そして伝説へ

 イザベルさんたち五人の流れ星さまが竜王の都へ到着した時。その瞳に映る異様な光景に、誰もが絶句していた。

 うん。わかるよ!

 だって、都の中心に立つ立派なお屋敷の前で、僕が正座をさせられているんだからね!

 でも、安心してください。これはイース家にとって、日常の風景なのです。


「いや、違うだろう。其方の傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いに言葉を失っているだけだ」

「なんで魔王がいるのかな!?」

「エルネア、反省しなさい。そして、ちゃんと説明をして」

「ミストラルまで!」

「はわわっ。エルネア様。寂しかったですわ」

「ライラ、お久しぶり!」

「エルネア? は・ん・せ・い・は・?」

「ミストラル! その右手の物騒な物は仕舞おうか!」


 僕は身を正して正座をする。

 そうしないと、スレイグスタ老の鱗を粉砕する漆黒の片手棍が流れ星のように僕の頭の上に降ってくるからね!


「それで? 経緯いきさつを面白おかしく言え。興醒きょうざめするような話であれば、其方の背後で縛り上げられている者どもを全て殺す」


 魔王は容赦のない殺気を、正座をする僕の背後に向けた。


 うむ。流れ星様たちが絶句しているのは、どうやら僕の正座ではなく、その背後に縛られて空中に吊るされている者たちの壮絶な風景に度肝を抜かれたからだね。

 本当なら、流れ星様たちの精神を正常に戻してあげるために奔走したいところなんだけど。魔王の要望に応えないと、本当に血の雨が降りそうなので、まずは全ての出来事を話す。


「そう。あれは僕たちが竜王の都へ急行した時のことでした」


 僕は語る。ミストラルにため息を吐かれながら。ライラに心配されながら。セフィーナとマドリーヌに苦笑されながら。


 僕たちは、竜王の都で赤鬼種あかおにしゅの暗殺者ジュメイと、傀儡くぐつおうと戦った。

 でも、二者は共謀しているわけではなかったんだ。

 僕はてっきり、傀儡の王が暗殺者を雇って、メドゥリアさんや僕の命を狙ったのだと思ったのだけれど。でも、傀儡の王は別腹で僕たちに干渉してきたらしい。

 その辺は置いておいて。


 領主館の執務室で死闘を繰り広げた僕たち。

 でも、最後は僕たちの勝利に終わった。

 ジュメイがどんな術で僕たちの前に一瞬で現れたり、姿や気配を消していたのか。それは結局、未だにわからない。

 でも、どれだけ逃げ隠れすることが上手い者でも、僕たちには通用しない。だって、僕たちこそが鬼ごっこ隠れん坊の真の達人なんだからね!


 逃げ隠れするなら、わざと隙を与えて懐に飛び込ませて、そこを捕まえれば良いじゃない。という鬼ごっこの基本でジュメイを捕らえた僕は、容赦なく竜術を放った。

 念の為に準備をしていた竜気の大鎌おおがまに、白剣のつばに埋め込まれた宝玉の魔王の魔力を乗せて。


 でも、そこはさすがに上級魔族。

 たった一撃の、それも竜剣舞なしの大鎌の竜術では、命までは奪えなかった。

 それでもジュメイを無力化した僕たちは、絶対に切れない千手せんじゅ蜘蛛くもの糸を使って縛り上げた。

 ちなみに、僕たちの戦いを見届けると、傀儡の王は笑いながら魔法の糸を消して、声も聞こえなくなった。


「エリンお嬢ちゃんか。面倒な者に目をつけられたな」

「ふむふむ。傀儡の王はエリンお嬢ちゃん。覚えました。なんで僕たちに干渉してきたのかな?」

「あれも始祖族だ。自由気ままに動く。おそらく、今回は其方が遊び相手に選ばれたのだろう」

「迷惑ですね!」


 まあ、それが魔族であり、始祖族だよね。

 知っています。


「それで、続きを話せ」

「かしこまり!」


 僕たちは重傷のジュメイを捕らえた。これで、もう悪さはできない。

 ということで、有言実行に移る。

 そうだ。僕の家族や仲間に喧嘩を打った相手を、僕は絶対に許さない!


 ジュメイの雇い主は存在しなかった。

 ジュメイは赤鬼種の総意として、また、個人的に人族の僕が魔族の国で幅を利かせていることを嫌い、命を狙ったらしい。

 では、僕は敵である赤鬼種を滅ぼそう。そうして家族や仲間に安全な生活が与えられるのならば、僕は容赦なんてしない。


「でもですね! よく考えたら、僕たちは赤鬼種の棲家すみかを知らないんです! それと、セフイーナに指摘されたんですけどね? 黒鬼種くろおにしゅみたいに、個々が別々の場所で暮らしていたら、赤鬼種を絶滅させるまでにすごく長い時間がかかるって!」

「其方は、そういう基本を考えていなかったのか?」

「うっ……」


 だって、獣人族の人たちは、同じしゅでまとまって生活をしていたからね。それが普通と思ってしまっていて、当たり前のように魔族にも当てめてしまっていたんだ。

 でも、セフィーナの言う通り。

 黒鬼種だって、賢老魔王に仕えている者や、妖精魔王に仕えている者がいた。

 であれば、赤鬼種もいろんな地域に住む場所があって、別々に暮らし、広い地域の暗殺業を請け負っているのかも。


 僕の失念は、実は大きな問題だよね。

 だけど、僕たちは運が良かった。


 魔族の中に広く伝わる赤鬼種の暗殺業。

 超一流の暗殺術。失敗のない実績。本来であれば、命を狙った者にしか姿を見せないだろう暗殺者の装束が、なぜ有名なのか。

 それは、赤鬼種が自らその存在を誇示こじしているからだ。

 そして、魔族の中で赤鬼種という存在が確固たる地位を確立すれば、あとは客の方が足を運ぶようになる。

 だからなのか。赤鬼種の集落の場所は有名で、一族は揃ってそこに暮らしているという。


「黒翼の魔族に赤鬼種の集落の場所を聞いた僕たちは、乗り込んだんですよ!」


 赤鬼種の集落は「深緑しんりょくの魔王」と呼ばれる魔王の支配する領土にあった。

 でも、魔族の社会に身を置いていない僕たちは、誰彼だれかれの領土なんて知らないからね!

 ニーミアに乗って、問答無用で乗り込んだ僕たち。


「ジュメイには竜族の大群を引き連れて、なんて脅しで言いましたけど。さすがに私的な用事で竜峰同盟りゅうほうどうめいは動かせませんからね?」

「いや、其方が声を掛ければ、竜どもは嬉々ききとして参戦していただろう。だが、其方が自重してくれて良かったとだけは言っておこう。それで、赤鬼種の集落へ強襲を仕掛けた其方らは?」

「はい。全滅させました!」


 僕たちに手を出す者には容赦をしない。それを魔族に見せつけるために、僕は手加減なく赤鬼種を全滅させたんだ!


「……それで、大召喚だいしょうかんを使ったわけね?」

「おや? ミストラル、なんで知っているのかな?」

「知っているも何も、テルルちゃんから事情を聞いたから、わたしたちはこうして慌てて竜王の都へ来たのでしょう?」

「そうだったんだ!」


 はい。僕は大召喚を使いました!

 僕自身が暴れるよりも。僕なんかよりも遥かに恐れられている伝説の魔獣、千手の蜘蛛のテルルちゃんを大召喚して暴れさせた方が、魔族には強い印象と衝撃になるからね!


「テルルちゃんを大召喚したエルネア君の悪名もとどろきまーす」

「うんうん、それが狙いだよ! 戦いたくないなら、相手が戦いたいと思えないくらいの戦力差を見せつけなきゃね? おじいちゃんも言っていたし」


 と僕は、竜王の都の空を引き裂き、虚空こくうの奥から八つの瞳を光らせるテルルちゃんに頷く。


「でもまあ。本当に皆殺しにしちゃうと、それこそ魔王だなんて言われそうだったので、そこは自重したんですよ?」


 そしてようやく、僕は背後に振り返る。

 テルルちゃんが引き裂いた空の亀裂から糸で吊るされた者たち。

 それこそが、赤鬼種の者たちだった。


 赤鬼種の者たちは、恐怖に震えていた。なかには、絶望のあまり気を失っている者もいる。

 上空のテルルちゃんを見て。巨人の魔王を見て。そして、僕を見て。

 うむ。それで良い。本心を言えば、誰かにおびえられる存在なんて嫌なんだけど。でも、みんなのためなら僕は悪役にでもなれるんだよ。

 だから、赤鬼種には深く心に刻んでもらおう。

 僕や家族、身内や仲間に手を出せば、どういう結末になるのかってことをね。

 そして、今回は運良く命拾いをしたのだと、正しく認識をしてもらわなきゃ困るね。


「さて、テルルちゃん。赤鬼種の長老の糸だけを解いてもらっても良いかな?」

「硬そうな魂がひとーつ」


 しゅるり、と一本の糸がほどける。そして、拘束されていた老人が解放された。

 真っ黒な衣装を着込んだ、年老いた赤鬼。

 あの装束も、多くの者たちの血で染め上げられた結果、赤を超えて黒くなったんだろうね。

 見るだけで嫌悪感が湧いてくる。

 赤鬼種は、これまでにいったいどれだけ多くの者たちを暗殺してきたんだろうね。


 でも、黒い装束を纏った赤鬼種の長老は、自由になっても震えていた。

 完全に怯え切っている。

 やはり、僕自身が暴れなくて良かった。千手の蜘蛛という存在だけでも、上級魔族を震え上がらせる。その千手の蜘蛛を召喚し、こうして意のままに従わせる僕を見て、心底に怯えているんだ。

 自分たちがどういう相手に手を出してしまったのかということをね。


「さて、長老さん。まずは名前を教えてもらいましょうか」


 僕の質問に、長老は震える声で素直に答える。


「ギハクと申します……」


 ギハクは僕だけを見つめ、がくがくと震えていた。

 きっと、気を抜いた瞬間に意識を失うんじゃないかな?

 他の多くの赤鬼種の者たちと同じように。

 今はまだ、自分たちの処遇が決定していないから、と頑張って意識を保っているのかもしれないね。


「では、ギハク。端的に聞きますね。赤鬼種を本当に絶滅させたいですか? それとも、生き延びたいですか? 誇り高い暗殺者であれば、狙った者に返り討ちにあった時点で、自害も辞さないでしょうね? でも、どうだろう?」


 本当に、誇りのために種の絶滅を願う?

 赤鬼種にだって、戦えない者、老若男女が存在している。そういう命をなげうってまで、誇りを護るのだろうか?

 それだけは、魔族ではない部外者の僕にはわからない。

 だから、素直に聞いてみる。

 ギハクがいさぎよく絶滅を望むのなら……


 赤鬼種の集落で大暴れをしたテルルちゃんだけど、ひとつの魂も食べなかった。

 僕がお願いしていたからね。全員を殺さずに拘束してって。

 でも、今。

 赤鬼種には改めて、運命が突きつけられる。


「其方が手を下す必要なない。死を望むのであれば、私が滅ぼしてくれよう」


 冷たい眼差まなざしで赤鬼種を見る魔王。

 僕たちには決して向けないような、この上ない殺気が放たれている。

 これが、魔王だ。

 僕はテルルちゃんの手を借りたけど。巨人の魔王はその殺気だけで、相手を屈服させてしまう。


 魔王は言う。


「竜王の都は、エルネアのものだ。だが、領主は私の配下だ。私が自分の配下に手を出されて見過ごすはずはなかろう?」


 そうだよね。

 メドゥリアさんや十氏族じゅっしぞく、それに竜王の都に住む全ての住民は、正確に言うと巨人の魔王の国のたみだ。

 赤鬼種は、その国民に手を出したわけだ。


「出発前にルイララに言っていた役目って、つまり?」

「気にもめぬ者が殺されたなどであれば日常茶飯事すぎて、捨て置く。だが、この都の領主は違う。其方が気にかける者であるのなら、私の気にも留まる者ということだ。その者に手を出すということは、私に敵意を向けることに等しい。よって、ルイララは首謀者を含む関係者を皆殺しにするために派遣した。それを其方が先手を打ってつぶしたわけだな。くくく、やはり其方は面白い」

「それって、面白いのかなぁ……」


 魔王の言葉に、ギハクが瞳を大きく見開いて震え上がる。

 きっと、そこまで深くは考えていなかったんだろうね。


 巨人の魔王が支配する領土の辺境に、人族如きが支配権を持つ都市がある。領主は魔族らしいが、中級魔族だという。

 そういう認識だったんだと思う。


 もちろん、超一流の暗殺者として、入念な下調べや綿密な計画はあったはずだ。

 でも、見抜けなかった。僕たちの背後に巨人の魔王が存在していたことに。


 黒翼の魔族が直々じきじきに守護しているとはいえ、竜王の都の領主を襲うことが巨人の魔王に手を挙げるという意味にまで繋がるとは、さすがに思わなかったんだろうね。

 それくらい、魔族の国では権力を持つ者が日常的に狙われているし、何者かに狙われて命を落とすような弱者は、強者の上には存在できない。


 ギハクはようやく、赤鬼種が犯した愚かな過ちの真の意味に気付いた。それで、震え上がっている。

 だけど、震えているばかりでは、話は進まない。僕であれば正気に戻るまで待っていても良いんだけど、魔王はそれを良しとはしないよね。


「無論だ。さっさと判断できぬようであれば、まらぬ種として滅ぼしてくれよう」


 どれだけ暗殺者としての悪名を轟かせていたとしても、最古の魔王の前では意味をなさない。

 ギハクもそれは重々承知しているのか、震えるくちびるで言葉を発しようとする。でも、あまりの恐怖に、まともに音さえも発せられない。それを魔王は見つめ、まさに魔族らしい笑みを浮かべた。


 はい。楽しんでいらっしゃるのですね。この状況を。

 ルイララも、魔王の背後でにやりと笑みを浮かべています。

 きっと、ギハクが最後まで赤鬼種の矜持きょうじを貫くと決断したら、その瞬間に虐殺ぎゃくさつを始めるつもりなんだね。

 こういう部分は、まさに魔族であり、魔王だね。


 流れ星さまたちも、あまりに緊迫した事態に言葉を失い、ただ茫然ぼうぜんと見つめるだけしかできない。

 本来の立場的には、虐殺される者たちをかばう、という振る舞いもあるのかもしれないけれど。

 でも、どうなんだろうね?

 イザベルさんたちは、まだ人族としての常識が抜け切っていない。だとしたら、魔族を庇えるのかな?

 しかも、暗殺者の種だ。罪を重ねてきた者たちを庇うような判断を、今の彼女たちは下せるのかな?


 色々と思考を巡らせながら様子を観察していると、ようやくギハクが声を発せられるだけの気力を振り絞った。


「こ、降参こうさんいたします……。我ら赤鬼種はここに平伏し、金輪際こんりんざい、陛下に手を挙げぬことを誓います。ですので、どうか女子供だけは……」


 潔い、と言うべきなのか。

 ギハクや成人の赤鬼種は、責任をとって死を受け入れる覚悟を示した。そのうえで、自分たちの命を代価に戦えない者たちを見逃してほしい、と懇願こんがんしているんだね。


 ギハクの言葉を受けて、魔王は赤鬼種から僕へと視線を移す。


「其方はどうする? ギハクはああ言っているが、其方も被害者だ。其方が望むのであれば、ギハクの言葉は意味をなさない」


 魔王の言葉に、僕ではなくギハクや縛られた赤鬼種が息を呑む。

 この場で裁可さいかを下せるのは、魔族の支配者たる巨人の魔王。そう思っていたはずだよね。それなのに、魔王は僕の意思を尊重すると明言した。

 それはすなわち、この地では僕の意思が魔王の判断を上回るということを意味している。


 僕は魔王の言葉の意味を正しく捉えて、熟考じゅっこうする。

 そして、結論を口にした。


「ええっと。そもそも本気で絶滅させようと思っていたら、集落を襲撃した時にそうしていたわけで。ということで、ギハクが命乞いのちごいをするのであれば、赤鬼種の全員を見逃します」


 ただし、と僕は真面目な表情でギハクを睨んだ。


つみにはつぐないを。それが僕の考えだからね? というわけで」


 今度は、魔王を見る僕。


「いつまでも黒翼の魔族の人たちに竜王の都の守護を任せっぱなしというのも悪いですので。赤鬼種には、今後は暗殺業から足を洗ってもらって、竜王の都の守護に就いてもらう、というのはどうでしょう? あ、僕の罪である赤鬼種の集落を消滅させてしまった件については、彼らに竜王の都の居住権を与えることで償います!」


 どうでしょう? と魔王に首を傾げて見せたら、喉をくつくつと鳴らして愉快ゆかいそうに笑われた。


「良かろう。面白い判断だ。この地は其方が支配する土地だ。好きなようにするがいい」


 こうして、赤鬼種の新たな生業なりわいが確定した。

 彼らには、頑張って竜王の都の守護を務めてもらおう!

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