みんなでお出かけ

 今日は、みんなで苔の広場へ行くことになった。

 全員揃って行くのは本当に久しぶりなんじゃないのかな。なにせ、女性陣は日替わりで誰かが、僕の実家でいつも何かをしているからね。

 なにをしているのか、僕が聞いても教えてくれない。今後のお楽しみと言って、あのライラでさえも口を割らないんだよね。

 本当に、なにをしているんだろう。

 まあ、僕もあまり人のことは言えない秘密を抱えているんだけどね。


 なにはともあれ、僕たちは東の太陽が低いうちから竜の森へと足を踏み入れて、楽しい足取りで苔の広場へとたどり着く。


 苔の広場には、すでにレヴァリアとフィオリーナとリームが到着していた。

 フィオリーナとリームは、日中はプリシアちゃんたちとよく遊んでいるけど、日が暮れる頃には必ずレヴァリアのもとへと帰るんだよね。

 ぱたぱたと王都の低空を飛び、竜の森と僕の実家を行き来するフィオリーナとリームは、朝と夕に見ることのできる王都の名物になっていた。


『今日はなにをするのかなっ』

『鬼ごっこー?』


 苔の広場に現れた僕たちの姿を目ざとく見つけたフィオリーナとリームが飛びかかってくる。それをあやしながら、僕たちは苔の広場の住竜たちと挨拶を交わす。


「おじいちゃん、アシェルさん、それとレヴァリアも。おはようございます」

「うむ、よく来た」

「ふふんっ。相変わらず朝から元気なことだね」

『我はついでかっ』

「ついでじゃないよ。そんなことよりも、レヴァリアももう慣れた感じだね」

『なにがだ?』

「最初はおじいちゃんやアシェルさんに怯えていたのにね!」

『エルネアよ、そこで大人しくしていろ。今すぐ頭から食らってやる』

「うわっ、助けてっ。おじいちゃん、悪い竜が苔の広場で血を撒こうとしてますよっ」

「丸ごと食べてしまえば、血は苔の上に落ちないだろうさ」

「くううっ。アシェルさんが恐ろしいことを言ってます!」

「んんっと、鬼ごっこ?」


 ええい、なぜ朝からこんなにも騒がしくなるんだ。

 君たちはもう少し落ち着きというものを持ちなさい!


元凶げんきょうはエルネアお兄ちゃんにゃん」

「ぐぬぬ……」


 レヴァリアの恐ろしいあごから逃げ回っていると、プリシアちゃんが空間跳躍で抱きついてきた。


「んんっとね。鬼ごっこは違うところでしたいの。プリシアはね、メイに会いたいの」

「そうか。北の地から帰ってきて、会っていないもんね」

「そうだわ。私たちも北の地に行ってみたいわ」

「そうだわ。私たちも北の獣人族に会ってみたいわ」


 ユフィーリアとニーナが、僕に抱きつく。

 下半身にプリシアちゃん。左からはユフィーリアのお胸様が迫り、右からはニーナのお胸様が押し寄せてきた。


「う、うん。そうだね。それじゃあ、みんなで行ってみる?」


 遅れて僕に飛びかかろうとしたライラを取り押さえるルイセイネと、スレイグスタ老のお世話をしているミストラルから、冷たい視線を受けながら、今日の予定を立ててみた。


 でも、修行はいいのかな?

 僕は、自分で言うのもなんだけど、もう一人前になれたと思う。だけど、未だにスレイグスタ老から教わることはたくさんあって、一生かけても極みには達しないんじゃないか、とたまに思う。

 ついこの間も、ジルドさんの実力に驚かされたばかりだしね。

 だから、なるべく修行をした方がいいとは思うんだけど。


「生き急ぐ必要はなかろう。遊べる時には遊ぶのも、人生という修行のひとつであるな」


 だけどスレイグスタ老は、僕の思考を読み取って瞳を優しく細めた。


「北の地ねえ。それじゃあ、帰りのついでに送ってやろうかしら」

「うにゃん」

「えっ!?」


 アシェルさんの唐突な言葉に、僕とニーミアは驚く。


「帰っちゃうんですか?」

「うにゃあ、まだ帰りたくないにゃん……」

「っ!? ニーミアも帰っちゃうの?」

「んんっと、ニーミア?」


 途端に、不安を通り越して泣きそうな表情になるプリシアちゃん。ニーミアも、僕の懐に逃げ込んでふるふると震えだした。

 それを見たアシェルさんが、ため息を吐きながら笑う。


じいさんが言ったばかりでしょう。遊べるうちは遊びなさい。帰るのは私だけよ。あまり長期間留守にするのもあれに悪いしね」

「お父さんは悲しんでいるにゃん」


 そうだね。長く家出をしていると、待っている者はとても悲しくなるよね。

 長命な古代種の竜族の夫婦喧嘩。それがどれくらいの規模で、お互いにほこを収めるのにどれだけの時間が必要なのかはわからないけど。そろそろ帰ってあげなきゃ、可哀想。それに、アシェルさんはお役目放棄中だしね。


「其方を信頼しているから愛しいニーミアを置いて帰っても良いと思っていたが。あれの味方をするようなら、其方を食ってしまおうか」

「うひっ。僕は男だしね。旦那さんのことをついつい考えちゃうんだよっ」


 今度はアシェルさんに追い回される羽目になった。

 僕なんて食べても、食べ応えはないですからね!

 というか、皆さん。笑っていないで助けてください!


 アシェルさんの鋭く大きな牙に襟首えりくびを掴まれて、持ち上げられる。こちらを見上げて笑うみんなの姿が眼下に広がった。


「さあ、行くなら背中にお乗り」


 アシェルさんに許可をもらい、みんなは背中に乗り移っていく。

 当たり前のようにフィオリーナとリームも乗り込んでいて、レヴァリアが呆れたように見つめていた。

 大人になるために、狩りの練習とかもしないといけないはずなんだけど。でも、みんなが遊びにいくなかで、フィオリーナとリームだけが修行だなんて、可哀想だからね。仕方がないよね。


 みんなを背中に乗せたアシェルさんは、神々しく咆哮をあげると、ふわりと浮き上がる。


「また今度、遊びに来るわ」

「遊びではなく、夫婦喧嘩の末の家出であろう。我は別に待ってはおらぬぞ」

「ふふん。私は爺さんの介護をしに来ているのよ。また来る日まで、くたばっているんじゃないよ」


 アシェルさんとスレイグスタ老は悪口を言い合うけど、とても仲が良いよね。たまにみつきあっているけど、あれはきっと、甘嚙あまがみみたいなものです。


 アシェルさんは、霊樹の枝葉がつくる傘の近くまで浮上すると、高速で移動し始めた。


「うひいいいぃぃぃっっ」


 そして、悲鳴をあげる僕!

 もしかして、このまま北の地に行くつもりじゃないでしょうね!?

 僕はアシェルさんの牙に引っかかったままなんですよっ。


 アシェルさんは僕なんて気にした様子もなく、スレイグスタ老の結界を越えて飛ぶ。霊樹の傘を過ぎ、竜の森をあっという間に過ぎ去り、王都の上空を通過した。

 アシェルさんは瞬く間に雲よりも高い位置へと上がり飛行したけど、運良く美しい巨体を目撃した王都の人たちが、空を見上げていた。


 僕やリステアが何日もかけて縦断した飛竜の狩場。それをアシェルさんは、少しの会話をする程度の時間で飛行する。

 ええ、そうです。少しの会話とは、背中に乗っている人たちのことです。僕は相変わらず、アシェルさんの牙の隙間です。


 ウランガランの森の上空に差し掛かると、更に楽しそうな声が上から聞こえてきた。

 アシェルさんなどの古代種の竜族に乗っていると、風の加護に包まれているので、暴力的に流れる風の影響を受けないんだよね。だから、普通に会話ができるし、その声が届いて来る。

 たぶん、レヴァリアもその気になれば加護くらい付けられるんだろうけど。それをしてくれないレヴァリアは、やはりレヴァリアだね。


 上空から見るウランガランの森は、竜の森に匹敵しそうな大きさだった。

 まあ、全体像なんて見たことがないので正確な対比ではないんだけど、竜峰の麓から遥か東に延びる深い森は、人からすれば十分に広大だと言えるものだ。

 北の地は、この深い自然の森に包まれるようにして存在する地域なのだと、雲の上から見るとよくわかる。

 僕の指示で方角を微調整しながら飛ぶアシェルさん。その眼下にイスクハイの草原と、廃墟はいきょと化した都が見えてきた。

 だけど、それも森のほんの一部。イスクハイの草原や廃墟の都、西の渓谷など、全てが森に飲み込まれた大地の隙間だった。


「アシェルさん。あそこで遊んでいる人を怯えさせないように着地してくださいね」

「怯えさせるとは、失礼な」

「ごめんなさい」


 まだ、お花畑は残っていた。

 廃墟の都の手前で、楽しそうに遊ぶ何人かの獣人族。

 おお、見える。見えるぞっ!

 瞳に竜気を宿しているので、雲の上からでも地上を微かに確認することができた。


 お花畑で遊んでいるのは、白いもこもここと、メイ。それと、周りで一緒に遊んでいるのは、狼種の少年と獅子種の少女。

 ううむ、肉食獣と遊ぶ草食動物。なんだか変な心配をしちゃいそう。だけど、三人は獣人族だし、恐ろしい情景にはきっとならないよね。


 アシェルさんは、ゆっくりと降下していく。

 地上の三人は、アシェルさんの存在に気付かずに、楽しそうに遊んでいる。

 真っ白で霧のような薄い雲を抜けて、地表に向かい高度を下げていくアシェルさん。

 三人は、まだ気づかない。

 だけど、大人たちが気づいた。遠くで見守っていた何人かの大人が、慌ててちびっ子を呼び寄せていた。

 アシェルさんや僕たちは、そんな様子を見下ろしながら尚も降下していく。そして、ふわりと花びらさえも飛び散らないほどの優しい着地をみせるアシェルさん。


 獣人族の大人や狼種の少年、獅子種の少女はおびえ気味だったけど、意外にもメイが元気良くこちらへと駆け寄ってきた。


「おねえちゃん」

「こんにちはっ」


 プリシアちゃんが空間跳躍でアシェルさんの背中から飛び降りて、メイのもとへと走っていく。

 よたよたと走る幼女二人。見ていて微笑ましいです。


「私の姿に怯えぬとは。大物になるね」

「ニーミアで慣れていたからじゃないかな」

「なるほどね」


 ニーミアも大きくなったりしていたからね。だけど、メイにとってはアシェルさんとニーミアの大小の差は、許容範囲内だったみたい。

 ニーミアよりも更に巨大なアシェルさんの眼前で久々の再会に喜ぶ幼女に、ニーミアとフィオリーナとリームが合流する。

 ミストラルたちは、遠くで様子を伺う獣人族の人たちを刺激しないように、ゆっくりと降りてきた。


「竜人族か!?」

「あの巨大な竜。漆黒の竜よりも大きいぞ……」

「だが、メイといつも一緒に遊んでいた竜と同じ容姿だ」


 遠くで、獣人族の大人たちがなにやら言葉を交わしていた。

 ミストラルを先頭に、女性陣は獣人族の人たちに近づいていく。獣人族の人たちは、その集団のなかに見知ったルイセイネの姿を見つけて、ようやく理解できたみたい。


「これは、ルイセイネ様。よくおいでくださいました」

「ご無沙汰しております。こちらは全員、あのエルネア君の妻です」

「おお、彼の……!」

「この人たち全員が!?」


 いや、ルイセイネさん。

 今は僕のことには触れないでいただけるでしょうか。

 廃墟の都前に集まった人たちが、僕に注目する。

 そして僕は、今でもアシェルさんの牙に服の襟首をまれたままなのです。

 ああ、なんて情けない姿。


「あの方は、ニーミアちゃんの母親です。わたくしたちをここまで運んでくれました」

「そうでしたか。大きさが全然違いましたので、驚きました」


 なんてなごやかに会話を交わしています。

 幼女たちも、楽しく遊んでいる。

 狼種の少年と獅子種の少女は、興味津々にプリシアちゃんたちを見ていたけど、初めて見るアシェルさんの巨躯きょくに怯えて近づけないでいた。


「さあて、それじゃあ私は帰ろうかね」

「うにゃんっ」


 アシェルさんが翼をはためかせると、ニーミアが慌ててお母さんに飛びついた。


「寂しくなるにゃん」

「嘘おっしゃい。苔の広場に泊まることもなく、エルネアやプリシアといつも一緒にいたくせに」

「にゃあ。近くに存在を感じているのと、遠くなっちゃうのは違うにゃん」


 ニーミアはアシェルさんのふわふわの体毛に埋もれて別れを寂しがる。


「寂しいなら、いつでも帰ってらっしゃいな」

「お母さんも、また来てにゃん」


 アシェルさんは愛娘まなむすめとの別れを惜しみつつも、大空へと舞い上がっていく。

 ニーミアは大きな姿になると、母親と一緒に空に上がった。

 ちゃっかりと、プリシアちゃんがメイの手をとってニーミアの背中によじ登っていた。フィオリーナとリームも、当たり前のように飛び移っています。


 母娘は上空で一緒に旋回し、もう一度別れを惜しんだ。

 そして、上空ではニーミアたちに。地上ではミストラルや獣人族に見送られて、アシェルさんは東へ向かって飛び始めた。


 ……いやいやいや!

 僕はまだ牙に捕まったままですからね!!


「ああ、忘れていたわ」

「ひ、ひどい」


 アシェルさんは、口先に吊るされた僕を見る。そして、くぱっと口を開いた。


「ああぁぁぁれえぇぇぇぇぇ……」


 そうすれば、必然的に地上へと落下していく僕。

 死んじゃう、死んじゃうよ!

 このまま地表に叩きつけられたら、僕はぺちゃんこになるからね!

 空を飛べる人は、翼のある竜人族だけです。

 僕は落ちながら、悲鳴をあげた。


「手のかかるエルネアお兄ちゃんにゃん」

「んんっと、助けてあげるね」

「こ、こんにちは?」


 絶体絶命の僕を救ってくれたのは、一緒に飛んでいたニーミアだった。

 ニーミアは器用に、空中の僕をかぷりと咥えて捕まえてくれる。

 ふうう、助かった。


 アシェルさんはニーミアに確保された僕を見ると、一瞬で遥か雲の上にあがる。そして、瞬く間に東の空へと消えていった。

 ニーミアは名残惜しそうに東の空を見ていたけど、アシェルさんの姿が見えなくなると元の位置に降りていく。

 地上に降りると、小さい姿になってプリシアちゃんの頭の上に移動するニーミア。

 僕はようやく母娘の牙から解放されて、ふらふらになりながらライラのお胸様に飛び込んだ。


 巨大なアシェルさんが帰り、ニーミアも小さくなって。狼種の少年と獅子種の少女がメイたちと遊びたそうにしていた。


「行ってくるといいよ。みんなで遊ぶと楽しいもんね」


 僕の言葉が後押しになったのか、二人は戸惑いつつも幼女たちに向かって走り出す。


「エルネア様、お久しぶりです」

「こんにちは。突然来ちゃってごめんなさい」

「いえいえ、いつでも歓迎しますよ。しかし、竜に乗って来られるとはさすがです」

「急に来ることになっちゃって、お土産とかなにも準備してないんですよ。アシェルさん……。ニーミアの母親が故郷に帰るついでに、送ってくれたんです」

「そうなのですか」


 獣人族の大人たちとミストラルたちはお互いに挨拶を交わし合った後だったみたい。

 僕も挨拶を交わして、お花畑で陽気に遊ぶちびっ子たちを見守る。

 獣人族の人のなかには、ちびっ子よりも美人の竜人族や瓜二つの容姿を持つユフィーリアとニーナ、僕の奪い合いをするライラとルイセイネの方に興味がありそうな人たちが何人かいたようだけど、おおむね和やかに時間を過ごしていた。


 お茶をもらったり、苔の広場でお昼にするために持っていた食べ物をみんなでつついたりしながら、春の草原でのんびりと過ごす。


 すると、西の方から馬種の獣人族が慌てた様子で走ってきた。


「た、大変だっ。西に……。西に竜族が現れた!」

「なにっ!」


 突然、騒然としだす獣人族の人たち。数人が廃墟の都のなかへと走っていく。


老齢ろうれいの竜だ。恐ろしい気配で進んでいる……」


 北の地の西に隣接する竜峰は、竜の墓所ぼしょあたりになる。そこから下山してきたというのなら、死にかけの年老いた竜で間違いない。

 僕たちにとって竜族は身近な存在だけど、獣人族には恐ろしい対象でしかないんだよね。

 そして、僕たちにとっても、老齢な竜という存在は少しだけ不安を覚える対象だった。

 竜族は、死に際に深い怨念おんねんや憎しみ、苦しみがあると、死に切れずに腐龍ふりゅうになってしまう。

 この時期に、あえて竜の墓所から降りてきた竜に、僕だけじゃなくミストラルも不安そうな顔をしていた。


「案内してください。確認します」


 僕は、馬種の獣人族の人に声をかけた。

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