反響の神術

 たてを構えた屈強な戦士たちが、最前列に並ぶ。そして、重鈍じゅうどんに、それでも着実に押し寄せてくる黒い岩肌をした魔物の群を待ち構える。


『岩はすなに。砂はちりに!』


 盾を構えた隊列の後方から、力ある言葉が協和しながら発せられた。

 暗闇の奥から進んでくる魔物たちの脚が崩れる。更に崩壊は進み、胴体が崩れ、腕や頭が崩れて言葉通りに砂に変わる。


 これが、神族の力だ。

 只の魔物なんて、苦戦するまでもなく撃滅させてしまう。

 それでも、数に勝る黒い岩肌の魔物の群は、深い暗闇の奥から次から次に湧いて出てくる。

 そして、神術の猛攻を掻い潜って、とうとう盾を構える最前列へと到達した。


「押し返せ!」

「おうっ!!」


 エスニードの号令で、盾を構えた男たちが動き出す。

 一歩。一歩。頑丈がんじょうな盾で魔物の進行を阻止するどころか、着実に押し返していく。


「あぁぁ、あああぁぁぁ……」


 魔物の真っ赤な口の奥から、慟哭どうこくにも似た不気味な声が漏れる。だけど、神族は臆することなく着実に自分の役目をこなす。

 並ぶ盾の隙間から、長柄武器ながえぶきを持つ戦士たちが攻撃を仕掛けた。

 槍のきっさきが、魔物の頭部に突き刺さる。すると、岩で形成された魔物の上半身が爆散した。

 神槍しんそうは、盾の前に群がる魔物たちを次から次に爆散させていく。


「ぐあぁぁっ!」


 だけど、悲鳴を上げたのは神族たちの方だった。


「こ、こいつらっ!?」


 悲鳴をあげて後退した最前列の男に注目が集まる。

 そして、全員が驚愕する。


 ついさっきまで魔物を押し返していたはずの頑丈な盾が、半分以上どろりと溶けていた。それだけでなく、男も腕や脇腹の肉を溶かして重傷を負っていた。


「気を付けろ! こいつらの赤い液体は、溶岩ようがんだぞ!」


 男が負傷する一部始終を見ていた隣の男が叫ぶ。


「接近戦は駄目だ! こいつらの体を破壊したり斬り裂いたりすれば、溶岩の体液が飛び散る!」


 そんな馬鹿な、とは誰も言い返せない。何故なら、他にも何人かが溶岩の液体を体に浴びて、負傷していた。


「ちっ」


 エスニードが舌打ちする。


「巫女ども、負傷者を手当しろ。最前列は、そのまま魔物たちを押し返せ。作戦変更だ。神術で奴らを全てほうむる」

「おうっ!!」


 神族たちの動揺は一瞬だけだった。

 状況を冷静に判断し、エスニードの命令に忠実に反応する。

 まさに、統率の取れた軍隊だ。


 盾を持つ屈強な戦士たちは、黒い岩肌の魔物の侵攻をはばみ、逆に押し返していく。たまに盾の隙間から魔物が攻撃を仕掛けてくるけど、二列目に構えた者たちが弾き返す。ただし、魔物の体を欠損けっそんさせるようなことはしない。

 黒い岩肌の魔物の目や口、それに関節部分などに見える真っ赤な部分は、超高熱の溶岩だ。

 体を破壊して溶岩が飛散してしまうと、火傷どころの負傷では済まない。

 現に、最初に溶岩を浴びた男は肉を溶かして重傷を負ってしまった。


 ルイセイネとマドリーヌ様が、隊列の後方に退いてきた負傷者の手当てに入る。

 そのかたわらで、神術を唱える者たちがいた。


『岩は砂に。砂は塵に!』

『地も空も、全ててつけ!』


 遠くの魔物たちが、砂になって最期は塵になっていく。接近していた魔物は凍りつき、真っ赤な溶岩が冷えて只の岩の塊になった。

 盾を構えた男たちが前進すると、岩塊がんかいになった魔物は体内の溶岩を撒き散らすことなく崩れさる。


「他愛もない」


 エスニードが鼻で笑うように、この程度の魔物ではどれだけ数が多くても神族の侵撃は止められないのかもしれない。


 その後も、迫る魔物は盾を持つ戦士たちに押され崩れていき、距離のある魔物も神術によって塵に返されていく。

 僕たちは、神族の戦いを背後から見つめるだけだった。


「凄いね。これが神術を主力とした戦い方か」


 と、素直に感心する僕。

 もしもこれが普通の人族の冒険者なら、そもそも魔物の黒い岩肌を打ち砕くことさえできずに、撤退していたかもしれない。それを神族は軽々と破壊し尽くしてみせた。

 今後、この人たちと対峙するようなことになったら、軍隊のように統率された完璧な動きを見せる集団と、それを指揮する神将エスニードを相手にしなきゃいけないんだね。


 とはいえ、今はまだその時ではない。

 まずは、帝尊府がこの地下遺跡を抜けて天上山脈の西側へ出られるかを見届けなきゃいけない。

 それに、僕たちだって油断は禁物だ。

 帝尊府の結末を見届ける以前に、僕たちがここを突破できなきゃ意味がないからね!


「残存する魔物は居ないな? よし、前進だ」


 黒い岩の肌を持ち、体内に溶岩を流す不気味な魔物は、神族の猛攻によってことごとく破壊し尽くされた。それを確認したエスニードは、部隊の前進を命じる。


 個人的には、最初の戦いで負傷者も出たし、力も消耗したはずだから、状況を分析してもっと慎重に今後の方針を決めた方が良いと思うんだけどね?

 だけど、神族にとっては、この程度の戦闘は物の数にも入らないんだろうね。

 エスニードの命令で、神族たちは躊躇うことなく進み出す。

 仕方なく、僕たちも後に続く。


「……ねえ、ミストラル」

「なにかしら?」


 先を行く神族の隊列から遅れないように歩きながら。僕は、綺麗に舗装された石床に散乱する魔物の残骸に視線を落としていた。

 そして、疑問を口にする。


「これって、魔物なんだよね? でも、魔晶石ましょうせきがない?」

「言われてみると、そうね。神族の戦い方を観察していたから気にしていなかったけれど、変だと言われれば変かしら?」


 僕やミストラル以外のみんなも、散乱する魔物の残骸ざんがいを見渡す。だけど、どこにも魔晶石どころか欠片かけらさえ落ちていなかった。


 神術は、魔物の核である魔晶石さえ消滅させるほどの威力があるのかな?

 いやいや、それでも変だよね?

 だって、最初の数体は接近戦で倒したのだから、その魔晶石くらいは落ちているはずだ。それなのに、どこにも魔晶石は落ちていなかった。


「少し気になるわね。次は、神族の動きよりも魔物に注目しておこうかしら」

「そうだね。冥獄の門を潜って地下に入ってすぐに、魔物の群が押し寄せてきたことも気になるしね?」

「罠かしら?」

「かもしれないね」


 地下道の先には、幽冥族が遺した地下都市が在るはずだ。

 そして、そこには幽冥族を滅ぼした恐ろしい化け物や呪いが残っている可能性もある。

 そうすると、今の黒い岩石で造られた魔物も……


 と、考察している場合ではなかった。


 前進を再開させたばかりの神族たちから、緊張した声が飛び交い出す。


「おい、また奥から奴らが現れたぞ!」

「隊列を組め!!」

「なんて数だ!」


 なななっ!

 今しがた倒したばかりの黒い岩肌の魔物が、またしても群を成して押し寄せてきた!?

 まさかの展開に、後方の僕たちまで焦りを感じ始める。


 今はまだ、大丈夫。魔物の群が押し寄せてきても、神術で対抗できる。神族が疲れた場合は、僕たちだって戦える。

 でも、どうだろう?

 このまま天上山脈の地下を横断して西側に抜けるまで、魔物の大群が途切れることなく押し寄せ続けたら……

 神族どころか、僕たちでさえ長い道中の半ばで疲れ果てて、戦えなくなるんじゃないかな?


狼狽うろたえるな、者ども!!」


 そこに、エスニードの一喝いっかつが響く。


「古い遺跡というのは、侵入者の出鼻でばなくじくために、入り口に大掛かりな罠が仕掛けられているものだ。この程度の魔物の群で、浮き足立つな!」


 エスニードは叫び、自ら最前線へ足を進めた。

 そして腰の神剣を抜き放つと、力ある言葉を放つ。


ひびけ。剣斬けんざん!』


 エスニードの豪声ごうせいが、地下道の壁や床に反響して木霊こだまする。


『響け。我が剣斬!』『響け。我が剣斬!』『響け。我が剣斬!』


 異変が起きた。

 力ある言葉と同時に振り下ろされた、神剣の一振り。

 そのたった一振りによって、暗闇の奥から群がり押し寄せてきていた魔物たちが一斉に四方八方から斬られ、岩塊に変わっていく。


「ま、まさか!?」


 僕は、エスニードの放った神術に驚愕する。

 今のは、反響した「力ある言葉」が全て神術になった!?

 だとすると、これは余りにも規格外の術だ!

 僕の推測を裏付けるように、グエンがエスニードに賞賛の言葉をかける。


「流石は、深響しんきょう将軍とうたわれるお方。山彦やまびこのように声を自在に反響させて、神術の威力を何重にも重ねることが出来るとは。神族の中でも、エスニード将軍はたぐまれな能力を持っておいでですね」

「ふふんっ。この程度で感心されていてはこそばゆい。まあ、貴様の前で我が神術を披露するのは初めてだったか」


 グエンの賞賛に、まんざらでもない表情を見せるエスニード。


「先の、武神選定のおり。帝の御神眼ごしんがんかない、候補に上がったのが我とウェンダー様であった。しかし、出生しゅっせいで我はウェンダー様に一歩及ばなんだ。あの方は、先祖代々が闘神とうしん末裔まつえいの家系に仕える家柄いえがら。対して、我は平民出身。帝は、我の武力よりもウェンダー様の忠誠を評価なされた」


 エスニードは、神術で全滅させた魔物の残骸に視線を落としながら、過去を思い出していた。


「だがな、グエン。武力だけで言えば、我は今でもウェンダー様より上だという自負を持っている。我に足りなかったのは、何よりも功績なのだ」


 だから、とエスニードは魔物の残骸から通路の先の暗闇へと視線を移す。


「今度こそは。この山脈の地下を横断する経路の確保を帝に献上けんじょうし、今度こそは武神になってみせようぞ」

「我ら一同、エスニード将軍に忠誠を誓い、必ずや困難を克服して成果を示してみせましょう」


 うやうやしくこうべを垂れるグエンに続き、神族の全員がエスニードに忠誠を示す。

 僕たちは、彼らの後方で静かに様子を伺っていた。


 神術は「力ある言葉」によって森羅万象しんらばんしょうに干渉し、真価を発揮させる。

 エスニードは、その「力ある言葉」を自在に反響させて、何重にも神術の効果を上乗せさせることができる。

 きっと、屋外であってもエスニードは術を反響させられるんだろうね。しかも、反響した術はその方角から効果を示す。

 つまりエスニードが反響の神術を放つと、全方位から同じ術が襲いかかってくるということを意味する。

 僕の推測を裏付けるように、魔物の群もエスニードが立つ方角からだけではなく、壁や天井や床に反響した術によって四方八方から斬撃を受けて、こちらに接近する前に殲滅させられてしまったからね。


 そしてグエンは、この武神に勝るとも劣らないエスニードの実力を知っていたから、これまで慎重に行動してきたんだろうね。

 しかも、エスニードを賞賛するふりをして、こっそりと僕たちに彼の神術の効果を知らせてきた。

 やっぱり、グエンは油断のならない曲者くせものだね。

 とはいえ、エスニードの特殊な神術と実力の片鱗へんりんを知ることができたのは有り難い。

 もしも、何も知らずにエスニードと対峙するような場面が訪れていたとしたら、僕たちは彼の神術に遅れをとっていたかもしれないからね。


 武力だけであれば、元武神のウェンダーさん以上だと豪語したエスニード。

 確かに、反響はんきょうの神術は脅威だ。

 しかも、ここは声が反響しやすい地下の遺跡だからね。こんな場所で地の利を持つエスニードと対立はしたくないな、というのが正直な感想だね。


「さあ、行くぞ」


 言って、エスニートは光の神術を放つ。

 すると、エスニードの周辺だけでなく、通路のずっと先まで明かりがともった。

 これも、反響による効果だろうね。

 遠くまで声を反響させて、術の効果を飛ばしたんだ。


 床や壁や天井が、エスニードの神術によって明るく照らされる。


「どうやら、最初の罠は今の魔物どもでしまいのようだな」


 ずっと先まで照らされた通路には、もう黒い岩肌の魔物の姿はなかった。

 神族の人たちは、破壊し尽くされた魔物の残骸を越えて、通路の奥へと進み始める。


「僕たちも、行こうか」


 遅れないように、僕たちも歩みを再開させる。


 幽冥族が遺した地下遺跡。

 僕たちはまだ、入り口に入ったばかりだ。

 これから先、どんな困難が待ち構えているのか。

 石床を踏む足が、無意識に緊張していた。

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