竜族の運送屋さん

「どうぞこれを。お詫びと感謝の気持ちでございます」

「ええっ、こんなにたくさん!?」


 いよいよ、王都へと帰るときがきた。

 これから数日分の旅支度を整えていると、羊種の人たちが荷車を押して大量の羊毛ようもうを持ってきた。


 ……まさかとは思うけど、自分たちの毛を刈り取った物じゃないよね?


「私たちは昔から、羊の放牧で生計を立ててきました。私たちにできるお礼はこれくらいしかありませんので、どうかお納め下さい」


 良かった。ちゃんとした羊の毛なんだね。内心、ほっと胸を撫で下ろしたのは内緒です。

 それにしても、羊種が羊を放牧って、なんだか妙な感じがします。


「おねえちゃん、帰っちゃうの?」

「んんっと、帰るの?」

「プリシアちゃん、なんで君も疑問形なのかな? 帰らないと、ミストラルに怒られるよ」

「……プリシアは帰らなきゃいけないの」

「おねえちゃん、メイとお別れですか?」


 ほんの数日で、メイはプリシアちゃんにとても懐いていた。プリシアちゃんのことを「おねえちゃん」と呼び、片時も離れようとしない。

 プリシアちゃんも妹ができたみたいで嬉しいのか、甲斐甲斐しくお世話をしていた。


「大丈夫だよ。これから人族と獣人族の交流が活発になれば、またいつでも会えるからね」


 僕はしゃがんで、メイのもこもこの頭を撫でながら微笑みかける。

 羊毛よりももっと繊細でふわふわの頭髪は、癖っ毛でくるくると丸まっている。

 触り心地が最高です。


「これは昨年獲れた狼の毛皮だ。持っていってほしい」

山羊やぎの乳から作った酒だ。こいつも持っていけ」

「ウランガランの森の、今年最初の恵みだ。これを送ろう」


 メイとプリシアちゃんが悲しそうに別れの挨拶をしていると、各種獣人族が次から次に色々な物産を持ってきて置いていく。


 いやいやいや、こんなに沢山、絶対に持って帰れないからね?


 気づくと、荷車十台分以上の物資にまで膨れ上がっていて、リステアと顔を見合わせて苦笑する。


「やれやれ、困ったな。ひとり一台ずつ荷車を押しても厳しいぞ」

「ううーん……」


 こうなれば、奥の手を使うしかない。


 プリシアちゃんの頭の上で寂しがっているニーミアを捕まえて、リリィを呼び寄せる。


「そういう訳だから、この荷物を王都まで運んでくれると嬉しいな?」

「どういう訳かわからないにゃん」

「ご褒美はなにかなー?」

『ご褒美っ。私も手伝うっ』

『働くよぉ』

「やれやれ。帰ったらご褒美をあげるから、お願いします」

「山羊の乳のお酒は、陛下の分を少しもらってもいいですかー?」

「うん、大丈夫だと思うよ。機嫌を取っておかないと、後が怖いからね……」

「そう伝えておきますねー」

「いやいや、余計なことは言わなくていいからね! ああ、それと。ニーミア、プリシアちゃんを先に送り届けてね」

「んんっと、プリシアもお別れ?」


 メイと抱き合って別れを惜しんでいたプリシアちゃんは、今度は僕に抱きついてきた。

 いやいやん、と頭を振って離れたくないとわがままを言う。

 メイが真似て、更に僕へと抱きついてきた。


 くっ。なんて可愛いんでしょう。

 全てのわがままを聞き入れてしまいそうな誘惑にかられる。

 でも、ここは心を鬼にしなきゃ、帰ったあとに怖い鬼にお叱りを受けてしまいそうなのです。


「プリシアちゃんは先に帰って、ミストラルたちを安心させてあげてね。それに、王都まではずっと歩いて帰るから、大変だよ」


 王都で待っているみんなは、僕たちを信じて帰りをずっと待ち続けてくれている。

 僕たちもニーミアの背中に乗って時間をかけずに帰る、という選択肢もあった。だけど、徒歩で訪れた未開の地だ。帰りもしっかりと歩いて帰ろう、と話し合いで決まっていた。

 僕たちは、イスクハイの草原を歩き、ウランガランの森を通って、人族がまだ知らない北の地のことをしっかりと伝える役目も担っているんだと思う。


 ニーミアに大きくなってもらい、プリシアちゃんを背中に乗せてあげる。そして落ちないように、ニーミアの長く美しい体毛を腰に巻いて結ぶ。

 フィオリーナとリームは、荷台に山積みになった荷物をリリィとニーミアの背中へ移す作業を手伝ってくれた。


 ここ数日。

 一連の騒動が終わったあとも居座り続けたリリィ。そして何度も巨大化し、プリシアちゃんやメイを背中に乗せて空を飛び回ったニーミア。

 僕とルイセイネにとっては見慣れた光景で、特に気にするようなものではなかったんだけど。

 どうも、獣人族の人たちにとっては、温厚とはいっても超巨大な竜族は近寄りがたい存在だったらしい。

 別れの挨拶で集まってきていた人たちは、遠巻きに見守るだけで誰も荷物を運ぶ手伝いはしてくれなかった。

 まあ、仕方ないよね。

 獣人族にとって、竜族は自分たちの縄張りを脅かす恐ろしい種族という認識なんだから。


 そう考えると、最初はプリシアちゃんから強引に手を引かれてだけど、ニーミアたちと仲良くなったメイはなかなかに素質があるんじゃないのかな。

 今も、ニーミアの背中に乗ってプリシアちゃんと帰りたくない、別れたくないと悲しんでいた。


「おねえちゃん、また遊んでね?」

「必ず遊びに来るよ。待っててね」


 いったい、誰がここまでプリシアちゃんを連れてこなきゃいけないんでしょうねぇ……

 心のなかで苦笑していると、ニーミアとリリィが何か言いたげな視線を僕に投げかけてきた。

 知らないふりをしておこう。


 そういえば、リステアたちは結局、ニーミアやリリィの背中には一度も乗っていない。

 自分たちだけ素晴らしい体験をするのはどうなんだ、と勇者らしい真面目な考えを持っているみたい。

 王都では、セリースちゃんやネイミーたちが心配して帰りを待っているに違いないからね。それなのに、試練に旅立った自分たちだけが美味しい思いをすることを良しとはしなかった。

 こういう紳士な部分は、見習わなきゃいけないよね。


「さあ、準備が整いました。ニーミアちゃん、リリィちゃん、よろしくお願いしますね」


 ニーミアの背中からメイを降ろしたルイセイネが、出発を促す。

 大小四体の竜族は、可愛い咆哮をあげると空へと舞い上がる。そして、南の空へと瞬く間に飛んでいった。


「それじゃあ、俺たちも出発しようか」


 荷物を背負うリステア。それにならい、キーリとイネアも自分の荷物を手に取る。ルイセイネはメイをガウォンに預けると、今度は荷物を抱えた。

 僕も自分の荷物を背負う。

 そして、十人の獣人族が同じように荷物を手にした。


 リステアの提案で、人族と獣人族の最初の交友を図るために、獣人族の代表をアームアード王国に連れて行くことになったんだ。

 王様の許可もなく、そんなに話を進めても大丈夫? なんて僕たちの心配は、庶民的なものだったらしい。


「俺も一応、それなりに国から認められているんだよ。冒険の途中で起きる問題に対して、ある程度の裁量さいりょうは与えられている。獣人族には一緒に来てもらい、王国と友好な関係を築いてもらう。その橋渡しを少しするだけだ。獣人族も友好的に話を進めてくれるようだし、問題さえ起きなければ大丈夫さ」

「そういう行動を立派に起こせるのを見ると、リステアはやっぱり勇者なんだな、ってつくづく思うよ」

「ははは。俺から言わせれば、竜族に笑顔でお願いをして、それが簡単に聞き入れられている様子を見ると、お前はやはり竜王なんだな、と感心させられるよ」

「だって、ニーミアたちは家族だもん」

「スラットンも、お前のようにドゥラネルと親密になって帰ってくると良いんだが……」

「スラットン、僕たちが帰ってきたときには戻っていると良いね」

「そうじゃないと、クリーシオが可哀想だな」

「うんうん」


 雑談しながらお互いの荷物を点検する。そして身を正し、ジャバラヤン様やメイと別れの挨拶を済ませた。

 握手を交わし、またの再会を誓う。

 メイは瞳をうるうるとさせていたけど、わがままを言ったりすることはなかった。

 このまま素直に育って、立派な宗主として獣人族の人たちを導けるようになると良いね。


「あなた達の旅に、女神様のご加護がありますように。どうか、お気をつけて帰りなさい」


 ジャバラヤン様は優しく笑っていた。


「では、行くとしよう。ウランガランの森までは、俺たちが案内する。竜の庭から先は頼む」


 王都へ向かう獣人族の人たちも、集まった仲間たちにしばしの別れを済ませていた。そして、先頭でこちらへとやって来たのは、獅子のたてがみのような髪と髭を生やした、フォルガンヌだった。


 人族の国に赴き、留学の交渉やこれからのことを話し合う獣人族の先遣隊せんけんたい。その代表は、獅子種のフォルガンヌだ。

 それ以外にも草食系や獰猛な部族などから、多様な人材が選ばれて参加してきていた。


「では、行こうか」


 リステアに促されて、廃墟の都を後にする。先頭で歩き出したのは、フォルガンヌと獣人族の先遣隊の人たち。僕たちはその後ろをのんびりとついて行く。

 イスクハイの草原は、今でも満開の花に覆い尽くされていた。

 花の甘い香りが、春を感じさせる。さわやかな風が吹くと草花が揺れ、太陽の光を反射してきらきらとまぶしい。

 振り返ると、僕たちを見送る獣人族の人たちがいつまでもこちらに手を振り続けていた。


「ねえ、みんなは僕が見つけた満月の花は正しいと思う?」


 遠ざかっていく廃墟の都から見送る人たち。そのなかに、ジャバラヤン様の姿もあった。

 ジャバラヤン様は、僕たちが受けた試練に対して、過度な干渉はしてこなかった。満月の花を見つけたときも、それが正しい答えなのか間違えなのか、それ以外の助言などもしなかった。

 だけど、それは仕方ないよね。

 僕たちはアームアード王国の大神殿で試練を受けたんだ。他所よその巫女様が口出しをしてはいけないんだと思う。


 ただし、ジャバラヤン様は静かに、そして優しく微笑んで、僕たちを温かく見守り続けてくれた。


「……もしも、お前が見つけた満月の花が間違えだったら。また探しにくれば良いじゃないか」

「あらあらまあまあ、エルネア君は自分が見つけた花が不安なのですか?」

「間違えたらやり直し不可、という試練ではありませんし、リステアの言うように間違いならもう一度挑戦するだけです」

「そうだよー。何度でも挑戦するよー」


 正直に言うと、胸を張って「これが満月の花です」とは言えない自分がいた。

 だって、本当に正しいという確証は未だに持ってないんだもん。

 だけど、みんなは僕が正しいと強く頷いてくれていた。


「俺たちにはよくわからない試練内容だ。しかし、自らたどり着いた答えを己自身が信じないようでは、どれほど正しいものでも不正解となるだろう」


 集団の先頭を行くフォルガンヌが、僕たちの会話を拾って振り返ることなくそう言った。


「エルネア君、自信を持ってくださいね。わたくしたちは全面的にエルネア君を支持します」

「ルイセイネの言う通りだ。これで見つけた花が間違いだと言うのなら、再挑戦のついでに神殿都市まで行って巫女王様に苦情を言ってやる」

「うわっ。リステアが凄いことを言ったよ!」

「リステア、そのときはおひとりで行ってくださいね」

「神殿都市まではついて行くよー。観光している間に苦情を言ってねー」

「くっ。よもや巫女に裏切られるとは……」


 来るときは大騒動の道中だったのに、帰りはとても穏やかな旅になりそうだね。

 春の穏やかな日差しの下を、僕たちは陽気に南下した。

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