闇の胎動
「ぜひ、これをご覧いただきたく」
神官様が言うと、巫女様が
それを凝視する部屋の全員。
「魔剣を陛下の前へ出すとは」
怒気を露わに、テイゼナル将軍が神官様に詰め寄る。
コールアーヌ近衞騎士隊長が、王様の前に壁として立つ。
「お、恐れながら、魔剣の浄化はすでに済んでおります」
慌てて補足する神官様に、部屋の全員が首を捻り、疑問符を浮かべた。
魔剣は、魔族以外の者が手にすると呪われてしまう。遺跡に現れた者が手にしていたのは、その中でも持った人を魅了して殺戮者にしてしまうたちの悪いものだ。
魔剣を持つと呪われるから、普通は魔剣使いを倒しても、魔剣はその場に放置される。
だけど、魔剣をそのままにはしておけないので、神殿から派遣された巫女が魔剣の浄化を行い、無力化するんだ。
でも、無力化された魔剣は朽ちて直ぐに鉄くずに成っちゃうんだよね。
だけど、目の前の四本の魔剣は、遺跡で魔剣使いに握られていたときのままの形状をしていた。
多分全員が、僕と同じことを考えて疑問に思っているんだろうね。なんで浄化したはずの魔剣が朽ちていないのか、と。
「これはどういうことだ」
テイゼナル将軍は魔剣を指差し、神官に説明を求める。
さすがは将軍、威圧感が半端じゃないよ。
神官様も将軍に気圧されて、声が震えていた。ちょっと可哀想。
「は、はい。じつは」
神官様は一本の魔剣を手に取り、説明する。
「魔剣が出た際の浄化は、私どもの務めでございます。ですので、今回も勿論、浄化を施しました。しかしご覧の通り、朽ちることなく剣自体が残りまして。どうしたものかと一度神殿へと持ち帰ったのでございます。その後、呪いが残っていないか調べましたが、魔剣としての能力は完全に残ってはおりませんでした」
じゃあ、この残った剣は何なんだろう。僕が思った疑問はみんなも同じで、神官の男性も同じだった。
「魔力がなくなったこの剣が一体何なのか。なぜ朽ちなかったのか。武器の鑑定士を招んで調べさせましたところ」
固唾を呑む僕たち。
「この残った剣には、竜殺しの属性があることがわかりました」
神官の言葉に、全員が息を飲む。
「ど、どういうことだ」
王様も動揺してた。
無理もないよ。人族の治める国で魔剣が出ることがまず珍しいのに、更にその魔剣に尚珍しい竜殺しの属性が付与されているなんて。
しかも、この国もヨルテニトス王国も、竜に所縁のある国なんだよ。
竜殺しの属性なんて、国宝の武器で何本かあるくらい。一般人は凄腕の冒険者や大物貴族でさえも持っていないし、持っていても国に何か企んでいると思われて捕まっちゃうよ。
その希少性が極めて高い竜殺し属性の剣が、四本。しかも、僕はすぐに気がついていた。この四本の剣は、見た目が全く一緒だった。
「あ、ありえない。同じ姿形の竜殺しの剣が四本だなんて」
リステアも同じことを思っていたね。彼も驚きで唇を震わせていた。
「よ、よもや、魔族どもはこのような物を量産化する技術でも手に入れたのか」
王様は大きく目を見開き、四本の魔剣を凝視していた。
量産化出来るとしたら、これはもう恐ろしいことだよ。人族だけでなく、竜人族や竜族、それだけじゃない、神族も巨人族も、魔族と敵対する種族はみんな危険になる。
そもそも、魔剣や呪力剣はそう簡単には造れないはずなんだ。
属性の付与されている武具には、大抵宝玉が埋め込まれている。
宝玉とは、魔物の死骸から取れる魔晶石の、鉱石版みたいなもの。でもこれは滅多に見つからないし、見つかっても加工しなきゃ使えない。
呪力剣であれば、呪術士が宝玉に長い年月呪力を溜め込んで、その後にその宝玉にあった剣を加治士に依頼しなければいけない。
呪力剣とは、呪術士が生涯の集大成として、長い年月をかけて作り上げる匠の剣なんだ。
だから、こういった宝玉を宿した武器は唯一無二で、それは魔剣や神剣にも同じことが言えるんだよ。
それなのに、全く同じものが同時に四本。いくら阿呆の子の僕でも驚愕させられていた。
「同じ型の魔剣が四本同時など、前代未聞だ」
わなわなと唇を震わせて驚いているグレイヴ様。
やっぱり、この中で一番の危機感を持っているのは、飛竜騎士団団長のグレイヴ様なんじゃないかな。だって、竜殺しの属性武器なんて、竜騎士の操る竜の天敵だしね。
「この様な物を量産できるなど、そこいらの魔族ではあるまい。上級、いや、下手をすると魔王格の魔族が加担している可能性がある」
全員が驚いているなか、王様だけがが辛うじて冷静に状況を分析していた。
「このことは我が国とヨルテニトス王国のみの問題ではありませんな。至急、竜人族との情報交換に入りましょう」
テイゼナル将軍の提案に、コールアーヌ近衛騎士隊長も頷く。
「よもや、魔剣使いの一件がこれ程の事になろうとは」
王様は蓄えられたあご髭を撫でながら、渋面していた。
「それで、この竜殺し属性の剣は如何いたしましょう」
神官様が恐る恐る尋ねる。
「これは王国預かりとする。異存はないか」
王様の言葉に、神官様は安堵の表情を浮かべて頷いていた。
さすがに竜殺しの剣を神殿で保管するのには躊躇いを感じていたんだろうね。だって、国の宝物庫にも数本しかないようなものなんだし。
「では、受け取りの手続きをするとしよう」
王様がそう言うと、巫女様が元魔剣で竜殺しの剣を四本、再度抱え直す。
「では、わしもお伴しますかな」
コールアーヌ近衞騎士隊長とテイゼナル将軍が王様の後に続く。
「おお、そうであった」
部屋を出て行こうとした王様が、僕たちの方へと振り返る。
「エルネア君、君とは少し話をしたかったのだが、すまんな。是非後日、またここを訪ねて来なさい。それとグレイヴ殿、この件はまた後で、貴殿とじっくり話し合わせていただきたい」
えっと、僕のことは忘れてていいんだけど、隣の国から訪ねてきた竜騎士様の存在も忘れていませんでしたか。
王様でもいっぱいいっぱいだったのかな。動揺を表に出さないところはさすがだね。でもやっぱり、王様も人間なんだね。予期しないことには動揺して周りが見えなくなっちゃうんだ。
王様と将軍、それと近衞騎士隊長がいなくなって、部屋に取り残された僕ら。
一瞬変な空気が流れたよ。
気まずいというかなんと言うか……
「変だな。魔剣使いは五人だったのに、今回持ち込まれたのは四本だ」
場の空気を感じているのかどうかわからないけど、スラットンが疑問を口にする。
たしかにそうだよね。僕も今気がついたけど。残りの一本はどうしたんだろう。
僕も首を傾げていると、呆れたようにリステアがため息をついた。
「お前たち、あの現場をちゃんと見ていなかったのか」
「あの現場?」
「そうだよ、黒甲冑の魔剣使いが倒されていた現場だ」
リステアの指摘に、僕とスラットンは首を同じように傾げた。
ううん、どんな現場だっただろう。あの時はルイセイネのことで頭がいっぱいで、現場状況なんて詳しく見てないよ。
黒甲冑の魔剣使いは、ミストラルさんに撲殺されたんだよね。
そう思って当時の状況を思い出して、気分が悪くなる僕。
黒甲冑の魔剣使いは、ミストラルさんに撲殺されて見るも無残な肉塊になったんだよね。
スラットンとネイミーも同じ情景を思い浮かべたらしく、顔を歪ませていた。
セリース様とクリーシオは澄まし顔だ。きっと思い出さないように違うことを考えているに違いない。
「黒甲冑の魔剣使いが持っていた魔剣は、粉砕されて力を失っていただろう」
リステアに言われても、肉塊に意識を持って行かれて思い出せなかった。
肉塊は思い出したくなかったよ。
「黒甲冑の男を殴り殺した冒険者か、実に興味がわく」
僕たちに口を挟んできたのは、グレイヴ様だった。
「そうですね、鋭利な武器ではなく鈍器を持っているなんて、珍しい冒険者です。それで腕もあるというなら、僕も興味がありますね」
「ほほう、貴殿もか」
そうして、グレイヴ様とリステアは話を弾ませていった。時折、白甲冑の人やスラットンたちも楽しそうに会話の輪に入る。
そして僕は、除け者だった。
なんというか、グレイヴ様に無視をされているというか。意識に入れてもらえないというか。
王様が出て行った時の気まずい空気は、グレイヴ様の出す雰囲気だったんじゃないのかな。
グレイヴ様は、リステアたちとは親しく話すけど、僕の方は見ようともしないよ。
きっと、僕のような平民の子供なんて相手にしていられないんだろうね。しかも僕は、呪われていたとはいえヨルテニトス王国の王国騎士の人を倒しちゃっているわけだし。
普段は気遣いが完璧のセリース様も、僕を話の輪には入れてくれなかった。
つまり、いまは大人しくしておけって事なんだよね。
僕はひとり除け者で、手持ち無沙汰な時間を過ごした。
飲み物を飲んでみたり、お菓子をつまんでみたり。窓から見える中庭の風景を見たりして時間を潰していると、部屋の外から声がかかり、グレイヴ様と白甲冑の二人は部屋から出て行った。
王様とこれから会議なんだろうね。
三人が部屋から出て行って、扉が閉められる。
「ふうぅ」
リステアがひとつため息を吐いた。ため息だなんて、珍しいね。
スラットンとクリーシオ、ネイミーは側の長椅子にへたれこむ。
セリース様はリステアの横で、苦笑しをていた。
「エルネア、すまなかったな」
リステアが謝罪と一緒に飲み物をくれた。
「えっと、なに?」
僕は訳が分からず、首を傾げる。
「いや。グレイヴ殿下が君をことさら無視していたから、付き合うしかなかったんだ。本当にすまなかった」
「エルネア君、ごめんね」
リステアとクリーシオが、僕に頭を下げる
「あわわ。ふたりとも、頭をあげてよ。僕は全然気にしていないよ。というか、殿下? もしかして、グレイヴ様は王子様なの?」
「ああ、エルネアは知らなかったのか。グレイヴ殿下は、ヨルテニトス王国第一王子であり、飛竜騎士団団長だよ」
スラットンの言葉に、僕は驚く。王子様だったのか。意外すぎて顔が引きつっちゃった。
僕の半笑いを見て、クリーシオがくすくすと笑う。
「グレイヴ殿下も、王子として今回の事には思うところもあるんだろう。エルネアは気にすることないよ」
僕の肩を叩いて励ましてくれるリステア。
「うん、気にしてないよ」
「うへっ。あの無視されようを気にしないなんて、エルネアは大物だな」
けたけたと笑うスラットンに蹴りを入れるクリーシオ。よくやった、クリーシオ。もう二回ほど蹴るんだ。
「第一王子ってことは、下にも何人か王子様がいるのかな。も、もしかして側にいた白甲冑の人が第二と第三王子様なのかな」
僕の阿呆な考えに、みんなが笑う。ううう、恥ずかしい。
「そんなわけあるか」
「弟の王子を護衛にするなんて、ないない」
「エルネアの思考は飛んでるな」
「ふふふ。王子の下には、他に三人の王子がいますよ。グレイヴ様が二十一歳。次の王子が十九歳。次が十七歳。一番下が十三歳ですね」
爆笑する四人とは違って、セリース様だけが優しく僕に教えてくれた。あ、セリース様も笑いを堪えている。そ、そんなぁ。
「え、えっと。途中の十五歳枠がなんか抜けてるね?」
「変なところに気がつくな」
「やっぱり、エルネアは変な思考をしてる」
「もう、貴方たち。エルネア君が可哀想でしょう」
笑い続けるリステアとスラットンを諌めてくれるセリース様。
ネイミーは、長椅子にくの字で横たわって笑っていた。
そ、そんなに可笑しいのかな。僕って。
なんかここにきて良い事がないような気がして、僕の気持ちは落ち込み気味だった。
「エルネア君はいい所に気がついたんですよ。十五歳のところには、本当は王女が入っていたんです。でも、ずっと小さい時に病死したと聞いています」
そうなのか。唯一の王女様は、亡くなっていたんだね。
それにしても、二年ごとに子供を作るとは、ヨルテニトス王国の王様もなかなかにやりますね。
僕たちはその後、他愛のない話をしながら午前中を過ごした。
僕としては一刻も早く竜殺し属性の剣のことをミストラルたちに伝えたかったけど、こういった豪華な場所からのお暇の仕方を知らなくて、ずるずると滞在してしまったんだ。
そうしたらお昼になり、みんなで昼食をとった後にようやく解散になった。といっても、王城に住んでいない僕が帰るだけなんだけどね。
僕は、セリース様が手配してくれた馬車にひとり乗り込んだ。
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