苦労の報酬

 労働のあとの甘い物は、身体に優しく染み渡ります。

 ということで、死霊都市しりょうとしに着くまでの間に、僕たちはリリィの背中の上で寛ぎながら紫色のお芋を頬張っていた。


 あっ。

 頑張ってくれているリリィには、あとでいっぱいご馳走すると約束しているから、仲間はずれじゃないよ。


「それは楽しみですねー」

「にゃあ」


 僕はライラに背中を預けた状態で、これまでのことをみんなに話した。

 アーダさんのことやテルルちゃんのことを根掘り葉掘り聞かれたけど、僕は包み隠さず全てを語る。

 やましいことなんて、なにもないからね。

 みんなは、アレスちゃんを通して大まかな出来事は把握していたけど、なによりも僕から話を聞くのが嬉しかったみたい。

 僕も、これまでの出来事をみんなに言えて楽しかった。


 再会直後は色々と身の危険を感じていたけど、どうやら山場は乗り越えたらしい。

 ライラの張りのあるお胸様に後頭部をずっと埋めていたけど、お叱りはありませんでした。


 そして、僕とルイララが何日もかけて踏破とうはした魔都から死霊都市の間を軽く飛行したリリィは、日暮れ前に目的地の上空に到達した。

 魔都とは違い、荒廃のない街並みが夕方の日差しで輝いている。

 そして、魔都の外門付近には流れ着いた難民の集まりがいくつか見えた。

 あれは、死霊都市が難民を受け入れている、と噂を耳にした人たちだろうね。


「見えましたよー。エルネア君の支配する都市ですよー」

「ええい、なにを言うんだい。僕は決して支配なんてしていません!」

「そうは言うけどさ」


 リリィの台詞せりふを全力で否定していると、ルイララが口を挟む。


「エルネア君は気づいているのかな?」

「なにをだい?」

「魔都で自分が口にした言葉だよ」

「ん? 僕ってなにか変なことを言ったかな?」


 身に覚えがありません。

 昼間の出来事を思い出してみる。

 ギルラードと戦い、テルルちゃんを召喚して、阿鼻叫喚あびきょうかんの世界になったあのときからまだ半日も経っていないだなんて、信じられないね。

 みんなと再会したり、こうして心から寛げる環境に気が緩みすぎて、昼間の騒動はもうずっと過去のことのように思えちゃう。

 でも、その遠い過去に感じる昼間の騒動で、僕はなにを言ったんだろう?


 こほん、とルイララがせきをして。

 僕の口真似で再現してくれた。


「さあ、絶望を知れ。これが魔王に君臨する俺様の力だ! 誰に手を出したか、その身で思い知るがいい! と叫んでいたね。つまり、エルネア君はとうとう魔王の自覚を持ったわけだね」

「えええぇぇーっ! 僕はそんなこと、絶対に言ってないよ!」

「いいや、言ったね」

「言ってましたねー」

「ぐぬぬ、リリィまで」


 というか、リリィよ。君はいつから僕の影に潜んでいたんですか。


 ミストラルたちが、僕を白い目で見ていた。

 ああっ。僕を信じていない目だ。


「絶対に言ってないよ。僕は断じて魔王になんてなりません!」

「本当かしら?」

「本当だよ。信じて、ミストラル」

「本当ですか?」

「ほ、本当だよ……。ルイセイネは僕が嘘を言っていると思う?」

「エルネア君、正直に言った方がいいわ」

「エルネア君、嘘は駄目だわ」

「本当なんだよ……。でも、ちょっとだけ言ったかも……? でもね、誤解だよ。発した言葉と受け取った言葉に齟齬そごがあるだけだよ」

「エルネア様、わたくしだけは魔王になられてもついていきますわ」

「ライラさん?」

「ひぃっ。ごめんなさい、ルイセイネ様!」


 ルイララの言葉には、脚色きゃくしょくが含まれている。

 僕は間違っても自分を魔王だなんて言いません。

 でも、誤解を与えるようなことは口にしたかも?

 一生懸命に当時の記憶を呼び起こし、みんなに説明した。

 みんなも本当の僕を知っているから、最初から半信半疑で聞いていたようで、すぐに納得してくれた。


 それにしても、やはりルイララは魔族だ。油断ならないね。

 僕の言質げんちを取って、実質的な魔王に仕立て上げようと企んだに違いない。

 みんながルイララの言葉よりも僕を信じたので、つまらない、とルイララはしらけてしまった。


「と、とにかく。そろそろ下に降りようよ。地上では都市の人たちが、いつ降りてくるのかと待っているよ」


 リリィの背中から死霊都市の広場を見下ろすと、出て行った頃の数十倍に膨れ上がった住民たちが集まって、空を見上げていた。

 都市の外にも大勢の人たちが居たけど、内側でも住民が増えていた。


「死霊都市に、こんなに人が……」

「エルネア様、死霊ではないのですわよね?」

「さっきも話した通り、ここには避難民を収容してもらっているんだよ」


 死霊だったら怖い、と怯えるライラに説明している間に、リリィはゆっくりと降下して、広場に着地した。

 住民の魔族や奴隷の人たちは、漆黒の巨竜のリリィに怯えて逃げていった。

 集まっていたのに逃げ去るなんて……


 残ったのは、リリィのことを知っている黒翼の魔族の人たちと、頑張って恐怖に耐えた領主代行のメドゥリアさんと、家臣の人たちだけだ。


「こんにちは。お久しぶりです」


 まずは僕が先陣を切って挨拶をしなきゃね、と笑顔でメドゥリアさんに駆け寄る。

 でも、メドゥリアさんは緊張のあまり表情を固まらせていて、僕を見ても笑みさえ浮かべない。

 ちょっと、緊張しすぎじゃない?

 どことなく、黒翼の魔族の人たちも緊張気味だ。

 変だな。彼らとは、僕以外のみんなも去年の夏に仲良くなったはずだから、今更に緊張はしないよね。それに、もともと巨人の魔王の精鋭部隊で、黒竜のリリィのことは知っているはずなんだけど。


 リリィの背中から降りてきたみんなも、メドゥリアさんや黒翼の魔族の人たちの緊張した気配に違和感を覚えている様子だ。


「お、おかえりなさいませ。エルネア様が無事にお帰りになるのをお待ちしておりました。こ、ここではなんですし。お屋敷の方へ……」


 緊張でぎこちない動きを見せるメドゥリアさん。それでも僕たちを、住まいにしているお屋敷に案内してくれた。


 リリィは僕たちを下ろすと、影に溶け込むようにして消えた。

 リリィへのねぎらいはあとで。まずは、メドゥリアさんとお屋敷に行こう。

 一抹いちまつの不安を抱えながら、僕はメドゥリアさんの先導で歩き始める。みんなも、僕にならって後をついてきた。


 メドゥリアさんが使用しているお屋敷は、都市の中心部付近にある。

 本当の中心には死霊城しりょうじょうがあったんだけど、僕が根こそぎ消し飛ばしちゃったからね。

 落ち着いたら、死霊城の敷地跡に領主のお屋敷を建てるのもいいね。メドゥリアさんには、そこで頑張ってもらいたい。


 お屋敷に戻る途中。

 黒竜のリリィに怯えて散り散りに逃げていった住民たちが、建物の陰や道の遠くから僕たちを見ていた。

 見知った顔がいくつもある。


 僕とルイララは、隠密に魔都を目指す途中で、いくつかの街や村に立ち寄った。

 どこも盗賊や奴隷狩り、または権力争いに巻き込まれて荒廃し、奴隷の人たちだけではなく魔族たちも困窮こんきゅうしていた。

 そこで、僕はこの死霊都市のことを教えたんだ。


 ただし、闇雲に避難民を受け入れていては、管理するメドゥリアさんや都市の防衛を担う黒翼の魔族の人たちに負担がかかりすぎると思って、避難民の人たちに目印になるものを渡していた。

 千手の蜘蛛の糸を指くらいの長さに切り、難民の代表者に渡した。

 本当に困っている人たち。奴隷の人たちにも優しく接すると約束してくれた魔族に糸を渡して、その糸の所有で、僕が認めた人たちの目印にした。

 たとえ指くらいの長さの糸であっても、魔王さえも収集できないような千手の蜘蛛の糸だからね。死霊都市への入場許可には申し分ない。


 ちなみに、黒翼の魔族の人たちやメドゥリアさんには、事前に受け入れ態勢を相談していた。その甲斐もあってか、こうして住民が増えたわけだね。

 空から見たときに、死霊都市の外壁の外にも難民がいたけど、あれは代表者が僕から糸を受け取っていない難民たちだ。

 僕が見極めていない以上、間者かんじゃや悪い人たちが含まれている可能性がある。だから、そういった人たちへの判断は、黒翼の魔族の人たちにお願いしていた。

 負担が大変だったと思うから、彼らも労わなきゃね。


 お屋敷へと移動しながら、集まる住民へと挨拶を送る。

 メドゥリアさんや黒翼の魔族の人たち以外の住民は、変な緊張はしていないみたいだね。

 リリィが見えなくなったことで少しだけ安心したのか、なかには僕のところまで来てお礼を言う人もいた。


 アームアード王国の王都を出てからこれまで、とても大変な思いをしてきたけど、こうして心から感謝してくれる人たちを見ると、嬉しくなっちゃうね。


 という僕のささやかな喜びは、すぐさま地獄の底へと落ちていった。






「待ちわびたぞ。ようやっと、魔王の自覚を持ったか。それ、魂霊こんれいもらってきてやった。有り難く受け取れ」

「いいいぃぃぃぃぃぃぃやあああぁぁぁぁぁっっっっっ!!」


 お屋敷で待ち構えていたのは、巨人の魔王だった!

 どうりで、黒翼の魔族の人たちが緊張しているわけだ!

 メドゥリアさんが緊張のあまり笑顔を浮かべられないはずだ!

 住民は魔王の来訪に気づいていないから、緊張していなかったんですね!


 迷惑にも魔剣を押し付けてくる魔王を拒絶し、僕は全力で逃げる。

 空間跳躍でこの場から消え去ろうとして。


「ふふ、ふふふふ。お逃がしいたしませんよ?」

「いやんっ」


 巨人の魔王の腹心、シャルロットの放ったむちに絡め取られて、僕は絨毯じゅうたんの上に転がってしまう。


 ミストラル、助けて! と顔を上げたら、全員があきれたように僕を見下ろしていた。

 どうやら、助けてはくれないようです。


「そうそう、エルネア君。魔王城での忘れ物を回収しておきましたよー」


 みんなに見放されて悲しむ僕の影から、陽気なリリィの声が届く。

 身体に巻き付いた鞭から必死に脱出しようとしながら、忘れ物なんてしたっけ、と考える。

 そんな僕の前に、影からぬるりと予想外の物が出てきた。


「ほほう、もう玉座を準備していたか。趣味は悪いが、心意気は褒めてやろう」

「違うよっ。これは僕の玉座じゃないよっ」


 リリィが回収した僕の忘れ物。

 それは、黄金色に輝くど派手な玉座だった。


 シャルロットが鞭を操る。

 僕は抵抗できずに宙を舞い、玉座に座らされてしまう。そして、その上からまた鞭でぐるぐる巻きにされた。


「さあ、観念するがいい」

「いやいやんっ!」


 巨人の魔王が魔剣を押し付けてくる。

 僕は必死の抵抗をみせるけど、逃げ出せない。


 金髪横巻きシャルロット、恐るべし!

 鞭で縛られた僕は、空間跳躍が使えなくなっていた。


 にやにやと悪魔の笑みを浮かべて、自由を奪われた僕の膝の上に魔剣を乗せようとする魔王。

 僕は、ふんがふんがっと抵抗するけど、身体の自由を取り戻せない。


 僕の絶体絶命の危機に、ミストラルたちはなにをしているの!?

 唯一動かせる首から上を巡らせると、みんなは笑っていた。


 そうですか。

 余興よきょうですか……


 ルイララもお腹を抱えて笑い、シャルロットもくすくすと細い目をさらに細めて、僕と魔王の攻防を見ている。

 黒翼の魔族の人たちは、ひざまずいて笑いを必死にこらえていた。

 メドゥリアさんと家臣の人たちだけは、平伏して固まったまま、困惑していた。


「さあ、受け取れ。拒否すれば殺す」

「だんこきょひーっ!!」


 僕の叫びは、死霊都市に響き渡った。

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