転生者

 仙族せんぞくとは、死したのちに天上へとのぼり、新たな命として転生てんせいした者を指す、とナザリアさんは教えてくれた。


「それじゃあ、カルナー様も一度は死んじゃった?」

「いいえ、例外によって仙になった者も若干じゃっかんだけれどいるね。カルナー様と、その奥方で仙を束ねるレストリア様が有名かしら。あの方たちは自らの意思で仙になった、まれな存在ね」


 レストリア様とは、たしかカルナーさんが口にしていた人の名前だね。

 ふぅん、あのカルナー様よりも凄い人が、まだ上にいるのか。と、頷きながら聞く。


「ちなみに、カルナー様の奥様って、どんな人?」


 何となく質問したら、笑いとともに予想外の答えが返ってきた。


「あははっ。レストリア様は、人じゃないよ。転生前は、古代種の竜族だったかしら。まあ、美しい竜様には間違いないね」

「は?」


 人の連れいが、竜?

 いや、そういう添い方も、この広い世界ではありなのかもね。

 というか、カルナー様の正体が益々確定されてきたような気がします!


「んんっと。良かったね、ニーミア。お兄ちゃんと結婚できるよ?」

「んにゃ。挨拶に行ったら、絶対にお母さんに食べられるにゃ」

最恐さいきょうしゅうとめだ!」


 将来、ニーミアと結ばれる者の最大の難関は、雄嫌おすぎらいのアシェルさんをどう黙らせるかだと思います。

 絶対に、ただでは済まないよね……


「レストリア様は大きいのかしら?」

「レストリア様はお強いのかしら?」


 二千年以上も生きてきたスレイグスタ老は、小山のように大きい。

 もしもカルナー様が伝説の人物と同一で、そのお嫁さんが古代種の竜族なら、それはもう立派な姿をしているんだろうね。

 ユフィーリアとニーナの質問に、またしてもナザリアさん一家から笑いが起きた。


「小さいわよ? ほら、あそこで美味しそうにお肉を食べてるフィオちゃんやリームちゃんよりも小さいかしら?」


 レヴァリアが連れてきた二体の子竜は、これまたレヴァリアが狩ってきた野牛を美味しそうに食べていた。

 アユラさんに名前を呼ばれて、フィオリーナとリームがこちらを振り返る。口周りを血で汚し、夜闇に瞳を光らせる竜族に、鹿種の獣人族の人たちから小さな悲鳴があがった。


「フィオたちよりも小さいのかぁ。もしかして、ニーミアやアシェルさんみたいに、体の大きさを変えられるとかじゃない?」


 プリシアちゃんの膝の上に座って、一緒にご飯を頬張っているニーミアも、本当はレヴァリアよりも大きいんだよね。

 レストリア様も、同じような術が使えるのでは、と思ったんだけど。


 アユラさんは、首を横に振る。


「大きさは変えられないわ。レストリア様は、か弱くお優しい性格で、そのせいで古代種の竜族のお役目どころか、住処すみかでも爪弾つまはじきにされるような存在だったと聞くわ」

「だけど、戦えない代わりに、うたが上手い。めちゃめちゃ上手い!」


 急に、興奮したように鼻息を荒げて立ち上がるアゼイランさん。そして、食事中に行儀が悪い、とナザリアさんにしかられる。


「伝説、の中の物語だけれど。同族の竜にいじめられ、住処を追われた先。深い森の奥で独り唄を歌っていたレストリア様は、そこでカルナー様と出逢ったと伝えられているわ」


 お代わりを所望するプリシアちゃんにお肉の煮物にものをよそってあげながら、ミストラルが教えてくれた。

 カルナー様の伝説か。

 また今度、寝る前とかに、いっぱい聞かせてもらおう。


「で、よ。話はそこで戻るわ」


 ナザリアさんが、仙とは何か、という話に道筋を戻す。


「仙は、人だけではなく、他の種族からも選ばれるわ」

「だから、仙人せんにんなんて言い方をしないわけですね?」


 人族の物語やおとぎ話でも、仙人は出てくる。

 でも、例えばレストリア様のような元古代種の竜族は「人」じゃないから「仙人」なんて言い方はおかしいよね。


竜仙りゅうせんや、獣仙じゅうせん、なんて言い方もするけれど、普通は男か女かで分けるわね」

「ソシエさんやレストリア様は女性だから、女仙にょせん。カルナー様は男だから、男仙だんせんですね?」


 その通り、と頷くナザリアさん。

 では、竜の祭壇を守護するアイリーさんがもしも仙になったら、何仙になるんだろう、と考えては駄目です!


「仙族は、ソシエのように武を認められて転生する者の他に、生前にとくを積んだ者や、倫理りんりや道をいていた者といった文芸にひいでた者も選ばれるわ。幅広い選定基準の中から、ごく限られた者のみが選ばれるのだから、仙はりすぐりの者たちだということになるわね」


 ソシエさんや他の戦女仙たちも、僕たちに不満をぶつけはしたものの、実力は申し分なかった。

 まあ、ナザリアさん一家や獣人族たちからの思わぬ奇襲に、若干ながら面目めんつを潰されちゃったけどね。

 それはともかくとして。


 僕たちは、いろんな功績とこれからの期待を込められて、ミシェイラちゃんたちによって選ばれた。

 そんな僕たちとは違い、仙族も何者かの意思によって転生した、特別な者たちなんだね。


 でも、そこで人族ならではの疑問が浮かぶ。


 世界に生きる全ての者は、死後は女神様の膝元へと昇り、安息あんそくを手にする。と神殿宗教では教えてくれる。

 だけど、転生しちゃったら、女神様のお膝元まで行けないよね?

 いったい、何者が横槍よこやりを入れて、死者を女神様の元から連れていくんだろう?

 そもそも、多種族の世界観を人族の宗教観で語るのが間違いだ、と言われればそれまでなんだけど。

 今度、疑問をルイセイネとマドリーヌ様に聞いてみよう。


「ところで、エルネア」

「はい?」

「仙と向き合ってみて、何か気になったことは?」


 ナザリアさんからの突然の質問に、困惑する僕。


 気になったこと?


 ソシエさんや戦女仙いくさにょせんたち、それにカルナー様を思い出しながら、考えてみる。

 すると、ある疑問、というか強く印象に残ったことを思い出した。


「先生、光る大きな翼が気になります!」


 アゼイランさんは、戦女仙たちに「元有翼族」と言った。

 つまり、転生する前の戦女仙たちは有翼族だったってことを意味しているよね。

 でも、有翼族が光る翼を持っているだなんて、聞いたことがない。

 有翼族は、天族よりも翼が小さく、だから飛行能力でおとるらしい。それと、天族は白い翼の者しかいないけど、有翼族はいろんな色の翼をした人たちがいるんだよね。

 だけど、天族よりも何倍も大きく、しかも発光する翼を持つ有翼族なんて、僕たちは知らない。


 それと、カルナー様だ。

 カルナー様の翼も、まぶしく光を発していた。しかも、翼はミストラルや竜人族のそれに酷似していたのに、広げた翼の大きさは、倍もあったよね。


 種族の特徴を超えた大きな翼。それと、不思議な発光。

 僕の疑問に、よくできました、とお肉を差し入れしてくれるナザリアさん。

 もちろん、横からプリシアちゃんの手が伸びて、お肉は奪われました!


「覚えておきなさい。仙は、誰もが光る翼を持っている」

「それって、元人族や元獣人族でも?」

「魔獣であっても、地竜であっても、ね」

「わおっ!」


 僕たちの前に現れた者たちは、たまたま元有翼の種族だった。だけど、転生して仙族になれば、誰もがあんな翼を持てるんだね!


「翼を持たない者から見れば、空を自由に飛び回れる翼を得られて、嬉しい限りね。でも、もともと翼を持っていた者たちは、その翼を奪われて光る翼を手にしていることになるわ」

「ううーん。そう考えると、自分の翼に自負とか誇りを持っていたような者たちは、心浮かばないですね?」

「それで、仙としての務めを放棄する者もいる。とだけ、今は知っておきなさい」


 翼を得た、と喜ぶ者がいる。

 逆に、自慢の翼を失った、と悲しむ者もいる。

 そして「翼」という優位性が有翼の種族以外にも与えられたということにいきどおる者たちもいるのだと、ナザリアさんは言う。


「その話だと、転生とは任意のものではなくて、強制のようなものなのかしら?」


 ミストラルの質問に、その通り、と悲しく頷くナザリアさん。

 なぜ、ナザリアさんは僕たちに、仙の負の部分まで教えてくれたんだろうね?


余談よだんで言うと、物語などに出てくる仙人とかってやつは、つまり仙の務めを外れ、己の道を模索したり、新たな境地を目指す者たちだったりする、ってことだな」


 セジムさんのくくりに、なるほど、と頷いてしまう。


 根元の事実に尾ひれや尻尾や翼が付いて、いろんな伝説やおとぎ話になる。カルナー様も、そう言っていたっけ。

 どんなお話にも元となる実話があり、物語に登場する仙人なんかにも源流となる人がいたんだね。


「さあ、仙についてはこれまで。あなた達は、これから成すべきことがあるでしょう?」


 食事が済んで、焚き火を囲みながら、お休み前に温かい飲み物をすする。

 本当は、もっといろんなことを質問したいんだけど、時間は有限だった。


「女の子は、近いうちに旅へと出るんですよね?」

「春の吉日きちじつに、エルネアの持つ霊樹を道標みちしるべに来るの」

「それじゃあ、それまでに準備を終わらせておかないといけないってことですね!」


 女の子を狙って、妖魔やその王が出現する可能性が極めて高い。というか、ミシェイラちゃんたちは、現れると確信している。

 そして僕たちに、女の子の守護と妖魔の王の討伐を期待していた。


「もう、年を越して結構経つわ」

「もう、立春も間近だわ」


 ユフィーリアとニーナが、どうしましょう、と両手を取り合う。


「はわわっ。時間がありませんわ」

「急いで準備を整える必要があるわね」


 ライラが落ち着きなく目を泳がせ、セフィーナさんがあごに手を当てて考え込む。


「あらあらまあまあ、前代未聞の騒ぎになりそうですね」

「総力を決して、挑まなければいけませんね」


 言葉とは裏腹に、少し楽しそうなルイセイネ。マドリーヌ様は、嬉々ききと瞳を輝かせています。


「それじゃあ、手分けして動きましょうか」


 言ってミストラルは、確認するように僕を見た。


「うん、その方が良いね!」


 準備していたけど、間に合いませんでした。なんて、洒落しゃれにもならない。

 依頼を請け負ったからには、万全の状態で完遂かんすいしなきゃね。


「それじゃあ……」


 どう役目を割り振ろうかと僕が口にする前に、家族の全員が率先して手を挙げた。


「アームアード王国は、私たちが行くわ」

「アームアード王国は、私たちに任せてほしいわ」


 ユフィーリアとニーナは、王様へ直談判じかだんぱんしに行くと言う。

 アームアード王国の助力は絶対不可欠だからね。

 これからにそなえて、人と物資の面から支えてもらいたい。


「ヨルテニトス王国へは、私が行きますわ」


 アームアード王国と双子になる東の隣国。ヨルテニトス王国へは、ライラが向かうことに。


「冒険者組合の協力も得られないかしら?」


 すると、セフィーナさんが思案の旅から戻り、意見を口にした。


「良い考えだね。冒険者の中には、凄腕すごうでの人たちだっているからね」


 現に、昨年末の邪族の事件では、多くの冒険者が活躍してくれた。

 協力に名乗り出てくれる人がいれば、嬉しいね。


「獣人族も、協力をしまねえぜ」


 こちらの話に聞き耳を立てていた獣人族の戦士たちが、名乗りを上げてくれた。

 ジャバラヤン様も好意的に微笑み、出し惜しみなく手を貸してくれることを約束してくれる。


「それじゃあ、竜峰はわたしに任せて」


 近く、定例の竜王会議が開かれる。そこで、ミストラルに協力を要請してもらう。


「では、神殿へは私が働きかけましょう」

「マドリーヌ様がヨルテニトスでしたら、わたくしはアームアード王国の神殿へ」


 巫女のルイセイネと、巫女頭みこがしらのマドリーヌ様、それぞれも神殿へ掛け合ってくれる。と思ったら、マドリーヌ様から待ったがかかった。


「ルイセイネ。神殿の件は私にお任せなさい。貴女には、他にもやるべき役目があるはずです」


 ヨルテニトス王国の大神殿に所属しているとはいえ、巫女頭であるマドリーヌ様が動く方が、たしかに効率は良いかもしれない。

 でも、ルイセイネが他にになうべき役目って、何だろう?


 全員が首を傾げる。

 そこに、答えを持つ人物が自分から手を挙げた。


「んんっとぉ。アリシアも協力するね! よし、大親友に協力をお願いしてきちゃおう。プリシアも行く?」

「おわおっ。行く行く!」


 はて、大親友とは誰のことだろう、と少しだけ考えて、ひらめいた。


「ルイセイネ、アリシアちゃんとプリシアちゃんに同行して!」

「あらあらまあまあ、これは大役ですね」


 そういえば、年越し前に耳長族の姉妹には大親友ができたんだったよね。

 モモちゃんという、大魔術師だいまじゅつしが!


 モモちゃんが協力してくれるなら、心強い。

 だけど、アリシアちゃんとプリシアちゃんだけを迎えに向かわせるのは、あまりにも危険です。

 なので、ルイセイネには二人のお供をしてもらうことになった。


「それじゃあ、僕は……」

「エルネアは、魔族の国担当ね」

「えっ!?」

「それと、魔獣たちへの伝達、竜峰同盟の盟主として、竜族への働き掛け」

「ミ、ミストラルさん……?」

「そうそう、おきなへの挨拶と、竜の森の耳長族と精霊たちへも、話を通してちょうだいね?」

「ひええぇぇっ!」


 問答無用で割り振られた僕への仕事量に、みんなが笑う。

 ただし、僕に協力してくれるという人は、誰ひとりとして現れなかった。

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