行き倒れの少女を拾いました

 気配の消し方を覚えよう、ということで。

 僕は、苔の広場でジルドさんとミストラルから手ほどきを受ける。

 達人曰く、自分の存在を竜力の中に押し込めるのだとか。

 具体的なようで曖昧な説明に首を捻りつつ、僕は試行錯誤する。

 ちなみに。

 スレイグスタ老はそもそもが計り知れない存在なので、気配を消すという必要性がなく、やり方は知ってても出来ないそうだ。


 四苦八苦しているうちに十日が過ぎ。


 隊商に参加していたコーアさんと、連れの男性二人がようやく村に帰ってきた。

 するとすぐに、戦士の人たちが中心になって会議が開かれる。そして、この村から三人がラーザ様の捜索に旅立った。

 その中にはミストラルの両親が含まれていて、僕の挨拶はまた後日、と先延ばしにあう。

 良かったのか、悪かったのか……


 ミストラルの両親を含む三人は、途中で立ち寄る村でも有志を募り、少し大掛かりにラーザ様住んでいた村があった周辺を捜索するらしい。


「オルタの件もある。残った者は村の警備を強化しなさい」


 コーアさんの号令のもと、残った戦士の人たちは村だけでなく周辺も含めて警戒することになった。

 だけど、ミストラルは僕たちへの対応とスレイグスタ老のお世話があるので、除外される。


 僕は、帰ってきたコーアさんに、改めて挨拶をした。


「ははは、やはり無事に村にたどり着いていたか。暴君を手懐けた時点で、大丈夫だと思ったよ」


 最東端の村で会った時と同じ様に、コーアさんは柔和にゅうわな笑みで僕を歓迎してくれた。

 部族長のコーアさんからも正式に迎え入れられ、僕は少し肩が軽くなった様な気がしたよ。


 そして、僕の村での生活と、苔の広場での修行は続く。


 短期間で、村の戦士ほどではないけど気配を消せるようになった僕に、みんなは驚いて賞賛してくれた。


「やはりミストラルの婿なだけはある」

「ジルド様から竜宝玉を受け継いだだけはあるのねえ」


 と年配の方たちは素直に賞賛してくれて。


「ふふん。まだまだ甘い。だがまあ、人族にしてはやるな」

「まだ俺の方が上手い。だがあいつよりは繊細だ」


 と男性陣からは少し負け惜しみが入りつつも褒められた。

 認められるって、素直に嬉しいよね。特に、それが人族よりも優れた竜人族からなら、何倍も喜びが増すよ。


「エルネア君、竜人族の皆さんに認めてもらえるなんて、凄いですよ」


 ルイセイネは目を輝かせて喜んでくれた。


 でも、と思う。僕も認められていると思うけど、ルイセイネはそれ以上に竜人族の人たちから褒められているんだよね。

 ルイセイネは、炊事洗濯、家事全般を竜人族の女性に混じってそつなくこなす。作法は礼儀正しく、空いた時間はよく子供たちの面倒も見ていた。

 そして竜人族の村にいれば、彼らと武芸の手合わせをすることもある。

 戦巫女いくさみこのルイセイネだ。人族の戦巫女の実力はいかほどか、と興味を示す竜人族の戦士は多い。

 そして戦ってみて。誰もが驚愕する。

 ルイセイネは、速さがあるわけでも力があるわけでもない。ルイセイネよりも強い戦士は沢山いる。

 でも誰もが、ルイセイネと戦うと苦戦を強いられた。


 僕たちは知っている。

 竜眼だね。

 ルイセイネは竜人族の人たちに気取られないように巧みに竜眼を駆使し、善戦していた。


 竜眼のことは、まだ部族長のコーアさんにも話ていないみたい。


「戦巫女って、戦い辛いわ」

「ああ、何気に俺たちの動きを先読みしてきやがる。これが法術というやつなのか」


 戦士の人たちは口を揃えて、ルイセイネをそう評価していた。


 ちなみに僕は。


「貴方は、まだ戦士たちと戦うのは禁止」


 とミストラルからお達しを受け、手合わせ出来ていなかった。


 なんで僕は禁止なのさ。と不満を口にしたら。


「今の時期に嫉妬を受けるのは得策ではなかろう」


 とスレイグスタ老に言われたよ。

 なんで僕が戦うと嫉妬を受けることになるんだろう。竜剣舞の使い手だから?







 忙しくも充実した春先が、竜峰を流れる雲のようにあっという間に流れ過ぎていった。


 村に馴染んできた僕は、少しづつ村の仕事を渡されるようになってきていた。

 とは言っても、森で果実を取ってこいだとか、猪を狩ってこいという簡単なものばかりだったけど。


 そして、ラーザ様の消息は、未だにわかっていなかった。


「さらに不気味なのは、オルタの動向だな」


 謎の竜騎士は復活したオルタだと、既に竜人族内では確定事項のように扱われている。だけどそのオルタが、暴君と接敵してからというもの鳴りを潜めていて、不気味なんだとか。


「あのオルタであれば、暴君の火炎の息吹でも死んではいまい」


 ラーザ様がどこかで生きていて封印がまだ有効であり、オルタは本格的には動けないのでは。というのがみんなの見解だった。


 そしてもうひとつ。春の二回目の隊商に出向いた人たちが、不思議な話を持ち帰ってきた。


「いやあ、しつこかった」


 そう漏らしたのは、王都にぎょくを売りに行った男性だ。


 なんでも、王都で竜峰産の玉を売っていた時にヨルテニトス王国の騎士が現れて、自分たちを竜峰へ連れて行ってほしいと言ってきたらしい。


「我らは人を探している。ヨルテニトス、アームアード全ての土地を隈なく探したが見つからない。残るは竜峰のみなのだ」


 そう言って、竜人族の隊商に竜峰への道案内を頼んだらしい。

 だけど、はいそうですか、とは簡単に言えないよね。竜峰を旅して、実際に苦労した僕はよくわかる。

 隊商の人たちは、もちろん断った。でも執拗に迫られて大変だったそうだ。


「誰を探しているのかしら?」

「もしかして僕?」

「それはないと思いますよ。エルネア君だったら、ついこの間までは王都で生活していましたし」

「そうだよねえ」


 と苔の広場で話していて、僕はある事をひとつ思い出す。


 去年。


 遺跡で魔剣使いを倒した後に、僕は事情聴取で王城に呼ばれたんだよね。

 その王城に向かう途中の馬車で、リステアが言っていた。

 ヨルテニトス王国の騎士が、極秘任務でアームアード王国内で活動していると。もしかして、人探しをしていたのかな?

 でも、一年近くも探すような人物なんて、よほど問題のある人なんだろうか。


「竜峰には、王都の西から入るのでしょう?」

「うん、そうだよ、ミストラル。だけど、王様の許可証がないと、西の砦を通してもらえないみたいだよ」

「それでしたら、そこで見つかるのではないでしょうか」

「ルイセイネの言う通りね。それに、もしも竜の森から入ろうとすれば、翁に見つかると思うわ」

「じゃあ、竜峰には目的の人は居ないよね?」

「居たとしても、竜人族にすぐ見つかると思うし、人族だと生きていけないわね」

「だよね」

「ですよね」


 と話した数日後。


 僕はコーアさんに頼まれて、竜峰で獣を狩る仕事を言い渡された。

 竜人族の若者は、こうやって少しづつ村での仕事を請け負い、外に出て行く訓練をするらしい。

 僕以外にも何人かが仕事を言い渡され、よし勝負だ、ということになる。

 誰が、より凶暴で大きな獲物を狩ってくるか。竜峰に別々に入り、勝負することになったよ。


 でも、無謀な挑戦だけはしない。それは、竜人族は生まれた時から身に染みているし、僕も十分に理解している。

 無理をしない程度で、と約束しあって、僕たちは竜峰に入った。


 さあ、何を狩ろうか。東に向かえば、険しい岩山を抜けた先には緑が広がり、大小色んな動物を狩ることができる。

 南と西は険しい山脈になり、獣の気配は格段に少なくなるけど、魔獣が出没する。

 そして、北は雲より低い山岳が連なるけど、竜の巣が多くて危険だった。


「うん、北に向かおう」


 僕は決める。


 慢心しているわけじゃないし、竜族を狩ろうとしているわけでもない。

 でも北に向かう。


 狩りは修行のひとつなんだ。他の竜人族の若者と勝負をしてはいるけど、それは実は二の次だと思っている。

 本命は、竜峰を歩く訓練だよね。


 東側は、食糧になる猪狩りなんかによく行く。言ってみれば、行き慣れた場所になりつつあるところなんだよね。

 そして西と南は他の人が入っていった。

 それなら僕は、北へと向かおう。

 事前に、竜の巣の場所は教えてもらっている。後は竜気を張ったり気配を消しながら、山岳地帯を移動しつつ獲物を探すことにしたんだ。


「鶏さんに会いに行くの?」

「違うよ。それに鶏じゃなくて、鶏竜にわとりりゅうだよ」

「うそだ。プリシアは騙されないの。プリシアも一緒に会いに行く」

「いやいや、村の外は危険なんだよ」

「お兄ちゃんだけずるい。プリシアもお芋が食べたいの!」


 どうも、僕の旅の話でプリシアちゃんが覚えているのは、鶏竜とお芋らしい。僕が村から出ようとすると、いつも言い寄ってくる。

 今回も、抱きついてきて離れないプリシアちゃんをミストラルとルイセイネに預け、僕は出発した。


 芋が特産の竜人族の村は、ずっと南らしいんだよね。

 いつかニーミアに乗って、鶏竜の巣の見学と芋を食べに行かなきゃいけないような気がするよ。


 そうそう。僕のせいで落ちた吊橋は、夏場に造り直すとコーアさんが言っていた。

 幾つかの村から人手が出て作業するらしいので、僕も参加をお願いしていた。

 責任を感じていたから、少しでも役に立ちたいよね。


 ミストラルの村を出発した後は竜気を張り巡らし、僕は北の山岳地帯に入っていく。


 今回の狩りは午前中には戻ってこられない。もしかすると村の外で何日か過ごすかもしれないので、非常食と水は準備して出てきた。


 そして山を二つ越え、竜の巣を回避して進むこと半日。なかなか獲物を見つけられない僕は、見晴らしの良い広い岩場に辿り着いた。


 雲がとても近い高さを過ぎていく。

 岩ばかりの山岳地帯だと思ったけど、見下ろす峰々には、所々に緑があった。


 遠くに飛竜が飛ぶ姿が見えるけど、こちらに来る気配はない。


 獲物になりそうな獣は居ないかな。

 僕は瞳に竜気を送り、眺めの良い景色を見渡す。


 僕は、結構視力は良い方だとは思うんだけど、竜気を送れば遠くをもっと繊細に観ることが出来た。


 目を凝らして眼下を見下ろしていて。


 僕は、獣ではない、ありえないものを見つけてしまった!


 僕は慌てて、空間跳躍を駆使して山岳を駆け下りる。

 そして、僕が行き着いた先の岩場の陰に。


 ひとりの見窄みすぼらしい姿をした少女が倒れていた。

 痩せ細り、髪は泥色に汚れていて見るからに汚い。

 一瞬、死んでしまっているのかな、と思ったけど、骨だけのような細い指先に微かな動きがあったので、僕は慌てて声をかけた。


「君、大丈夫?」

「お、お水を……」


 か細い声で、それでも僕を見て水を要求する少女に、水筒から水を汲んで飲ませてあげる。


 竜人族の少女だろうか。こんなところで行き倒れるなんて、村から出る練習をしていて迷子になってしまったのかな。


 抱きかかえ上げて、欲しいだけ水を飲ませてあげる。するとぐうう、と少女のお腹が鳴ったので、持ってきた保存食もあげた。

 少女は僕から受け取った干し肉を水でふやかし、むさぼるように食べる。


 少女は、髪だけじゃなくて全身が汚れていて、着ている服も継ぎぎだらけの襤褸ぼろ。手足は枝のように細く、痩せこけた顔に大きな瞳が不釣り合いだった。

 でも何故か、お胸様だけはたわわです。


「ど、どうかわたくしを、竜族の巣か竜人族の村へ……」


 行き倒れていたなら竜人族の村に、というのはわかるんだけど、何で竜族の巣なのかな?

 疑問に思いつつも、僕は少女を助けた。

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