騒乱の始まり

 真夜中の邪族出現騒動は、ザンや竜王たちの活躍によって、なんとか被害を最小限に食い止めることができた。

 だけど、邪族が呼び水となって、その後に妖魔が出現し始め、結局、が昇るまで各所で激戦は続いていた。

 とはいえ、そこは夜間の戦闘を受け持った上級魔族や神族、それに魔獣たちだ。危なげなく魔物や妖魔を撃滅げきめつし、邪族の出現以降は特に問題もなく朝を迎えた。


「むうむう。あのね、プリシアは不満なの」


 ただし、ひとりの幼女を除いては、と付け加えておこうかな。


「おはよう、プリシアちゃん。それで、どうしたのかな?」


 プリシアちゃんのお母さんも参戦してくれているせいか、いつもはお寝坊さんなのに、規則正しく生活しているね。

 そのプリシアちゃんが、朝から頬を膨らませて僕に抱きついてきた。

 プリシアちゃんは甘えるように顔を僕の服にうずめながら、うったえる。


「あのね、お母さんが精霊さんと遊びに行っちゃ駄目って言うの」

「なるほどぉ」


 昨日くらいまでの状況であれば、少しなら目の届かない場所で遊んでいても問題なかっただろうね。

 プリシアちゃん自身も優秀な精霊使いだし、使役している精霊さんたちや、アレスちゃんだっている。それに、プリシアちゃんと遊びたい精霊さんも、危険が迫れば積極的に助けてくれるはずだ。


 だけど、昨夜から状況は激変してしまった。

 強力な魔物に加えて、妖魔の出現率も上がってきている。その状況で、精霊さんたちと遠くへ遊びに行っちゃうと危険だ。

 僕が親でも、駄目って言いそうだよね。


 とはいえ、遊び盛りの幼女を連れてきておいて、自由を奪うのは可哀想だよね。

 それに、プリシアちゃんだって、ただ遊びたいわけじゃないと思う。イステリシアみたいに、精霊さんたちと交流を持ちながら、僕たちの手助けをしてくれようとしているんだ。

 だから、僕もプリシアちゃんのために、代案を提案してみた。


「それじゃあ、おじいちゃんの側で精霊さんたちと遊べば良いんじゃないかな? ほら、そうしたら、モモちゃんとも一緒に遊べるよ?」

「おわおっ、そうだね!」


 なにも、遠くへ遊びに行かなくったって、ここで遊べば良いんだ。

 周囲では、救護所に運ばれてくる重傷者や忙しく動き回る聖職者の方々がいっぱいいるけど。それでも、みんなプリシアちゃんのことを知っているし、幼女たちが近くで遊んでいても、邪魔をしなければ愛らしいとさえ思えど、迷惑だなんて思わないよね。


 僕の提案に、上機嫌になるプリシアちゃん。

 早速、モモちゃんを仲間に加えた。


「んんっと、今日はみんなで遊ぶの」

「グググッ。何ヲ……スル? デモ、オ腹……空イ、タ」


 モモちゃんも、大切な戦力だ。そして、モモちゃんの活躍の場は、もう少し後だと思っている。だから、今はプリシアちゃんと遊んでいても、何も問題ないのです。

 そして、朝といえば、まずは朝食だよね!


 モモちゃんは、食欲旺盛しょくよくおうせいだ。なにせ、これまでずっと天上山脈の奥深くで暮らしてきたモモちゃんは、手の込んだ美味しい料理なんてほとんど口にしたことがない。それが、戦場とはいえ、たくさんの食べ物が準備され、それを自由に食べて良いんだから、そりゃあ、いっぱい食べるよね!


 プリシアちゃんとモモちゃんは仲良く手を繋いで、朝食が振る舞われている中庭に移動していった。






 僕も朝ご飯を食べて、またスレイグスタ老のもとへと戻ってくる。

 正確には、塔の側、なんだけどね。


「我が目印であるな?」

「だって、おじいちゃんの方が目立つから。はい、お土産です」


 高くそびえる塔よりも高い位置に頭があるスレイグスタ老の方が、遠くからでもよく見える。

 そのスレイグスタ老が頭を低く落として、小さく口を開けた。


 大きく、鋭い牙がずらりと並ぶ口に、僕はお肉の塊を入れる。

 口を閉じて、むぐむぐ、とお肉を味わうスレイグスタ老。

 スレイグスタ老の口に比べて、塊とはいえお肉はあまりにも小さすぎる。だけど、スレイグスタ老は満足そうに食べてくれた。


「ふむ。この味付けは、コーネリアであるな」

「さすがは、おじいちゃん! 今朝は、ミストラルの村の人たちがご飯を作ってくれたみたいです」


 味付けだけで、作り手がわかっちゃうなんてね。スレイグスタ老もなかなかの美食家だ。


 すると、僕と同じようにスレイグスタ老の側に戻ってきたプリシアちゃんとモモちゃんが、あっ、と声をあげた。


「んんっと、プリシアもお肉の塊が食べたいよ?」

「オ肉……。食べ、タイ」

「いやいや、二人は朝ご飯を食べてきたばかりだよね!?」


 ついさっき、お腹が膨れるほど満腹になるまで食べていた姿を、僕は見ましたからね?


 でも、他の人、というか他の竜が美味しそうに食べている姿を見たから、また食べたくなっちゃったのかな?

 食いしん坊な二人に、僕とスレイグスタ老は笑う。


 そこへ、次のお客さんが現れた。


「わらわ、憤慨ふんがい!」


 突然の怒りの告白に、僕たちは驚いて周囲を見渡す。すると、城塞の物陰にイステリシアが!


「イステリシア、おはよう?」

「んんっと、おはようだよっ」

「オハ……ヨウ?」


 どうしたんだろうね?

 憤慨、と言いながらも、イステリシアは物陰に隠れたまま、僕たちを見ていた。

 もしかして、まだスレイグスタ老が怖いのかな?


 いや、それにしても隠れすぎじゃない?

 それに、憤慨、と怒っているはずなのに、言い寄ってこないのは変だね。


 イステリシアも、見習い巫女として普段は規則正しい生活を送っている。

 僕たちよりも早く目を覚まして、日課をこなしてつつしみ深く日々を送る。でも、それはあくまでも日常のこと。今は、非常時だ。

 そして、イステリシアは重要な役目を担っていて、毎日へとへとになるまで頑張ってくれている。

 だから、ジャバラヤン様の配慮で、朝は朝食前まで寝かせておきましょう、ということになっていた。


 そのイステリシアは、いったい何を怒っているのかな?


 イステリシアの言葉の意味を理解しなかったプリシアちゃんが、すたたたっ、と隠れているイステリシアに走り寄る。そして、ぐいぐいと引っ張って、物陰から連れ出そうとする。

 だけど、イステリシアはかたくなに出てこようとしない。


 でもね、そんな手法はプリシアちゃんには通用しないんだよ?


 なかなか動こうとしないイステリシア。その手を握る、プリシアちゃん。

 次の瞬間。ぱっ、と物陰から消える二人。そして、僕たちの前に瞬間移動してきた。


「グググッ、寒、イ」

「イステリシア!?」


 目の前に空間跳躍してきた二人のうち、イステリシアの姿を見た僕たちは、目を丸くして驚く。

 だって、春先とはいえ、まだ寒い朝に薄着なんだもの!


「いったいどうしたの!?」


 と、聞くまでもなかったね。


「精霊たちに、服を取られてしまいました」


 そうそう。

 イステリシアは、寝ている間に精霊さんたちから、よく悪戯されるんだよね。

 そして、今朝は巫女装束みこしょうぞくを盗まれたわけか。


 もじもじ、と恥ずかしそうに身をもだえさせるイステリシア。

 小柄だったり、普段は巫女装束に身を包んでいるから、ついつい忘れがちになるけど、イステリシアも立派な女性だ。


 男である僕に見つめられて、イステリシアはとても恥ずかしそう。


「ご、ごめんね。まさか、そんな格好だとは知らなかったんだよっ」


 どうしよう!?

 このままじゃあ、精霊さんたちと遊ぼうにも遊べない。

 僕たちが困っていると、そこへ巫女服を持って現れたのは、マドリーヌ様だった。


「イステリシア、今日はこれを着なさい。事情は、ジャバラヤン様に聞きましたから」

「わらわ、感激かんげきです」

「おや? それはマドリーヌ様の巫女装束ですよね?」

「はい。急遽きゅうきょでしたので、私のものを持ってきました」


 巫女頭みこがしらであるマドリーヌ様は、他の巫女様たちとは違う衣装を身に纏っている。その衣装を貸してもらえると知って、イステリシアは本当に嬉しそう。


 普段から、ちゃんと巫女装束を着ていたり、戒律かいりつを守ったり。それに、巫女頭様の衣装にそでを通せるというだけでこんなに嬉しがるなんて、イステリシアは身も心も立派な巫女様だね!


 マドリーヌ様から受け取った巫女装束を、急いで着込むイステリシア。


「ところで、エルネア君」


 その様子を微笑ましく見つめながら、マドリーヌ様が僕に話しかけてきた。

 だけど「なんでしょう?」と返事した僕の声にかぶさるように、神官様が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。


「マドリーヌ様、ご報告がございます。夜明け前に、西に救援へ向かった者たちが未だに戻ってまいりません」


 むむむ。どうしたんだろう?


 聖職者の方たちは、救護施設の本陣とは別に、数名ごとに分かれて城塞各地に派遣されている。現地で負傷者に治療をほどこしたり、場合によっては結界を張って、強敵から身を守るために戦士の人たちと立てこもったり。

 その、派遣された聖職者の人たちかが、予定を過ぎても戻ってこないという。


 すると、今度は城塞の回廊を駆け抜けて、別の一団がやって来た。


『くわっ。おい、いもの竜王よ。向こうで妖魔が溢れ出て、巫女たちが足止めを食らっているぞ』

「ああ、やっぱりか!」


 鶏竜にわとりりゅうが翼の先で差す方角は、西。つまり、戻ってこない聖職者の人たちが向かった方角だね。

 僕は鶏竜の言葉を神官様に通訳する。

 マドリーヌ様は、すぐさま救援隊を編成するように指示を出す。

 そして、要請を受けて素早く現れたのは、アームアード王国第二王子で、国軍将軍であるルドリアードさんだった。


「やあ、おはよう。その救援には、俺たちが向かうことにしよう」

「ルドリアードさんが朝からお酒も飲まずに、真面目に仕事をしている!?」

「エルネア君、残念だ。もう、目覚めの一杯は終わったよ。それに、俺だって働くときは働くんだよ?」


 なんて冗談を言い合っている間に、ルドリアードさんの優秀な部下が素早く部隊の編成を整えた。


「そんじゃあ、行ってくる」


 そして、ルドリアードさんを先頭に、救援隊は西に向かって出発していった。


「それで、マドリーヌ様……」


 さっきのお話の続きは何かな? と、聞こうと思ったんだけど。


『くわっ、離さぬか、耳長族の娘よ』


 プリシアちゃんは、鶏竜が大好きです!

 ということで、早速プリシアちゃんに捕まってしまった鶏竜。僕は慌てて鶏竜の救援に入る。


「プリシアちゃん、鶏竜さんも朝は忙しいから、また後でね?」

「んんっと、あとでいっぱい遊ぼうね!」

『勝手に我らの予定を決めるなっ』


 鳥の鶏よりもひと回り以上大きな鶏竜を、プリシアちゃんの腕の中から救出する。

 だけど、鶏竜さんは僕の腕の中でもばたばたっ、と翼を羽ばたかせて暴れる。


「はっ!」

『くえっ』


 イステリシアとモモちゃんの視線が、鶏竜さんに釘付けです!

 どうやら、鶏竜さんは身の危険を感じ取っていたようです。

 鶏竜さんは僕の腕から抜け出して、ステリシアとモモちゃんの興味津々の視線から逃げるように、急いで走り去っていった。


「わらわ、あの鳥が欲しいです」

「グググッ、可、愛……イ」

「あ、あれは鶏竜という、立派な竜族だからね。飼ったりはできないんだよ」

「んんっと、あとでみんなで遊ぼうね?」


 おおっと、そうでした。

 プリシアちゃんは、モモちゃんとこれから遊ぶんだったよね。鶏竜が合流したら、イステリシアも参加するのかな?


「ところで、プリシアちゃん。何の遊びをするのかな?」


 話題を戻してあげると、プリシアちゃんは瞳を輝かせて、元気に宣言する。


「あのね、今日はお姫様ごっこをするの!」

「あら、素敵だわ」

「あら、面白そうだわ」


 そこへ、本物のお姫様であるユフィーリアとニーナがやって来る。

 そうそう。この二人といえば!


「ユフィ、ニーナ。ここ数日、竜族のみんなと何をしているのかな?」

「ふふふ、内緒だわ」

「ふふふ、秘密だわ」


 むむむ。気になります!

 双子王女様は竜族を巻き込んで、何やらたくらんでいる様子だ。

 まあ、この状況で企んでいることだから、きっと僕たちのかなったものなんだろうけどね。

 でも、中身が気になります!


「エルネア君、そろそろよろしいですか?」

「うっ、そうでした」


 マドリーヌ様を待たせっぱなしでした。

 僕は、マドリーヌ様に改めて要件を聞く。


「実は、ご相談がございます」


 マドリーヌ様の表情は、巫女頭様としての真面目なものだ。きっと、真剣な話なんだろうね。

 僕とマドリーヌ様が向き合う背後では、プリシアちゃんがモモちゃんにどんな遊びをするのかを説明している様子だった。


「おやまあ、それは面白そうねえ」

「おわおっ、大おばあちゃん!」


 すると、夜の間ずっと精霊さんたちと鬼ごっこをしていたユーリィおばあちゃんが、ちょうど戻って来て、プリシアちゃんの遊びを耳にする。


「ふふふ。それじゃあ、ユンたちも呼んで、みんなで遊びましょうねえ」

「やれやれ。ユーリィ様が仰るのなら」

「まーったく、よくもまあ、そんなことを思いつくものね」

「お姉ちゃんたちと一緒にいられるのなら、私も頑張りますっ」


 ほうほう、ユンユンやリンリン、それにランランも加わって、お姫様ごっこをするようですね?


「んんっと、イステリシアもね?」

「わ、わらわも!?」


 精霊さんたちと遊びまわる前に、イステリシアもお姫様ごっこをするみたい。


「んんっとぉ、プリシア、私も混ぜてね?」

「もちろんだよ、お姉ちゃん!」


 遂には、アリシアちゃんも加わった。

 けっこう豪華なお姫様ごっこになるようです。


「あそぼうあそぼう」

「んんっと、アレスちゃんはプリシアの横だよ」

「ミン、ナ……輪ニ、ナル。手ヲ……繋、グ」


 やはり、アレスちゃんも参加だよね。

 顕現したアレスちゃんも、プリシアちゃんたちの輪に加わったみたいだ。


 ……ん?


 輪に加わって?


 振り返り、改めて確認すると、プリシアちゃんたちは仲良く両手を繋いで大きな人の輪を作っていた。


「なんで、精霊王さまたちまで!?」


 しかも、その輪には当たり前のように各属性の精霊王さまが加わっていた。

 この上なく豪華な面子めんつに、イステリシアが目を白黒させて、驚いています!


「……君。エルネア君? 聞いていますか!?」

「あっ」


 背後の状況に気を奪われて、僕はマドリーヌ様の話を聞き逃しちゃっていたみたい。


「ご、ごめんなさい」


 だけど、やっぱり背後が気になります!

 すごく、すごーっく、嫌な予感がするよ!?


「んんっと、いくよ?」


 輪になったみんなが、仲良く手を繋いでぐるぐると回り出す。

 そして、プリシアちゃんが掛け声をあげた。


「プリシアと!」

「みんなの!」


 あーっ!


「大!」

「迷!!」

「宮!!!」


 お姫様ごっこって、ユフィーリアとニーナの術真似のことだったのかーっ!


 この日の朝、賢者級の者たちと大魔術師によって、大城塞には竜の森に匹敵する迷いの術が掛けられたのだった。


「ルドリアードさんたち、無事に辿り着けるかな……?」

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