天族の島
何者かが
今は、お互いに刺激し合わない方が良いと思う。
アレクスさんも、潜伏者の存在に気付いていながら、様子見状態のようだったしね。
僕は気配を殺したまま村に戻る。そして、みんなが何をしているのかを見てみることにした。
まずは、散歩がてら村の人たちから情報を収集しているプリシアちゃんたちだ。
ユフィーリアとニーナに手を引かれたプリシアちゃんが、鼻歌を歌いながら上機嫌に
すると、農作業をしているお婆さんに出会った。
「んんっと、おはようございます」
「にゃん」
「おやまあ、おはようさん」
お婆さんは、最初にユフィーリアとニーナの瓜二つの容姿に驚き、次にプリシアちゃんの愛らしさに笑顔を見せる。
「昨日から、アレクス様のところに来たお客様だね?」
「お世話になっているわ」
「お騒がせしているわ」
小さな村だ。僕たちの来訪なんて、瞬く間に村民全員へ知れ渡ったんだろうね。
そして村の人たちは、アレクスさんから僕たちの話を聞いているはずだから、どういう者かということはわかっているんだと思う。
人族と耳長族と小竜という、神族の国には似つかわしくない特異な者たちに対しても、お婆ちゃんは優しい笑みを浮かべていた。
「あのね、プリシアはお母さんを探して旅をしているんだよ」
「この村の周辺のことを知りたいわ」
「この村の近くの情報を聞きたいわ」
プリシアちゃんたちの質問に、小首を傾げるお婆ちゃん。だけど、すぐにこちらの意図を理解してくれたらしい。
「そうねえ。この辺りは遠くまで森が広がっているけど、耳長族の村はないわね。森には、ここのような小さな村落が幾つか点在するくらいよ。でも、どの村も神族や天族と奴隷の人たちばかりで、他の種族の村はないわね」
と、話すお婆ちゃん。
そもそも、この辺りは帝国に支配される以前から、神族が治める小国の領土だったんだよね。そして、魔族の国でもそうだけど、神族の国内にある他種族の村や集落は
だから、大っぴらに他種族の住む村や集落は存在しないと、お婆ちゃんは教えてくれた。
「特に、最近ではこんな辺境にも帝尊府が現れるようになったから、貴女たちみたいな人はあまり見かけないわね。耳長族なんて、特にね? ああ、帝尊府を知っているかい?」
「村長様に教えてもらったわ」
「帝を崇拝する人々と聞いたわ」
「気をつけなさいね。どこか別の場所にも探しにいくの? なら、領主様の街には近づかない方が良いわね」
「それは、帝尊府が沢山いるからかしら?」
「それは、領主が危険な人だからかしら?」
「両方、と思っていた方が安全だわね。前に息子夫婦から聞いたのだけれど、少し物騒になってきているらしいわ」
お婆ちゃんの息子夫婦は、ギルディアが
「帝尊府が目印になるような物を身につけているわけじゃあないんだけどね。でも、なんとなくわかるそうよ。雰囲気が悪くなったと言っていたわね。だから、息子夫婦はそろそろこの村に帰ってくると言っていたわ」
マグルドもそうだけど、見た目だけでは帝尊府かどうかはわからない。言動をよく観察していれば、その過激な振る舞いに違和感を覚えるらしいので、用心していればすぐにわかるらしいけどね。
「ギルディアの支配する街より、この村の方が絶対に住みやすいと思うわ」
「ギルディアの治める街より、この村の方が絶対に安全だと思うわ」
「あのね、プリシアはここが好きだよ?」
「ふふふ。ありがとうね」
これ以上、農作業の邪魔をしては悪いと、プリシアちゃんたちはお婆ちゃんにお礼を言って立ち去ろうとする。それを引き止めるお婆ちゃん。
「お待ちなさいな。これを持っていくと良いわ。さっき収穫したばかりだから」
そして、採れたての野菜を惜しげもなく譲ってくれる。
三人と一匹は改めてお婆ちゃんにお礼を言うと、次の場所へ移動していった。
僕も、気配を殺したまま散歩組を追う。
次にプリシアちゃんたちが出会ったのは、畑に囲まれた家の
「お前たち、
「あのね、プリシアはお母さんを探しているんだよ?」
「お母さん? ……ああ、そういうことかよ」
どうやら、天族の青年もこちらの事情を素早く理解してくれたようだ。
「昨日、兄貴が森の奥で発見した奴らって、あんたらだろう?」
「あの人のお兄さんね?」
「あの人の身内ね?」
どうやら、昨日僕たちを通報した天族の男性の弟みたいだね。
なら、聞きたいことがあります。
でも、僕は隠れているからなぁ。と思ったら、ユフィーリアとニーナが代わりに質問してくれた。
「なんで私たちを通報したのかしら?」
「なんで神族の兵士たちが捕らえに来たのかしら?」
「ああ、それか」
瓜二つの美しい容姿を持つ女性に詰め寄られて、苦笑する天族の青年。
「兄貴に悪気はなかったんだよ。ただ、領主様の手前、ああいう対応を取らざるを得なかっただけだ」
そもそも、僕たちの存在に最初に気付いたのは、アレクスさんだったらしい。
竜峰と村の間に広がる森が何やら騒がしいから、青年のお兄さんに偵察をお願いした。そうして僕たちを見つけたんだと教えてくれる天族の青年。
「それを兄貴がアレクス様に報告したら、領主様が兵を出して他所者は捕まえろって言い出してよ」
お兄さんは僕たちのことを、アレクスさんが以前に話した者たちだ、みたいに報告したんだろうね。それを耳にしたギルディアが、僕たちを利用しようとして神兵を差し向けたんだ。
「でも、なんで神族の兵士だったのかしら?」
「でも、なんで天族の兵士じゃないのかしら?」
「やっぱり、他所から来たあんたらでも、それが気になるんだな」
ユフィーリアとニーナの疑問に、うんうんと頷く青年。だけど、彼も答えは知らなかった。
「違う種族のあんたらから見ても、変だよな? なんで領主様は天族を連れていないんだろうな?」
「まさか、天族の家来全員が一斉に聖地巡礼に行ったわけじゃないだろうしよ」
「んんっと、聖地巡礼ってなに?」
プリシアちゃんが可愛らしく首を傾げたので、青年は破顔する。
「はははっ。天族じゃない、ましてや山の方から来たあんたらにはわからないよな」
と言って、青年は面倒くさがらずに教えてくれた。
「俺たち天族には、聖地と呼ぶ島があるんだよ。天族なら、生涯で一度はその島に行きたいと願うもんだ」
どうやら、人族が神殿都市に巡礼に行きたいだとか、聖職者の人が聖地を目指すみたいな話と同じように、天族の間にも
「あんたらは知らないだろうけどよ。この辺を治めていた前領主のモンド伯が暮らす島が、天族の聖地だって
ほうほう。興味深い話です。
僕も、物陰から天族の青年の話に耳を傾ける。
ここから南に数日歩くと、竜峰とは違う山岳地帯に入るという。その山奥に大きな湖があり、湖の真ん中にはひとつだけ島が在って、そこがモンド伯の住む街だと話す青年。
湖の周りの陸地と島を結ぶ橋は一切なく、天族のみが飛んで渡れる。
島にある街は、辺境伯爵である神族の一族以外、ほぼ全員が天族で占められていて「天族の島」と呼ぶ者もいるのだとか。
陸地と島になぜ橋を架けないのか。なぜ天族だけが住み着く島に、神族のモンド辺境伯の一族だけが暮らしているのか。青年は「言い伝えだが」と前置きをして話す。
「何千年も前の話だ。まだこの地域に神族の国々が
だけど、その大災厄に関わる詳しい話は言い伝えられていないらしい。しかも、なぜ今もモンド辺境伯が島に住み続けているのかを知る者もいないのだと教えてくれる青年。
それでも、モンド伯の一族以外、天族だけが住んでいるという島の知名度は広がっていき、いつしか天族の聖地と呼ばれるようになった。
「モンド伯は、帝国が侵攻してくる以前どころか、小国が興るよりももっと前から聖地に住んでいたからな。それで、小国の王たちや帝国の帝もモンド伯を大切にしてきたってわけさ」
ちょっとした歴史話になっちゃったね。
「んんっと、プリシアもお島に行ってみたいよ?」
「行けると良いな。でも、そこにだって耳長族の村はないぜ? まあ、観光がてら遊びに行くくらいは良いかもな」
「ということは、天族以外でも島に行けるのかしら?」
「ということは、他の種族も島に入れるのかしら?」
「住むってんなら、厳しいが。観光程度なら誰でも入れるぜ。橋はないが、船の往来はあるからな。とは言っても、帝国内でも辺境の山奥にある湖と島だからな。天族以外の観光客は少ないから船の数も少ないし、島では翼を持たない者は目立つから大人しくしておくこった」
しかも、その観光客が神族でなく人族や他の種族だったら、なおさら目立つだろうね。
天族の島に行くことになったとしても、目立たないように気をつけよう。特に、騒ぎは厳禁だね。
「さあ、俺もそろそろ狩りに行くとする。他に聞きたいことがあるんなら、別の奴に聞くと良い。アレクス様の知り合いってんなら、みんな良くしてくれるだろうさ」
そう言い残すと、青年は白い翼を羽ばたかせて、森へ向かって飛んでいった。
プリシアちゃんたちは手を振って見送ると、また散歩を再開する。
次は、畑の向こうで農耕器具をお手入れしているおばさんとおじさんに会いに行くのかな?
僕は物陰から三人を見送った。
プリシアちゃんたちは問題ないみたいだね。
美人の双子と可愛い幼女は、人受けが良い。それに、村の人たちもみんな親切そうだから、三人がお散歩をしていても騒ぎになるようなことはないみたいだ。
それなら、と僕は別の場所に移動する。
気になるのは、やっぱりアミラさんたちのことだ。
あの性格の悪いギルディアやマグルドが、騒ぎを起こさずに村を見て回るだなんて考えられない。
空間跳躍で物陰から物陰へと移動しながら、アミラさんたちの行方を探す。
すると、すぐに見つけることができた。
しかも、悪い形で。
空間跳躍で、
「ってめえ!」
そして、アルフさんの怒声が
僕が慌てて覗き込むと、緊迫した場面が広がっていた。
拳についた血を拭う、マグルド。そして、納屋の壁に背中を打ち付けて座り込むアルフさん。
だけど、アルフさんの怒りの矛先は、自分を殴り飛ばしたマグルドへではなく、その後ろでにたりと笑みを浮かべるギルディアに対してだった。
「たとえ領主でも、それ以上アミラに手を出すと許さねえぞ!」
叫び、立ち上がるアルフさん。
「ふんっ。田舎者がよく吠える。だが、お前がどれだけ吠えても、俺に手を出すことはできんぞ? 貴族である俺に手を挙げるということは、帝の威光に
「っ!?」
睨むアルフさんへ見せつけるかのように、ギルディアがアミラさんに手を伸ばす。
そして、腰に腕を絡ませてアミラさんの身体を強く引き寄せると、その長く豊かな黒髪を
アミラさんが心底嫌そうに顔を
にたにたと嫌らしい笑みを浮かべて
「お前っ!」
今にもギルディアに殴るかかりそうな気配のアルフさんの前に、マグルドが立ちはだかる。
「ギルディア様も仰ったように、帝がお認めになった貴族の方々に手を挙げるということは、帝に拳を振り上げることに等しい。それでも、貴様はギルディア様に歯向かうつもりか」
帝尊府であるマグルドなら、たとえ闘神の末裔であっても帝の威光を傷つける者には容赦しないかもしれない。
アルフさんもそれが頭を過ったのか、悔しそうに唇を噛み締めて踏み止まる。
それでも、殺意とも取れる怒気を押し殺そうとせずにギルディアを睨むアルフさん。
このままでは、アルフさんは怒りを抑えきれずに暴走してしまうかもしれない。
一触即発の空気が、静かな村に満ち始めていた。
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