ルイララの行方

 周囲を見渡す。

 とくに変わった様子は見当たらない。

 巨人の魔王が放っていた瘴気は形跡もなく消えて、代わりにスレイグスタ老が張り巡らせた結界のおかげで、感じ慣れたいつもの苔の広場に戻っていた。


 冬目前。というか、今年は例年よりも早く冬の寒さが到来し始めているはずなのに、緑深い苔。古木の森は枯葉を地面に厚く積もらせて冬支度に入っているけど、生命力に満ち溢れていて、暗く冷たい雰囲気は感じられない。

 頭上を覆う霊樹の枝葉は一年を通して緑豊かで、瘴気で傷んでいる様子はなく、スレイグスタ老が心配するような事態にはなっていなかった。


「なんだ。落ち着きがないな」


 きょろきょろとせわしなく辺りを見渡す僕に、巨人の魔王はあきれたように声をかけてきた。


「いえ、スレイグスタ老の憂いは解消されたけど、僕にも一抹いちまつの不安が……」

「其方の親友であるルイララはここには居ないぞ」

「親友じゃないからね!」


 ついつい突っ込みを入れてしまったけど、僕は確かにルイララの影を探していた。


 探しているといっても、会いたいわけじゃないよ!

 むしろ逆で、ここにルイララが居たらまた大変なことになるんじゃないかと思って心配したんだよ。


「会いたければ、シューラネル大河へ行くと良い。あやつはあそこで仕事をしている最中だろう」

「仕事?」


 シューラネル大河とは、アームアード王国とヨルテニトス王国の国境に流れる、川幅が桁違いの大河だよね。王様のお見舞いにみんなでヨルテニトス王国へと向かったときに、越えた記憶を思い出す。


 それで、なんでルイララはそんな場所で仕事をしているんだろう?


「クシャリラの領国で強奪した物資を水運している。人族ごときの国のためにここまでしてやったのだ。感謝をしろ」

「はい、ありがとうございます。強奪とかは聞かなかったことにしますね!」


 やっぱり魔族。やっぱり魔王。常識が人族とは違いすぎて、何が正しくて何が間違いなのかわからなくなってくる。


 巨人の魔王は、一時的にクシャリラの国を占領した。占領されたら、強奪や略奪が起きて当然なのが魔族の支配する国だ。

 侵略されたくなければ守るしかないし、守りきらなければ当然の結果として嫌でも受け入れるしかない。

 魔王クシャリラは自ら国を離れていたんだし、巨人の魔王は侵攻に参加した者への当然の報酬として、略奪などを認めていた。しかも、巨人の魔王は僕たちのために動いてくれたんだよね。

 魔族の国に住んでさえいない人族の僕らが、魔族の国の仕組みにとやかく言えるような立場じゃない。


 そして、巨人の魔王は強奪した物資をルイララに運ばせて、王都を失うという被害を受けたアームアード王国に輸送してくれているらしい。


 今回の騒動は、魔王クシャリラや魔将軍ゴルドバが画策をしたものだった。だけど、人族や竜峰の有志、そしてスレイグスタ老や巨人の魔王の協力で、退けることができた。


 クシャリラは負けた。

 僕たちは勝った。


 勝った側は、負けた側に賠償を請求できる。それが戦争というものなんだよね。

 なので、クシャリラの領国で奪った物資をアームアード王国が受け取るのは当然で、誰も非難や批判はできない、と巨人の魔王は僕たちをさとすように教えてくれた。


 思うところは色々とあるけど、確かに魔族側の価値観から見れば正しいのかもしれない。

 ただし、魔族が送ってくる物資が実は強奪されたものなのだとは、アームアード王国の国民やたとえ王様でも、口が裂けても言えないと思えた。


「ですが、魔族の国にも人族は住んでいますし、そういった方々の不幸を見て見ぬ振りでいるのは……」


 巫女様らしいルイセイネの意見を、巨人の魔王はふふんと鼻で笑う。


「強奪と言っても、奴隷どれいどもから金品を奪うほど落ちぶれてはいない。そもそも、奴隷が金品なんぞ持っているわけはないしな。奴隷自体を捕まえたとしても、それをこちらの国へ連れてくるわけにもいくまい」


 魔族の国では、人族は基本的に奴隷扱い。魔族が強奪をする相手は、金品を所持している同じ魔族で、奴隷を無闇に襲うほど巨人の魔王の軍兵は下品ではない、と巨人の魔王は補足をしてくれた。


 ルイセイネはそれでも不満そうだったけど、これは僕たちが安易に干渉しても良いような問題じゃない。

 もしもそういった人族の扱いや魔族の価値観に手を出そうとするのなら、それこそ命と人生の全てをかけなきゃいけないものになると思う。しかも、自分たちだけではなく、多くの者たちを巻き込んで。

 そんな大それたことをしようとは、さすがの僕でも思わなかった。


 スレイグスタ老に言われたばかりだし。

 僕たちが世界の中心じゃない。世界は僕たちを中心に回っていると勘違いをしてはいけない。

 僕たちは、世界から見ればちっぽけな存在で、分相応の営みを外れちゃいけないんだよね。


「それで、なんでルイララがシューラネル大河で仕事なの?」


 単純に、割り振られた仕事の場所がそこだったのかな? という軽い質問だったけど、巨人の魔王に笑われた。


「なんだ、親友なのにあやつの正体をまだ知らないのか」

「いやいや、親友じゃないからね! というか、正体って?」


 ルイララの正体と今の仕事に関連がるのかな?


「知らないなら教えておいてやる。そして、あやつに少しくらいは感謝するのだな。ルイララが居なければ、其方の国は物不足で干上がっていただろう」


 巨人の魔王は、耳長族の大長老のおばあちゃんにお酌をさせながら軽く話す。


 おばあちゃん、ごめんなさい。だけど巨人の魔王の話に少しだけ興味があるんです。


「あれの親が始祖族だとは知っているな」

「はい。何度か聞いたことがあります」

「出生を聞いたことは?」

「それはないかな」


 始祖族とは、大規模な戦争や疫病、呪いなどで溜まった濃い怨念が長い年月をかけて集まり、そこから自然に生まれた魔族のことだよね。

 ルイララの親が始祖族だということは、そうやって誕生したことになる。

 だけど、その誕生の話は聞いたことがなかった。


「ふむ、それでは我が教えてやろう。二千年ほど前であるか。手加減を知らぬ愚か者がおってな。北の海辺で百万からなる神族の軍隊を一瞬にして葬った魔王がいたのだ」


 口を挟んできたのはスレイグスタ老だった。


 スレイグスタ老の話によれば、二千年前は竜峰の北西部にも神族の国があったらしい。だけど、そこに喧嘩を売った魔王が居て、一夜にして神族の国は滅び、今の魔族の版図になったのだとか。

 竜峰の北端には、海が広がっている。その西側付近で、魔王は百万以上の神軍を打ち滅ぼした。そして、魔王に殺された者たちの怨念が北の海域に溜まったのだとか。


 スレイグスタ老は、なぜか巨人の魔王を呆れた様子で見下ろしながら話してくれた。


「一千年ほど前になるか。溜まりに溜まった怨念と瘴気が海の底で形になり始めた。そうして約八百年前に、北の海に新たな始祖族が誕生した」

「それがルイララの親?」

「そうなるな。其方は不思議に思ったことはないか。竜峰で東と北が分断されているとはいえ、なぜ魔族は竜峰を迂回してこちら側に来られないのかと」


 巨人の魔王の問いに、なるほど言われてみると、という疑問が浮かぶ。


「南は神族の国に当たるから仕方がないとしても、北は海だ。竜峰がいかに険しい山々といえども、さすがに深い海を分断することはできないだろう?」

「魔族が支配する地域の北に禁領があるとはいっても、北部全部を覆っているわけじゃないんだよね。だとしたら、禁領を通らずに北の海にまでは行けるんだよね?」


 海にたどり着ければ、船などを準備すれば竜峰を迂回できる。そうしてこちら側の北の大地に到着できれば、あとは南下をしていくとアームアード王国の領地にたどり着く。


 ちなみに、アームアード王国の北側は飛竜の狩場が広がっているけど、その更に北は未開の地と云われていた。

 飛竜の狩場を縦断しないと更に北へは行けないから、よほどの物好きか好奇心旺盛な冒険者くらいしか北の海は目指さない。


「海を渡ることができれば、魔族でも竜峰の東側に来ることはできるのか」

「だが、魔族は来ないだろう?」

「うん。なんで?」

「それはルイララの親に原因がある」

「ほうほう」


 僕を含め、みんなは巨人の魔王の話に興味津々で耳を傾けていた。

 特にプリシアちゃんは瞳を輝かせて、食い入るように巨人の魔王の話に聞き入っている。

 小さい子供って、男女を問わずおとぎ話や冒険譚ぼうけんたん、知的欲求をくすぐるお話が好きだよね。


「あれは変わり者でな。海で暮らす特殊な始祖族だ。陸に住む私らとは思考が違うのかもしれん。あれが誕生してのち、北の海を航海することはできなくなった。まぁ、もともとが荒々しい海で命がけの航海だったが、今では確実に命を落とす。ルイララの親である始祖族が支配して、通行を許さないからな」


 海で産まれたルイララの親。母なのか父なのかはわからないけど、その魔族が北の海を支配しているんだね。


「つまり、陸地は竜峰によって往来を阻まれて、北の海ではルイララの親によって航海を阻止されているんだね。そりゃあ、魔族は容易にこちらには来られないよね」

「そうだ。だから本来であれば、今回も水運で物資を運ぶなんぞできないのだ。それが可能になっているのは、ルイララがいるおかげだ。あれが親の了解をとって物資の輸送を行っている」

「でも、航海できないのなら船とか無くて大量には運べないんじゃないの?」


 航海はできない。だけど、近海で漁くらいはできるのかな? でも、漁ができても大きな船ではないよね。そう考えると、王都の人々へ十分に行き渡るような物資の輸送は難しいような気がする。


「そこにルイララの正体が関わるのだろう。話を忘れたか。これは、ルイララの正体は何かという話だぞ」

「そうでした」


 ルイララの正体。北の海を支配する始祖族の魔族の子供。


「それで……。ルイララの正体とはなんですか?」


 みんなの耳がぴくりと動いた。

 巨人の魔王はじっと僕たちを見る。

 ごくり、と喉を鳴らして唾を飲み込み、正解を待つ。


「くくく。気が変わった。自分で聞け」

「ええええぇぇぇっっ!!」


 全員の悲鳴が苔の広場に広がる。


 巨人の魔王様、それはないですよぉぉっっ。


 ここまで話を引っ張っておいて、答えはお預けってなんですか!?

 やっぱり魔族だ。やっぱり魔王だ! 親切心なんて、爪の先程度にしか持っていない。本望は他者をあざけり、もてあそぶことに喜びを感じる極悪精神だ!


 巨人の魔王のあまりな反応に、プリシアちゃんがぷうっと頬を膨らませる。そして僕たちを代表して、巨人の魔王にぽこぽこと殴りかかった。


 やってしまいなさい!


 巨人の魔王の胸元を、小さい握り拳で可愛く叩く。一見、魔王に対して不敬な態度に見えるけど、プリシアちゃんなら許される。

 可愛いは大正義です!


 おばあちゃんも慌てた様子はなく、プリシアちゃんの可愛い抗議に微笑んでいた。


「くくく。愉快だ。今回手を貸してやった私への褒美はこれで満足だ」


 盃を傾けながら、巨人の魔王だけがころころと喉を鳴らして、心底愉快そうに笑っていた。


「おじいちゃんは知らないの?」

「うむむ。残念であるが、始祖族の誕生の由来になった騒乱しか知らぬ」

「ルイララに頭を下げれば教えてくれるだろうよ」

「ぐぬぬ、それだけはしたくないなぁ」


 巨人の魔王の助言に、僕だけじゃなくてみんなが顔をしかめた。


「くくく、はははっ。なにはともあれ、今回はあやつに感謝をすることだな」

「く、くやしいっ」


 お礼を言うことが、感謝の心を向けることがこれほど悔しいなんて初めてだよ。


「お礼を言う代表はエルネアにお願いしましょう」

「仕方ありませんね。エルネア君が一番お世話になっていましたし」

「エルネア君、頑張ってね」

「エルネア君、諦めてね」

「エルネア様、大変でしょうが頑張ってくださいませ」


 ぐうう。いつもは抜け駆けしてでも味方をしてくれるライラにさえ見捨てられちゃった。

 というか、これだけ迷惑がられているというか嫌がられているルイララが、少しだけ可哀想になった。







 余談。

 シューラネル大河まで運ばれてきた物資を王都まで運搬しているのは、居残った飛竜たちらしい。

 巨人の魔王にそう教えられて、竜族たちには心から感謝をした。

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