ルイララの釣果

 空の上では、ちょっと……いや、随分と熱く語ってしまった。

 こういうのって、最中は心に熱が入っていて良いんだけど、後から振り返ると意外と恥ずかしいんだよね。


 それでも、女神様の試練と掛け合わせて話したおかげなのか、ヴィレッタさんとヴィエッタさんは感銘かんめいを受けてくれたようだ。

 ユフィーリアとニーナも「エルネア君が真面目に語っているわ」なんて揶揄いながらも、僕の意見に肯定こうていの意思を見せてくれて、みんなでこの難局を乗り越えよう、と一致団結することができた。


 そうして、千の湖を眺めながら北へと進んでいると、いよいよ景色が変化する。

 起伏のある緑が広がっていた大地が途切れて、青一面の海原が視界を支配し始める。


「感動です! これが海なのですね」

「凄いですね。初めて海を見ました」


 流れ星の双子さまは、ニーミアの背中の上から飛び出すんじゃないかというくらいに身を乗り出して、遠くに見え始めた海の景色に魅入る。

 プリシアちゃんなんて、腰の毛を勝手に解いて、ニーミアの頭の上に走っていきました。アレスちゃんが側にいるから、大丈夫かな?


 遠くに見えた景色は、すぐに近くなる。

 ニーミアは優雅に翼を羽ばたかせて、あっという間に海辺の上空へと到着した。


「よし、ニーミア。あの白い砂浜に着地をしよう」

「わかったにゃーん」


 僕が指定した砂浜へ向かい、ゆっくりと高度を下げていくニーミア。プリシアちゃんは待ちきれなかったのか、ニーミアが白い大地に足を着ける前に空間跳躍で降りて、きゃっきゃと駆け回る。


「こらこら、プリシアちゃん。はしゃぎすぎたら駄目なんだからね?」


 僕たちは、ニーミアが着地をしてからヴィレッタさんとヴィエッタさんを促して降りる。

 僕たちを下ろしたニーミアは、すぐに小さな姿になって、プリシアちゃんとアレスちゃんと一緒に砂浜を駆け回り出した。

 ニーミアの不思議な変化へんげの能力に、ヴィレッタさんとヴィエッタさんは今回もまた驚く。

 そんな二人を合わせ、僕たちは一度集合する。もちろん、駆け回っていた幼女組も含めてね。


「さて。目的地に到着しました。これからいっぱい遊びたいところですが、今から伝える注意事項は守りましょう。守れない人は、プリシアちゃんのお母さんからお叱りを受けます!」


 びくんっ、と反応するプリシアちゃんに笑ってしまう僕たち。


「プリシアちゃんのお母様は、怖い人なのですか?」

「プリシアちゃん、それほどおびえるということは、いつも怒られているのですね?」

「あのね。プリシアのお母さんは一番怖いんだよ? プリシアたちが悪いことをすると、すっごく怒るの」

「プリシアちゃん。そうとわかっていて、何故いつも約束を破るんだい?」

「んんっと、わかんない?」


 真剣に首を傾げて悩むプリシアちゃんに、みんなで笑う。

 それは、プリシアちゃんが自由奔放すぎるからですよーっ!


「さてさて、気を取り直して。海に来ましたね。その注意事項ですが。まず、海の深い場所へは行かないこと。波は意外と人を引き込みやすいですので、油断をしていると足もとを取られて海に引きり込まれちゃいますよ」


 それに、水深が増すと、そこに魔物や魔魚まぎょが潜んでいる可能性だってあるからね。

 未開の海は、注意が必要だ。

 あとは、北の海はルイララの親の始祖族しそぞくが支配している領域なんだけど。さすがに砂浜近くまでは来ないでしょう。


「それと、そこのプリシアちゃんとアレスちゃん! 服を脱いじゃいけませんよ。海で泳ぐのは禁止です。まだ暑いかもしれないけど、今回は駄目だからね?」

「むうむう。足だけ海に入りたいよ?」

「プリシアちゃん足だけ入るなら、服は脱がなくて良いんだからね?」


 困った幼女です。

 僕の説明の最中さなかに服を脱ぎ出し始めたプリシアちゃんとアレスちゃんを、笑いながらユフィーリアとニーナが取り押さえている。


「あとは、この辺にも魔獣なんかが潜んでいる可能性があるから、遠くには行かないこと。目の届かない場所には絶対に行かないこと。いいね、ユフィ、ニーナ?」

「あら、私に注意するのはお門違かどちがいだわ」

「あら、私に注意するのは的外まとはずれだわ」

「「だって、いつだって真っ先に問題に突っ込むのは、エルネア君だもの」」

「そんな馬鹿なーっ!」


 いや、否定はできない。

 確かに、家族の中で一番に問題に巻き込まれるのは、いつだって僕だよね?


「なるほど。実はエルネア様が一番の問題っ子なのですね?」

「プリシアちゃんとアレスちゃんは、エルネア様に影響されていると」

「ヴィレッタが既にエルネア君の本質に気づいたわ」

「ヴィエッタが既にイース家の秘密に気づいたわ」


 笑うみんな。

 僕だけはがっくりと方を落とす。でも、笑っちゃう。


「あとは、そうだね。魔族のルイララがいるけど、ヴィレッタさんもヴィエッタさんも、仲良くお願いしますね。ルイララも、わかったね?」

「ははは。僕は大丈夫だよ? いつだって、僕は優等生さ」

「いやいや、背中を見せたら斬り掛かってくるような優等生なんていないからね!?」

「そういえば、エルネア君はまだ武器を返却していないんだよね? よし、今日は思いっきり剣を振らないかい?」

「絶対に嫌だからね? ってか、僕たちは魔王のために魚を釣りに来たんだよ。家臣の君がその任務を放棄してどうするのさ?」

「僕は命令されていないよ? 魚を所望しょもうされたのはエルネア君であって、僕は念の為の監視役だからね?」

「よし、ルイララ。君が海に潜って魚を獲ってくるんだ!」

「んんっとね。ルイララおじちゃんは本当は人魚にんぎょさんなんだよ」

「お、おじ……!?」


 おお、プリシアちゃんよ。なんという表現でしょうか。

 まさかルイララをおじちゃん呼ばわりするとは!

 ルイララが、顔を引きらせて硬直していますよ。


 正体は人魚、というプリシアちゃんの言葉に、目を大きく見開いて驚くヴィレッタさんとヴィエッタさん。

 そして、魔族のルイララを見つめる二人。

 きらきらと瞳の奥が輝いています。


 女性なら、地域を問わず誰もが物語で知っているのかもしれない。

 人魚という神秘的な生物の伝説を。


 でも、残念!


 ルイララの人魚姿はね……


「ははは。遠慮のない視線だね。まあ、許すよ。でも、残念ながら僕はそう易々やすやすと本来の姿は見せないよ?」


 それは残念です、と心底がっかりとした表情を見せるヴィレッタさんとヴィエッタさん。

 どうやら、僕たちがお馬鹿な会話をしたおかげか、ルイララの見た目が貴公子然とした姿のおかげか、はたまた見た目では魔族だとは判別できないせいか、二人はそこまでルイララに警戒心は抱いていないようだね。

 それは何よりです。

 ただし、だからこその注意点がある。


「もしかすると知っているかもしれませんが。一応、お知らせしておきます。上位の魔族は、自身の名前を口に出されることを嫌うので、気を付けておいてくださいね? ルイララも、こう見えて巨人の魔王の側近で子爵位の貴族なので」


 と説明すると、緩い気配だった流れ星さまの気配が、急に引き締まった。


「貴族位の魔族でしたか……!」

「ですが、エルネア君やプリシアちゃんは……?」


 ルイララのことを温厚な魔族だと思ってくれていたんだと思う。

 でも、その身分を知って息を呑むヴィレッタさんとヴィエッタさん。

 正しい反応です。


「ははは。エルネア君は、僕どころか宰相様まで呼び捨てだからね」

「でも、巨人の魔王を呼び捨てにできるのは、プリシアちゃんくらいだね!」

「?」


 プリシアちゃんは、魔族の矜持きょうじや習慣を認識していないのか、意味がわかりません、と可愛く首を傾げています。

 こんな仕草をされたら、魔王だって許しちゃうかもね。

 いや、じっさいに許されているのか……


 プリシア、恐ろしい子。


「そ、それでは、どのようにお呼びすれば?」

「子爵様、とお声掛けしてもよろしいのでしょうか?」

「構わないよ。魔族の国でも、聖職者は保護されているんだ。呼ばれ方で僕が君たちに手を出すようなことはないさ」

「おお! ルイララが手練てだれの人を前に理性を保っていると思ったら、そういう理由だったんだね?」

「エルネア君はひどいよねぇ」


 ルイララだって、ヴィレッタさんやヴィエッタさんだけでなく流れ星さまご一行が全員手練れであることくらい見抜いていたはずだ。

 それなのに、理性を保っていた理由があったんだね!


「エルネア君の注意事項は終わりだわ」

「それじゃあ、目一杯遊ぶわ!」

「おわおーっ!」

「あそべあそべ」

「にゃーん」

「こらーっ。五人ともーっ!」


 自由奔放組は、解放されました!


「ユンユン、リンリン、全員を捕まえてきて!」

「まったく、魔族よりも理性の効かぬ者たちだ」

「プリシア、待ちなさいよっ」


 ユンユンとリンリンが顕現してきて、走って追いかけていく。

 ふむふむ。二人も実は浮かれているね?


 追いかけるだけなら、顕現しなくても良いもんね!

 しかも、空間跳躍を使わずに走っている。

 見れば、貴女たちも裸足じゃないですかー!


 白い砂を蹴り上げて、きゃっきゃと浜辺を走り回る者たち。


「さあ、ヴィレッタさんとヴィエッタさんも一緒に混ざらないと、せっかくの海を楽しめませんよ?」

「ですが、魔王陛下のお魚を……?」

「わたくしたちが遊んでも良いものでしょうか……」

「お魚釣りは僕とルイララにお任せで。空の上でも言いましたけど、今を全力で楽しんでください。僕たちはそうやって、これまでに何度となく困難を乗り越えてきましたから」

「ただの人族が、こうして上位魔族や魔王陛下と親密になれるくらいには、エルネア君たちは想像を超える試練を乗り越えてきたんだからね。彼の言う通りだと思うよ?」

「ルイララが真っ当なことを言っている!?」

「ははは。妖精魔王陛下に囚われていた僕を救ってくれたお礼だよ」

「そんなこともあったね……?」

「途中、僕たちの存在を忘れていたことなんて気にしていないからね?」

「いやいや、忘れていたわけじゃないんだよ? ただ、金剛こんごう霧雨きりさめ討伐とうばつが大変で……」

「よ、妖精魔王!? エルネア様は、子爵様がお仕えしているあの魔王様とは別の魔王と対決したこともあるのですか!?」

「こ、金剛の霧雨!? その討伐に参加されたことがあるのですか!!」

「あっ、しまった!」


 絶句しているヴィレッタさんとヴィエッタさんに、僕は苦笑してしまう。

 すると、ルイララがまたしても、らしくない親切な補足を入れてくれた。


「ほら。エルネア君の家族は、そういう誰にも成し得ないような偉業を超えてきた家族なんだよ。その彼らが、今は問題を抱え込んで悩むよりも遊べと言っているんだ。素直に遊んでくると良いさ。それとも、僕と剣を交えて遊ぶ方が良いかい?」

「ルイララ、それは駄目ーっ! 今回の助言のお礼も含めて、今度、僕が思いっきり相手をしてあげるからね? だから、流れ星さまたちに剣を向けるのは禁止だよ?」

「よし、大物が釣れたね。作戦成功だ」

「しまった! 罠だった!! この、極悪魔族めっ」

「あはははっ。エルネア君、それは魔族には褒め言葉だよ」

「ぐはっ」


 どうやら、全てはルイララの計略だったようです!

 ルイララは、僕と剣術勝負を思う存分にするために、親切な振りをしていたんだね!


「エルネア様、大丈夫でしょうか?」

「も、申し訳ございません」

「いえいえ、お二人のせいではないですよ。そして、これが魔族です! 注意してくださいね?」


 だまされたのはくやしいんだけど、同時に、流れ星さまに気を遣ってくれたルイララの気心が嬉しい。

 僕と剣術勝負をするため、という表面上の名目だけど、そこには確かにルイララの優しさがあったと思うんだ。


「よし。ヴィエッタさんとヴィレッタさんの本日の課題は、思いっきり遊ぶことですよ! そうそう。もしも鬼ごっこでプリシアちゃんを捕まえられたら、お屋敷に戻ってご褒美をあげましょう」

「プリシアちゃんを、ですか?」

「難しいことなのでしょうか?」

「ほほう。お二人はまだ、あの恐るべき幼女の本当の能力を知らないようですね?」

「僕も、本気を出さないとあのちびっ子は捕まえられないからなぁ」

「えっ?」

「魔族の貴族様が?」

「さあ、行ってきてください! そして、いっぱい遊んで、プリシアちゃんを満足させてくださいね?」


 にやり、と笑みを浮かべた僕とルイララに困惑の表情を浮かべながらも、ヴィレッタさんとヴィエッタさんも走り去っていく。

 きちんと、靴を脱いで!


 白いしゃりしゃりの砂浜は、素足が気持ち良いからね。

 仕方ないね!


「僕たちは、一緒にお魚釣りをしようか?」

「仕方ないね。エルネア君が釣れずに坊主ぼうずだと、陛下の機嫌が損なわれるからね」

「いやいや、釣果無しはルイララの方かもしれないからね?」

「それじゃあ、勝負といこうか。どちらが多く魚を獲れるか。負けた方は、勝った方の言うことを聞く。良いね?」

「望むところだ!」


 僕はアレスちゃんを呼び寄せると、二本の釣竿を受け取った。

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