禁領に戻ってきました

 リステアとその仲間たちは、未来へ向けての確かな一歩を、もう一度踏み出し始めた。

 スラットンが無事に戻ってきたことでクリーシオも回復の基調きちょうを見せ、彼らはそろって竜峰を下る旅路に戻る。

 聖剣を折ってしまい、戦力のいちじるしい低下を招いてしまった勇者様ご一行だけど、代わりに神族のアレクスさんと天族のルーヴェントが護衛に就く。


 とはいえ、彼らの出立しゅったつは苦難の門出かどででもある。


 リステアは、アームアード王国の王都に戻ったら、王様に報告しなきゃいけない。

 聖剣が折れてしまったことを。

 建国以来、脈々と勇者に受け継がれてきた聖剣を破損させてしまった。そのリステアに、どんな罰が下されてしまうのか。

 僕も不安で、一緒に事情を説明すると申し出たんだけど。


「いや、これは勇者としての責務だ。こればかりは俺だけで責任を全うしたい」


 というリステアのたっての申し出により、僕は見送ることしかできなかった。


 リステアは、どんな罰でも受ける覚悟だ。

 ただし、アレクスさんが見せたような自害による罪滅ぼしなんて選択肢は、リステアなら絶対に取らない。

 彼なら、何が何でも聖剣を復活させようと最後まで努力するはずだ。

 僕もそう信じているからこそ、リステアたちを送り出した。


 聖剣復活へ向けた、これまでになく険しい試練が勇者を待ち受けている。


 そして、僕にも過酷かこくな試練が待ち受けていた。


「それで、エルネア君。勇者様たちのその後はどうなったのでしょう?」

「マ、マドリーヌ様。どうしてスラットン失踪事件の報告を聞くだけなのに、こんな状況になっちゃっているのかな!?」

「おほほほほ。それは、ほら。将来を誓いあった男と女ですもの。ねえ?」


 ふぅ、と耳もとに甘い吐息といきを吹きかけられて、僕はぶるりと身震いをする。


 どうしてこうなった!?


 僕は今、マドリーヌ様と二人っきりで、森の奥に隠れている。

 いや、隠れているというよりも、閉じ込められているという方が正確なんじゃないのかな?


 そう。事の発端ほったんは、リステアたちを見送ったあとに、禁領のお屋敷へ戻ってきた時までさかのぼる。






「エルネア君、耳長族の方々の試練を手伝ってください」

「はい?」


 ニーミアに乗って帰宅した僕たちを待ち構えていたのは、鼻息を荒くしたマドリーヌ様だった。

 どういうことかな? と居残り組の責任者であるルイセイネに確認をとったけど、答えてくれたのは小悪魔幼女だった。


「んんっとね。悪い人を侵入させない訓練だって」

「プリシアちゃん、なぜ君は瞳をきらきらさせているんだい?」


 そういえば、竜人族の村にニーミアが来てくれたけど、大親友であるはずのプリシアちゃんの姿はなかったよね。

 まさか、北の地から禁領に戻った際に、プリシア教団の信者たちに恐ろしいことを吹き込んだのでは!?


 僕の不安は的中していた。


「あのね、プリシアは迷路を作れるんだよ。メイと迷路でいっぱい遊んできたの」

「プリシアちゃん、その能力は大変素晴らしいものですよ。そうです、耳長族の方々にも習得してもらいましょう。なにせ、この土地は招かざる客を排除する風習があります。迷いの術で追い払うことができるようになれば、テルルちゃんの苦労も減りますからね」

「んんっと、そうしたらもっとテルルちゃんと遊べる?」

「それは、もちろんです」


 こうして、プリシア教団、もとい神殿宗教の新たな信者である耳長族の人たちは、巫女頭みこがしたのマドリーヌ様の号令の下に、迷いの術を習得する修行に入った。


 とはいっても、精霊たちを力で強制的に使役することは禁止されているし、巫女を目指す女性の耳長族は、そもそも精霊術を使うこと自体が、禁止されている。


 では、どうやって迷いの術を習得しようとしているのか。

 まあ、考えてみると原始的な方法です。

 森に罠を張ったり、獣道に似せた迷路の道を作ったり。

 迷いの「術」とは言っているけど、要は侵入者を惑わし、迷子にさせて目的地へたどり着かせない技術みたいなものだね。


 耳長族の人たちは、精霊術が解禁されるまでは、こうした人力の術で侵入者をはばむ役目を負うことになったらしい。


 そして今。

 僕は、耳長族の人たちが近隣の森に試験的な意味で施した迷いの術の最奥で、こうしてマドリーヌ様と密着しているわけです。


「いやいやいや、なんで密着? というか、これってどんな修行になるのかな!?」

「あら、エルネア君。鈍いですね。これは、私とエルネア君が二人っきりになるための口実ですよ?」

「うわっ、速攻で本心を露呈ろていさせちゃったよ、この巫女頭様!」


 素直で正直なのは巫女様らしいんだけど、ちょっとこの雰囲気は清廉潔白せいれんけっぱくを信条とする身分の方には相応しくない。

 なぜなら、僕と身体を重ねているマドリーヌ様の瞳は、とても色っぽい。


 すると、マドリーヌ様は僕の手を優しく掴む。そして、人差し指を選び、はむ、と口に含んだ。

 柔らかな唇が閉じられる。敏感になった僕の人差し指は、マドリーヌ様の唇と、その奥の温かな空間を同時に感じる。そして、閉じられた口の中は、しっとりとした湿度に満たされていた。

 ひくり、と指先を動かそうとしたとき。人差し指を、濡れた舌が包み込んだ。


「ひぃ」


 なまめかしい感覚に、僕はつい変な悲鳴をあげちゃう。


「ふふふ、こういう経験はありませんの?」

「な、なななな、ないですよっ」

「ユフィとニーナがいますのに?」

「あ、ああああ、あの二人には常に監視が付いているからね」

「では、こういうことも未経験かしら?」


 言って、マドリーヌ様は僕のもう片方の手を取る。

 そして、自ら胸もとに導くと、僕の手を服の隙間に差し入れた。


「ほぉら、ここにエルネア君の大好きなものがありますよ。触って確かめてください」

「マ、ママママ、マドリーヌ様。聖職者がこんなことをしちゃいけませんよっ」


 と言いつつ、なぜか僕の手は僕の意志から離れて、服の奥になにが秘められているのか確かめるように動く。

 指と掌が柔らかい物体を包み込む。人肌の温もりと、たおやかな手触り。

 形を確認するように手を動かすと、柔らかなそれは手の動きに合わせて形を変化させる。

 さらに指を動かすと、硬い突起にたどり着いた。


「さあ、思いのままに」

「だ、駄目ですってば。マドリーヌ様は神職に身を置く人なんですよ」

「あら、それを言うのなら、ルイセイネだって同じだわ。それとも、ルイセイネはこういうことを教えてくれなかったのかしら?」

「いやいやいや、ルイセイネは正式な妻ですし」

「私も、エルネア君に見初められて家族に加えていただけたのですよね? なら、同じです」

「お、同じじゃないですって」


 と言葉を交わしている間にも、なぜか僕の手は動いていた。

 マドリーヌ様の唇から、甘い吐息が漏れる。それに合わせて、頬が桃色に染まっていく。


 ど、どうしよう!?


 予想外に、マドリーヌ様は超積極的だよ。

 最初に取った方の僕の手を、言葉の合間合間に艶めかしく舐めてくる。

 それどころか、自ら僕の手を秘部へと導く。


 まずは、すねの辺りから手をわせる。僕の手は、マドリーヌ様の法衣ほうえを足もとからたくし上げる。

 女性らしい、滑らかな肌触り。


 マドリーヌ様に導かれるまま、僕の手は膝を上がり太ももへ。

 さらに、太ももの内側へとゆっくり手を滑らせていく。


 だんだんと、マドリーヌ様の吐息が荒くなり始める。

 それに合わせて、僕の自制心も崩壊していく。


 ああ、僕はこのまま、マドリーヌ様と……


「はい、お二人とも、そこまでですよーっ!」


 がさーんっ、とやぶを激しく掻き分けて現れたのは、僕とマドリーヌ様とは違った意味で息を荒げたルイセイネだった。


「マドリーヌ様、耳長族の修行と称して、エルネア君に変なことをしないでください!」

「ちっ、残念」


 いま、ちって舌打ちしましたよ、この巫女頭様!?


 ルイセイネの登場に、マドリーヌ様は頬を膨らませて不満を表す。

 だけど、不満いっぱいなのは、ルイセイネの方だよね。


「エルネア君! ……は、まあ。男性ですし、仕方ありません。ですが、マドリーヌ様は別です。婚姻されていない、しかも巫女頭様のするようなことではありません!」


 うん。僕もそう思います。

 だけど、誘惑に負けそうになっていた僕には、なにも言えない。


「むきぃ、いいじゃないですかっ。私だって、エルネア君ともっと親密になりたいのです。貴女たちだけなんて、ずるいわっ」

「わ、わわわ、わたくしたちだけなんて……」


 急に赤面するルイセイネ。

 それで、マドリーヌ様はぴーんと来たみたい。


「ははぁん、さては……」

「な、なにを思い至ったのかは知りませんが、と・に・か・く!」


 ルイセイネは、僕からマドリーヌ様を引き剥がした。


「マドリーヌ様は、まだやるべき事があるんですからね」


 言ってルイセイネは、そのままマドリーヌ様を引っ立てていった。


 取り残されたのは僕。


 でも、助かったと言うべきなのかな?

 本来なら、僕にもとばっちりが降ってくる場面だと思うんだけど。


 右手と左手。それぞれに残った違う感触をもう一度確かめるように、握ったり開いたりしてみる。

 うむむ、あれはとても良いものでした。


「エルネア、物足りないのかしら?」

「っ!?」


 はっ、と自分の両手から意識を引き剥がす。

 すると、目の前には仁王立ちするミストラルが!


 ミストラルの顔は微笑みを讃えているけど、なんだか怖い。


「悪かったわね、胸が小さくて!」

「いやいや、ミストラルはなにを言っているのかな!? 胸が無いなんて、僕はひと言も言ってないよっ」

「胸が無いですって?」

「ぎゃー、今のは言い間違えだよっ」


 しまった。

 ルイセイネが僕を放置してマドリーヌ様を優先させた理由は、これだったのか。

 最初から、ミストラルに僕を任せるつもりだったんだね!


 にぎにぎしていた僕の両手を、ミストラルの両手が鷲掴わしずかみにする。そしてそのまま、握り潰すように力を加えていく。


「痛いっ。痛いです、ミストラルさん!」


 マドリーヌ様の湿った舌や、艶かしい肌触り。至福の柔らかな感触は、激痛によって消し飛んでいった。


「まったくもう。耳長族の修行というから付き合ったのに、まさかマドリーヌがあんな悪巧みをしているなんて。油断も隙もないわね」

「ミストラルとルイセイネは、なんでそれに気づいたの?」


 痛い両手に涙目になりながらも、疑問を口にする。

 すると、ミストラルは肩をすくませて教えてくれた。

 ただし、僕の両手を握り潰している手は緩めることなく。


「ユフィとニーナが気づいたのよ」

「なるほど、あの二人も同類だからね!」


 耳長族の修行は、まず森に迷いの術を施すところから始まった。

 そして、ミストラルたちを侵入者と見立てて、どう惑わすかの練習をしていたんだ。

 僕とマドリーヌ様が森の最奥に待機していて、一定時間ミストラルたちを迷わせたら成功、もしも僕とマドリーヌ様の位置まで侵入されたら失敗、という修行だった。


 まあ、ミストラルとルイセイネがたどり着いちゃったので、耳長族の修行は失敗に終わったんだけどね。

 それと同時に、マドリーヌ様の悪巧みもついえた。

 僕も、こうしてミストラルからの嫉妬しっとを痛みとして受けています。


「ミ、ミストラルさん。もうそろそろ手を離してくださいませんか?」


 僕の懇願こんがんに、じっと視線を向けるミストラル。


 うっ。

 これは、ミストラルを懐柔かいじゅうする方法を探らなきゃ助からないぞ?


「ミストラル」


 僕は、痛い両手を我慢して、ぐっと腕を引く。

 僕の両手を握っていたミストラルは、それに釣られてこちらに倒れこんできた。


「ねえ、周りには誰もいないよ?」


 マドリーヌ様は、ルイセイネが連れ去っていった。

 ユフィとニーナとライラは、きっとまだ森を彷徨さまよっている。

 セフィーナさんは、竜峰の西側から禁領までひとり旅の途中だ。

 ここにいるのは、僕とミストラルだけ。


 だけど、ミストラルは倒れこんだまま、僕から視線を外さない。

 僕は躊躇いがちに、もう一度腕を動かす。

 すると、強く握っていたはずのミストラルの手が解かれた。

 僕はそのまま、両腕をミストラルの細い腰に回す。


 少し力を入れただけで、ミストラルは僕に密着してきた。

 衣服を通して、ミストラルの体温が伝わってくる。

 ゆっくりと上下する胸に合わせて動く慎ましい双丘が、僕の胸もとに触れている。


「ふふふ、男の子だねえ」


 ミストラルは、なにが、とは言わない。

 ただし、ミストラルの上半身が僕に密着しているように、僕の下半身もミストラルと密着している。


「だって、仕方ないでしょ?」

「そうね、仕方ないわね」


 ついさっきまで、マドリーヌ様に誘惑されていたんだし。

 そして、今はミストラルと二人っきりだしね。


 僕の瞳から視線を外さないミストラル。だけど、目尻に険しさはない。むしろ、なにかを期待するような色を感じる。


「ミストラル……」

「エルネア……」


 そっと瞳を閉じるミストラル。

 僕は、もっと力強くミストラルを抱き寄せると、身体だけじゃなく顔も密着させる。


 重なり合う唇。


 体勢を入れ替える。

 ミストラルが下で、僕が上。

 ミストラルは抵抗するどころか、僕の唇から離れようとしない。


 ああ、このまま僕はミストラルと……


「はい、そこまでだわっ」

「はい、それで終わりだわっ」

「はわわ、ミスト様だけずるいですわ」

「「っ!?」」


 だけど、やっぱり良いところで邪魔が入っちゃう。

 がさーんっ、とやぶを激しく掻き分けて現れたのは、ユフィーリアとニーナとライラだった。


 僕とミストラルは唇を離し、揃って肩をすくめる。

 そして、苦笑ではなくて愉快に笑う。


「エルネア君、次は私だわ」

「エルネア君、その次は私だわ」

「エルネア様、わたくしも!」


 やれやれ。

 こりゃあ、みんなを相手にするのは大変だ。

 僕は幸せな苦悩に困り果てる。


 だけど、久々の至福はこれまでだった。


 苦難へ立ち向かう勇者と同じように、僕にも苦難は続く。

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