芋と罠
隊商の竜人族の人たちは、準備が終わると順次、村を出発していった。
驚いたことに、そうすると村には数える程度の人しか残らなかった。
元々、少人数の村なのかな、と思って聞くと、思わぬ答えが。
なんとこの村、普段は誰も住んでいないんだって。
竜峰の各所から人々が集まって隊商を組むときにだけ、この村には人が入るらしい。
村に今残っている人たちも、隊商の手伝いや緊急連絡要員として滞在しているだけで、隊商が王都から戻ってきたら、各自で自分たちの村に帰るのだとか。
そうなのか、と村の実情を知って驚いてる僕を、ひとりの竜人族のおばちゃんが手招きする。
なんだろうと思って行くと、朝ごはんをご馳走してくれた。
焼きたてのパンと、肉と野菜入りの薄味のスープ。
急ごしらえというのがわかったけど、夜通し歩き通した僕にはとても嬉しかった。
美味しく頂き、ついでに休息もさせてもらうことにする。
本当なら、この村には昼頃に到着するはずだったんだよね。それが、夜の騒ぎで早めに到着してしまった。
ならば、予定だったお昼までは休憩を入れようと思ったんだ。
無理に進む必要はないよね。
なにせ、これからは険しい竜峰の山々にいよいよ足を踏み入れるんだ。
失った体力と気力は、回復できるときに回復しておく必要がある。
昨夜をなんとか乗り切った僕には、その大切さが何よりもわかった。
僕が休みたいことを伝えると、おばちゃんは空いている建物をひとつ提供してくれた。
建物は台所と居間、そして寝室がひとつにまとまった小さなものだ。
よくよく見てみれば、村の建物はどれもこじんまりとしていて、いかにも短期滞在の為だけに造られた感じがしたよ。
案内された建物に入り、備え付けの寝台に横になる。
おばちゃんが気を利かせて毛布を持ってきてくれたので、それにくるまって僕は仮眠をとることにする。
まだ春になったばかり。
夜通し歩いて身体は温まっていたけど、何もなしに寝るのにはまだ寒い。
暖かい毛布の温もりと建物を去っていくおばちゃんの気配を感じながら、僕は眠りに落ちた。
どれくらい寝たのかな。
少しだけ賑やかになった外の気配に、僕は目を覚ます。
建物の外からは、おばちゃんたちの楽しそうな話し声が聞こえてきていた。
僕は毛布から抜け出すと、
「おや、もう起きたのかい」
僕にいろんなお世話をしてくれたおばちゃんがいた。
どうやら、村に残った女性陣が井戸端会議に花を咲かせていたみたい。
僕はお礼を言って、借りた毛布を返却する。
すると代わりに焼き芋をくれた。
「焼きたてだよ」
「あちちっ。ありがとうございます」
ほっこりと焼きあがったお芋の皮を剥き、ひとくち口に運ぶ。
すると、今までに食べたこともないくらいの甘味が口いっぱいに広がった。
「うわっ、これって本当にお芋なんですか!?」
「そうだよ、甘いだろう。うちの村の特産だよ」
おばちゃんが自慢げに胸を張る。
お芋はおやつでよく食べたりするけど、こんなに甘いお芋は初めて食べたよ。
僕は夢中でお芋を平らげた。そしたらもう一個くれたよ。
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
食べっぷりが良かったのか、僕はおばちゃんたちに囲まれてこれお食べ、もっとお食べと両手に芋状態になってしまう。
でも、さすがに芋ばかりだと喉が乾いちゃう。と思ったら、頃合いを見計らったようにお茶が出てくる。
どうやら僕は、おばちゃんたちの罠にかかったらしい。
食べ物で釣られた僕は、ミストラルとの馴れ初めや竜の森でのこと、ジルドさんとのやり取りなどを根掘り葉掘り聞かれたよ。
しまった。おばちゃんたちの無限会話地獄に僕は
どうやってこの危機を抜け出そうかと思案しても、百戦錬磨のおばちゃんたちには敵わない。
僕は聞かれるがまま、色んな事をおばちゃんたちに話してしまった。
言って不味いことは何も言っていないよね……
どうしたものかと困っていると、村に残った男性が昼飯はまだかっ、と怒鳴る。
「やれやれ、食事の準備くらい出来ないのかね」
おばちゃんたちは苦笑しつつも、ようやく腰を上げた。
そうか。今やっとお昼なんだね。
僕は中天に達した太陽を見上げ、やっと時間を知る。
そろそろ出発しなきゃ。
僕は今が頃合いだと判断をし、村に残った人たちに別れの挨拶をした。
せめて昼食ぐらい食べていけ、と言う男性に、僕は貰った沢山の焼き芋を示す。
袋に入れて貰った焼き芋は、贅沢に食べても明後日のお昼くらいまでの分はありそう。
引きとめようとしていた男性も、芋のあまりの多さに苦笑して諦めてくれた。
僕は残っていた人たちに見送られ、第一目標だった村を後にした。
さあ、これからいよいよ竜峰の山々に入るんだ。
昨夜のような油断はもうしないよ。
気合を入れ直し、僕は徐々に傾斜の出てきた荒れた道を進む。
竜峰各地から集まった竜人族は、最東端の村までは徒歩で来たのかな。
村を出た先の道は今までよりもずっと細く、荒れていて馬車の通った跡がない。
馬車は村に置いておいて、集まった人たちがみんなで荷物を載せるのかもね。
じゃあ、普段は誰も住んでいないという村で、どうやって馬を飼っているのかな。という疑問の答えを、僕は見いだすことができなかった。
村を出てすぐなのに豹変した道の荒さに、僕は少しだけ驚く。
村の東と西とで、こんなにも一気に道の質が変わるのか。
ごつごつとむき出しの岩。道を塞ぐように荒れ放題に伸びた草木。そして急傾斜。
僕は、アームアード王国の西の砦の先が竜峰だという認識だったけど、どうやら違っていたみたい。
さっきの村を抜けてからが本当の竜峰だったんだね。
油断すると荒れた道で足を
もちろん周囲への警戒も怠らない。
僕はこまめに休憩を入れながら進むことにした。
移動中は竜気の錬成を怠らない。絶えず気を張り巡らせ、咄嗟の事態に対応できるようにする。
だけど、長時間の集中は身も心も擦り減っちゃうので、細かく休憩を入れて、その都度に竜脈から失った竜気の補充をした。
慣れない山道に、僕の歩く速度はまったく上がらない。竜気を使って身体能力を上げていてもなのだから、普通の人だともっと遅くなりそう。
人族が竜峰に入らない理由のひとつが、これなのかもね。
遅い歩みに、なかなか変わらない景色。
それでも慎重に、僕は油断なく進む。
それにしても、と思う。なんて荒れた道なんだろう。道の両端に密生する草木が道を妨げているのは当たり前。巨大な岩を迂回したり、倒木がそのままにしてあったり。
竜人族の人たちは、本当にこの道を
竜の森の獣道の方が何倍も良い、と言えるくらいに荒れた道に、僕は
そして終いには、有り得ないほどの段差の階段に出くわす。
ううん、これって階段と言える代物じゃないよ!
僕の目の前には、巨人族が利用するんじゃないかと思えるほどの高さの階段状の道が立ちはだかっていた。
一段一段が、僕の身長よりも高い。
最初は道が途切れた、と錯覚したけど、一度離れて見てみると、たしかに段々の上には道らしきものが続いていて、やっぱりこれが道なんだと認識する。
竜人族の人はこのありえない段差をどうやって行き来しているのかな。
超人的な身体能力をもってすれば、これくらいは問題ないのかな。
人族だったら迂回路を探すか、お手上げなような気がするよ。と思う僕は、空間跳躍で一気に上まで飛んだ。
うん、空間跳躍がなかったら、僕はここで絶望を味わっていたね。
階段状の道の上に立った僕は、後ろを振り返る。
すると、いま来た森が眼下に広がっていた。
随分な高さまで登ったんだね。
遠くに煙の筋が何本か見える。あれはきっと、最東端の竜人族の村の煙かな。
「いもいも」
少しだけ景色を楽しんでいた僕の服の裾を、いつの間にか現れたアレスちゃんが引っ張る。
「芋が欲しいの?」
うんうんと頷くアレスちゃんに、僕は袋から取り出した焼き芋を手渡す。
もう冷めちゃったかな。
「おいしい」
皮ごとかぶりついたアレスちゃんが、満面の笑みで僕を見上げた。
どうやら冷えても美味しいらしい。
というか、皮は剥こうよ。
僕が芋の皮を剥いてあげると、アレスちゃんは喜んでくれた。
「よし、今日はもう少し進もうか」
僕はアレスちゃんの手を取ると、荒れた道をまた進みだした。
日が沈む前、本日の行程を終了すると判断するまでに、魔物に三度も出くわした。
どれも遺跡調査訓練などでたまに遭遇していた低級のもので、白剣の試し切りにもならなかった。
だけど、僕は改めて竜峰の危険さを実感したよ。
一年を通して何度も行った遺跡調査訓練でもほんの数回、ルイセイネたちとのお使いの時には一回も遭遇しなかった魔物に、半日で三回も遭遇したんだ。
魔物との遭遇頻度がアームアード王国内の比じゃないね。
これは夜も油断できないぞ。
起きててる時はまだしも、寝ている時の警戒の仕方を身につけていない僕は、仕方なくアレスちゃんに寝ている時の警戒をお願いすることにした。
すると案の定、夜にも襲撃を受けた。
今度は獣たちだ。
ぎいぎいと木の上から光る眼光で僕とアレスちゃんを見下ろすのは、凶暴な猿の群。
竜気の宿った瞳が、猿のむき出しの鋭い牙を捉えた。
僕は霊樹の木刀の力を使い、猿たちに目くらましをして逃げた。
二日目の夜は、散々だった。
猿の群から逃げ切ったと思ったら、今度は魔物。
魔物を倒したと思ったら、アレスちゃんが魔獣の気配を察知して、僕は逃げ隠れ。
結局、落ち着いたのは明け方だった。
これは厳しい。
険しく、そして荒れた山道で日中は体力を奪われ、夜は夜行性の獣や魔獣に狙われる。
そして四六時中出没する魔物。
身も心もゆっくり落ち着ける時間がない。
僕は大きな欠伸とため息を同時にした。
「すこしやすんでいいよ」
アレスちゃんが優しく寄り添ってくれる。
「うん、お言葉に甘えて」
僕は手頃な茂みを見つけると、潜り込んで一時の仮眠をとることにした。
アレスちゃんがそばで焼き芋を食べながら僕を見つめる。
「むりはしないでね」
どうやら、アレスちゃんは焼き芋が気に入ったようだ。昨日から既に何個目になるのかわからない焼き芋を美味しそうに食べている。
「ちょっとだけ寝るね。その間はお願い」
「はあい」
焼き芋の甘い香りを感じながら、僕は眠りについた。
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