洗礼の儀
「んんっと、プリシアはお母さん役ね。メイは子供役」
「は、はいっ!」
「にゃんはなに役にゃん?」
「ニーミアはお父さん役ね」
「うにゃう……」
『うわんっ、混ぜてっ』
『リームもぉ』
「フィオとリームはお友達役ね」
まだ少し、緊張気味のメイ。そんなことはお構いなしで、いつも通り自分のしたいことをやり始めるプリシアちゃん。
まあ、鬼ごっこと言いださなかっただけ良かったのかな。
幼女組は、お花畑の中心でおままごとを始めていた。
メイが目覚めた時は大変だった。
まず、目が覚めたら知らない人族や祈祷師ジャバラヤン様、薬師フーシェン様と言った獣人族の
どうやら、メイは人見知りな体質らしい。
困惑以上に、人々の視線に晒されていることが怖いのか、布団の中に潜って出てこようとしなかった。
「いい加減、メイの家族を招ぶべきなんじゃないかな?」
という僕の提案で、早速羊種の集落に使いを出すフォルガンヌ。
そして、廃墟の都に到着する両親や羊種の人々。
だけどそこで彼らを待っていたのは、メイへの面会ではなく、巫女様のお説教だった。
「自分の大切な子供が危機に直面しているというのに、どういうおつもりですか?」
キーリ、イネア、ルイセイネは真剣な表情で、何歳も年上だろう羊種の大人たちにみっちりとお説教を施した。
これには僕とリステアも驚いたよ。
普段はお
僕は普段、プリシアちゃんにも危ないことをさせているような気がする。でも、それに関するお説教は受けたことがない。
僕のことを信頼してくれていて、ある程度なら大丈夫だと容認してくれているのかな?
でも今回の件で、巫女様たちが小さな子供を大切に想っているということがよくわかったよ。
僕もこれからは、プリシアちゃんにあまり危ないことはさせないでおこう、とひっそりと反省した次第です。
巫女様のきついお説教の後。両親はようやくメイと再会できた。
家族で泣いて喜びあう風景を見ていたら、こちらまで涙が出てきたよ。
両親に会えて落ち着きを見せ始めたメイだったけど、それでも獅子種のフォルガンヌや僕たち人族には警戒心と恥ずかしさを見せて近づこうとしない。
困ったところに現れたのは、こういう状況を問答無用で破壊する天使のような悪魔だった。
そう、プリシアちゃんです!
寝所から出てこようとしないメイの手を取って、強引に外へと連れ出すプリシアちゃん。
「あのね。お外がすごく気持ちいいんだよ。遊ぼうね?」
プリシアちゃんとメイ。二人が並ぶと、プリシアちゃんの方が少しだけ歳上のお姉ちゃんに見えた。
まあ、プリシアちゃんの見た目は五歳くらいだけど、実年齢は九歳なので、明らかに歳上で間違いはないんだけど。
最初はプリシアちゃんの強引さに戸惑っていたメイだけど、年齢の近いプリシアちゃんには警戒心が薄いみたいで、すぐに手をぎゅっと握って離れないようになった。
そして、ニーミアが追い打ちをかける。
飛んで
ここまでくれば、フィオリーナとリームも仲間に加わるのはあっという間です。
ということで、幼女組は心配する僕たちをよそに、お花畑で楽しく遊んでいる。
「まぜてまぜて」
アレスちゃんも参戦のようです。
顕現したアレスちゃんはお芋を抱えて、幼女組に合流した。
まだお芋を隠し持っていたんですか!
「ふふふ。不思議な組み合わせですね。耳長族と獣人族と、竜族と精霊だなんて」
「うん、そうだね。でも、これっていつものことじゃない?」
「エルネア君の場合、獣人族のメイちゃんと竜人族のミストラルさんが入れ替わるくらいですものね。そこに魔族や魔獣が加わることを考えると、確かにいつも通りでしょうか」
「……お前が凄いのか、あの耳長族の子供が凄いのかはさて置き。俺たち一般人から見れば、驚くべき状況だよ」
「リステア、誰が一般人だって?」
「お前ら以外の全員だ!」
ひどい言われようです。
人族で大人気の勇者様が自分たちのことを一般人と言い、僕たちはなにか別の生物だとでも言いたいのでしょうか。
「リステアの発言は置いておきまして。確かに、他種族間でああして仲良く遊んでいるなんて不思議な光景ですね」
「プリシアちゃんは、あのちっこい竜の言葉がわかるのかなー?」
ああ、そうか。イネアたちからすると、人の言葉を話さない竜族と意思疎通している様子がより一層不思議に見えるんだね。
「プリシアちゃんも、僕たちのように竜族の言葉がわかるよ。アレスちゃんは精霊だから元々理解できているようだし。メイは……」
そういえば、ガウォン
それでも仲良く遊べているのは、小さな子供たちで集まって楽しいからだろうね。
メイは、森の木々や小動物の声が聞ける程度なのかな?
これから成長すれば、より多くの者たちの声が聞こえるようになるのかも。そうすれば、いずれは竜族とも会話ができるようになるのかもね。
「ちょっとー。リリィも混ぜてくださいよー」
するとそこへ、黒竜のリリィが飛んできた。
リリィもまだ子供なんだけど、身体の大きさは並の竜族の倍以上ある。
突然飛来したリリィに、メイは怯えきって泣き始めてしまった。
「リリィ、泣かせちゃだめですよ?」
すると、メイを背中に
「ご、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんですよー」
どうやら、リリィもプリシアちゃんには頭が上がらないらしい。
恐るべし、猛獣使いプリシアちゃん。
「大丈夫にゃん。ニーミアも本当は大きいにゃん」
今しがたまで仲良く遊んでいた偽にゃんこも巨大化して、メイを驚かせる。
だけど、小さくて可愛い姿を最初に見ていたせいかな。メイは、大きくなったニーミアには恐怖心を持たなかったみたい。
「んんっと、それじゃあお空の散歩に行きましょうね」
プリシアちゃんはメイの手を取って、ニーミアの背中によじ登る。
えらいね。空間跳躍を使わなかった。
あれは慣れてない人に使うと、大変なことになっちゃうからね。
おままごとを中断して、幼女組は空へと舞い上がる。
最初は悲鳴ばかりあげていたメイだったけど、次第に喜びの声に変わっていった。
どうも、僕たちや獣人族の大人たちが心配を巡らせるなんてお
ちょっと強引ではあるけど、プリシアちゃんにお任せしていれば、メイは自然と打ち解けてくれるような気がするよ。
「わたくしは思うのですが、種族は違えど、きちんと意思疎通を行えば、ああして仲良くできるのですね」
「うん。そもそも、世界は創造の女神様が全て創ったんだよね。それなら、反発し合う関係なんて望んで創ったりはしないと思うんだ。だから、竜族であれ魔族であれ、わかり合うことはできるんだと思う」
「とは言うが、魔族や神族のなかには、人族の言葉に耳を傾けないような奴らが大勢いるぞ?」
「でも逆に、少数ではあってもわかり合おうとする人もいるよね? 大切なのは、なにかを
「……まさか、エルネアに
「魔王と親交のあるエルネア君が言うと、説得力がありますね」
「ルイセイネ、なにを恐ろしいことを言ってるんですか。魔王魔王と言っていると、あの人はどこにでも来ちゃいそうで怖いよ」
つい、周りを見渡してしまう。
良かった。周囲に
見渡して気づいたんだけど、僕たちだけではなくて、獣人族の人たちも遠巻きに幼女組を見守っていた。
「いいなぁ、俺も空を飛んでみたい」
「馬鹿を言え。いくら空を飛びたいとは言っても、竜族の背中になんて乗れるか」
「恐ろしいことだ……」
獣人族から見れば、竜族は自分たちを狩る上位の種族だからね。そりゃあ怖いのが普通だよね。
でも、さっきも言ったけど、そんな彼らでもわかり合おうとする努力を
現に、メイはすでにニーミアやフィオリーナやリームだけではなく、リリィとも仲良くなっていた。
「あのね。次はリリィの背中に乗るの。移動はフィオとリームにお願いしましょうね」
「はい!」
上空で、ニーミアの背中からリリィの背中に渡るプリシアちゃんとメイ。プリシアちゃんはフィオリーナの背中に乗って、メイはリームの背中にしがみついて、地上に降りることなく移動していた。
そして、また空の散歩へ。
本当に不思議な光景だよね。
種族を超えて仲良く遊ぶ幼女たちが、普通の風景に見える。
スレイグスタ老は、僕たちなんて世界から見ればちっぽけな存在だと言っていた。
大きな大陸と海を創り、何千何万という生き物を生み出した女神様が見たら、この多種族交流は嬉しいと思うのかな?
そもそも、種族間でいがみ合っている現状に
だって、生み出したってことは、その全てに
ルイセイネたちは、自分の子供ではないのにメイのことで真剣に怒っていた。
女性、母親にとって、子供は大切な宝なんだよね。時には
母さんが僕に注ぐ愛を知っている。アシェルさんの、ニーミアに対する
ああ、そうか。と気づく。
母親って、子供には
「ねえ、リステア。みんな」
みんなが僕を見た。
「僕はもしかすると、満月の花を見つけたかもしれない」
メイの宗主拝命の儀式は、予定通り満月の夜に執り行われることになった。
月明かりで照らされた池の中心に、洗礼の儀式用の舞台が整えられていた。
廃墟の神殿の奥。そこに満月の見える庭と四角く区切られた池があり、透明な水がくるぶしの高さくらいまで溜まっていた。
「まるで、巫女の洗礼の儀に似ています」
「ジャバラヤン様が巫女様だから、取り入れたのかもね」
「昔を思い出すなー」
僕たちは池の周りで、儀式を見守っていた。
フォルガンヌやガウォン。それだけではなく、羊種や獣人族の主要な人物が
そして、池の中心の舞台で、儀式が始まった。
三日月に似た杖を両手で持ち、満月の空に向かって
ゆっくりとした口調で奏上し終えると、次にメイが口を開いた。
メイはジャバラヤン様の前で両膝をつき、両手を胸の前で合わせて祈りの姿勢。その状態で、メイはジャバラヤン様と同じ
獣人族は、
儀式の前、必死に文言を覚えようと努力していたメイが可愛かった。
途中、何度か言葉に詰まるメイ。
仕方ないよね。メイはまだ小さいし、覚える期間も短かすぎた。そしてなによりも、奏上しなきゃいけない決まり事などが多すぎます。
少し困ったように、メイがジャバラヤン様を見上げた。
ジャバラヤン様は
メイはそれで次の言葉を思い出して、必死に奏上していた。
頑張れ、頑張れ。
池のある広場には、メイの小さな声だけが響く。
周囲の僕たちだけではなく、夜鳥や虫たちも声を潜めて優しく見守っていた。
池の水面に反射する満月が、微かに揺れていた。
随分と冷たさの薄れ始めた風が、メイの言葉を夜空へと届けるように柔らかく流れていく。
長い奏上を終えたメイの頭に、ジャバラヤン様は片手を乗せた。
「羊種のメイよ。
「は、はいっ!」
緊張のあまり、メイの声は裏返っていた。
ふふふ、と周りから優しい笑みが
メイは顔を真っ赤にしながら、可愛い動きで立ち上がる。
立ち上がっても、腰の曲がったジャバラヤン様よりもうんと小さい。
メイは、ジャバラヤン様から三日月の杖を受け取った。
杖の重さにふらつくの身体を、ジャバラヤン様が支えてあげる。
「メイは……がんばります!」
本当はここで、獣人族をどう導くのかとかこれからの訓示を述べるらしい。
でも、メイだからね。小さい子供だからね。
メイの宣言に、会場からはどっと笑いが起きた。
洗礼の儀って、こんなんでいいのかな?
もっと
「皆の者。メイはまだ小さい。皆が正しく支えてやらねば、この杖を持った時のようにメイは簡単にふらついてしまう。両脇からしっかりと支えてやるのは、皆の役目だ。そして人族の子らよ。後見人になってくれてありがとう。感謝します。どうか、メイを正しき道へと導いてくださいね」
体を支えられ、頭を撫でられているメイは、きちんと最後まで奏上できた喜びが半分、みんなに見られていることへの恥ずかしさ半分で変な笑みを浮かべていた。
「はい、俺たちにできることなら……」
ジャバラヤン様の言葉に返事をしようとしたリステアの声は、フォルガンヌのとガウォンの咆哮にかき消された。
続けて、池の周りに集っていた者たちも咆哮をあげる。獰猛な種族だけでなく、草食系の者たちまでありったけの声を張り上げていた。
ああ、そうか。これは巫女様の洗礼の儀ではなくて、獣人族の儀式なんだ。厳かというよりも、こういった野性味溢れる感じの方が似合っているよね。
獣人族の咆哮は池のある広場を超え、廃墟の都に広がる。
各所で同じように、多くの獣人族が咆哮をあげてメイの宗主拝命を祝福した。
今夜は、北の地全土から集まった獣人族たちが廃墟の都に入っている。その獣人族全員が、咆哮をあげて宗主を承認していた。
耳を研ぎ澄ますと、虫や鳥たちも喜びの歌を
静寂から一転、満月の夜は一気に騒がしくなった。
途中、リリィが真似て恐ろしい咆哮をあげたら、一瞬だけ獣人族の咆哮が掻き消えたことは大目に見ましょう。
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