想いを受け継ぐ星々たち

 まるで邪悪な太陽のような妖魔の王の核が、膨張ぼうちょう収縮しゅうしゅくを繰り返すように脈打つ。そのたびに瘴気の濃度が増していき、燃え滾る妖魔の王の個体が禍々しくなっていく。


 雄牛の頭蓋骨に生えた竜の角が、ぎらりと真紅に輝いた。

 咄嗟とっさに結界を張る。

 邪悪な太陽から真っ赤な瘴気のつたが無数に生まれ、曇天どんてんに走る雷のように、瘴気の海に走った。

 耳障りな雷鳴が響く。

 張り巡らせた結界に、瘴気のむちが打ち付けられた。


「くうっ!」


 一瞬で、結界が砕かれる。

 慌てて空間跳躍を発動させる僕。

 だけど、後退するわけにはいかない。

 後方にではなく、燃え滾る妖魔の王の個体が生える邪悪な太陽の背面に飛ぶ。


「こっち側からなら!」


 白剣を振り下ろす。


「ム、ダ……ダ」

「なっ!」


 もう一度、妖魔の王の核を両断しようとした白剣は、だけど燃え滾る妖魔の王の個体に阻止された。

 一瞬で核の背面に出現した燃え滾る妖魔の王の個体が、けたけたと笑う。

 手にした大鎌で白剣を受け止め、頭蓋骨の口から瘴気の波動を放つ。


 僕は、後退するしかなかった。

 空間跳躍で、妖魔の王の核から距離を取る。

 そこへ追い討ちをかけるように、妖魔の王の小群体が襲いかかってきた。


 竜剣舞を舞う。

 弧を描くように足を捌き、白剣と霊樹の木刀を振るう。

 竜気を拡散させ、霊樹の葉っぱを舞わせる。

 浄化の力を持つ霊樹の葉っぱが、瘴気の海を切り裂く。霊樹の木刀で妖魔の王の小群体の攻撃を受け流し、白剣で斬る。


 焦っちゃ駄目だ!

 まだ、慌てるような状況ではない。

 ルイセイネが頑張ってくれている。マドリーヌ様が猶予を伸ばしてくれた。他のみんなだって、必死になって戦っている。

 妖魔の王の核は、すぐ近くだ。

 初撃が通用しなかったからといって、僕に手立てがなくなったわけではない。

 今は、やれることを着実にやっていくだけだ。


 群がる妖魔の王の小群体を撃退していく。

 意識を集中させて、竜剣舞の精度を上げていく。

 だけど、そんな僕を嘲笑うように、燃え滾る妖魔の王の個体が耳障りな声を発した。


「ム、ダ。……ム……ダ。キサ……マ、ラデ……ハ、ワ、レラ……ヲタ、オ……セ……ナイ」


 貴様ら?

 我ら?


 違和感を覚える。

 複数人を指す言い回し。


 今、妖魔の王の核に接近して、燃え滾る妖魔の王の個体と戦っているのは、僕だけだ。なのに、複数の者を意識したような言葉に、疑問が浮かぶ。


「そ、そうか!」


 僕は、ウェンダーさんの神術の恩恵を受けて、別の場所で続く戦いを視ている。それと同じように、妖魔の王も飛竜の狩場で繰り広げられている激戦を認識しているんだ。

 鰐亀わにがめの頭部をした妖魔から視界を奪っているのか。それとも、超巨大な自身の身体で、見渡しているのか。

 どちらにせよ、妖魔の王もまた、僕たちと同じように個でありながら全体を視ていて、だから複数形で言ったんだ。


 そして、僕は視た。

 妖魔の王が発した言葉の意味を。






 ミストラルが、銀に近い金色の翼を羽ばたかせて、空を舞う。

 天高く上昇したミストラルは竜宝玉を解放すると、竜気を爆発させた。

 膨大な竜気がミストラルからまばゆく弾け、星屑ほしくずのように散っていく。

 ミストラルは星の欠片かけらを散らせながら、勢いを付けて急降下する。


 地上には、とうとう全ての個体を融合させて、さらに巨大化した鰐亀の頭部をした妖魔の姿があった。

 ミストラルは片手棍を輝かせながら、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔に突っ込む。そして、渾身こんしんの一撃を叩き込んだ。


 轟音が響き渡った。

 ミストラルの有り余る竜気が爆散し、瘴気の霧のなかで星のまたたきのように明滅する。

 振り下ろされた片手棍は、鰐亀の頭部を砕く。激しい衝撃波が生まれ、明滅する星の輝きと共に、妖魔の胴体を形成する瘴気の塊を吹き飛ばす。


 ぐらり、と鰐亀の頭部が揺れた。


 だけど、それだけだった。


 ミストラルの渾身の一撃でも、巨大化した鰐亀の頭部の一部を僅かに砕いただけ。

 打撃が内部に貫通さえしていない。

 攻撃によって発生した衝撃波も、濃度を増した瘴気の胴体の表層をはらっただけだった。


 竜気の星屑がちりちりと、むなしく地表に落ちていく様子が視えた。


 ミストラルの攻撃をものともしなかった鰐亀の頭部をした巨大な妖魔が、ぬるり、と瞳を不気味に光らせた。

 そして猿の腕を振るい、大技を放った直後で動きが硬直していたミストラルを襲う。

 ミストラルはなんとか翼を羽ばたかせて、空に逃げる。

 ミストラルを逃した猿の腕が、空中を虚しく掴む。そこへ、ミストラルが再び、強襲を仕掛けた。


「はぁぁああっ!」


 気合を乗せて、漆黒の片手棍を薙ぐ。

 最大に巨大化した鰐亀の頭部を持つ妖魔から見れば、ミストラルはとても小さな存在だ。

 だけど、その小さなミストラルの一撃を受けた猿の腕は、暴力的な力によって弾かれた。


 妖魔が悲鳴をあげる。

 口腔こうくうにびっしりと並ぶ不気味な瞳が、憎々しそうにミストラルを睨む。


 だけど、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔に睨まれたミストラルは意に介した様子もなく、また空へと急上昇した。そして、今度も竜宝玉の力を爆発的に解放し、流れ星のような尾を引きながら急降下する、

 星屑を撒き散らしながら、ミストラルは渾身の力で鰐亀の頭部に一撃を叩き込む!


 頭部が砕かれ、妖魔が悲鳴を発する。

 衝撃波が吹き乱れ、星屑が明滅し、瘴気を飛ばす。


 でも、やはり今回も、それだけだった。


 ミストラルがどんなに強力な一撃を放とうと、巨大化した鰐亀の頭部をした妖魔の一部を傷付けるだけ。胴体部分の瘴気でさえ、祓いきれない。

 逆に、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔は、耐久のある自身の身体をえさにしてミストラルを引き寄せると、猿の腕を振り回して攻撃を仕掛ける。しかも、ミストラルが猿の腕に気を取られている隙に、攻撃を受けた頭部や胴体部分を再生させてしまう。






「グが、ギ……ィ、ガカ、カあアガ……あぁあアッ」


 邪悪な太陽から生えた真っ赤な妖魔の王の個体が、耳障りに笑う。

 妖魔の王の個体も、ミストラルと鰐亀の頭部をした巨大な妖魔の闘いを視ているんだ。

 そして、どれだけミストラルや他のみんなが力を合わせて戦っても、自分たちを倒すことはできない、とこちらを嘲笑っているんだ。


「……でも、どうだろうね?」


 ミストラルの戦いを視ながら竜剣舞を舞う僕は、妖魔の王の小群体を撃退しながら、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「ミストラルは、竜人族のなかでも最高の称号を持つ女性だよ。そして、個の力では、僕なんかよりも、うんと強いんだ」


 個人の力だけで比べるなら、僕はミストラルの足もとにも及ばない。

 竜姫りゅうきとは、竜王を超える称号であり、竜人族のなかでもミストラルだけが持つ、最高の称号だ。

 その、竜姫ミストラルが、あの程度の妖魔に勝てない?


「お前たちこそ、思い知るといいよ。僕たちの底力、そして、ミストラルの手加減のない本気をね!」


 僕は、知っている。僕たち家族は、知っていた。

 ミストラルが努力し続けていたことを。

 スレイグスタ老のお世話という大役の陰で、苔の広場でひとり、鍛錬を積み重ね続けてきたミストラル。


 ミストラルは、努力を他の人に見せない。

 料理だって修行だって、こっそりと頑張って、ある日突然、みんなが驚くような成果を披露するんだ。

 そのミストラルが、これまでずっとひとりで修行を積み重ねてきた。


 そもそもさ。この数年で急成長を遂げたと自負している僕が、未だにミストラルに敵わないって、驚きを通り越して、凄いことだと思うんだよね。

 自慢じゃないけど、僕は誰よりも修行を重ねて、実戦を積み重ねてきた。それこそ、あの勇者リステアにだって、負けないくらいにね。

 それなのに、僕はミストラルに勝てない。追いつけない。


 なぜかって?


 それは、とても簡単な答えだ。

 僕が努力し続け、成長してきたのと同じように、ミストラルも絶え間ない努力を重ねて、竜姫の称号に相応しい女性であり続けてきたからだ。


 そのミストラルが、上級の妖魔程度に勝てない?

 はたして、それは正しい評価なんだろうか。

 僕は、違う、と断言できる!


 そして、ザンは言ったよね。

 邪族をほうむるほどの攻撃を、ミストラルなら何度でも放てると。


 妖魔の王ならまだしも、上級の妖魔が邪族よりも強いとは思えない。

 ならば、やはり妖魔はミストラルの敵ではない。


「竜姫ミストラル。その真髄しんずいをご覧あれ!」






 星屑を散らせながら何度も急降下して、鰐亀の頭部を持つ巨大な妖魔に苛烈な一撃を与え続けていたミストラル。それが突然、上空で動きを止めた。

 銀に近い金色の翼を静かに羽ばたかせて、ミストラルは乱れた息を整える。

 先ほどまで爆発させていた竜宝玉の力も、もう外には漏れ出していない。


 攻撃の手を止めて、竜気を鎮めたミストラルを、地上から見上げる鰐亀の頭部をした巨大な妖魔。

 ぬらりと光る瞳が、勝ち誇ったように揺れていた。


 どれほど苛烈な攻撃を受けても、自分は敗れない。と、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔は確信しているに違いない。

 全ての分身と融合し、今や妖魔の王に次いで巨大な存在となった自分から見れば、小さなミストラル。その小さな存在の、小さな一撃など、取るに足らない。

 耐え続けていれば、小さな存在はすぐに力つきる。

 現に、上空に退避したミストラルは、力尽きたように力を放出しなくなったではないか。


 なぁんて、鰐亀の頭部をした妖魔は思っているんだろうね。


 でも、それは大きな間違いだ!


 上空で静かに翼を羽ばたかせるミストラル。

 たしかに、これまでのように竜気を放出してはいない。

 でも、それはミストラルが力を使い果たしたということを意味しているわけじゃない。

 むしろ、逆なんだ。

 ミストラルの本気とは、無駄な力をはぶいた先にある。


「……知っているかしら?」


 上空から、ミストラルが言葉を降らす。


「人族の信仰では、創造の女神を月に例え、この世界に生きる者たちを星に例えるそうよ」


 鰐亀の頭部をした巨大な妖魔が、遥か頭上のミストラルを仰ぎ見た。


「ルイセイネに教えてもらったことがあるわ。創造の女神をあがめる巫女たちが使う法術のなかでも、守護や癒しをつかさどるものは月をかんしたものが多いのだというわ。そして、攻撃を司る法術は、星を冠したものが多いそうよ」


 静かに言葉を降らせるミストラル。その瞳が、碧色みどりいろ爛々らんらんと輝いしていた。

 ミストラルが、漆黒の片手棍を天に向かって掲げた。

 飛竜の狩場全体に薄く広がっていた瘴気の雲が、一瞬で消し飛ぶ。

 瘴気の雲が晴れた青空に、瞬く星々が見えた。


「私の竜宝玉は、流星竜りゅうせいりゅうの想いの結晶。今、の偉大なる竜の力を示す時」


 空の星々が、一斉に流れる。

 全ての星が、天から地へと螺旋らせんを描きながら落ちてきた。

 星々の集束点は、ミストラルの掲げた漆黒の片手棍だ!


「はあぁぁあああっっ!!」


 ミストラルは、螺旋を描く流星を引き連れて、自らも流れ星となって急降下する。

 目指すは、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔。


 落ちてくる流星群に、鰐亀の頭部をした妖魔が悲鳴をあげた。


 戦場には似つかわしくないほど美しい星々のきらめきが、地上で激しく瞬いた。

 耳を裂くような轟音も、全てを吹き飛ばす衝撃波もない。

 夜空に輝く星々の静かなささやきを、地上に再現したミストラル。


 ミストラルと鰐亀の頭部をした巨大な妖魔の激戦を見守っていた者たちは、そのあまりにも美しい光景に息を呑む。

 そして、見届ける。

 星が瞬くごとに、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔が身体を消滅させていく。

 静かに。音もなく。星々の輝きに包まれて、鰐亀の頭部を持つ妖魔は断末魔を残すことなく、消え去った。


「……ふう、まだまだね。技を発動させるまでの下準備に、力と時間を使いすぎているわ」


 鰐亀の頭部を持つ巨大な妖魔を消滅させたミストラルは、地上に瞬く星々のなかで苦笑していた。






「って、えええっ! あれでまだまだなの!?」


 僕は、驚きでひっくり返っちゃいそうだよ!


 どうやら、ミストラルが急降下攻撃のたびに撒き散らせていた星屑は、最後の大技を導くための下準備だったらしい。

 渾身の打撃で敵の注意をきつけている間に、余波として散らせた星の欠片や星屑を空に散りばめていく。

 そして、頃合いになったところで、全ての星の欠片ごと敵にぶつける。それが、ミストラルが見せた大技だったんだね。

 でも、ミストラル自身は、技の完成度に満足していないみたい。


 お、おそろしい……


 妖魔の王も、ミストラルの必殺技に度肝どぎもを抜かれたのか、一瞬だけ動きを止めた。

 僕は、その僅かな隙を見逃さない!

 空間跳躍を発動させると、邪悪な太陽の間近に飛ぶ。そして、白剣を振り抜く。


「グガ、ア、がぁ……ァア……」


 だけど、今度もまた、僕の放った斬撃は意味を成さなかった。

 白剣は、たしかに妖魔の王の核を斬り裂いた。でも、なんの手応えもない。


「……やっぱり」


 僕は、確信を得る。


「僕個人の力だけで斬りつけても、妖魔の王の核を消滅させるだけの威力にはならないのか!」


 苦々しく叫ぶ僕に向かって、真っ赤に燃え滾る妖魔の王の個体が斬撃を放つ。

 霊樹の木刀で受け流そうと構える僕の背後から、妖魔の王の小群体が群がる。

 挟み撃ちを避け、僕は空間跳躍を発動させた。


 また、妖魔の王の核との間に距離が生まれた。

 何度となく核に肉薄にくはくしておきながら、無様に後退する僕を見て、けたけたと妖魔の王が笑う。


「御、子……ヲ。ア、ノカ……タガ、タ……ニ。……キサ、マ……ラ……ハ、ジ、ャマ……ダ。 ア、アあぁァあ……アア……アアあっッ!」


 鰐亀の頭部をした妖魔が消滅した今。それでも、妖魔の王は自身の勝利を確信し、降臨した女の子を求めようとしていた。

 眼前の僕なんて障害物とさえ思っていない。

 超巨大な全身を縛る大法術や、飛竜の狩場に満ちた瘴気を祓う古代種の竜族たちでさえ打ち破るように、妖魔の王が雄叫びをあげた。


 脈動する妖魔の王の核から、強烈な呪いが波動となって噴き出す。同時に、月蝕の陣で強化されたはずの月影に、亀裂が走った。


「アアぁァアアああぁァアっ!」


 ぴしり。ぱりんっ。

 重ねられた大法術が、破られようとしている。


「まだ、これほどの力を隠し持っていただなんて!」


 僕が見つめる先で、邪悪な太陽がゆっくりと浮上し始めた。

 超巨大な妖魔の王の身体が、空に上がろうしている!?


 このままでは、妖魔の王が呪縛を破って、完全復活してしまう。


「でも、僕は言ったよね?」


 容赦なく襲いかかってくる妖魔の王の小群体を薙ぎ払いつつ、僕は片膝を突いた。

 決して、妖魔の王に屈服したわけじゃない。


「ミストラルは、個では僕なんかよりも強いって。だけどさ。言い換えるなら、全の力でなら、僕はミストラルにだって負けないんだ!」


 言って、地面に手をつける僕。


「それと、言い忘れていたこともあったよ。僕はまだまだ、隠し球を持っているんだ」


 妖魔の王の襲撃に備えて、可能な限りの戦力を飛竜の狩場に集結させた。

 もしもに備えて、ルイセイネに大切な役目をお願いした。

 そうした備えとは別に、僕はまだ、出し切っていない隠し球を持っていた。


「妖魔の王を絶対に逃しはしないよ!」


 僕は叫ぶ。空を越え、竜峰を越えた先に届くように。


「大・召・喚! テルルちゃん!!」

食中しょくあたりしそうな魂がひとーつ!」


 僕の声に応え、空が割れた。

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