双子王女と巫女頭は冒険者仲間
巫女頭様に名乗っていただいて、自分たちが名乗らないのは失礼になるので、順番に名乗る。
その際。ライラが挨拶をしたときに、巫女頭のマドリーヌ様は特別な反応は見せなかった。もしかして、巫女頭様はその辺の事情を知らないのかな?
それはともかく、名乗る際に僕は竜王と名乗り、ミストラルは竜人族の竜姫だと名乗った。
なんでマドリーヌ様は称号のことを知っていたんだろう。とは易い考え。ルイセイネが全てを話したと言っていたから、立場なども伝えたんだと思う。
「それで、なぜこのようなところに巫女頭様がいらっしゃられるのですか?」
これは素朴な疑問です。
王都にいる巫女頭様と言うのなら、ヨルテニトス王国内の神殿を纏めあげる一番偉い巫女様で間違いない。なら普通は、王城内の小神殿ではなくて王都内の大神殿に居ると思うんだけど。
「おほほ。エルネア様はなかなかに鋭いですね」
何だろう。巫女頭様といえば清く崇高な存在という固定観念があるんだけど、マドリーヌ様からは違和感しか伝わってこない。
見た目がうら若き女性だからかな。それとも高飛車っぽい笑い方だからかな。はたまた軽い受け答えだったり気さくな振る舞いのせいかな。
……そうですか。総合的にですか。
「にゃあ」
僕が巫女頭様と聞いて真っ先に想像するのは、アームアード王国王都の巫女頭様だ。年末年始や大きな行事のときにしか姿を見たことはないけど、おっとりとした立ち振る舞いで、慈愛に満ちた落ち着きのある女性。それと真逆だから違和感を覚えるのかな。
「殿方に見つめられるのは困ってしまうわ」
もじもじと身体をくねらせるマドリーヌ様から、慌てて視線を逸らす僕。
しまった。つい見つめすぎちゃった。
「エルネア?」
「エルネア君?」
「エルネア様?」
「エルネアお兄ちゃん?」
女性陣の咎めるような視線が痛いです。
というかプリシアちゃん。君は遊びたいんだね。見知らぬ場所に来て、遊びたくて遊びたくて仕方ない。でも我慢しているの、という強い気持ちが見上げてくる瞳から溢れてます。
「落ち着いたらいっぱい遊んであげるからね」
「本当?」
「本当だよ。アレスちゃんと一緒に、たくさん遊ぼうね」
「約束ね!」
「うん、約束」
僕とプリシアちゃんのやり取りを、マドリーヌ様は微笑んで見つめていた。
けっして、ミストラルたちの痛い視線に耐え切れずに、話題を切り替えようと思ってプリシアちゃんと会話をしたわけではありません。
本当だよ? だから咎めるような視線はもう止めようね?
「にゃあ」
ちらちらと僕を見つつも、机の上のお菓子を頬張りながら、相槌のように鳴くニーミア。プリシアちゃんもそれを見てお菓子を食べたくなったのか、僕から離れてニーミアと一緒にお菓子を食べ始めた。
微笑ましい光景に、ようやく室内の雰囲気が和らぐのを感じる。
「ああ、王族の方々や高官の方々もエルネア様たちのように心穏やかな人たちであれば、どんなに良かったことか」
ニーミアとプリシアちゃんのお菓子を食べる様子。そしてミストラルたちの僕に向ける視線にも怒気や苛立ちといった感情がないことを見て取ったマドリーヌ様が微笑む。
「私はお仕事で来たのですが、王家の方々に邪魔をされていまして。仕方なくここで待機をしているのです」
巫女頭様の仕事を邪魔するって、どういうことだろう。貴族や王族であっても、聖職者には配慮をしないといけないはずなのに。
「
「はい。そうなんです」
マドリーヌ様のお仕事が何なのかが気になるけど、自重します。国と神殿の問題に首を突っ込むような無謀なことはしません。
僕はマドリーヌ様に促されて、双子王女様の拉致誘拐疑惑の仲裁に入っていただけないでしょうか、と訴えた。
ルイセイネがすでに話を進めていると言っていたけど、自分のことは自分で話さなきゃね。
一通り僕の訴えを聴き終えたマドリーヌ様は、ひとつだけ質問する。
「女神様に誓って、無実だと言えますね?」
「はい。誓えます」
即答した僕に、マドリーヌ様は満足そうに頷いた。
「わかりした。エルネア様の訴えをお受け致します」
マドリーヌ様の返事に、少し心が軽くなったような気がする。どうもいまの状況に、無意識に苦痛を感じていたみたい。
巫女頭のマドリーヌ様自らが仲裁に入ってくれるということで、僕たちは早速、王国側に異議と弁明の機会を求める行動を起こすことを計画する。
「慌てて動く必要はないと思いますよ?」
だけどマドリーヌ様は、慌ただしくなり始めた僕たちを見て、ふふふと微笑んだ。
どういうこと? と思っていると、部屋の扉を叩いてひとりの巫女様が入室してきた。
「巫女頭様、お客様がお見えです」
そう言って、マドリーヌ様の許可を待つ。
「あら、思ったよりも早かったですね」
マドリーヌ様の許可を得て部屋に入ってきたのは、銀髪を縦巻きにした瓜二つの風貌の女性たちと、げんなりとした様子の男性だった。
「エルネア君が居たわ」
「本当に居たわ」
入ってきて早々、僕に飛びつく双子王女様。
ええいっ、貴女たちはプリシアちゃんですか! とお胸様に埋まった状態で苦情を言うけど、言葉になりません。というか苦しいです!
「ユフィ姉様、お尻を触られたわ」
「ニーナ、私もだわ」
ちがいます。苦しいから離れてくださいと意思表示をしたら、たまたまお尻に当たっただけです。不可抗力です。
「ユフィ。ニーナ。いまは場をわきまえて」
「お二方、ずるいですわっ」
「あらあらまあまあ。お二人とも、巫女頭様の前ですよ。はしたないです」
三人の言葉のなかで、ルイセイネの言葉が一番効いたみたい。双子王女様は僕を離し、慣れた態度でマドリーヌ様に挨拶をした。
「ユフィ様。ニーナ様。お会いするのは就任の儀以来ですね」
「そうだわ。あのお転婆な巫女が一番偉くなるなんて、不思議だわ」
「そうだわ。一番巫女頭様に相応しくないと思っていた子が就任して驚いたわ」
どうも、双子王女様とマドリーヌ様は面識があるよう。それも、かなり深く親しい関係のような気がする。
「お二方は、グレイヴ殿下ではなくてエルネア様を選んだのですね」
「そもそも勝手に言い寄られていただけだわ」
「私たちはエルネア君が良いわ」
和やかに世間話を始めようとした三人を、ミストラルがひとつ咳払いをして止める。
「再会を懐かしむのは、できれば後にしてほしいのだけれど。それで、ユフィとニーナはなぜここに来たのかしら?」
ミストラルの質問に、双子王女様は先程から部屋の隅でげんなりと疲れた様子の男性を前に突き出した。
うん、見覚えのある風貌です。
「巫女からエルネア君がここに来ていると報せが来たの。だから、この裏切り者を連れてきたのよ」
「アームアード王国の大使でありながら、王女を出汁に使うなんて良い度胸だわ」
双子王女に突き出されて、部屋の中央に立たされたのは、アームアード王国の大使だった。
僕への罪を
「さあ、真実を話しなさい」
「さあ、手配書を取り消しなさい」
双子王女様に凄まれて、顔から滝のように汗を流し周りを見渡す大使。
あまり大きくない部屋。そこに巫女頭のマドリーヌ様。ルイセイネ。ライラ。ミストラルと僕。そして双子王女様で大使を取り囲む。
「私たちは拉致も誘拐もされていないわ」
「そもそも誰の
珍しく双子王女様は目尻を上げている。
「そ、それはですね……」
言わなくてもわかる。グレイヴ様だよね。中庭でも自ら言っていたし。
「なんの確証があって、エルネア君を罪人呼ばわりしたのかしら」
「私たちの言葉を疎かにし、中庭で騒動の一端を担っていたことをどう責任を取るつもりかしら」
ぐぐいっと迫る双子王女様の圧力に、大使が砕けた。
「も、申し訳ございません!」
ひれ伏す大使。
「王子殿下より指示を受けまして……」
「貴方はアームアード王国の大使でしょう。なぜヨルテニトス王国の王子の指示に従うのですか」
「そ、それは……」
「大使の役目のなかには、ヨルテニトス王国を訪れているアームアードの国民を守るというものがあるはずだわ。それを
「し、しかし。王女殿下を拉致誘拐した極悪人と聞き及んでいましたので……」
「エルネア君のどこをどう見たら、極悪人に見えるの?」
「王子の証言だけで、証拠もなく手配書を作ったの?」
「そ、それは……」
まともな返答ができない大使は、ただひれ伏すばかり。
双子王女様はそんな大使に厳しい言葉を投げ続け、追い詰める。そして最後に、ひれ伏したままの大使に近づき、確認した。
「私たちはエルネア君に拉致も誘拐もされていない。私たち本人が言うのだから、間違いないわ。良いわね?」
「は、はい。仰られる通りでございます」
「手配書は間違いね? エルネア君は犯罪者ではないわ」
「はい。まさにその通りでございます。私の間違いでございました」
「では、手配書を取り下げるわね?」
「もちろんでございます!」
「私たちがエルネア君と結婚するのも認めるわね?」
「王女殿下のお言葉通り。私は結婚を認め……えっ!? は?」
双子王女様。どさくさに紛れて何を承認させようとしているんですか!
大使も、間一髪のところで双子王女様の言葉の内容に気づき、引きつった顔を上げた。
王女様っぽい言動に僕たちも最初はおおっ、と感心して見ていたけど、最後にがくりと膝が折れた。
やっぱり双子王女様だね。抜け目がないというか、油断も隙もないというか。
なにはともあれ。僕への嫌疑のひとつは、手配書を発行していた大使が間違いを認めたことにより、解消された。
大使はその場で手配書の取り消し書類の作成と、僕への公式な謝罪を済ませる。
これにより、僕はヨルテニトス王国側に犯罪者として捕縛などをされない立場に、晴れてなったわけだ。
だけどもうひとつ。僕には暴君と通じ、飛竜狩りを妨害したという言いがかりが残っている。だけど、明確な罪名なんてないし証拠もないので、あくまでも疑惑なだけ。広場でグレイヴ様が言い寄ってきていたけど、その件についての罪などは言及されず、手配書はあくまでも双子王女様の拉致誘拐についてだけだった。
とはいっても、飛竜狩りに関わった人たちからみれば、暴君を連れて来た僕は危険な人物に映っていても仕方がないとは思う。それを自覚して連れて来たんだしね。
そして、暴君を連れて来た理由は、この国のお偉い様と対面した時に明らかになる。
今はとにかく、手配書を取り消してもらい、罪人としてではなく竜峰からやって来た者として、この国の人と接触する機会を得る必要があった。
ふうっと、安堵のため息が自然と出た。
ひとつの問題が解決したので、次に進む。
次はフィレルに会い、王国が現在どういう状況かを知りたい。王様のお見舞いを最終的には行いたいんだけど、国がごたついていたらそれどころじゃないしね。
帰ってきたばかりの、しかもユグラ様を連れてきたフィレルが監禁されているなんて、異常事態のような気がする。だけど、この国で僕たちの味方になってくれるような人はフィレルしかいないからね。どうにかして彼と接触しなきゃいけない。
ただし、フィレルに接触すると僕たちも何かの問題に巻き込まれるのかな? どうしよう、と今更ながらに思い始める。
双子王女様を拉致誘拐していないという身の潔白が証明されて、竜峰からの来訪者という立場になった僕。そして協力してくれる巫女頭のマドリーヌ様が居れば、グレイヴ様になぜ僕の手配書を作り捕縛したのか問い詰めることもできるのかな? それと、僕の話をまともに聞いてくれるようになるのかな。
問題に巻き込まれそうだけど、フィレルに接触するか。それともグレイヴ様に今回の騒動を問いただして、僕たちの来訪目的を伝えて目的を達成するか。
自重しなさいというミストラルたちの言葉を最大限に尊重するなら、王様のお見舞いは取り止めるのが一番なんだろうけど……それは、したくないなぁ。
さて、幾つかある選択肢でどれが正解なのか。思案を重ねていると、部屋の外が急に騒がしくなり始めた。
「お、お控えください。この先には巫女頭様が滞在なさっておいでですよ」
「そんなこと、知っている。構わぬから通せ」
巫女様の慌てる声。そして聞き覚えのある男性の声。
何事かと部屋の扉の方を見つめる僕たちの視線の先で、勢いよく扉が開かれた。
「マドリーヌ殿、失礼する。ここにユフィーリアとニーナが……」
礼節なんて最小限で部屋に入ってきたのは、青い高級な服を着たグレイヴ様だった。そして、僕の姿を見て目を見開く。
「貴様っ、なぜここに居る!!」
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