相棒の存在
嵐の竜術、迷いの精霊術、長期戦を見越した交代での戦闘。全てが、ここへと
先ずは嵐の竜術によって、拡散されるオルタや僕たちの竜気を混ぜ回し、竜気の気配を乱して周囲の状況を把握させないようにした。そして、場を支配されないようにする。次に、アレスさんとプリシアちゃんの、竜峰迷宮。これが
そして、ゆっくりと気付かれないように、オルタを惑わし導いた。
この、
ウォルたちが奪い、双子王女様が守り通した
目の前に人参をぶら下げられた馬ではないけど。双子王女様は逃げ回ることなく、奪った竜奉剣の存在を絶えず見せつけることによって注意を奪い続け、誘導してきた。
竜宝玉を三つも内包するオルタにとって、その力をいかに効率よく最大限に出せるかが重要になる。だからこそ、竜の力をそのまま発揮できる竜奉剣は、絶対に奪い返さなきゃいけない物だったんだ。
オルタは、まんまと罠にかかった。
背後の地獄を
「これが……貴様たちの計っていたことか!」
そうだよ、と全員で武器を構える。
あと少し。もう一押しすれば、オルタを猩猩の縄張りへと落とせる。
不死に限りなく近づいたオルタ。彼を倒す方法を、僕たちは
僕が魔王になって、魂霊の座で倒す?
僕は絶対に、魔王なんかには成りたくないよ。魔族を支配するのなんて、真っ平ごめんです。
ラーザ様が行っていたように、封印をする?
これが最も現実的な案に思えた。
だけど。八大竜王であり、竜人族のなかで最も竜術に
悩み、みんなで相談し、たどり着いた先。
それが、猩猩だった。
猩猩は春先以降、未だに一箇所に留まっている。
竜峰の竜人族、竜族全てで総攻撃をかけても勝てないと言われる、最上位の恐ろしい魔獣。縄張りを煉獄の炎で包み込み、侵入した者を
オルタにどれほどの不死性があったとしても、永遠に炎に包まれ続け、猩猩に攻撃されてはひとたまりもないだろう。
猩猩を刺激することになってしまうけど。僕たち自身の手で解決できないけど。それでも、僕たちはこの作戦に掛けた。
犠牲を極限まで無くし、竜峰に平穏を取り戻す。そのためならば、凶悪な魔獣でも利用してみせる!
僕の意志を知り、作戦に協力してくれた竜王や竜族たち。全員でオルタを取り囲み、最後の一手を打つ。
遠方から、竜族が一斉に竜術の
「うがああぁぁぁぁっっ!!」
オルタが咆哮をあげる。
内包する三つの竜宝玉を全開し、全身が金と闇色の光に包まれた。オルタと僕たちの間の大地が隆起し、術を防ぐ。恐ろしい強度で竜槍を阻み、竜族の息吹を弾きかえす。
「愚か者どもめ!」
「猩猩の巣を利用するだと? 逆に利用してくれるわ!!」
オルタはあろうことか、猩猩の巣へと向かい竜術を放った。
猩猩の巣は安定している。移動することなく、一箇所に留まり続けてきた。それは、外部からの刺激を与えなかったから。
だけど。
縄張りを示す煉獄の炎の外からとはいえ、攻撃をされて大人しくしているような魔獣ではない。敵意を向けられれば、必ず反撃をしてくる。
いま猩猩の巣に攻撃を与えてしまえば、竜峰の者を敵対者と見なし、猩猩が暴れだすかもしれない!
息を呑む竜王たち。
「させませんわっ。皆さま!」
レヴァリアに騎乗したライラが空から叫ぶ。すると、地鳴りにも似た地竜たちの咆哮が響いた。
「なんだとっ!?」
オルタにできて、竜族にできないはずはない。
今度は、オルタと背後の猩猩の巣の間に、強固な壁が出現する。そして、オルタの竜術を弾き返す。大地の壁は役目を果たすと、砕け散った。
「翼を持つ竜族は攻撃。大地の竜族は護り。君の考えそうなことくらい、想定済みだよ!」
僕たちが猩猩を利用しようとするなら、オルタも利用するはず。そんなこと、子供にだってわかる。
だから地竜たちには、こういった状況に備えてもらっていた。
「くそどもがぁぁっっ!!」
僕たちに翻弄され、起死回生の竜術を阻まれ。オルタは怒りと憎しみに狂い、突進してきた。
「さあ、最後の追い込みだ!」
スレーニーが叫び、僕たちは全員でオルタへと向かい地を蹴る。
先制で僕が空間跳躍をし、間合いに飛び込む。白剣と霊樹の木刀に竜気を纏わせ振い、竜剣舞を舞う。
だけど、白剣はオルタの黒い革鎧の表面をなぞるだけ。霊樹の木刀の一撃でさえ、オルタの突進を阻めない。
くそう!
ここに来て、僕の技が役に立てない。力と迫力で強引に押してくる相手に、有効な手が打てない!
何日も戦い続け、疲弊しているから。そんな言い訳なんて要らない!
あと、一押しなんだ!
あと少しで、オルタを倒せるんだ!!
それなのに、オルタの突進を止めることさえもできないなんて……
オルタは、相手にならない僕なんて眼中にない。僕の攻撃を振り払うと、少しでも猩猩の巣から離れるように猛突進をする。
ミストラルが片手棍を振り下ろす。竜奉剣で弾き返し、ザンの拳を左腕で受け止める。銀色の炎を上げ、肩から先が爆散する。だけどその直後には完全に再生し、スレーニーの竜術を防ぐ。
邪竜を背中から召喚すると、ウォルとヘオロナに向けて放つ。更に、次から次に邪竜を召喚していく。
セストリニースの両手斧を竜奉剣の一振りで弾く。ヤクシオンの拳をかわし、反転しながら太い尻尾で反撃をする。
ジュラの剣戟がオルタの全身を斬り刻むけど、負傷する先から回復をしていく。
ウォルが竜術でオルタの足場を崩し、突進を止める。ミストラルの一撃が、竜族の胴のような体にめり込み、血と肉を爆散させた。
ヘオロナの放った槍が、オルタの胸に突き刺さる。
それでも、オルタの動きは止まらない。
ヘオロナの槍を逆に武器とし、暴れるオルタ。
三つの竜宝玉が暴走し始めているのか、荒れ狂う竜気がオルタを包み込み、只ならぬ気配を放つ。
竜奉剣が黄金色に輝く。全身が闇の光を放ち、崩れた足場が激しく揺れる。
形を成さない竜術が四方八方に放たれた。
竜王たちは回避し、猩猩の巣へと向かうものは地竜たちが防ぐ。空への一撃を回避した飛竜や翼竜が、お返しとばかりに息吹を放った。
オルタも、後がないことくらい承知している。一歩も退くことなく、竜族の攻撃を受け止める。腕が吹き飛び、四肢が弾ける。胴が真っ赤な肉片を散らし、顔が吹き飛ぶ。
それでも、オルタは瞬く間に再生をした。
「怯むなよ。押し切れ!」
ジュラが号令をかけ、また総攻撃が始まる。
僕も力を振り絞り、オルタに攻撃を仕掛ける。
それなのに。
ヘオロナやジュラの武器はオルタを斬り刻むのに。ザンやヤクシオンの肉体は、オルタの身体を弾き飛ばすのに。
僕の攻撃は、子供の遊びのような威力しか出せない。
竜王たちを前にすれば、僕なんてまだまだ役立たずなのかな? 疲弊のせいか、心が後ろ向きになっていた。
「お前は、なぜ手心を加える」
邪竜を銀の炎で灰に変えたザンが、僕を見ていた。
手心を加える? 僕が? 思いもしない言葉に、困惑する。
「お前が右手に持つ物は何だ?」
ザンの問いかけに、右手へと視線を落とす。見なくても、本当はわかっている。握られているのは、
「それは、竜の森の守護者が身を削ってお前に
そうだよ。白剣は、スレイグスタ老の最も鋭い牙から削り出された武器で間違いない。
「竜の森の守護者は、お前に
「そんなことはないよ!」
つい、語気を荒めて言い返してしまった。
「では、もう一度聞く。それは何だ?」
「これは……白剣。竜殺しの属性を秘めた剣だよ」
「そうだろう。それは俺たちにとって、恐ろしい武器だ」
ミストラルが言っていた。白剣には、竜殺しの属性が宿っている。竜族や竜人族には脅威になる武器だと。だから、気をつけて扱ってねと。
「お前は勘違いをしているんじゃないのか? 親交と慣れ合いは別の物だぞ」
どういうこと? と、思考を巡らせる。そして、ザンの言葉の意味を知る。
僕は……
無意識のうちに、白剣を鈍にしてしまっていたんだ。
ライラを背中に乗せ、空を荒々しく飛ぶレヴァリアを見る。
暴君と呼ばれた、竜峰に住む者たち全てを怯えさせた飛竜。
僕は一度、レヴァリアと戦っている。
そのとき手にしていた武器は、まさしく白剣だった。
あの、恐ろしく強い暴君レヴァリアに致命傷を与えた白剣が、オルタに通用しない?
そんなはずはない。
オルタの黒い革鎧は、竜気で
古代種の竜族であるスレイグスタ老の牙から削られた竜殺しの武器を弾くほどの防御力があるのだろうか。
違う。
そんなはずはない。
スレイグスタ老の牙が通用しない相手なんて、そうそう存在するはずがないじゃないか。
それなら、なぜ白剣は通用しなかったのか。
僕の心が原因だった。
竜峰に足を踏み入れる前。僕は、竜族は恐ろしい存在だと認識していた。古代種の竜族であるスレイグスタ老やニーミア、それにアシェルさんとは知り合っていた。
だけど、やっぱり竜族は恐ろしい存在だというのが僕の認識だった。
だから、レヴァリアと戦ったときも
でも、その後。
鶏竜と親しくなり、地竜や竜峰同盟の竜族と仲良くなって。あの暴君と恐れられたレヴァリアとさえも親密になって、竜族もわかり合える存在だと知った。
竜人族の人たちも、ミストラルや多くの人たちに親切にしてもらい、すぐに打ち解けることができた。
だけど、それらのことが原因で、僕は竜族や竜人族に白剣を向けることを避け始めていたんだ。
竜族や竜人族は、敵ではない。そういった者たちの脅威になる白剣は、危険な武器。
この芽生え始めた無意識こそが、白剣の斬れ味を落とす原因になった。
知らず知らずのうちに、白剣の威力を否定し始めていた僕。それは次第に、悪影響を広げていった。
躊躇いを持って手にした白剣はいつしか、竜族や竜人族以外の相手に対しても斬れ味を失い始めていたに違いない。
そして、無意識だからこそ僕はそこに気付かず、尚更白剣を鈍化させてしまっていた。
でも、違う。
竜族であれ、竜人族であれ。何者であろうとも、竜峰や僕たちの家族に危害を加えようとする者たちは、敵なんだ。そこに、友情や親しみといった心情は関係ない。
ザンは、そのことを言っていた。
目の前のオルタ。それは竜峰に災いをもたらす存在であり、敵だ。
敵には情けも容赦もしてはいけない。
でないと負けるのは僕たちで、悲しむのはみんななんだ。
僕は、なんて愚かなのかな。
違うか。まだまだ修行が足りないんだ。技術も心も。
それなら、慢心することなく、ひとつひとつの戦いを精一杯こなしていくしかない。
ごめんね。と心のなかで白剣に謝る。
最高の武器を鈍にしてしまっていた。頼れる唯一無二の存在を、否定してしまっていた。
ぎゅっと。右手に力を込めて白剣を握り直す。
そして、新たな決意で暴れ狂うオルタを見据える。
握り締めた白剣から、強い脈動が伝わってきた。
これが白剣。
勇者の聖剣でも足元に及ばない威力を秘めた、僕の右手に収まる武器だ。
白剣は純白さを増し、薄っすらと白く淡い光を放ち始めていた。
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