借りなきゃいけない。

 だけど、ヨルテニトス王国でもニーミアやレヴァリアの姿は有名だから、空を飛んでいるだけで色々と噂になっちゃうよね。


「むむむ、困ったね?」


 僕に相談をしてきたセフィーナとマドリーヌの二人も、この難問に頭を抱えていた。


「どうすれば、必要最低限の人との接触だけで目的が達せられるのかな?」


 婚姻を前にしたご両親への挨拶以外にも、結婚の儀の計画を進めてくれる関係者とも会わなくちゃいけない。

 今回の結婚の儀は、前回のような僕たち主導の祭典ではなくて、国や神殿宗教が取り仕切ると、既に僕たちも納得していた。

 なにせ、今回も僕たちが主導しちゃうと、収拾が付かなくなるほど規模が拡大しちゃうだけでなく、関係者のみんなにも必要以上の迷惑をかけちゃうからね。

 それはアームアード王国側もヨルテニトス王国側も了承済みで、だから結婚の儀を取り仕切っくれる人がいるはずで、その人たちとの綿密な打ち合わせをしなきゃいけないんだ。


「エルネア、もうひとつ大切なことを忘れていないかしら?」

「ミストラル?」


 僕が見落としている、もうひとつの大切なこと……?


 貴方は、まったく。とミストラルだけでなくみんなに苦笑される僕。


「エルネア君。結婚なさるのは、なにもセフィーナさんとマドリーヌ様だけではないのですよ? お婿むこ様はエルネア君なのですから、エルネア君のご両親にもちゃんとした挨拶をしなくては駄目ですよ?」

「言われてみると!」


 盲点だったね!


 ルイセイネの言う通りです。

 僕とセフィーナとマドリーヌの結婚なんだから、二人のご両親だけでなく、僕の両親にも改めて挨拶しなきゃいけないよね!


「でも、いま僕が母さんや父さんに会ったら……二人はひっくり返って驚かないかな?」


 母さんたちも王都から見たはずだよね。天空を覆うほど巨大で神々しい竜神さま。その御遣いだと高々に宣言して、僕たちが人族の寿命を超越した存在となったことを人々に知らしめた。

 その僕たちが結婚の挨拶で帰ってきたら、母さんたちはどんな反応を示すだろうね?


「エルネア君が、両親を相手に悪い悪戯を考えているわ」

「エルネア君が、両親を相手に何か悪巧みをしているわ」

「みんな、僕の心を読みすぎだよーっ!」


 禁領は、日に日に寒さが深まっていく。

 だけど、お屋敷の中は家族の温かさで満たされていた。

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