事後処理は大切です

 禁領に竜王のお宿を開き、その日のうちに流れ星さまご一行を迎えてから、僕たちは久々に忙しい日々を送っている。

 メドゥリアさんを襲った暗殺者を倒すために竜王の都へ急行したり、赤鬼種をらしめるために集落を訪れたり。

 今度はまた竜王の都に戻って、事後処理をしたりね。


 実は、赤鬼種を迎え入れる準備以外にも、僕たちには幾つかの案件が残されていた。

 まずひとつ。

 僕が壊した領主館の改築。

 大鎌の竜術自体は鋭い刃を振り下ろすだけだから、それほど広い範囲に影響は出ない。でも今回は、そこに巨人の魔王の魔力を乗せたからね。領主館の一部が吹き飛ぶ結果になってしまったのです!

 そして、もうひとつ。

 こちらは深刻な問題だった。


 今回の事件は、暗殺者ジュメイとは別に、傀儡の王が僕たちに干渉していた。

 そして、領主館に残ってジュメイに相対していたはずの上級魔族、ジャンガリオ爺さん、ジーク、フォラードの三人は、実は傀儡の王に拉致されていた。その代わりに、傀儡の王が造った人形が僕たちを待ち構えていたんだ!


 つまり、執務室に直行せずに、地下の宝物庫に向かっていても、僕たちは傀儡の王が張り巡らせた罠に掛かっていたわけだね。

 それはともかくとして。


 ジュメイを倒し、赤鬼種を懲らしめても、僕たちは十氏族の三人を救出しないといけないという難題が残されていた。

 それを解決してくれたのは、巨人の魔王。

 始祖族同士で、それなりに交流はあるらしい。それで、巨人の魔王が傀儡の王に使者を送ったところ、意外なことにすんなりと三人を返してくれた。

 どうやら、傀儡の王にとって人質は邪魔でしかないようで、ひとつの人形劇が終われば、あとは用済みだったらしい。

 さらに、拉致した人質を利用して次の悪巧わるだくみを、と考えるよりも、新たな遊びは新たな舞台を整えて、という方か好みなのだと、巨人の魔王に教えられた。

 本当に、始祖族って常識が逸脱しているよね!

 巻き込まれる僕は迷惑でしかないよ。


「面目ない」


 と帰ってきたジャンガリオ爺さんには深く謝られたけど、さすがの上級魔族でも、始祖族には敵わないよね。

 僕たちだって傀儡の王に弄ばれたんだ。だから、ジャンガリオ爺さんたちが負い目を感じる必要はない。むしろ、無事に戻ってきてもらえて嬉しいよね。


 そんなわけで、忙しくあってもなんとか問題を解決してきた僕たちだけど。

 まだまだ、忙しい日々は続いていた。

 実はもうひとつ。今回の事件を受けて、新たな用事が生まれたんだ。


 ということで、現在。

 僕たちは竜王の都を離れて、巨人の魔王の居城がある魔都を訪れていた。


「ま、まさか魔族の国がこれほどまでに栄えているなんて……」


 もちろん、流れ星さまの遠征組も連れてきています。

 魔族の社会を知る、大切な体験を送れるからね。

 その流れ星さまたち五人は、出発前に竜王の都に感動し、驚いてくれていた。


「立派な街並みですね」

「ですが、この都はかつて、死霊が支配する都市だったのですよね?」

「それを、エルネア様が浄化されて?」

「エルネア様は、浄化の術が使えるのですね?」

「暗殺者の赤鬼種を従わせるだなんて……。エルネア様は本当に人族なのでしょうか!?」


 一部、誤解している流れ星さまがいたけど、そういう勘違いはこれから順を追って無くしていきましょう。

 それはともかくとして。

 巨人の魔王に促されて、僕たちは十氏族と共に魔都を訪れた。

 もちろん、地上を移動していると日にちが掛かりすぎちゃうので、頼れる者を呼びましたよ?


「はいはーい。十氏族の方々は、リリィの背中ですよー。大人しく乗っていないと、お空で落としますからねー」


 リリィよ、ありがとうね!

 スレイグスタ老のところで修行をしていたリリィを、巨人の魔王が拉致してきたらしい。

 きっと今頃は、スレイグスタ老は怒っているだろうね。

 今度、武器を返却するときに謝っておこう。


 そういうわけで、十氏族はリリィに。流れ星さまや僕の家族はニーミアに乗って魔都に飛んだ。

 ちなみに、魔王とルイララは空間転移で先に帰りました。


 流れ星さまたちは、素敵な空の旅を十分に満喫できたらしい。

 ふわふわふのニーミアの体毛は気持ちが良いし、流れる風や地上の風景は最高だからね。

 そうして魔都の中心に近づいていくと、次第に街並みが立派になっていった。

 大きな街道が縦横に何本も通り、整備された街並みがどこまでも続く。

 竜王の都の景観に感動していた流れ星さまたちは、魔都とその周囲にどこまでも広がる整備された都市に、驚きを通り越して絶句していた。


 僕や家族のみんなも、最初にこの魔族の都市の規模と景観を見た時には、本当に驚かされたんだよね。

 人族が暮らす世界において、魔族や神族は邪悪な存在でしかない。極端に言えば、魔物や妖魔や魔獣の延長線上に魔族や神族は在って、だから人族は自分たちと同じ「存在」として本当の意味では認識していなかった。


 だけど、魔族と触れ合う機会が徐々に増えていき、この魔都とその周囲にどこまでも広がる整備された領土を見て、思い知ったんだ。

 魔族も、この世界に生き、文明をはぐくむ「存在」なのだと。

 けっして、魔族や神族は人族とは違う「存在」ではない。むしろ、人族よりも優れた知能と身体能力、そして長い寿命をもって、繁栄を極めているんだ。


 僕は、そういう魔族の「本当の姿」を流れ星さまたちには知ってもらいたい。

 ただの「仇敵きゅうてき」としてではなく。同じ世界に生きる、同じ「存在」なのだと。

 もちろん、思想や社会の仕組みは違うから、理解して溶け込んでほしいとまでは思わないけど。それでも、相手のことをまず深く知ることが大切なんだよね。

 流れ星さまの遠征組をこうして魔族の国へ連れてきたのは、それが狙いだった。


 そういう裏事情とは別に、なぜ僕たちが魔都へと呼ばれたのかというと。

 なな、なんと!

 これから、十氏族に爵位しゃくいが与えられるらしいのです!


 まあ。よく考えたら、メドゥリアさんを含む十氏族は、僕の意向で竜王の都を管理してくれていたけど、正確には貴族の身分じゃなかったんだよね。

 もちろん、メドゥリアさんは最初から男爵位だったんだけど、それは妖精魔王統治下の時代だからね。


 そこで、ふと疑問に思って魔王に聞いてみた。


「貴族のくらいって、魔族の真の支配者が贈るものじゃないんですか?」


 僕の疑問に、空間転移で帰る前に魔王は教えてくれた。


「魔王、公爵、子爵はそうだな。だが、それ以外は私らが自由に与えられる。もちろん、かたが自ら侯爵や男爵といった位を授けることもあるが。現代には、そういう特別な魔族はいない」


 どうやら、魔族の真の支配者が与える爵位は基本的には始祖族関連のものだけで、あとは魔王が自分の国で自由に贈れるらしい。

 ということで、十氏族に爵位が与えられることになったわけです。


 僕たちは、魔王城の中庭に当たり前のように降りる。

 出迎えてくれたシャルロットや魔族の高官たちと気さくに挨拶あいさつを交わしていく。

 もう顔見知り以上のなかだからね。魔族だからと緊張はしないし、向こうも僕たちの実力を認めてくれているから、敵対心なんて持たない。

 だけど、流れ星さまたちは別だった。


「ふふふ。エルネア君。流れ星の方々が立ったまま気絶していますよ?」

「はっ! 過去に見たことのある光景だ!」


 さすがの流れ星さまたちでも、いきなり魔王城の中庭に降りて上級魔族たちに囲まれたら、精神が保たなかったらしいです。

 ごめんなさい。もう少し気を使うべきでした。

 しかも、流れ星さまたちだけでなく、十氏族の全員も緊張で石造のように固まっていた。


「メドゥリアさん、安心してください。この人たちは魔族ですが、善い人たちですよ!」

「エルネア、メドゥリアも魔族よ?」

「ミストラル、そうだったね!」


 そうそう。十氏族とは別に、竜王の都の領主であるメドゥリアさんも、魔王城に来ています。

 み上がりということで、僕たちは無理をさせたくなかったんだけど。それでも、魔王の召喚しょうかんには絶対に応えなければいけないと、メドゥリアさんは無理してきてくれた。

 メドゥリアさんは、今回は陞爵しょうしゃくという扱いになるらしい。

 男爵位は妖精魔王時代の身分だけど、さかのぼって巨人の魔王が占領した時からの爵位とし、今回は出世になるみたいだね。


「国側がいつまでも其方らを放置していたのが悪かった」


 と、魔王が珍しく謝っていたっけ。

 そんなわけで、竜王の都の領主と十氏族は、晴れて正式な貴族になるわけだね。

 素晴らしいことです!

 僕たちも祝福するために、家族全員が揃っているよ。

 そのために、ニーミアには禁領まで往復してもらったけどね


「にゃん」


 そして、家族全員を連れてきたということは!


「んんっと、鬼ごっこがしたいよ?」

「あははは。プリシアちゃん、また今度ね?」


 暴れ回らないようにミストラルに手を握られているプリシアちゃんが、久々の魔王城を興味いっぱいに見渡しています。

 そして、視線が合った上級魔族たちが、顔を引きらせて視線をらしています!


「よし、あとでお祝いの鬼ごっこをしよう」

「エルネア君、心の声が口から漏れていますよ?」

「はっ!」


 おおっと、うっかり。

 シャルロットの指摘に、てへっと笑う僕を見て、同じく出迎えてくれたルイララが肩をすくめる。


「エルネア君は陛下や宰相様に弄ばれているといつも言うけど、君も魔族の高官たちを弄んでいるよね? そういうところに目をつけられて魔王に推挙されたんじゃないかな?」

「ルイララ、それは気のせいです。そして、僕は魔王にはなりません!」

「魔族の中でも悪名高い赤鬼種を滅ぼしておきながら、よく言うよね?」

「うっ……」


 暗殺業を生業なりわいとしていた赤鬼種は、絶滅した。世間にはそう広まるように情報が操作されている。

 本当は、竜王の都の住民になったんだけど。それを公言しちゃうと、お馬鹿な魔族がまた暗殺の依頼を持ってくる可能性があるからね。

 赤鬼種をゆるす代わりに、彼らには竜王の都の守護を担ってもらう。そして金輪際、暗殺業からは足を洗う。それが、僕と赤鬼種が交わした約束だった。

 今頃は、竜王の都で黒翼の魔族から色々と教わっているだろうね。


「裏切ったりなどの心配はないのでしょうか?」


 ルイセイネはそう心配していたけど。

 僕や魔王やテルルちゃんにあれだけ脅されて、明確な力の差を見せつけられたんだ。弱肉強食の魔族の世界だからこそ、赤鬼種は支配者の力と自分たちの実力を正確に読み取って、これからは大人しくなってくれると思う。

 もちろん、力や恐怖心でおどし続ける関係なんて僕が絶対に嫌いなので、これから少しずつ親睦を深めていって、最後は魔王城のみんなと同じように、笑えるような仲になりたい。


「皆様、こちらへどうぞ」


 召使の魔族に案内されて、僕たちは中庭を後にする。と思ったけど、立ったまま気絶している流れ星さまや、緊張で石像のように硬直しているメドゥリアさんや十氏族を放置にはできません。


「イザベル様、みなさん、気をしっかりと持ってくださいね?」

「私たちは巫女です。でしたら、どのような場でも毅然きぜんに振る舞いましょう」


 ルイセイネとマドリーヌが流れ星様たちに声をかけていく。


「はわわっ。メドゥリア様、大丈夫ですか?」

「ここから早く移動しないと、魔王が遊びに来るわ」

「ここから早く移動しないと、高官がプリシアちゃんの餌食になるわ」

「ライラや姉様たちの言うと通りね。宰相様も出迎えてくれているのだから、ここでいつまでも動かないと不敬になる可能性があるわよ?」


 ライラ、ユフィーリア、ニーナ、セフィーナが十氏族たちを促す。

 そして、ミストラルはプリシアちゃんの手を取って、先に魔王城の中へと入っていった。

 あの幼女に早くおやつを与えないと、本当に鬼ごっこが始まりそうだからね!


「みなさん、行きましょう!」


 僕は全員に声を掛けて周り、笑顔を振り撒く。

 魔王城は安全ですよ!

 魔族も悪い者たちばかりではありません。

 それでも、やっぱり怖いですよね?

 だけど、安心してください。全員の身の安全は、僕が保証しますから!


「ふふふ。陛下の居城で身の安全をエルネア君が保証するなんて、面白いお話ですよ?」

「そうかな? 確かに魔王城にはすごい魔族がいっぱいいるけど、だからこそ僕の身内や知り合いには手を出さないと思うんだけど?」


 現に、プリシアちゃんが魔王城内で自由に動き回っても、何かの被害に遭ったことは一度もない。

 プリシアちゃんが僕たちの身内だと、全員が知っているからだよね?


「そうでございますね。エルネア君の身内に手を出すと、新築された魔王城がまた破壊されかねませんので」

「いやいやいや、前に魔王城を半分吹き飛ばしたのは、シャルロットの方だからね!? しかも、実はあの時すできに、魔王と結託けったくしていたんだよね!」


 バルトノワールが魔族の国で暗躍していた時。敵どころか味方をもあざむくために、魔王に傷を負わせ魔王城を半分吹き飛ばしたシャルロット。その当時の話題を口にしていたら、ようやく気絶から意識を取り戻し始めていた流れ星さまたちが、今度は絶句していた。

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