そして 次の舞台へ

此度こたびの人形劇は、実に良い見せ物だった」


 そう言って、雷光の中から現れた人物たち。


「巨人の魔王と、シャルロット!?」


 なぜ、この二人がこの時点でこんな場所に!?

 驚いたのは、僕だけではなかったようだ。


「巨人の、それに」


 と、突然現れた巨人の魔王とシャルロットを見つめる深緑の魔王。

 この国は、まがりなりにも深緑の魔王の支配する領国だ。そこへ、他所よその魔王と最側近が予告もなく来訪してきたら、そりゃあ驚くし怒るよね!


「ほう、深緑の魔王は私の訪問を怒っていると?」

「あっ」


 思考を読まれちゃった!


「なんのことでしょう?」


 首を傾げる深緑の魔王に、僕がそう思考して巨人の魔王に心を読まれたしまったんです、と説明をすることになってしまう。


「ふ。確かに突然の来訪には驚かされた。だが、この方にとってそれは当たり前のこと。敵対している関係でもない現在においてならば、歓迎もしよう。しかし、なぜこの時期に?」


 深緑の魔王に問われて、シャルロットが糸目を更に細めて微笑む。


「はい。傀儡公爵様に依頼して人形劇を開いてもらいましたので、そのお礼に。とても楽しい人形劇でございました」

「ああああっ! やっぱり黒幕は巨人の魔王とシャルロットだったんだね! しかも、今まで僕たちのことを見ていたんだっ」

「人形劇を依頼した私たちが面白可笑しく鑑賞しないでどうする?」

「ご、極悪だ……!」


 巨人の魔王は、最初からこの国の問題に気づいていたんだ。そして、カディスの反乱を阻止するために傀儡の王に依頼して、僕たちを巻き込んだんだね!

 傀儡の王は、きっとこう言うに違いない。


「僕たちに迷惑をかけたけど、それは巨人の魔王の依頼だったから、絶交の約束は無効でございますよ」


 と。


 きーっ。

 今回もまた、いいように利用されちゃったよ!


「俺の反乱を、楽しい人形劇だと……?」


 一度は敗北を認めて膝を折ったカディスだけど。

 巨人の魔王とシャルロットの無情な言葉に、にわかに殺気立つ。


「黙れ。誰が貴様に口を開いても良いと言った? 殺すぞ?」


 でも、カディスの怒りは一瞬だけだった。

 一瞥いちべつもせず。巨人の魔王にそう言われて殺気を向けられただけで、カディスは全身を硬直させてしまう。

 巨人の魔王の計り知れない気配に気圧けおされて、顔面蒼白になっていた。


 うん。よくわかります。

 これが、巨人の魔王の本当の「魔王の姿」だ。

 他者を圧倒する存在。謀反どころか、気安く声を掛けることも許されない。

 あのルイララだって、正式なお仕事の時は直立不動なんだからね。

 僕が気安く話せるのは、巨人の魔王やシャルロットがそれを許してくれているからなんだよね。

 でも、カディスにその権限は与えられていない。

 だから、不用意に口を開いたら、こうして脅されてしまう。


 そして、新たな魔王位を狙っていたカディスでさえ、巨人の魔王の前では気圧されてしまう。

 恐るべし、巨人の魔王!

 それと、側近のシャルロット!


「エルネア君、おだてても何も出ませんよ?」

「むしろ、何も出してほしくないんですけどね? 僕たちはもう、人形劇は疲れたんだよ?」


 これ以上の騒動は御免です!

 僕の訴えに、巨人の魔王はカディスに向けた圧倒的な気配とは違う悪戯っぽい雰囲気ふんいきを纏う。

 はい。嫌な予感しかしません!


「その嫌な予感は、今回は的外れだ。私は幕引きのために来てやったのだ」

「と仰いますと?」


 深緑の魔王の問いに、巨人の魔王が応える。


「其方は老いた。仕方のないことだ。私ら始祖族とは違い、真っ当な魔族である其方らはどうしても老いる」


 不老の始祖族である、巨人の魔王とシャルロット。

 深緑の魔王とカディスは、魔族の親から生まれた、正真正銘の魔族だ。

 だから、巨人の魔王たちが老いることなく何千年も生きていく中で、深緑の魔王のような普通の魔族たちはいずれ老いて、死んでいく。


「其方の勇姿を、私は今でも鮮明に覚えている。しかし、老衰には勝てなかったようだな」


 巨人の魔王の言葉に、苦笑する深緑の魔王。


「それで、聞くが。其方は後継者を見定めたか?」


 深緑の魔王は、視線を伏せる。

 視界の隅に、膝を折って硬直したままのカディスが映ったはずだ。


「私とて、同僚が無念のうちに老衰死していくことを成り行きに任せて見続ける薄情者ではない」


 それで、とそこでようやく、巨人の魔王はカディスに視線を移した。


「豪炎のカディスか。未熟だな。私の国であれば、魔将軍にさえなれぬ雑兵ぞうひょうだ」


 つい先程まで、この国の魔王位を狙っていたカディスを相手に、巨人の魔王は雑兵と言い切った。

 カディスはくやしさに唇をむ。それでも反論できない。

 それが、本物の魔王と、魔王になれなかった敗者の違いなんだね。


「ふふふ。ですが、陛下はこの国の未来をうれいておいでです。ですので、深緑の魔王陛下にひとつご相談があります」


 何なりと、とシャルロットを見る深緑の魔王。

 シャルロットは始祖族だけど、魔王ではない。なので、身分的には深緑の魔王の方が格上だけど。それでも、深緑の魔王はシャルロットを敬っているように見えるね。


「陛下が仰ったように、魔将軍としては力量不足でございます。ですので、一兵卒からの出だしになりますが。深緑の魔王陛下とカディスが宜しければ、こちらで鍛え直して差し上げようと思うのですが、いかがでございましょう?」


 シャルロットの提案に、深緑の魔王とカディスが驚く。

 もちろん、僕たちも驚いていた。


「其方の子息だろうと、贔屓ひいきはしない。それでも一兵卒から新たに上り詰めて魔王位を目指す意気込みとこころざしがあるのなら、私がこの者を預かろう。どうだ、ヨグアデス?」


 巨人の魔王の言葉に、深緑の魔王はカディスをじっと見つめた。

 そして、深々と頭を下げる。


「昔より、陛下と宰相様にはよくしていただいていました。まさか、この歳になってまで、陛下のご慈悲を賜われるとは。私にとっては、願ってもいない申し出でございます」

「其方への慈悲ではない。魔族の今後を憂いた此方こちの都合だ」

「それでも、ありがたく思います」


 魔族の今後の憂いとは、神族の大規模な動きのことだろうね。とすぐに思いつく。

 僕の思考を読んだシャルロットが、微笑んでくれた。

 きっと、ここで深緑の魔王に恩を売っておいて、いざという時に協力を要請するんだろうね。自分たちの都合のいい方向で!


「それで、どういたしましょうか?」


 と、カディスを覗き込むシャルロット。

 カディスはようやく驚きから覚めて、慌てて返事をしようとした。

 そして、許しもなく声を発することができない立場なのだと思い出したように、口を閉じる。


「発言を許可いたします」

「そ、それでは。俺は……い、いえ。私は、いずれ父魔王陛下の跡を継ぎ、この国の魔王として立ちたいと望みます。そのための機会をお与えくださると言うのなら、全身全霊を持って巨人の魔王陛下にお仕えいたします」


 カディスは、うやうやしく平伏した。

 やっぱり、カディスはその辺の普通の魔族とは違うね。

 目指すべき道の先に辿り着くためには、どんな努力も屈辱も乗り越えてみせる大魔族だ。

 きっと、一兵卒から始めても、すぐに出世していくに違いない。

 そして、いつかは実力をつけて、この国に戻ってくるんだろうね。


「ご子息が戻られるまで、深緑の魔王陛下にはご苦労を掛けることになりますが、大丈夫でございましょうか?」

「ふふ。ふふふふ。それは私がいますから」

「ねえねえ、エリンちゃん。深緑の魔王と、ずっと昔に大喧嘩をしたんだよね? それなのに、いつのまに仲直りをしたの?」


 年老いた深緑の魔王を心身ともに支えているのは、傀儡の王だ。

 とても、嘗て大喧嘩をした仲だとは思えないよね?


「エルネア様」

「なになに?」

「エルネア様は、奥様方と喧嘩をなさったら、何百年間も口を聞かなかったり喧嘩したままなのでしょうか?」

「うっ。それは嫌だから、僕が速攻で折れちゃうね! ああ、そういうことなんだね。昔は喧嘩していたけど、今はとても仲がいいと?」

「傀儡のの人形劇に、いつも巻き込まれていただけなのだかな」


 深緑の魔王のため息に、僕はつい笑ってしまう。

 そういう愚痴ぐちが遠慮なく溢れるくらいに、深緑の魔王と傀儡の王はお互いを理解し合う深い関係になっているんだね。


「それでは、カディスよ。身を改め、エルネア君を頼って国境を超えてくださいませ。国境を超えたのちに、迎えを準備いたします」

「シャルロット! 今、さらっと僕を巻き込んだね!?」


 油断も隙もないよね!

 しかも、巨人の魔王とシャルロットは用事が済むと、またすぐに雷光に乗って帰っていった。

 反論の隙も与えられませんでした……


「大公よ、何卒よろしく頼む」


 深緑の魔王に頭を下げられたら、もう断れないし!


「カディスよ。巨人の魔王陛下のもとで、よく修行を積むのだ。良いな?」

「まさか……まさか、このような機会を得られるとは思いませんでした。巨人の魔王陛下のご慈悲に背かぬよう、深緑の魔王陛下のご期待に添えるよう、私はこの命をして精進いたします」


 カディスは、今度は深緑の魔王に深々と平伏した。


「ふふ。ふふふ。ところでエルネア様はこの幕引きで宜しいのですか?」


 傀儡の王に問われて、僕は改めてカディスを見る。次に、深緑の魔王やライラやメジーナさん、そして眼下に見える魔都や周囲の樹海を見渡した。

 遠くの空で、レヴァリアが咆哮をあげながら飛んでいた。


「そうだね。レヴァリアもそろそろ帰りたそうだし、僕は良いと思うよ。そもそも僕たちの目的は、関係のない人たちが聞き込まれて被害に遭うのを防ぐための介入だったからね」

「おやまあ? それでは、グリヴァストの薙刀なぎなたはお返ししなくてもよろしいのですね?」

「しまった、忘れてたっ! 返して、エリンちゃんっ」


 未だに側近の人形が持っていたグリヴァストの薙刀を奪うように、僕は手を伸ばす。

 それを、ひょいと腕を振って避ける人形。


「ぐぬぬ。素直に返さないと絶交だよ?」

「ふふふふふ」


 楽しそうに微笑む傀儡の王。

 どうやら、もうひと悶着もんちゃくあるのかな!?

 そう身構えそうになった時だった。


 ばさり、と空から大鷲おおわしが飛来してきた。

 そして、鋭い鉤爪かぎづめで、側近の人形から薙刀を奪う。


「はわわっ」


 大鷲によって空に持ち去られる薙刀を見上げて、ライラが慌てた。

 でも、それも一瞬のこと。

 大鷲は空で大きく旋回すると、僕の傍に降りてきた。


「これ、大切なもの?」


 そして、人の言葉を口にする大鷲。


「うん。取り返してくれてありがとうね、モモちゃん!」


 そう。傀儡の王の側近人形の手からグリヴァストの薙刀を奪い、僕に届けてくれたのは、東の魔術師まじゅつしことモモちゃんだった!


「モモちゃん、どうしてこんなところに?」

「あのね、こっちの森がずっと燃えていたから、気になっていたの。そうしたら、エルネアお兄ちゃんの力を感じたから」

「様子を見に飛んで来てくれたんだね。ありがとう!」


 さすがは東の魔術師だ。

 天上山脈に接する地域で起きた騒乱の気配に、意識を向けていたんだね。

 そうしたら、僕の嵐の竜術や精霊たちの大騒ぎを察知した。それで、飛んで来てくれたみたいだね。


「プリシアは?」

「ごめんね。ここにプリシアちゃんは来ていないんだよ? 禁領にだったらいるはずなんだけど。遊びに行く?」


 うん! と元気良く頷く大鷲。

 きっと、秘密の棲家すみかの奥で、遠見の水晶すいしょうを前にモモちゃんは跳ねているだろうね。


「それじゃあ……」

「大公よ」


 すると、そこで深緑の魔王が僕に声を掛けてきた。

 おおっと、外野の存在を忘れていました。

 カディスも深緑の魔王も、そしてメジーナさんや傀儡の王も、人の言葉を話す大鷲に驚いていた。

 それでも、深緑の魔王は僕に言う。


「申し訳ないが、其方はしばしこの国にとどまれ。カディスを国境の外まで連れて行ってもらわねばならぬ」

「むむむ。そうすると、モモちゃんと一緒に禁領へ向かえないなぁ?」


 僕は見渡す。

 そして、ライラに視線を向けた。


「ライラ。申し訳ないけど、レヴァリアと一緒にモモちゃんと禁領に戻ってくれるかな?」

「プリシアに会いたい」


 ばさばさと翼を大きく羽ばたかせて自己主張する大鷲。

 最初は逃げ回っていたのに、今では大親友だね!

 ライラも、モモちゃんに懇願こんがんされて仕方なく頷いてくれた。


「本当は、エルネア様とこのまま一緒にいたいですわ。でも、モモちゃんとプリシアちゃんのためですわ」

「うん、ありがとうね。レヴァリアも!」

『我の予定を貴様が勝手に決めるなっ』


 荒々しい咆哮をあげるレヴァリア。

 だけど、喜んだ大鷲がレヴァリアの背中に飛び乗っても、怒り狂ったりはしない。

 それどころか、大小四枚の翼を器用に、そしていつものように荒々しく羽ばたかせて、空まで隆起した僕たちの立つ地面に着地した。


「レヴァリア様、お疲れではないですか?」

『この程度で疲れるような軟弱者は、そこの竜王だけだ』

「はわわっ。エルネア様、無理はなさらずに、どうかご自愛くださいませ」


 僕にライラが強く抱きついてくる。

 僕もライラを抱き寄せる。暫しの別れの挨拶を交わす僕とライラ。

 ライラは満足するまで僕に甘えた後に、レヴァリアの背中に移動した。


「お屋敷でお待ちしていますわ」

「うん。残った用事を済ませてすぐに帰るから、みんなによろしくね! モモちゃんも、また後日にね!」

「うん。待ってる」


 ライラと大鷲を背中に乗せたレヴァリアが、またも荒々しい翼の羽ばたきと咆哮を残して、大空に舞い上がった。

 燃え残った、というか表面の樹皮だけがげた巨大な大樹の周りを大きく旋回すると、東の空へと飛び去っていく。


「ところでなのですが、エルネア様」

「メジーナさん、何かな?」

「ニーミアちゃんもライラちゃんと一緒に行ってしまったので、私たちはどうやって彼の地へと帰るのでしょう?」

「大馬鹿竜王め! 私のニーミアちゃんを返せっ。それに、なんだ! あの可愛い大鷲は!?」

「あーっ!」


 失念していました!


 ニーミアめ。姿を見せたら僕に居残りを言い渡されると思って、ライラのお胸様の中に隠れたままだったね!


「帰り、どうしよう……」

「わたしも帰れないんだぞっ。責任を取れ、へっぽこ竜王めっ!」


 アステルの罵詈雑言ばりぞうごんは、この後日が暮れるまで続いたのでした……

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