燻る火種

 厳しい表情で、伝令役を務める近衛兵このえへいを見る王様。

 近衛兵は、宮殿に集った面々に恐縮しながらも自らの任務を果たす。


「申し上げます。王妃陛下が滞在されております離宮に、ぞくが押し入りました。護衛の任に当たっていた近衛二十名はことごとくが斬り伏せられ、召使い共々、王妃陛下が人質に囚われている模様でございます」


 ひざまずき、口早くちばやに緊急を伝える近衛兵。

 王様を始め、政府高官や貴族の人たちだけじゃなく、僕たちもまた驚愕きょうがくに言葉を失う。

 特に、僕と一緒に王様と魔王の相手をしていたライラは、顔面蒼白になって震えていた。


「穏やかではない報告だな。押し入っただけではなく、近衛兵を皆殺しか。それで、王妃や召使いを人質にとってまで、賊はなにを要求しておる?」

「はっ。東部国境にある、古代遺跡の封鎖を解け、と……」

「古代遺跡の封印とな?」


 伝令として入室してきた近衛兵自身も、賊の要求する意味が理解できていないみたい。僕たちも、なぜ古代遺跡の解放なんだろう、と思案を巡らせてみるけど、賊の真意は読めなかった。

 あまりに意味不明な賊の要求に、誰もが首を傾げる。……いや、ひとりだけ、この事態を楽しんで傍観している人がいた。

 巨人の魔王だ。

 面白いことになってきた、と他人事風で人族が慌てふためく様子を見つめて、お酒を飲んでいる。


「ねえ。もしかして魔王なら、古代遺跡がなんなのかとか、賊の要求の真意を理解できているんじゃないですか?」


 東部国境付近にある古代遺跡といえば、二年前に魔族が利用した、転移の装置が眠る場所だ。

 なんでも、当時行方不明になっていた多くの巫女様の命が犠牲になって起動した装置らしい。

 おそらく、古代の神殿跡ではないかとわれている遺跡だけど、詳しいことは未だにわかっていない。

 だって、転移装置なんて現代の神殿には存在しないし、ヨルテニトス王国建国以前の歴史は史実として残っていないからね。


 考古学者が行った何度かの調査のあと。当時、お忍びで旅をしていたアームアード王国第三王女のセフィーナさんや、彼女と偶然知り合ったフィレルが遺跡の危険性に気づいた。それで古代遺跡は現在、王国軍によって厳重に封鎖されていた。


 未だに、僕たちには謎の多い古代遺跡。

 だけど、数千年生きている巨人の魔王なら、なにか知っているんじゃないのかな?

 僕の質問に、だけど巨人の魔王は口を開くことはなかった。


「……ともかく、賊をこのまま放置になどはしておれん。どのような要求であれ、悪辣あくらつな者の意に沿うようなことはあってはならん。すぐに部隊を編成し、現地へと向かうぞ」

「はっ!」


 王様の号令に、急に慌ただしさを見せ始める家臣の人たち。

 近衛兵や国軍の兵士は足早に退出し、高官の人は部下に指示を出しながら宴会を切り上げる。


 なんだか、大変なことになってきちゃった。

 僕たちは、旅立ちの一年を終えて帰ってきたフィレルを労ったり、王様たちとひと時を過ごしたあとは、すぐに帰る予定だったんだけどな。

 帰ったら、母親連合ははおやれんごうの相手もしなくちゃいけない。

 というかさ。「現地へ向かうぞ」ということは、王様自らが動くってことかな!?


 離宮って、いったいどこにあるんだろう。

 というか、王妃様って、あの王妃様だよね?


「くくくっ。放っておけば良いものを。すぐに帰る予定が狂った、とはすなわち、其方も首を突っ込む気満々ではないか」

「はっ!」


 魔王の仰る通りです。

 僕たちが滞在している間に起きた騒動だけど、これってヨルテニトス王国の問題だよね。

 僕たちが介入する必要はないんだ。


 とはいえ……


 僕の服をきつく握りしめ、未だに顔を青くしたまま震えているライラ。

 彼女は今、なにを思っているんだろう。


 ライラが過去に語ったおとぎ話に出てきた王妃様は、非情な人だった。幼い王女をしいたげ、存在しないように家臣たちどころか家族にまで強要した冷酷な女性。


 久々に見る、暗い闇に落ちたかのようなライラの表情。

 くちびるは真っ青になり、ふるふると震えていた。


「ライラ」


 僕はライラの味方だよ。ずっと隣にいるよ。と抱き寄せる。

 すると、ライラは弱々しい反応ながらも、僕を見つめてきた。


「エルネア様……」

「なんでも言って。僕はライラの望むままに動くよ」

「僕は、ではないわ。わたしたち家族は、よ」


 僕の言葉を一部修正したのはミストラル。

 僕だけじゃなく、ミストラルとルイセイネ、ユフィーリアとニーナ、それに宮殿内を駆け回っていたプリシアちゃんやアレスちゃんまでもがライラを囲んで抱き合っていた。


「あ、ありがとうございます。わたくしは……。王妃陛下を助けたいですわ!」


 意を決したライラの言葉に、家族全員で強く頷く。そして、そろって王様を見た。


「こちらとしても、君たちの参戦は心強い。近衛二十名を諸共もろともせず斬りふせるような賊だ。手練れである君らの協力はありがたい」


 王様の許可をもらい、僕たちは動き出す。

 人族とは馴れ合わない、と言ってどこかに飛んで行ったレヴァリアをユグラ様経由で呼び戻し、リリィを召喚する。

 震えていたライラも、準備が進みレヴァリアに騎乗すると、少しずつもとの元気さを取り戻し始めていた。


 ところで、離宮ってどこにあるんだろう?

 聞くと、地図を広げて教えてもらえた。

 どうやら、離宮は南部の山あいにあるみたい。もともとは王家の避暑地ひしょちとして利用していた夏の生活拠点らしいけど、現在では王妃様の療養所りょうようじょとなっていて、普通なら一般の人は気安く立ち入ることはできないんだって。


「儂は、グスフェルスと共に向かう。其方らの案内には、飛竜騎士団を付けよう」

「陛下、僕にも行かせてください!」


 王様は、命令を発しながら自らの準備を進めていた。

 立派な皮甲冑かわかっちゅうを着込み、愛竜のグスフェルスにくらしつらえられる様子を見ていた。

 するとそこへ、フィレルが参加を申し出てきた。


 フィレルは、王都に帰ってきたばかりらしい。それで色々と手続きや報告で忙しく、宮殿で催されていた歓迎会には遅れたみたい。

 だけど、王様はフィレルの介入を認めなかった。


「其方は其方の役目を全うせよ。この件は、儂自らが処理する」


 きっと、王様としては王子たちに無用な気苦労を背負わせたくなかったんだろうね。

 ライラと僕たちは複雑な事情で介入を許してくれたけど、ヨルテニトス王国の未来をになう王子たちの参戦は認めない。

 王様の強い意思に、フィレルだけでなく第三王子のキャスター様も見守ることを決める。


 場合によっては、王妃様の命は保証できない。

 王様の覚悟には、国を治める者として状況いかんによっては非情な決断を下す、ということも含まれている。

 きっと、王子たちには実の母を手にかけるというごうを背負わせたくなかったんだろうね。

 ライラは、そうした覚悟や過去を含めて参加することを望んでた。だから僕たちは全力で彼女の補佐をするし、王様も納得して参加を認めてくれたんだと思う。


 手早く準備をしつつ、僕たちはこれから向かう離宮についてさらに詳しい説明を受ける。

 説明をしてくれたり、案内してくれるのは、どうやら飛竜騎士のアーニャさんみたいだ。


「王妃陛下は、心をまれて療養されている、と国民には説明されています」


 二年前。第二王子のバリアテルと死霊使いゴルドバに洗脳されて王様を呪いにかけ、ヨルテニトス王国を未曾有みぞううの危機へ陥れた女性。

 当時の事件では、バリアテルが不運にも命を落とした。だけど、王妃様は無事に騒乱の終結を迎えることができた。

 とはいっても、洗脳されていたとはいえ騒乱の一翼いちよくを担っていた事実は消えない。それで、療養中という名目を国民には伝え、離宮に幽閉ゆうへいされていたみたいだね。


「王妃陛下は、過去も含め洗脳されておりました当時の記憶も持っていますのです。それで、ご自身の罪を深く反省されまして、この二年は離宮から一歩も出ていませんのですよ」


 やっぱり、変な口調のアーニャさん。

 まるで、上京したての田舎の騎士様みたいですよ?

 僕たちは王族でもなんでもないから、緊張なんてしなくても良いのにね。


 僕たちの準備は、すでに整っていた。

 まあ、長旅直後の歓迎会だったので、ほとんどの荷物は荷解にときもされていなかったからね。

 むしろ、飛竜騎士団の準備を待っているくらいだ。


 素早く、とはいっても、軍に所属する人たちだからね。命令書や伝令が末端まで伝わらないと、動くことはできない。

 案内役のアーニャさんも準備はとうに終わっていて、今は正式な命令伝達待ちみたいだ。


「人族の国も、随分と面白いな」


 すると、当たり前のように魔王とルイララがこちらにやって来た。

 いやいや、魔族はお呼びではないですよ?

 素直に宮殿で待機しておいてください。


「良いのか。こちらがどうなっても?」

「あっ、だめーっ」


 なんということでしょう。

 連れて行かなきゃ、こっちでは魔族の騒動を起こしてやる、と僕たちを脅すんですね。

 やっぱり魔族だ。自分の楽しみしか考えていません!


「まあ、そう邪険じゃけんにするな。其方も、先ほど質問していたではないか。古代遺跡がなんなのか、と」

「もしかして、教えてくれるんですか!?」

「其方次第だな」

「ぐぬぬ……」


 いったい、更なる要求はなんですか。

 連れて行くだけじゃ、満足しないんですね……

 怖いです。明確に提示されない要求は、恐ろしいです。

 僕は、どう魔王の要求に応えればいいのでしょう……


 顔を引きつらせて魔王のたくらみを推察していると、宮殿から更に別の人物が駆けてきた。

 聖職者たちの追っ手を振り払って!


「お待ちなさい。逃げることは許さないですよっ。錫杖をかえしてっ」

「ああっ、まだ錫杖を奪ったままだ!」


 見れば、魔王はマドリーヌ様から奪い宝玉を砕いた錫杖を、未だ手にしていた。

 僕たちの視線を受けて、にやりと笑みを浮かべる魔王。

 ああ、良い予感なんて全くしません!


「返して欲しくば、自力で奪い取るのだな」

「いやいや、魔王から奪うだなんて絶対に無理ですよねっ」

「きいぃぃぃっ。許しませんよっ」

「人族に許されたいなど、生まれてこのかた数度しかない」

「何度かはある!? そっちの方が驚きです!」

「魔女にな……」

「な、なるほど……」


 なんて魔王の過去や魔女さんのことを思っている場合ではありません。

 マドリーヌ様は、巫女頭様らしくもない荒い動きで魔王に飛びかかる。それをひらりと難なくかわす魔王。そのまま、魔王はリリィの背中に移動した。


「待ちなさいっ」


 そして、マドリーヌ様も躊躇いなくリリィの背中へ。


「背中が賑やかですねー」

「あっ。リリィ。なんで僕をさげすむ瞳で見るのかな!?」

「大概がエルネア君のせいですよねー」

「いいや、それは濡れ衣だよっ」


 なんて評価なんでしょうか。

 僕はリリィに強く抗議します。


「エルネア」

「ん?」

「責任を取って、貴方は向こうへ」

「えええっ!」


 絶対に行きたくない。

 魔王とマドリーヌ様と、ついでにルイララが騎乗するリリィの背中だなんて、絶対に嫌だよ!

 僕はライラが心配なんだ。ライラの騎乗するレヴァリアのほうがいい!


 だけど、僕の抗議もむなしく、人割りは完成してしまう。

 レヴァリアには妻たちとプリシアちゃんが騎乗していった。


「待たせてすまんな。さあ、行くとしようか」


 そして、準備の整った王様の号令で、僕たちは離宮へ向けて進軍を開始した。

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