試練の途中ですが、事件です!
夜が更けていくと、次第に試練の過酷さが
まず、眠い。
自慢じゃないけど、僕は睡眠時間が長い方だ。
日中はみんなと楽しく賑やかに送り、夜は静かに過ごす。
そんな理想的な日々はなかなかなくて、毎日のように夜も賑わう。そして、布団に入れば疲れを癒すようにぐっすりと眠る。
今日だって、長旅と王様への報告、それにメアリ様と楽しくも忙しい一日を過ごした。夜は夜で、お腹いっぱいにご飯を食べたしね。
だから、睡魔が襲ってくるのは当然なのです。
「だけど、眠らない!」
「むにゃん」
だって、ここで寝てしまったら鶏竜の術が解けて、試練が失敗に終わっちゃうからね。
ニーミアは、ふわふわの寝床を準備してもらって、そこで眠っていた。
僕はその横で、意識を保つように集中する。
眠気は、耐えられる。
どれだけ眠くても、大切な場面では起きていられるのが僕です。
だけど、次に問題なのが、集中力だ。
未だかつてないほど長く、僕は鶏竜の術を維持し続けている。
本来であれば、出現させた後に標的へと突っ込ませて、それで終わりだ。一瞬の集中と、僅かな維持だけで済むはずの、鶏竜の術。それを、僕はもう半日以上も維持し続けていた。
「エルネア様、鶏竜の
「おおっと、それは失礼しました」
メアリ様の指摘に、僕は慌てて鶏竜の形を修正する。
想像力を働かせて、鶏竜の尻尾を戻す。
意識し集中すれば、鶏竜の術は維持されて、まるで本物のように振る舞う。
だけど、それが長時間に及ぶと、今のように輪郭が
そして、逸れた気を引き締めて意識を集中し直したり、違和感を修正したりすることによって、余計に精神と竜気を消耗していく。
「メアリ様は、凄いですね。法術を二日も維持できるだなんて」
「エルネア様の方が凄いでございます! 妖魔の王との決戦、感動いたしました!」
マドリーヌ様から、さっきまで妖魔の王との戦いのお話を聞いていたメアリ様が、きらきらと瞳を輝かせていた。
女の子には珍しく、冒険譚が大好きなようだ。というか、マドリーヌ様の妹なら、当然なのかもね。
「そうですよ、メアリ。エルネア君は立派な人です。エルネア君でなければ、妖魔の王は絶対に倒せませんでした」
「素敵です。素晴らしいです。感動です!」
深夜を回ったというのに「眠らずに法術を維持する」という修行に付き合うためか、マドリーヌ様やレオノーラ様、それにイリア様も居間に残っていた。
少女だけに辛さを味合わせない、という優しさだね。
他にも、ヴァリティエ家でご奉仕する見習い巫女様たちも、夜通しで起きているみたいだ。
しかも、起きている時間を無駄にはしないように、深夜になってレオノーラ様の講義が始まった。
春になって使われなくなった暖炉の前に見習い巫女様たちが集まり、レオノーラ様の授業を真剣に受けている。
「僕も、負けていられないね」
長旅だったのはマドリーヌ様も同じだ。むしろ、夜遅くまで仕事をしていたマドリーヌ様の方が、疲れているはずだよね。それでも、
見習い巫女様たちだって、日中はいろんなご奉仕で疲れているはずなのに、こうして寝ずの授業を受けている。
それなら、イース家の当主である僕が、ここで弱音を吐いたり試練を失敗させるわけにはいかない!
修行の基本は、瞑想だ。
僕は目を閉じて、意識を深く
翌日、朝日が昇っても修行は続く。
僕は、鶏竜の術を。メアリ様は、小さな月光矢を。
朝食を済ませると、僕は緩やかな斜面の芝生のお庭に出て、瞑想を続けた。
太陽の光を全身に浴びた方が、目が覚めるからね。
メアリ様も、ニーミアと一緒に広いお庭を駆け回る。
今日も、メアリ様は元気だ。
僕は周りの
竜脈から力を汲み取り、失った竜気を補いながら、鶏竜の術を維持する。
竜気の
気を緩めただけで鶏竜の動きが止まり、輪郭が歪む。
「こんなことじゃ、駄目だ。集中!」
「エルネア君、頑張ってくださいね」
「はい、お任せください」
マドリーヌ様は、本日はお休みらしい。
どうやら、僕との時間を作るために、昨日は夜遅くまで頑張ったみたいだね。
マドリーヌ様も、見えないところで頑張っているんだ。なら、僕はそれ以上に努力しなきゃいけない。
とはいっても、あと丸一日以上、僕は鶏竜を維持し続けられるのだろうか……
やはり、最も懸念される問題は、集中力だね。
瞑想していれば、竜気の補充だけでなく、心も落ち着くから集中力も持続する。だけど、延々と瞑想ばかりもしていられない。というか、メアリ様は元気よく駆け回っているのに、年長者の僕が瞑想状態から抜け出せないなんて、もし試練に打ち勝っても、内容で負けている気がするよ。
やはり、何か集中を維持する対策が必要だ。
基本を見直さなければいけない。
竜術とは何か。どうやって力を術に変え、効果を表すのか。
メアリ様が法術の初歩である月光矢を維持しているように、僕も竜術の初歩に立ち返らなければいけない。そうしないと、僕はメアリ様の試練を真の意味で克服できないのではないか。
では、竜術の基本、初歩とは何か。と思考を巡らせようとした時だった。
「た、大変です! お助けください!」
丘の下から、男性が慌てたように駆け上がってきた。
マドリーヌ様が素早く反応する。
「何事でしょうか」
息を切らせて走ってきた男性を
「魔物です!
男性の叫びに、本宅からも人が出てくる。
「見習いの者は、
「いいえ、お母様。私もエルネア君と共に向かいます」
レオノーラ様の号令に、ご奉仕していた見習い巫女様たちが素早く動き出す。
マドリーヌ様は、母親であり上級巫女である母親のレオノーラさんの意見を拒むと、僕を見た。そして、魔物の情報をもたらした男性を促すと、丘を駆け下り始めた。
「お姉……巫女頭様、私も巫女としてお手伝いいたします!」
マドリーヌ様に続き、幼くも巫女であるメアリ様が走り出す。
「先行します!」
僕だって、悠長に構えてはいない。
丘の上から視線を巡らせると、並木と住宅の屋根屋根の間から土煙が上がる場所が見えた。
位置を確認した直後。僕はもう、空間跳躍を発動させていた。
一度目の跳躍で丘を下り、二度目に視界が変化した時には森を抜けて、家屋の屋根に移動していた。
次の跳躍で、僕は「土蛇」という魔物が出現した地点へと到着していた。
そして、目にする。
切り替わった僕の視界の先。
恐怖からか、道端に
「はあっ!」
空間跳躍の勢いをそのままに、
土蛇は僕の蹴りを受けて、地面から生えた蛇のような土色の胴体を、縄のようにしならせた。
激しい衝撃で、土蛇の眼の無い頭部が揺れて、ぱっくりと横に割れた口が、蹲る男性とは違う場所に激突する。
だけど、
仕留め損ねた土蛇は、奇声をあげながら地面へと潜って姿を消す。
魔獣の
土蛇という魔物は、地面に穴を掘って潜るわけではない。
地面と同化して、蛇のように長い胴体を地中に隠しているんだ。
だから、潜った跡は残さないし、無闇に地面を攻撃したって、土蛇を倒すことはできない。
しかも、竜脈に実体を隠す魔獣の遁甲とは違って、土蛇は完全に地面に同化してしまっていた。
足もとの気配を探っても、魔物の気配は
つまり、土蛇を倒すためには、地面から身体を現している瞬間を狙うしかないわけだね。
「さあ、今のうちに逃げてください」
それでも、時間を稼ぐことはできた。
怯えて蹲る男性を促して、高い場所へ逃げるように指示を出す。
土蛇は、地面の下から襲いかかる。それなら、高い位置に逃げれば、狙われる確率も低くなるはずだ。
だけど、怯えきった男性が僕の指示通りに動くとは限らない。むしろ、僕の足にしがみついてきて、こちらの動きを阻害してきた。
「ちょ、ちょっと、離してくださいね? 僕は魔物を倒さなくちゃいけないし、ほら、ここは危険ですからっ」
「た、頼む! 兄貴が、あの妖魔に喰われちまったんだ!」
「えっ!?」
既に、犠牲者が出ていた!
しかも、土蛇の脅威はまだ終わってはいなかった。
「きゃああぁぁぁっっ!!」
住宅を挟んだ別の道から、女性の悲鳴が響く。
「くっ。今度は向こうに移動したのか!」
足もとの魔物の気配は未だに漠然としたままで、しかも広い範囲に及んでいた。そして、土蛇は別の場所で違う人を襲撃したんだ!
「とにかく、貴方は自力で高い場所へ! お兄さんのことも、僕に任せてください!」
正直、喰われてしまったというお兄さんを助けられるかは、僕にも自信がない。それでも、僕にしがみついて離れない男性を安心させて非難してもらい、悲鳴が起きた場所へ急行しなければいけない。
反分無理やりに男性を引き剥がすと、僕は空間跳躍を発動させた。
住宅を飛び越え、裏手の道へ空間跳躍する。すると、そこにはまたしても
「お母さんっ、お母さん!」
泣き叫ぶ少女。
どうやら、土蛇に襲われて母親が負傷したようだ。
だけど、肝心の土蛇の姿が見えない。
「くっ。逃げられたか!」
幸か不幸か。
さっき蹴りを放った僕の気配を敏感に察知したのか、土蛇は襲った女性を捕食する前に地面の下へ逃げたようだ。
だけど、まだ足もとからは魔物の気配を感じている。
土蛇は、逃げ去ったわけではない。だとしたら、またどこかで強襲してくるはずだ!
僕は足もとに気を向けながら、急いで二人に駆け寄る。
女性は、頭から大量の血を流していた。
「エルネア君!」
そこへ、法術「
「マドリーヌ様、女性の保護を!」
「はい。回復法術を使います。メアリ、その間に襲われないように、周囲に結界を張ってください」
「は、はいっ」
一瞬、頭上の二本の月光矢を見上げたメアリ様。だけど、すぐに瞳を閉じると、
同時に、メアリ様の頭上に浮かんでいた二本の月光矢のうち、一本が消える。
「そうか。メアリ様は二重法術で、月光矢を一本ずつ出していたんですね」
さすがは天才肌の
だけど、感心している場合ではない。
「気をつけてください。土蛇は地面に潜って、次の獲物を狙っています。それと、マドリーヌ様。場合によっては、おじいちゃんの秘薬を使ってくださいね?」
「魔物の討伐は、エルネア君にお任せいたします。それと。この女性は頭部を切っていますが、それほど深くはありません。頭部を切ると派手に血が出ますが、秘薬を使うほどではない、と判断します」
血を流す女性に回復法術を施しながら、マドリーヌ様は微笑む。
人を
「大丈夫ですよ。貴女のお母様は、必ず助かりますから」
巫女頭様の笑みに包まれて、少女が少しだけ落ち着く。
「よし、それじゃあ僕も頑張って、土蛇を倒そうかな!」
メアリ様が張り巡らせた結界を抜けて、僕は道の中央に立つ。
「さあ、来るなら来い!」
というか、さっさと姿を現してほしい!
じゃないと、喰われたというさっきの男性のお兄さんを救出できないからね。
「くえっ」と、可視化した竜気で形取られた鶏竜が、ようやく僕の足もとに追いついてきたのは、その時だった。
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