飛竜騎士団

「ただいま」


 いつものように台所裏の勝手口から家に入ると、母さんが呆れ顔で出迎えてくれた。


「あんた、病み上がりなのにどこへ行っていたのよ」


 はああ、とため息を吐く母さん。


 それもそのはず。僕がスレイグスタ老に送り届けてもらったのは、既に夕刻だったんだよね。

 今日も色々とあって、時間が経つのを忘れていたよ。


 国のお偉いさんの事情聴取? 何それ美味しいの。僕の寝込んでいた時のことだし、母さんに突っ込まれるまでは知らないふりをしておこう。


 僕はその後、三日ぶりにお風呂に入ったんだ。ええっと、僕って臭くなかったかな。ミストラルに沢山に抱きしめてもらったけど、今になって血の気が引いてきたよ。臭い男って思われていたらどうしよう。


 意気消沈してお風呂から上がり、夕食を摂る。今日も父さんは遅くまで仕事で、母さんと二人だけのいつもの夕食だった。

 ここ数日、僕が森から果物を取ってきていなかったから、昔の食卓風景に戻っていたよ。

 また果実をもらってこよう。


 食後、母さんと遺跡のことを少し話したけど、母さんの口からは事情聴取のことは出てこなかった。病み上がりの僕に気を使ってくれてたみたい。母さんは優しい。

 思うんだけど、僕の周りの親しい女の人って、みんな優しいんだよね。

 学校には気の強い男勝りの女の子もいるけど、やっぱり優しい女の人の方が好きだな。


 そうこうしているうちに就寝時間となり、遅くに帰宅した父さんにおやすみの挨拶をして、僕は眠りについた。






 翌朝。


 僕はいつものように学校に向かう途中で、珍しいものを見た。


 隣国ヨルテニトス王国の竜騎士団の、飛竜編隊だよ。

 空を見上げている通りの人につられて見上げると、東の方角に十体くらいの飛竜が旋回して飛んでいたんだ。

 北の飛竜の狩場から来る飛竜は脅威だけど、東からの飛竜はヨルテニトス王国の竜騎士団なんだよね。

 飛竜の編隊から一体が降下してきて、東の空をぐるぐると旋回する。

 それは飛竜に乗った竜騎士がアームアード王国の王都上空を飛行通過するための合図なんだ。

 きっと今頃、王城の見晴らしの良い場所で合図の旗を振っている人がいるに違いない。


 旋回飛行して程なく、降下していた飛竜は再度上空の編隊へと合流して、王城の方へと飛んで行った。


 かっこいいなあ。


 男の子なら、誰でも一度は憧れるんじゃないかな。飛竜に乗った竜騎士に。


 興奮冷めやらぬ感じで学校に行くと、僕と同じように飛竜に乗った竜騎士団を見た同級生徒たちが話題にしていた。


 僕もその会話の輪に入って話していると、出欠確認の時間になる。


 あれれ、リステアとセリース様が登校してきてないな。

 スラットンや他のお嫁さんのキーリたちは来てるんだけど。

 気になるから、座学の後の休憩時間にでも聞いてみよう。


 そう思っていたら、休憩時間は逆に僕が質問攻めにあってしまった。


「おまえ、ルイセイネを助けたって本当か」

「魔剣使いを倒したんだろ」

「どうせ冒険者に助けられたんだろ」

「昨日まで寝込んでいたみたいだけど、大丈夫?」


 質問の雨あられ。

 そういえば、遺跡調査の後の初めての登校だったよ。

 朝は竜騎士団の話題で持ちきりだったけど、今度は僕の番らしい。


 武芸の時間にいつも瞑想をしている阿呆の子だった僕が、みんなが逃げ惑う中を抜け出し、魔剣使いとやりあってルイセイネを救出したことが大きな話題になっていたらしい。


 本当のこととか詳しいことなんて言えないから、みんなの質問攻めに必死で逃げちゃった。

 僕は阿呆の子でいいから、そっとしておいて下さい。とほほ。


 次の武芸の時間は、どうせ瞑想で準備をする必要なんてない僕は、ひとり校内を逃げ回った。

 そうしたら途中で、神殿に帰るキーリとイネアに遭遇した。ルイセイネはまだ今日もお休みなんだね。


 僕がキーリを呼び止めると、二人は丁寧なお辞儀をしてくれた。巫女様っていつも礼儀正しいなあ。


「ルイセイネは大丈夫なの?」

「はい、おかげさまで。今日まで大事をとってお休みなんですよ」


 キーリが丁寧な口調で教えてくれる。

 キーリとルイセイネは口調が似ているね、と思ったら幼馴染なんだって。イネアは神殿に入って仲良くなったんだとか。


「それは良かった。昨日は起きたばっかりでお見舞いしちゃって、ごめんね」

「いいよー。エルネアのお見舞いの後、ルイセイネは随分と機嫌よかったしねー」

「二人でどんな会話をしたんですか」


 キーリとイネアが変に勘ぐり詰め寄るのを、慌てて僕は否定する。


「お、お見舞いしただけだよ。本当だよ」

「焦るところが怪しいー」

「怪しいですね」


 ううう。僕が窮地に立たされていると、学校の入り口の方からリステアが遅れて登校してきた。


「旦那さん助けて。貴方のお嫁さんたちが僕を苛めるの」

「は?」


 僕は現れたリステアの背中に隠れる。

 ううん、聖職者の巫女様に追い詰められる僕って、まるっきり悪者じゃないか。

 とにかく助けて、勇者様。


「うーん、事情はわからないけど、とりあえず俺はエルネアに用事があるんだ」


 そう言ってキーリとイネアを宥めるリステア。

 キーリたちも半分冗談だったから、仕方ないですねぇとか次回はないよーと言って僕への追求を諦めてくれた。


「そ、それで僕に用ってなに?」


 リステアが遅刻してきたことと関係があるのかな。


「うん、それがさ」


 リステアは言葉を少し濁して、とりあえず付いて来いと僕たちを促した。


 言われるがままリステアについていく僕とキーリとイネア。

 すると、学校の入り口には大きな馬車が停まっていた。

 馬車には、二体の向き合った竜の尾が頭上で交差し、一本の剣に絡みついている紋章があった。王家の馬車だ。


 馬車の側には、スラットンとクリーシオとネイミーが既にいた。


「陛下が御招びだ。キーリとイネアもと仰っていたけど、神殿に帰らなきゃだろう。急には王城に行けないよな」


 リステアの言葉に、残念そうに頷くキーリとイネア。キーリたちはリステアのお嫁さん候補である以前に、今はまだ聖職者として神殿での聖務が優先される。正式に結婚しちゃえば、リステア中心の生活になるんだろうけどね。


「ええっと。王様がなんで僕なんかに用事があるのかな?」


 身に覚えがないよ。

 あ、もしかして竜の森でのことが見つかっちゃったのかな。どうしよう。


 しかし僕の不安をよそに、リステアは僕に馬車に乗るように促してくる。


「説明は中で。キーリ、イネア、ごめんな。今度埋め合わせはするよ」

「ふふふ、お気遣いなく」

「セリースによろしくねー」


 リステアは僕を馬車の中に押し込み、キーリとイネアに簡単なお別れの挨拶をして、自分も馬車に乗り込んできた。続いてスラットンとクリーシオ。そしてネイミー。


 僕は馬車の奥に押しやられ、逃げ道を塞がれてしまった。


 嫌な予感しかしないんですが。


 馬車の中は、見たこともないくらい豪華だった。前後左右、乗り降りする場所以外の壁面は座る場所になっている。座席に囲まれた中央には、大きな平机。どれも高級そうな艶の良い木材で加工され、繊細な彫刻が施されている。机の上には、これまた高そうな飲み物と美味しそうなお菓子が置かれていた。


 僕は馬車の後方の席に座らされる。馬車の揺れを全て吸収しそうなふかふかの座布団に、仕方なく腰を下ろす。


 壁も豪華だし、側面の小窓なんて縁が金細工だよ。馬車の前方には風景画さえ飾ってあった。


 それと、横列に席が何列か並んだ大人数用の馬車は知っていたけど、中心の机を囲むようにして席がある馬車は初めて見たよ。

 きっと、お偉いさんが移動中にも会議ができるようにって造られているんだろうね。


「それで、なんでこの面子に僕が混じっているのかな」


 馬車が動き出し、みんなが思い思いの席に着いてから、僕は質問した。


 ちなみに、僕の右にはスラットンとクリーシオ。左にリステアとネイミーが座っている。

 おい。なんでこんなに広い馬車の中で、あえて僕の横に座って窮屈そうにしてるんだよ。

 しかも男に挟まれるのなんていやだよ。せめてクリーシオかネイミーを隣に貸してください。


 僕が両隣りの二人を押しのけようとしたら、頑なに抵抗されてさらに引っ付いてきた。


「わざとなんだね。嫌がらせなんだね」


 しくしく。


 泣き真似をする僕に爆笑する四人。ひどいよ、いじめだよ。


「悪かった、悪かった」


 笑いながら謝罪して、四人はやっと僕から離れてくれる。

 といっても、スラットンとクリーシオが僕の右手側の壁面の席へ。ネイミーが対面。ゆとりの出来た後部座席に、僕と左隣に座るリステア、という配置に変わっただけなんだけどね。


 クリーシオが机の上の飲み物を配ってくれる。


 馬車での移動は快適だった。よく、揺れがひどくて、なんて話を聞くけど、さすがは王家の馬車だ。ふかふかの座布団も合わさって乗り心地は最高だった。

 初めての馬車移動が王家の馬車だなんて、僕はついているね。


「ふふ。エルネアの機嫌も良くなったことだし、要件を伝えておこうか」


 リステアは飲み物に口を付けてから、切り出した。

 あ、もしかして。僕が王家の馬車に緊張してるんじゃないかと思って、気を利かせてくれていたのかな。

 申し訳ない。

 でもじつは、古代種の竜であるスレイグスタ老や竜姫のミストラル、それに神秘的な霊樹と、ここ最近は計り知れないものによく触れ合ってきたせいで、僕はちょっとしたことでは動じなくなってきているんだよ。

 でも、こんな僕に気を使ってくれるなんて嬉しいね。


「エルネアは、遺跡では大活躍だったな」


 リステアのこの言葉で、僕はある程度状況を把握する。

 寝込んでいて国のお偉いさんの事情聴取をすっぽかした件と、今朝方、王都の上空に飛来した飛竜の竜騎士団。

 関係ないわけがないよね。

 だって、五人の魔剣使いのうち黒甲冑を着ていなかった四人の甲冑には、ヨルテニトス王国の紋章があったんだもんね。


 きっと、何か知っていることがないか、僕がひとりでルイセイネを助けに行った時の状況なんかを聴かれるのかな。

 でも王様が直々にって、余程大事なんだろうな。


「エルネアも気づいていると思うけど、遺跡に現れた魔剣使いのうち四人はヨルテニトス王国の騎士だ」


 リステアの話しを頷きながら聞く僕。


「黒甲冑の男は未だに身元不明だが、騎士の方は身元も判明している。詳細は俺の口からは言えないけど、この四人はある任務でアームアード王国内で活動していたんだ」

「もしかして、悪いことを企んでいたとか」

「ははは、エルネアは物騒だな。隣国の騎士の証である鎧を着て、堂々と悪い事はしないさ。内容は極秘だけど、ちゃんとアームアード王国の許可を得た行動だよ」

「ふううん。許可を得た極秘行動か」


 なんか変なの。許可が出てるってことは相談してるんだろうけど、それなのに極秘だなんて。

 あ、もしかして偉い人たちは把握してるけど、僕たちのような一般人には極秘、ということかな。

 そう思うと納得できたよ。


「ヨルテニトス王国の騎士が何故かアームアード王国で魔剣使いになった。この事は両国の間で問題になっている」

「もしかして、これが原因で戦争になっちゃうの?」


 そうなると大変だ。


「あはは、本当にエルネアは物騒だな」


 スラットンとネイミーが笑う。ううう、なんで笑うのさ。


「両国は今も昔も、これからも友好国だよ。それは不動だ」


 それなら良かった。もともとこの二国は双子の兄弟がそれぞれに建国した国だからね。子々孫々と友好的に栄えてきたんだよ。それが戦争とか物騒なことにならなくてよかった。


「魔剣は魔族の物。それに黒甲冑の男も、もしかすると魔族だったかもしれない。それと、春先のことを覚えているか」


 リステアの言葉に頷く僕。

 初めての遺跡調査訓練の時に、魔族が出たんだよね。


「もしかすると、魔族が国内に入り込んで暗躍しているのかもしれない」


 リステアの言葉に、僕は恐怖するのだった。

 魔族が竜峰を越えて侵入しているのなら、大変なことになるよ。


「それで、魔剣使いと対峙したエルネアにも、直接話を聴きたいらしい。それに黒甲冑の男の事はエルネアしか知らないしな。ああ、それと。自国の王国騎士を倒したというエルネアに、竜騎士の方も興味を示されているよ」


 ううん、なにか大変なことに巻き込まれた気がするよ。勇者と近しくなるとこうなっちゃうのかな。

 黒甲冑の男の事になると、ミストラルのことも絡んできちゃう。

 悩む僕を乗せて、王家の馬車は順調に王城へと向かった。


 に、逃げ出したい。

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