男の子ですもの

「はあぁ、いい湯だね」

「ちょっと休憩にゃん」

「ニーミア、僕の頭の上は休憩所じゃないよ」

「気にしたら負けにゃん」

「いやいや、どこがどう勝ち負けなんなでしょうか!?」


 僕のことなんてお構いなしのニーミアは、濡れた身体のまま僕の頭の上によじ登ってくる。そして、へたん、と伸びた。

 相変わらず、長湯は苦手なようです。


 なんだか、濡れた布を頭の上に置いているようで気持ちが良いね。


「にゃん」


 頭上の心地よい感触。

 そして素晴らしい絶景に、僕は大満足ですよ!


「エルネア君の鼻の下が伸びているわ」

「エルネア君が下心満載で見ているわ」

「き、気のせいだよっ!」

「エルネア君!」

「ひえっ」


 視線の先で肩口まで泉に浸かっていたルイセイネが、ほんのりと上気した頬を膨らませて僕をめ付けた。

 ちょっと熱めのお湯を弾きながら、僕は慌てて逃げる。

 近くで恥ずかしそうにお湯に浸かりつつも僕から離れようとしないライラの背後に隠れた。


「あはぁん、エルネア様。そこは……」

「ライラ、変な声を出さないで」

「そ、そうは言われましても。あぁん。エルネア様、そこに触られては、私は……」

「エ、エルネア君!?」

「ち、違うんだよっ」

「ふふふ、男の子だねぇ」

「ミストがこれほど強敵とは思わなかったわ」

「ミストがこれほど大胆だとは思わなかったわ」

「ミ、ミストさんっ。きちんと隠してくださいっ」

「ルイセイネ、そうは言うけれどね。わたしはエルネアに裸を見られても恥ずかしくないわよ?」

「んんっと、プリシアも平気よ?」

「へいきへいき」

「にゃん」


 なんという極楽天国なんでしょうか。


 僕は今、みんなと一緒に竜神の泉に入って寛いでいます!

 最初こそは真面目なルイセイネやミストラルに拒否されていた混浴だけど。


「胸を隠せば良いわ」

「腰を隠せば良いわ」


 という双子王女様の画期的な提案により、僕の入泉が許可されることになった。

 しかも都合のいいことに、竜神の泉のそばには小さな家屋があって、そこで着替えることもできた。


 ここを訪れた旅人が建てて、みんなで利用している小屋なんだろうね。

 古い建物だけど、壁や屋根などにはたくさんの修理跡があり、長い間、丁寧に使われてきた感じが伝わってくる。


 ただし、小屋はひとつだけだったので、女性陣が屋内で脱衣し、僕は外で準備をしました。

 屋外で真っ裸になるなんてちょっとだけ恥ずかしかったけど、怪しい視線はなかったからね。


 竜神の泉には、僕たち以外の人の気配はない。

 さすがは秘境。有名な場所とはいえ、こうも人気が全く無いとは。


 そんなこんなで、僕は腰だけに布を巻いた状態。

 ルイセイネとライラは、きちんと大事な部分を布で隠しています。


 ただし……

 画期的な提案をしたユフィーリアとニーナは、惜しげもなくその美しい肢体したいを僕に見せてくれた。


 み、見てしまいました!

 小麦色の健康的なお肌。天国と地獄を表す豊満なお胸様。

 そして、内股を確認すると黒子ほくろの有無でユフィーリアとニーナの区別ができるという伝説も、しっかりと!


「ミストには負けていられないわ」

「エルネア君になら見られても平気だわ」


 二人が裸で現れた理由。

 それはもちろん、僕に裸を見られても平気だというミストラルが、一糸纏いっしまとわぬ姿だからです。


 ありがとう、ミストラル!


「婚姻前に、こんな……」

「ルイセイネ、貴女も前に見られてしまっているのだから、もういいじゃないの」

「ミストさん、あれは事故ですから! それに、あの時は薄着でしたが衣類を纏っていましたからっ」

「でも、透けていたじゃない?」

「そ、それは……」


 ぶくぶくと、恥ずかしさでお湯に沈んでいくルイセイネ。

 プリシアちゃん、横で真似して潜ってはいけませんよ。


 なにを今更、とミストラルは言うけれど。

 聖職者のルイセイネにとっては、将来の夫であっても結婚の前にこうして肌を見せ合うのは厳禁なんだろうね。

 それを考えると、ルイセイネにはちょっとだけ悪いことをしてしまったような罪悪感がある。


「罪の意識は、ライラに向けるべきにゃん」

「はあぁぁんっ」


 ライラさん、なんという吐息といきを漏らしているんですか!


 僕はただ、お湯の下で背後からライラを抱きしめて、横っ腹のあたりをごにょごにょしているだけですよ。


「エルネア君!」


 わしゃわしゃとお湯をかき分けて、復活したルイセイネが迫って来た。


 広い竜神の泉は滝壺あたりが最も深く、端になるにつれて浅瀬になっている。

 僕とライラは、浅めの場所に腰を下ろしている状態だった。


「わわっ、逃げなきゃ」

「お待ちなさいっ」

「いやぁんっ」


 僕はライラから離れて、滝壺の方に逃げる。

 僕の抱擁から解放されたライラは、ふにゃふにゃと鼻の下までお湯に沈んでしまった。そんなライラを置き去りにして、ルイセイネが追いかけてくる。


「プリシアちゃん、ルイセイネに攻撃だ」

「わかったよ」


 元気に泳いでいたプリシアちゃんを捕まえて、ルイセイネに向かって、ぽーんと投げる。

 プリシアちゃんは、追いかけてくるルイセイネの手前に勢いよく着水した。

 お湯が水飛沫みずしぶきを上げて弾ける。

 ルイセイネはたまらず顔を両手で覆って、お湯が顔に当たらないように防いだ。


「ルイセイネも泳ぐと楽しいよ?」


 しかし、無邪気にはしゃぐ小悪魔プリシアちゃんの攻撃は止まらない。

 無防備になったルイセイネの身体に巻き付けられていた布を奪取する。


「プ、プリシアちゃん!?」

「にげろにげろ」


 プリシアちゃんは泳いで逃げる。アレスちゃんも逃げる。

 裸になってしまったルイセイネは、顔だけじゃなく全身を真っ赤にして、プリシアちゃんを追いかけ始めた。


「か、返してくださいぃぃ……」


 こんなに悲壮感あふれるルイセイネの悲鳴を聞いたのは初めてかもしれない。

 ルイセイネは、僕の視線を気にしながら必死にプリシアちゃんを追う。


「エルネア、あまりいじめないの。あとでルイセイネがねても知らないわよ?」

「うっ、それは駄目だね」


 素晴らしい光景を満足げに眺めていたら、ミストラルがやって来て怒られちゃった。

 あまりやりすぎるのも悪いので、プリシアちゃんを呼び寄せる。そして、ルイセイネの大切な布を渡してもらった。


「ルイセイネ、ごめんね」

「しくしく、もうお嫁にいけません……」

「大丈夫だよ。僕が責任を持ってルイセイネをお嫁さんにするからね」

「エルネア君のばかっ」

「ええっ」


 僕から二枚の布を受け取ったルイセイネは、頭から湯気でも上がりそうなほど顔を真っ赤にして、ライラと同じように鼻の下までお湯に沈んじゃった。

 そうしながら、ちゃんと布を腰と胸に巻く。


 僕はそんなルイセイネの一部始終を見ていた。

 仕方がないよね。だって、泉のお湯はとても透明度が高くて、底まで見えるほどなんだもの。


「エルネア君がすけべだわ」

「エルネア君が容赦ないわ」

「ふっふっふっ。良いではないか、良いではないか。僕たちは結婚するんだし」


 いつの間に準備したのやら。

 ユフィーリアとニーナは、おぼんを泉に浮かべてお酒を飲み始めていた。

 お盆の上には、お酒とおつまみが。

 温泉に浸かりながらのお酒は最高だ、と竜人族の人が言っていたっけ。

 二人は、とろんとした瞳で僕を見る。


 お酒のまわりが早いのかな。

 気持ち良さそうな二人を見ていると、お酒も良いかもしれない、と思えてきちゃうね。


 ユフィーリアとニーナはお盆を引っ張りながら、僕たちの方へとやって来る。

 水玉にお湯を弾くお胸様が、湯船に浮いている。

 素晴らしい浮島です。


 ついつい二人の胸元に見入ってしまう。

 それだけではなくて、透明なお湯の下の艶かしい肢体も目に入っちゃう。

 たしかに、僕はすけべかもしれませんね。

 でも、良いじゃないか。

 みんなとはもうすぐ結婚するんだし、この状況で恥ずかしがって視線を逸らすようじゃ、立派な男子とは言えません!


 そんなわけで、傍のミストラルと近づいて来るユフィーリアとニーナ、恥ずかしそうに身だしなみを整えているルイセイネと、もじもじしているライラの姿を堪能させてもらいます。


「プリシアも見るにゃん」

「みようみよう」

「んんっと、プリシアがなに?」

「ううん、なんでもないんだよ!」

「エルネアは変態かしら?」

「ミストラルはなにを言っているのかな!?」


 いぶかしげな視線を向けるミストラルの誤解を解こうと弁明しかけた。

 ちょうど、ユフィーリアとニーナが僕の前にやって来た。

 ルイセイネが目から上だけをお湯の上に出して、睨んでいた。

 ライラは、出遅れた、と慌ててこちらへ来ようとしていた。


 油断していたのは僕だ。

 僕だけが楽しい思いをしていたのが間違いだったんだ。

 あっ、と気づいたときには、手遅れだった。


「エルネア君の布切れを取ったわ!」

「エルネア君も裸になるべきだわ!」

「きゃーっ!」


 ユフィーリアに、腰に巻いていた布を剥ぎ取られる。

 それを手にしたニーナは、布を遠くへと投げ捨ててしまった。


「いやぁぁっ、かえしてえええぇぇぇっ!」

「きゃあぁっ。エルネア君、なにをしているのですかっ」


 明後日の方角へと飛んで行った布を回収しようと慌てる僕。

 そして、こちらを睨んでいたルイセイネが僕の全てを見てしまい、とうとう完全に、お湯に沈んでしまった。


 どうやら、清く正しい巫女様には刺激が強すぎたようです。

 僕たちは慌てて、泉の底に沈没したルイセイネを救い出した。






「ルイセイネ、ごめんね」

「はい。大丈夫ですよ」

「一番美味しいところをルイセイネに奪われたわ」

「一番お得なところをルイセイネが奪ったわ」

「エルネア。ちゃんとルイセイネを介抱してあげるのよ」

「任せて!」


 湯のぼせしたルイセイネは、僕の膝枕で横になっていた。まだ目眩めまいがするらしく、ちょっぴり顔色の悪いルイセイネ。

 お湯の温度がすこし高かったせいかな。それとも、違う要因のせいかな。

 うん、きっと両方だ。……反省。


 ルイセイネが倒れたのを切っ掛けに、僕たちは竜神の泉からあがった。そして、遅めの昼食にすることにした。


 周囲からの余計な視線はなく、しかも気温が高いということもあって、みんなはお風呂に入っていたときとあまり変わらない装いで昼食の準備をしている。

 とはいえ、裸というわけにはいかない。そこで、下着だけをつけた状態なんですが。

 これはこれで、なまめかしいですよ!


 僕はルイセイネのおでこに冷たい布を当てがいながら、これまた素晴らしい情景に見入っていた。


「エルネア君、あとでお説教ですからね?」

「はい、頑張ります!」

「んもうっ。なにを頑張るというのですか」


 のぼせているせいで元気のないルイセイネは、僕に身体を預けたまま脱力していた。

 いつもはしっかりしているルイセイネがこうして弱々しい姿を見せていることに、僕が少なからずきゅんきゅんしているのは内緒だ。


「きゅんきゅんにゃん」

「ニーミアちゃん、なにがでしょうか?」

「ル、ルイセイネ。ニーミアの言葉に耳を傾けちゃ駄目だよ」

「どういうことですか、エルネア君?」

「さあ、なんのことかなぁ……。ほら、ルイセイネ。あーんして」


 慌てる僕は、ルイセイネ用にミストラルが切り分けてくれた桃を手に取って、口に近づける。

 ルイセイネは、僕とニーミアを疑問の瞳で見つめながらも、少し恥ずかしそうにしながら桃を口にした。

 桃を挟んだ僕の指の先が、ルイセイネの口のなかへと入る。

 ほんのりと暖かく、しっとりとした感触。

 僕はどきりと胸を弾ませた。

 ルイセイネも僕の指に気づき、顔を真っ赤にする。


「ルイセイネ様だけずるいですわっ」


 僕とルイセイネの様子を見ていたライラが、鳥のひなのように口を大きく開けてやって来て、みんなで大笑い。


 幻想的な竜神の泉には、いつまでも笑いと楽しい会話が続いた。

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