僕を巻き込まないでくださいね?

「エルネア君、魔王を殺してきてくださいませ」

「は? ……いやいやいや、そこの横巻き金髪の魔族さん。僕は巨人の魔王なんて殺せませんよ?」

「ほう? 其方そなたは私に刃を向ける気か?」

「きゃーっ!」


 僕たちの不穏な会話を耳にした流れ星の巫女さまたちが、顔を引きらせて絶句しています。

 みなさん、これは魔族なりの冗談ですからね!


「ふふふ、冗談ではございませんよ。陛下はエルネア君に魔王殺しを依頼しているのでございます」

「来て早々だけど、巨人の魔王と貴女は帰ってください。というか、僕たちはこれからアームアード王国とヨルテニトス王国に所用で向かうところで、構っていられないんだよ?」

「エルネア、わたしは先に竜の森に行っているわね」

「いやーんっ、ミストラルに速攻で見捨てられたよ!」

「私の依頼よりも人族の国へおもむくことの方が優先事項だと? ならば其方のうれいを取り払うために私が自ら二国を滅ぼしてきてやろう。有難く思え」

「思いません! 虐殺、駄目! 絶対!!」


 僕と巨人の魔王とシャルロットのやり取りで笑っているのは、残念ながら身内と傀儡の王だけです。

 流れ星の巫女さまだけでなく、耳長族のみんなも白目を向いて気絶しているし、アステルだって不機嫌な感情を丸出しで表情に笑みはない。


「……あれ? なんでアステルがここに戻ってきているのかな!?」


 そこでようやく、僕は魔王たちの突然の来訪の理由を聞く。


「ふふふ、魔王を」

「殺しません!」


 僕は、断固拒否の姿勢を崩さない。

 とはいえ、シャルロットがこんなに執拗しつように魔王殺しの依頼を口にするということは、冗談の奥に僕の疑問の答えが隠されているのかな?


 では、シャルロットは何故なぜ「魔王を殺してほしい」と言い出したのか。

 シャルロットの言う「魔王」とは、もちろん巨人の魔王ではないよね。

 それじゃあ、他の魔王のことかな?


 僕の知っている魔王といえば、魔族の真の支配者が暮らす朱山宮しゅざんぐうを王都の傍に抱える賢老けんろう魔王。その賢老魔王の支配する領国の北西側に国境を接する、新緑しんりょくの魔王。

 そして、天上山脈の東側に国替えをした、妖精ようせい魔王。


「はっ! まさか、妖精魔王が僕との約束を破って、また東の魔術師に迷惑を掛けているのかな? それで、巨人の魔王が怒っているとか!?」

「エルネア君、残念ながら不正解でございます」

「罰として、其方の今晩の食事は抜きだ」

「地味に嫌な罰ですね! さすがは邪悪な魔王!!」


 気のせいかな?

 妻たちは僕を残して早々に、竜の森へ転送してもらうためのお部屋に行ってしまったよ。

 そしてアステルは、僕をにらんで不機嫌そうです。

 絶対に僕が原因じゃないはずなのに、理不尽だよね。


「うーん。僕への突然の依頼とアステルのまさかの帰還には何か関係性があるのかな?」


 巨人の魔王とシャルロットが、アステルをともなって禁領へと遊びにきた。というわけじゃないよね?

 僕個人としては「魔王を殺してほしい」なんて物騒極まりない依頼は、魔族なりの冗談であってほしいんだけど。

 でも、違うんだろうなぁ……

 そして、領地のことやトリス君たちのことが気になると言って帰ったはずのアステルが、またこうして禁領に戻ってきた理由もきっとあるはずで、そこには魔王殺しの依頼と何かしらの関係があるんじゃないかな?


さとい。まあ、この状況で其方が私の意図に気付けぬようであれば、問答無用で敵地に飛ばしていたところだがな」

「うわっ、それって横暴ですよっ。まるで魔族のようなやり口ですね!」


 って、魔族のしかも魔王でしたね!

 という冗談はさて置いて。


「魔王は殺しませんけど、少しだけ事情を聞いても良いですか?」

「ふふふ。エルネア君、事情を聞いたら逃げられませんよ?」

「いやいやいや、魔王が禁領に来た時点で、既に巻き込まれることが確定していて逃げられない状況だよね?」


 それでも、魔王殺しの依頼は受けません!

 巫女騎士のアリスさんを殺さなかったようにね。


「ほう。何やら面白い奴が滞在していたようだな? ならば、面白可笑しく聞かせろ」

「ええっと、僕のお話を聞いていました? 僕はこれからアームアード王国とヨルテニトス王国に行かなきゃいけないんですよ? なので、魔王たちのお相手はできません!」


 困った人たちだよね。

 こちらの都合なんてお構いなしで、自分たちの用事を押し付けてくるなんてね。


「そうか。相変わらず多忙だったか。ならば仕方がない。アステルを領地に戻すとしよう。だが、まもとな護衛のいない今の状態でアステルを帰せば、必ずさらわれるだろうな」

「えっ!?」

「陛下、困った問題でございますね? 禁領でエルネア君たちにお任せをすれば、猫公爵様の身の安全は確保できるはずだったのでございますが」

「えええっ!」

「そうだな。その間に狂淵きょうえん魔王の問題を解決できればと思っていたのだが、目論見が外れたようだ」

「ええっと……?」

「それでは、やはり……の国の多くの民草が命を落とすことになるのでございますね?」

「ちょ、ちょっと!」

彼奴あやつの国だけで事が収まれば良いがな。アステルを狙っている以上、場合によっては神族をも巻き込んだ戦乱になるだろうな」

「はい、そこで不穏な会話は終了ですよ!」


 あー……

 これは、面倒な騒動ですね?

 何やら南方の魔族の国で問題が起き始めていて、放っておいたら大戦乱になりかねないと魔王たちは危惧きぐしているんですね?

 そして、既にアステルの身の安全を脅かすような事態に発展していて、それを僕に投げようとしているわけですね!


「そうだ。この禁領こそが、アステルの身柄を最も安全に守れる場所になる。だというのに、のこのこと領地に帰ってきよって」

「ふんっ。私が好きな時に好きな場所に帰って何が悪いっ」


 きしゃーっ、とまるで猫のように牙を剥いて魔王を威嚇いかくするアステル。

 巨人の魔王に対しても、感情を素直に表現するんだね。という観察は別の機会に置いておいて。


「ええっと、その狂淵魔王という魔王が、アステルを攫おうとしている?」


 なんで?

 という疑問は、僕にでもすぐに思いついた。


「神族の存在が会話の中に出たということは、もしかして狂淵魔王の国で起きている問題を放置していると、神族との戦争に発展しちゃう? 戦争になったら物資がたくさん必要だから、物質創造の能力を持つアステルが狙われているってことかな?」


 正解でございます、と糸目を細めて微笑むシャルロット。


「もう少し正確にお話ししますと、狂淵魔王陛下の国でちょっとした内乱が起きているのでございます。ただ、普通の内乱でしたら魔族の国ではよくある話ですので他国がわざわざ憂慮ゆうりょなどはいたしませんが……」


 魔族の国は、まさに弱肉強食だからね。

 すきを見せれば寝首をかかれる。それは魔王も同じことで、家臣が叛逆はんぎゃくしたり賊が跋扈ばっこしたりするなんて、日常茶飯事なんだろうね?

 現に、僕たちも深緑の魔王の国の内乱に巻き込まれたばかりだしね、と僕たちのお話を楽しそうに聞いている傀儡の王を見た。


「ふふ、ふふふ。敵も味方も、馬鹿猫の能力は魅力的でございますからね。ご安心してくださいませ。馬鹿猫の能力がほしい以上は、命の安全だけは保証されていますので」

「いやいや、命の保証があるから攫われても良いなんて考えは駄目だからね?」


 傀儡の王のことだ。アステルが攫われたら、きっとそれを材料にして新たな人形劇を繰り広げるに違いない。

 今度は狂淵魔王の国で。


「ところで、狂淵魔王とは?」


 初めて聞く魔王の存在に、首を傾げる僕。

 すると、シャルロットが教えてくたれ。


「エルネア君もご存知の通り、竜峰の西部に国境を接する魔族の国は、かつては三国ございました」


 竜峰と魔族の国は、南北に長く国境を接している。

 ただし、最も北に位置していた妖精魔王クシャリラは国替えでずっと西の方に移動させられて、その国土は現在は巨人の魔王が支配している。

 だから、シャルロットの言葉は過去形なんだよね。

 でも、巨人の魔王の領国が竜峰の西に接していることはわかっているんだけど、あとひとつの国って?


「陛下が支配する国の南にも、魔族の国が在るのでございます。その国の魔王こそが狂淵魔王でございますよ」

「そうだったんだね! ということは、更に南にある神族のベリサリア帝国とも国境を接している? ああ、だから内乱が大きくなると神族が攻めてくるかもってことなのかな?」


 でも、ベリサリア帝国は西の遠征に注力しているはずだから、西部方面で戦線を開いたりするのかな?

 国家間の戦争や思惑にはうといので、僕はそのまま疑問を口にした。


「その通りでございます。神族どもは遥か西の人族の文化圏を侵略しようと、着々と準備を進めている段階でございます」


 シャルロットの言葉に、流れ星の巫女さまたちが緊張に身体を強張らせる。

 流れ星の巫女さまたちも、人族に存亡の危機が迫っていると知って、困惑しているに違いない。

 そして、魔王とシャルロットが人払いもせずにこいう話をしているということは、わざと流れ星の巫女さまたちに世界情勢を知らせようとしているんだろうね。


「とはいえ、魔族の方から介入があれば、神族も手をこまねいているばかりではありませんでしょう?」

「えっ? ちょっと待って。どうして魔族の内乱から神族の国との戦争に発展しちゃうの?」


 魔族同士が争うから内乱なんだよね?

 という僕の疑問に、シャルロットは丁寧に答えてくれる。


「ふふふ。エルネア君、私たちは魔族でございますよ? 騒ぎ、暴れ、弄ぶことこそが本懐でございます。であれば、魔族間の騒乱に乗じて神族どもを巻き込んで暴れようと考えるのは普通ではございませんか?」

「いいえ、絶対に普通じゃありません!」


 魔族の常識、世界の非常識ですよっ。


「とはいえ、魔族の国に混乱が生じていれば、神族どもも見過ごさぬだろう。神族如きに魔族の国の内乱を利用されたくはない。だから、其方が先んじて彼奴あやつの国に入り、魔王を殺してこい」

「そういうお話だったんですね! 断じてお断りします!!」


 物騒極まりない依頼だよね。

 狂淵魔王の国で、内乱が起きている。それでアステルの身柄が狙われているし、神族の介入の可能性、もしくは限度を越した魔族が神族の国に手を出すかもしれない、という状況になっている。だから、問題を解決するために魔王を殺せだなんてね!


「ん? よく考えたら疑問が湧いてきたんだけど。内乱が起きている国の魔王を倒しちゃったら、余計に状況は酷くなるんじゃないかな? そこは、魔王を殺すよりも内乱の首謀者を倒した方が良いような?」

「はい。ですので、陛下はエルネア君に依頼しているのでございますよ? 内乱の首謀者、狂淵魔王陛下を殺してほしいのでございます」

「はい、意味がわかりませんっ!」


 頭が混乱してきました。

 内乱って、普通は逆臣や賊が引き起こす騒動のことだよね?

 それなのに、国の支配者である魔王が、内乱の首謀者!?

 どういうこと?


「ふっ、これだから馬鹿竜王は」

「アステル、そんなことを言っていたら保護してあげないよ?」

「誰が好き好んで貴様の世話になるかっ」

「ふふ、ふふふ。また楽しい毎日になりそうでござますね?」

「僕はこの先の展開を考えただけで頭が痛くなってきたよ……」


 果たして、僕は極悪魔族の依頼を上手く断って、無事にアームアード王国とヨルテニトス王国へ行けるのだろうか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る