予想通り?

「……ということがあってね」

「待って、エルネア君。前日の夜のことが抜けているわ」

「待って、エルネア君。前日の夜のことを語っていないわ」

「き、気のせいだよ?」

「「嘘だわっ」」

「きゃーっ」


 ヨルテニトス王国の王都。王宮の一室にて。

 僕は、ユフィーリアとニーナに襲われていた!


「くっ。離すんだ、二人とも。こんな状況をミストラルや他のみんなに見られたら、また大騒ぎになっちゃうよっ」

「もう、大騒ぎだわ」

「もう、大騒動だわ」

「だよね!」


 僕たちが大騒動?

 違います。

 僕たちがいない間に起きた、大騒動です。

 もちろん、元凶はユフィーリアとニーナで、僕は巻き込まれて、こうして監禁されているんだからね!


「かんきんかんきん」

「共犯者が現れた!」


 きっと、部屋の外は今でも大変なことになっているに違いない。それでも僕や双子王女様がこうして部屋にこもっていられるのは、アレスちゃんが結界を張っているからだね。

 そして、アレスちゃんに結界を依頼したのは、ユフィーリアとニーナです。

 そのユフィーリアとニーナは、僕の報告を聞くまでは大人しくしていたけど、我慢できなくなったのか襲いかかってきた。


「ユフィ、ニーナ、落ち着くんだ。このままでは……」


 僕が全てを言い終わる前に、事態は急変した。


 ばんっ、と結界で閉ざされていた部屋が爆音と共に吹き飛ぶ。

 そして、部屋へ侵入してきた者の姿に、僕たちはそろって悲鳴をあげた。


「きゃーっ。ミストが人竜化じんりゅうかしているわ!」

「きゃーっ。ミストが本気になっているわ!」

「きゃーっ。ミストラルが怒っているよ!」

「げきどげきど」

「……あなた達」


 ぎらり、と光る瞳で僕たちを睨むミストラル。

 その瞬間、僕は覚悟しました。

 ああ、終わりだと。






 全ての始まりは、僕たちが王都へ到着した時までさかのぼる。

 いや、本当はもっと前からなんだけど、あくまでも僕たちが巻き込まれたのは、到着した時からだ。


「んにゃん」

「どうしたの、ニーミア?」


 東の楽園からヨルテニトス王国の王都へ直行した僕たちだったけど、手前でニーミアが警戒に鳴いた。何かな、と王都の様子を見つめた僕たちに、その風景は飛び込んできた。

 空には飛竜や翼竜が飛び回り、地上では地竜たちが走り回る、混沌とした状況。


「いったい、何が起きたのかな!?」

「エルネア、注意をしてちょうだい。こちらの平地には翼竜は住んでいないはずよ」

「それどころか、飛竜だって滅多に住み着いていないはずだよ?」

「もしかして、北部山岳地帯にネレイラーシャ様がいたので、竜族のみなさんが逃げてきたのでしょうか?」

「いやいや、それはないと思うよ、ルイセイネ? それに、逃げてきたとしても人族の王都に大集結するなんてあり得ないと思うんだ」


 僕たちの見つめる先では、竜族たちが我が物顔で暴れまわっていた。

 飛竜が低空で飛び、王都に立ち並ぶ家々の屋根をかすめる。翼竜は高度こそ高く取っているけど、十体近くがたわむれ合うように飛んでいる。地上では、地竜たちが競うように都中を走り回っていた。


「……嫌な予感がするよ?」


 気のせいかな?

 ミストラルが言ったように、この地に住み着いていないはずの翼竜の姿に違和感を強く覚える。というか、黄金色に輝く鱗には見覚えがあるよ。

 あれってどう見ても、竜峰の奥地に住むユグラ様の血族の翼竜だよね?

 それが、なぜヨルテニトス王国の王都の上空を飛んでいるのか……


「わたくしも、嫌な予感で頭が痛くなってきました」


 ルイセイネも頭を抱えている。

 他にも、セフィーナさんはがっくりと肩を落とし、マドリーヌ様は大きくため息を吐いていた。


「よし。何も見なかったことにして、このままおうちへ帰ろう!」

「にゃん?」


 不倶戴天ふぐたいてんの決意を胸に、ニーミアへ指示を出す僕。

 だけど、ミストラルが苦笑しながら阻止してきた。


「エルネア。家長として事態の収集に努めなさい」

「そ、そんなぁ……」


 僕は、ニーミアの背中の上で、がっくりとひざをついて絶望する。

 だってさ。この騒動は、ユフィーリアとニーナの仕業の可能性が極めて高いよね?






「ユフィ、ニーナ、お座り!」

「エルネア君が到着早々に怒っているわ」

「エルネア君が到着早々に襲ってきたわ」

「いやいや、怒っていないし、襲ってもいないからね? だから、素直にこの状況を僕に報告してね。じゃないと、ミストラルのお仕置きが待っているからね?」

「それは危険だわっ」

「それは絶望だわっ」


 僕たちは、騒がしい竜族たちを横目に、王宮の中庭へと降り立った。すると、すぐにユフィーリアとニーナが出てきたので、僕は正座をうながす。

 反省するときは正座だと、イース家では決まっているからね。

 ユフィーリアとニーナは最初こそ素知らぬ様子だったけど、ミストラルの名前を出した途端に、素直に正座をして、僕たちが不在の間のことを話してくれた。


「王様に、妖魔の王の討伐報告をしていたわ」

「王様に、エルネア君の活躍を話していたわ」

「それで、どこをどう間違ったら、こんな騒ぎになったのかな?」


 意外なことに、王宮内では竜族の騒ぎがそれほど起きていなかった。

 竜騎士団が詰めているから、というわけでもないような気がするんだけど、やはり王都の方に被害は集中しているみたいだね。

 僕の疑問に、ユフィーリアが言う。


「エルネア君、誤解だわ。これは、王様が望んだ結果だわ」

「どういうこと?」


 僕たちは、揃って首を傾げる。

 国を治める王様が、王都を大混乱に陥れた?

 いったい、なぜ?

 すると、今度はニーナが言う。


「竜族も、暴れているわけではなないわ。ちゃんと被害を出さないように騒いでいるわ」

「いやいや、騒いでいる時点で駄目じゃないかな!?」


 余計に意味がわからなくなったよ?

 騒ぎにはなっているけど、暴れているわけではない?


 混乱する僕たちの様子を見て、ユフィーリアとニーナは正座をしたまま笑う。


「困っているエルネア君が可愛いわ」

「困っているエルネア君が面白いわ」

「二人とも、僕を困らせて遊ばないで、もっと詳しいことを教えてよ? じゃないと、こっちのお話もしてあげないからね?」

「「あら、意地悪する気だわ」」


 どうしましょう、と瓜二つの顔を向け合って相談するユフィーリアとニーナ。


「さあ、早く全てを白状しないと、許さないわよ?」

「ミストが片手棍に手を伸ばしたわ!」

「ミストの頭に鬼のつのが生えてきたわ!」

「鬼の角は生えてきません!」

「「きゃーっ!」」


 ミストラルは脅したつもりだったようだけど、ユフィーリアとニーナには逆効果だったようです!

 これまで大人しく正座をしていた二人が、脱兎だっとごとく逃げ出した。


「こらっ。待ちなさいっ」


 そして、背中を見せた双子に襲いかかる猛獣。いや、違う。ミストラル!

 一瞬のうちに王宮内へ走り去った三人を、残された僕たちは呆然ぼうぜんと見送った。


「……エルネア君、よろしいのですか?」

「はっ!」


 ルイセイネに声を掛けられて、我に返る僕。


「そうだね。このままでは、王宮のみんなが危ないね。というか、出迎えてくれたのがユフィとニーナだけって、そもそもが変じゃない?」

「あら、エルネア君。今頃そんなことに気付いたの?」

「セフィーナさんは最初から気付いていた?」

「それは、もちろん」

「私も気付いていました。まったくもう、巫女頭の私が帰ってきたのに迎えがないとは何事ですか!」

「そういえば、王宮の小神殿にいるはずの巫女様たちも来ていないね? これは、来なかったのか、来られなかったのか……」


 普通に考えれば、迎えに来たくても来られなかった、が正解じゃないのかな?

 王宮内の気配を探ると、人は確かに存在する。だけど、誰もがせわしなく動き回っていて、やはり騒ぎはここでも起きているように思えるね。


「それじゃあ、僕たちは事情を知っていそうな王様と、なぜか姿を見ないライラを探しに行こうか」


 普通なら、ユフィーリアとニーナよりも真っ先に、ライラが飛んで来そうなのにね。だけど、今に至るまでライラの姿を見かけていない。それどころか、王宮内にライラの気配はどこにもなかった。

 王様の気配はあったのにね?


「王様とグレイヴ様は竜厩舎りゅうきゅうしゃにいるみたいだから、そっちに行ってみよう」


 案内人さんも来てくれないので、勝手にお邪魔させていただきます。


 僕が先頭に立ち、王宮の建物に入る。

 だけど、僕たちのことを身を潜めて待ち構えていた者がいた。


「っ!」


 不審者の気配に気付き、咄嗟とっさに身構える。だけど、身構えた僕に躊躇うことなく、潜んでいたものは襲いかかってきた。

 ひとりは背後から。もうひとりは正面から。僕を羽交い締めにすると、容赦なく持ち上げた。


「ユフィ、ニーナ!?」


 そう。僕に襲いかかってきたのは、ミストラルから逃げたはずの双子王女様だった。

 どうやら、ミストラルの追跡をかわして舞い戻り、身を潜めて僕に襲いかかる機会を狙っていたようだ。


つかまえたわ」

らえたわ」

「な、何を!?」


 ルイセイネや他のみんなが反応するよりも早く、ユフィーリアとニーナは僕を抱えたまま走り出す。


「お、お待ちなさいっ」

「お姉様方!」

「むきぃっ、私も混ぜなさいっ」


 という声は、一瞬で遠ざかる。

 ユフィーリアとニーナは恐ろしい速度で宮殿の回廊を走り、逃げ回った。


「くっ。ユフィ、ニーナ、僕を離すんだっ」

「逃げられないわ」

「逃がさないわ」

「こんなことをしても無駄だよ。罪が重くなる前に、自首するんだっ」

「罪は犯していないわ」

「罪は背負っていないわ」

「それじゃあ、なんで僕をさらって逃げるの!?」

「それは」

「だって」

「「エルネア君と遊びたいからだわ?」」

「純粋な欲望からでした!」


 そうして、僕はユフィーリアとニーナに拐われて、部屋に監禁されることとなった。






「さあ、観念するときだわ」

「さあ、諦めるときだわ」

「いやいや、二人とも。僕と遊びたいのはわかったんだけどさ。その前に、やっぱり竜族の騒ぎのことを教えてほしいな? そうじゃないと、安心して遊べないよ?」


 僕を寝台に押し倒したユフィーリアとニーナに、改めて問い掛ける。

 いったい、ヨルテニトス王国の王都で何が起きているのか。

 竜族たちが騒いでいるのに、暴れているわけではないという二人。

 不在のライラ。王様たちはなぜ、竜厩舎にいたのか。

 疑問だらけの状況では、心が落ち着かないよ?


 すると、ようやく二人は教えてくれた。


「さっき、王様に妖魔の王との戦いの話したと言ったわ」

「うん。聞いたね」

「さっき、エルネア君の活躍の話をしたと言ったわ」

「うん。それも聞いたよ? それが、この状況とどう繋がるのかな?」


 改めて首を傾げる僕を見て、ふふふ、と笑うユフィーリアとニーナ。


「そのときに、他のことも色々と話したわ」

「私たちのことも話したわ」

「つ、つまり……」


 ごくり、と唾を飲み込む僕に、ユフィーリアとニーナは揃って言った。


「「竜族召喚の話もしたわ」」

「やっぱりか!」


 王都に翼竜とか見慣れない竜族が飛んでいる時点で、僕たちはなんとなく予想していたんだよね。

 ユフィーリアとニーナになら、生息地ではない場所にでも竜族を呼べる。


 そう、竜族召喚ならね!


「でも、それって変じゃない? ユフィとニーナの竜族召喚って、竜奉剣りゅうほうけんで竜気を増幅させないとできないんじゃなかったっけ?」


 ユフィーリアとニーナは、妖魔の王との戦いの最中に、奥義と呼べる竜術を編み出した。

 事前に契約しておいた竜族を、ユフィーリアとニーナの存在を道標みちしるべとして召喚するという、とんでもない大竜術だ。

 ただし、ユフィーリアとニーナだけでこの術を扱うことはできない。ユフィーリアの力を増幅し、ニーナの制御を助ける竜奉剣が必須だし、なによりも契約した竜族が力を貸してくれないと発動しない。

 その内の片方をスレイグスタ老に渡している状況で、二人はいったいどうやって竜族召喚を成しえたのか。

 僕の疑問に、ユフィーリアとニーナは悪い笑みを浮かべて、お胸様の谷間に手を伸ばす。そして、見慣れた虹色の宝玉を取り出した。


「霊樹の宝玉を使ったんだね!」

「霊樹の宝玉も、力を増幅してくれるわ」

「霊樹の宝玉も、力を蓄えられるわ」

「おじいちゃん、ユフィとニーナに気安く霊樹の宝玉を渡しちゃ駄目ですよっ!」


 僕はつい、この場にいないスレイグスタ老に叫んでしまう。


「……それで、竜族召喚で竜族を呼び寄せて、その後はどうなったのかな?」


 やはり、騒動の原因は双子王女様だった。

 だけど、ユフィーリアとニーナが暴走して竜族召喚をしたのかな?

 いいや、違う。二人はこう見えてもアームアード王国の王女様だ。他所よその国が大混乱に陥るようなことは、さすがに控えると思うんだよね。

 ということは、やはり王様にわれて術を披露し、こういう状況になったと思う。


 ただし、王様だって竜峰の竜族たちが押し寄せたら王都がどうなるかくらいは理解していたはずだ。

 そうすると、やはりなんらかの意図があったのは間違いないだろうね。

 僕は、罪悪感なんて微塵も感じていないユフィーリアとニーナに、核心を聞いてみる。


「いったい、どんな目的で竜族たちを召喚したの?」


 僕は、聞かなければいけない。

 竜峰同盟の盟主として。

 ユフィーリアとニーナの夫として。


 二人は、押し倒した僕に迫りながら、にっこりと微笑んだ。


「良いわ。教えてあげるわ」

「ただし、エルネア君も今日までの話を私たちに聞かせてほしいわ」

「わかったよ。交換条件だね。僕も話すから、教えてくれる?」


 ユフィーリアとニーナは顔を見合わせると、声を揃えて宣言した。


「「第一回、竜騎士選考大会、開催中だわ!!」

「なっ!」


 想像もしていなかった事態に、僕は絶句した。

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