勇者の帰還
「おらあっ!!」
肉厚の大剣を全力で振り下ろす。
しかし、死霊騎士は右手の長剣で、俺の一撃を軽々と受け止めた。
死霊騎士の意識がこちらに向いた瞬間、反対側からリステアが炎の聖剣を振るう。
だがこれも、死霊騎士が左に構えた盾で防ぎきる。
聖剣の炎が死霊騎士の盾や鎧を
相変わらずの、
死霊がとり
「スラットン、ここは任せろ!」
連続的に聖剣を振るい、死霊騎士の注意を奪うリステア。
「弱いくせに、防御力と持久力だけはある糞魔族め!」
リステアと正面から打ち合う隙をついて斬りかかってみたが、素早く反応されて回避された。俺はそれで、こいつへの攻撃を諦めて一旦後退する。
死霊騎士は、リステアに任せるしかないな。今は、面倒な奴にかかりっきりになっている場合じゃない。
改めて周囲を見渡し、舌打ちをする。
間に合わなかったか……
アームアード王国王都の至る所から、今や黒煙が上がっていた。
鳴り響く
王都に危機が迫っていることは承知していた。だが、こうも早く魔族どもが動き出すとは……!
ちがうか。これは、俺たちの油断が招いた結果だ。王都の危機。しかしそれは、期限が不明で
いつどの時期に魔族が襲ってくるのか、不明だった。ただ言えたことは。必ず魔族は現れるだろう、それだけ。
東のヨルテニトス王国の古代遺跡で、俺たちは重要な手がかりを掴んだ。そして、集めた情報を精査していくうちに、アームアード王国にも魔族が現れる可能性に気付いた。
だが、まさか魔族単体や少数ではなく、軍隊規模の魔族が攻めてくるとは……!
魔族の危機があると知っていて、のんびりとしていたわけじゃない。
俺たちなりに急いで戻ってきたつもりだった。
だが、結果から見れば、それは俺たちの油断で、手遅れを招いてしまった。
もっと危機感を持っていれば。切羽詰まった問題という認識を持っていれば。
最速で戻る手立ては、存在していたのだ。飛竜騎士団の手を借りれば、数日で戻ってくることもできたはず。
だが、その手段を断ったのは、俺自身。俺のわがままが招いてしまった結果なのか……
歯を強く食いしばり、王都の惨状を見つめる。
俺たちに同伴していた竜人族のイドは、既に先行して王都内へと入ってもらっている。
悔しいが、あの男の戦闘力は桁違いだ。単独行動で魔族どもを
魔族の襲撃が確定的な今、俺たちに付き添ってもらうよりも、個別に動いてもらったほうが効率が良い。
イドも魔族討伐には積極的で、意気込んで走り去っていった。
今はひとりでも多く、戦力が欲しい。
人族の軍隊は残念ながら、あてにならない。
並の人族では、低級魔族程度にも苦戦してしまうくらいだ。
この王都に、魔族に抵抗できる人材がどれほど存在するのか。
冒険者組合、
「スラットン……」
クリーシオが困った表情で俺を見上げていた。
「俺たちは間に合わなかった。だが、これからでも出来ることはある。何を成すべきか考えろ!」
死霊騎士と相対しながら、リステアが叫ぶ。
そうだ。後悔なんてものは全てが終わってからでも遅くはない。俺たちは俺たちにしかできないことを、今全力でやるしかないじゃないか!
雄叫びをあげ、気合いを入れ直す。
「いよっし。スラットンに元気が戻ったねっ。これからが本番だよっ」
俺様の真似をして、ネイミーも気合いの雄叫びをあげた。
「死霊騎士はとりあえず俺に任せろ!」
リステアの聖剣が
鉄壁の死霊騎士相手では、何人掛かりでも倒すのには時間がかかってしまう。だが逆に、こいつは防御特化で攻撃はさして怖くない。
ならば、刃を防御されても炎で攻めることのできるリステアに任せ、俺たちは別の行動をとった方が良い。
「ネイミー、キーリ、イネアは大神殿へ向かって! この騒動で多くの人たちが神殿へと避難しているはずです」
「恐らく、結界の大奏上が間もなく始まると思います」
「なら、キーリたちもその協力を。ネイミーは二人を神殿まで護って」
「ぼくにお任せっ」
「大奏上は、ひとりでも多くの巫女がいた方が良いからねー」
セリースの指示で、くるくるネイミーたちが動き出す。
「セリースは?」
クリーシオの質問に「私はリステアの補佐をします」と返すセリース。
いつもなら、ここでネイミーたちが
ネイミーたちは既に、素早く駆け出していた。
三人が出発すると、クリーシオがもう一度俺を見上げてきた。
「俺は遺跡の様子を見に行ってくる」
「おい!」
死霊騎士の攻撃を捌き、反撃しながら俺を睨むリステアに、大丈夫だと伝える。
「無理はしない。ただの偵察だ。この魔族どもが本当に遺跡から湧いてきているのか、確認するだけだ」
「本当だな?」
「おいおい。流石の俺様でも、魔族の軍勢相手には戦えないことくらい理解しているぜ? それに俺なら、奥の手もあるしな」
「……あれね。だけど、まだ完全には制御できていないのでしょ?」
俺の奥の手に
「そもそも遅れた理由は、俺があれを制御するために時間を要求したからだ。なぁに、いざとなれば暴走させちまうのもひとつの手だ。あれなら、魔族くらいどうということはないだろう」
「スラットン!」
クリーシオが傍で悲鳴をあげた。
あれを暴走させるということは、俺様の命も危険になるということだ。
「心配すんなって。言っただろう、あくまでも偵察だ。魔族どもに囲まれでもしない限り、まだ奥の手を出す気はねえよ」
奥の手は、最後の最後までとっておくからこそ威力を発揮するんだ。
まだ魔族どもの親玉を見つけられていない。奥の手は、できれば親玉にぶつけたい。
「ってなわけで、俺はちょっくら遺跡の様子を見てくる。だからクリーシオ、お前はここに残ってリステアとセリースの補佐をしろ」
「嫌よ!」
強い口調で拒否された。
全く、頑固な奴だ。
「偵察に行くだけでしょ? なら私も一緒に行くわ。外から見ただけじゃ、遺跡内は窺い知れないでしょ? 私が呪術で中を探るわ」
「ちっ。仕方ねえな」
頑固だが、可愛い奴だ。一時でも俺様とは離れたくないんだな。
俺はクリーシオに頷くと、この場をおしどり夫婦に任せて駆け出した。
目指すは、王都南東部にある古代遺跡。
俺たちは現在、東の
クリーシオの足に合わせ、王都を走り抜ける。
逃げ遅れた住民に、神殿へと避難するように指示を飛ばす。
すると、死霊や
骸骨兵なんかは、
魔族の気配を探りながら、建物の陰を移動していく。
南に進むと、徐々に魔族の数が増えだした。
既に、王都内にも多数の魔族が侵入してしまっている。百や二百じゃきかないだろう。更に南の方からこれだけの魔族が現れている異常事態に、
なぜ魔族が攻めて来た?
魔族どもの目的はなんだ。
奴らは西の竜峰に阻まれ、こちら側には来ることができないんじゃなかったのか!?
手がかりもなく考えても、
俺はクリーシオの手を取り、王都南東部にある遺跡へとたどり着いた。
遺跡には、昨年飽きるくらい訪れた。
学校の研修だけでなく、魔族や魔剣使いが現れた際の調査などで、それはもうため息が出るくらいに。
だから、遺跡内だけでなく周囲の地形なども全て、鮮明に頭の中に入っている。
どこに隠れると周囲から見つからないか。どの位置が偵察しやすいか。
適切な位置を取り、息を潜めて遺跡の様子を伺った。
ヨルテニトス王国にも、ここと似た構造の古代遺跡があった。その最奥で、上級魔族が低級な魔族を召喚していた。
俺たちは、巫女失踪事件の黒幕でもあった魔族を倒した。そして、気付かされた。
似た構造の二つの遺跡。ならばもう片方、この遺跡からも魔族が召喚されるのではないか。
その
まさか、数え切れないほどの魔族が湧いてくるとはな!
こんなもの、リステアや俺様でさえも予想なんかできるわけがない。
「ねえ、スラットン」
気配を殺し遺跡の入り口を伺っていると、傍で静かに呪術を行っていたクリーシオが服の裾を引っ張ってきた。
仕草の可愛らしさに、つい押し倒してしまいそうになる。
ここは茂みだ。誰も見ていない。
「スラットン、殴るわよ?」
「お、おおう、なんだ?」
恐ろしい奴だ。俺の心はお見通しと見える。
殴られるのは勘弁なので、クリーシオの言葉に耳を傾ける。
「もしかすると、魔族は全部湧き切ったのかもよ?」
「ほう?」
言われてみると、確かに遺跡から出てくる魔族が
「遺跡内を探ってみたけど、中にはもうそれほど魔族は残っていないわ」
「湧き口は、やはりあの部屋か?」
遺跡内の地図を頭に浮かべ、ヨルテニトス王国の古代遺跡最奥の場所と同じ空間を見つけだす。
「たぶん、あの部屋ね。今思い返してみると、あの部屋だけ不思議な光が
「ああ。あの部屋がまさか、魔族を召喚する設備だとは思いもしなかったぜ」
うん、と頷くクリーシオ。
その後、しばらく様子を伺い、俺は立ち上がった。
遺跡の周囲には、今のところ魔族の気配はない。現れた魔族は全て、王都の方へと進んでいった。
魔族の軍勢が向かった王都の様子が気になるが……
「よし、遺跡内に入る」
「えっ!?」
クリーシオが驚いて、強く俺の服の裾を引っ張る。
「何を考えているの? もう偵察は終わりでいいでしょ。なら、リステアたちの加勢に行かなきゃ」
「ああ、そうしたいところなんだがな。魔族が湧き切ったかどうかは、今のところ不明だ。だが、今のうちにあの部屋の設備を破壊してしまえば、
「ちょっと待ってよ。湧き切ったとは言っても、遺跡の中にはまだ若干、魔族が居るのよ?」
「それくらい、蹴散らしてやるさ」
「危険よ!」
語気を荒げるクリーシオの肩に手をやる。
「言っただろう。無茶はしない。無理なら引き返すだけだ。お前は一足先にリステアたちのところへ戻ってろ」
「絶対嫌よ!」
強い剣幕で拒否された。ついたじろいでしまう。
クリーシオがこうまで強く言葉を発するのは珍しい。
「貴方が行くなら、私も行くわ」
「いや、しかしだな……」
「無茶はしないんでしょ?」
「おうよ!」
「なら、私を守るくらい簡単でしょ?」
「……そうだな」
愛か? 愛だな!
クリーシオめ、俺様に惚れすぎて、絶対に離れたくないらしい。
仕方なく、俺はクリーシオを伴って遺跡へと足を踏み入れた。
肉厚の大剣を構え、気を練り上げる。
刀身に埋め込まれた水色の宝玉が淡く輝き、大剣全体を包む。
気力を全身に
遺跡内の最初の大部屋で、いきなり骸骨兵三体に遭遇する。しかし俺様の華麗なる剣捌きによって瞬殺された。
「無茶はしないでよ!」
背後からのクリーシオの言葉に大剣を振って応え、目的地を目指して駆け出した。
「クリーシオ、お前は下がれ!」
「嫌よ。貴方を残してなんて
「くそっ」
「後少しで部屋を壊せるんでしょ? 」
「そうだが……」
背後であぐらをかき、呪術を唱えるクリーシオ。先ほどから呪力の使いすぎか、額に大粒の汗を浮かべている。
俺はクリーシオを守りながら、魔族どもを蹴散らしていく。
くそっ、くそっ!
まただ。
また俺の間違った判断で、戦況が悪くなってしまった。
魔族が湧き切った可能性がある。ならば、今のうちに設備を破壊しよう。安易な判断で、クリーシオの命を危険に晒してしまった。
遺跡内に残った魔族を回避しながら、目的の場所へとたどり着いた俺たち。
新調した強力な
壁や天井を何度斬りつけても深い剣戟跡が残るだけ。それでも何度か打ち込んでいると、破損口からひび割れが広がりだした。
しかし、崩せると思った直後。
また魔族どもが湧き出した。
数こそ多くはないが、不定間隔で湧き始めた魔族に、俺たちは判断を誤った。
あと少し。もう少しで部屋を破壊できる。魔族を相手にしながらでも、やり遂げられる。
その判断は甘かった。
崩れそうで崩れない部屋。
徐々に数を増していく魔族に押され、クリーシオの呪力にも限界が近づきつつある。
俺の
自分自身に対し湧き上がってくる怒りを、目の前の魔族に叩き込む。
首なし騎士が左右に両断され、崩れ落ちた。
「雑魚どもがっ、目障りなんだよ!」
肉厚の大剣が青く発光する。そして刀身を包む光が膨れ上がり、刀身よりも数倍の大きさの、光の刃へと変化する。
巨大化した呪力の刃を振るい、迫り来る魔族を数体まとめて薙ぎ払う。さらに刃は部屋の壁に当たり、深い傷をつけた。
「クリーシオ、もう無理はするな!」
「お馬鹿っ。貴方のその呪力剣は、私の補佐がないと力が発揮できないでしょ!」
「くそったれの部屋め! 早くぶっ壊れやがれっ」
更に巨大化した刃を振り回す。
僅かに天井から瓦礫が落ち始めた。
だが、尚も湧き続ける魔族が迫って来て、防戦を余儀なくされた。
呪力で出来た光の刃が消え、代わりに俺の気力が根源となった青い光を放つ刀身を、頭上から高速で迫った死霊に突き刺す。すると霞のように霧散して死霊は消える。
骸骨や腐乱人を薙ぎ払い、亡霊騎士を鎧ごと粉砕した。
背後で、クリーシオが先ほど以上の荒い息をついている。
もう限界だ。これ以上呪力を消費させると、命に関わる!
クリーシオだけは、絶対に死なせねえ!
そのためならば……
俺は足もとの影に視線を落とした。
本来ならば、こんな狭い場所では使えない。
だが……
何度となく訪れた、今後を左右する判断の時。
俺様は、もう間違えるわけにはいかない。
次に判断を間違えれば、俺だけではなくクリーシオの命まで奪ってしまうことになる。
どうすればいいか。
その時、俺の決断に新たな判断材料が現れた。
魔族の出現が途切れた。
理由はわからないが、魔族は連続して湧いて来ない。こうして
長時間、死に物狂いで戦ったことで、幸いなことに周囲には魔族がいない。
今なら、クリーシオを抱えて脱出できるかもしれない。
遺跡の設備は破壊できなかったが、俺の最優先事項はクリーシオの命と身の安全だ。
なんなら一旦退いた後に、リステアか誰かを連れて来ればいい。
今度こそ、判断は誤らないぜ!
撤退を決意し、
しかし……
「いいね、いいねぇ」
ぞくり、と全身が総毛立つ恐ろしい悪寒に襲われ、魔族が湧き上がる最奥の部屋を振り返る。
今までとは違う者。
死霊や骸骨兵、亡霊騎士などという雑魚魔族ではない。
いつの間にか現れた者。平穏な都市の日常風景であれば、その辺の貴族かと思うような風貌の青年が、気づくと出現していた。
そして、
上級魔族だ!!
人族は、種族判別なんて出来やしない。しかし、俺の本能が全力で警戒の
只ならぬ気配。
俺とクリーシオが
速い!
瞬間移動と錯覚するほどの速度で斬り込まれる。あまりの速さと鋭い剣戟に、俺は一歩後退してしまう。
俺様が
防御には絶対の自信がある。その俺様が、不意とはいえ剣戟に足を引くとは。
「くそがっ!」
お返しとばかりに大剣を叩き込むが、魔族は華麗な剣捌きで防ぐ。
「一目見てわかったよ。素晴らしい剣気を持つ人族だね。僕はもう、自分を抑えきれないよ」
うっとりと、俺を気持ち悪い視線で見つめた魔族は、鋭い斬撃を俺に向かって放つ。
「スラットンッ!」
クリーシオが背後で悲鳴をあげた。
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