黒甲冑再び
竜力が満ち、瞑想を終えた僕たちは、再出発をする。
草原は背の低い木が疎らに点在し、それ以外は腰よりも低い草が生い茂っている。
その中に一本の獣道のような細い筋が走っていた。細い筋のような獣道は僕たちが来た林の奥から伸び、ずっと先の
明らかに何者かが利用している道。それはつまり、道の出発点である竜人族の村の人が、普段から行き来をしている証拠だよね。
竜人族の若者、そして戦士の人たちはこの道を通って、泉の方へと行ったに違いない。
道を辿り、草原を横断した先に、泉はあるはずなんだ。だけど草原からでは、さらに先の藪の奥にある泉は確認することができなかった。
「ところで、ルイセイネたちはどうしたの?」
僕、ライラ、ミストラルの順番で縦に並んで獣道を進みながら、昨日から気になっていたことをミストラルに聞いてみる。
ミストラルとルイセイネ、それとプリシアちゃんとニーミアは、揃って会議のある村に出かけていたんだよね。なのに駆けつけてくれた時には、ルイセイネもプリシアちゃんも居なかったから、気になっていたんだ。
本当は、もっと別の場所と時間に聞けば良かったんだけど、色々あって聞く機会がなかったんだよね。
「ルイセイネにはプリシアのお守りを頼んだの。危険な場所にプリシアを連れて来るわけにはいかないでしょ。かと言って、あの子をひとりにするわけにもいかないし」
「なるほど」
納得です。
緊急事態だったから、ミストラルは有無を言わさず言い渡して、駆けつけてくれたんだろうね。
プリシアちゃんも、普段はわがままで言うことを聞いてくれなかったりするけど、ミストラルが本当に言うことを聞かせたい時なんかは、その空気をきちんと読み取ってくれる。
特に、本気で怒られる時なんかはね!
「プリシアちゃんは耳長族ですのに、どうしてエルネア様たちと一緒にいるのか疑問ですわ」
「そういえば、ちょっとの外泊だけじゃなかったの? 僕がミストラルの村に着いて随分と経つけど、森に帰る気配がないよね」
ライラと僕の質問に、ミストラルは頭を抱える。
あああ、これはきっとまた何かあったんですね。深く聞いちゃ駄目だ。
僕はミストラルと視線を合わせないように、前をしっかりと向いて歩いた。
……気のせいでしょうか。背中にとても鋭く痛い視線を感じます。
僕は泉に着く前から全身を緊張で硬直させ、嫌な汗をかいた。
「エルネア」
「は、はいっ」
ミストラルに呼ばれ、僕は背筋を伸ばして戦々恐々としながら振り返る。
「この先は何が起きるかわからないから、油断しないでね」
「ああ、そのことなんだね。大丈夫、油断はしていないよ」
僕はてっきり、怒られるのかと思ったよ。
額の冷や汗をぬぐいながら進路に向き直り、歩みを再開させながら、ほっと胸を撫で下ろした。
すぐ後ろのライラが、くすくすと笑っていた。
僕たちは、生い茂る草原を警戒しながら進む。目的地は藪の先の泉だけど、草原の中に誰かが潜伏していて、不意打ちを受けたら大変だからね。
「獣の気配がないわ。注意をしてね」
ミストラルの言う通り、気を張り巡らせた範囲には動物の気配がしない。普通なら、泉も近い草原には、動物がいてもおかしくないのに。
僕たちが気を張っているから逃げたんじゃない。これは明らかに先客がいて、その気配を察知した獣たちが逃げ出した後なんだと思う。
草原を抜け、藪に入り、泉にたどり着く。
しかし、泉にもやはり、動物たちの気配は全くなかった。
ただし、その代わり。
「居るわね」
ミストラルが泉の周りに生い茂る藪の一点を注視していた。
「ほほう。俺の気配を読み取るか」
言って藪の奥から現れたのは、見覚えのある全身黒甲冑の魔剣使いだった!
僕は全身に緊張が走るのを感じる。
忘れるわけがない。
去年。王都の近くの遺跡で行われた夜営訓練の際。ルイセイネと教師を傷つけ、襲ってきた魔剣使いと同じだ。
もちろん、あの時の黒甲冑の魔剣使いとは違う人物だということはわかっている。あの時の魔剣使いは、ミストラルが瞬殺したからね。
でも当時のことを思い出した僕は、緊張せざるをえなかった。
ミストラルが漆黒の片手棍を構える。
僕も白剣と霊樹の木刀を構え、ライラも身構える。
「くくく。次はどんな獲物が釣れるかと期待していたが、どうやら大物らしい」
黒甲冑の魔剣使いは一歩前へ出る。
左に盾、右には真っ黒な魔剣を手にしている。そして全身から、禍々しい気配を漂わせていた。
これは明らかに魔族だ。
魔剣を手にして尚、理性を失っていない。つまり、呪われていない。
魔剣を手にして呪われないのは、魔族だけ。
やはり、村人たちの言っていたことは間違いじゃなかったんだ。若者はこの魔剣使いに襲われ、村の戦士は救出に向かったんだね。
「最初は人族と竜人族の小娘と小僧と思ったが、大した気配だ」
ゆっくりと僕たちに近づいてくる黒甲冑の魔剣使い。
「何しにここへ来た、とは問うまい。その気配と警戒心から、目的は一目瞭然」
じっと様子を伺う僕たちとは対照的に、魔剣使いは余裕な雰囲気で間合いを詰めてくる。
「貴方は、私たちの目的を知っているのですわ。そして、その答えを持っているのですね」
ライラは今にも飛びかかりそうな気配を見せるけど、ミストラルが制する。
「知っているとも。ああ、知っている」
「ならば、それを教えてもらいましょうか」
ミストラルが油断なく魔剣使いと対峙する。
緊張して身体の強張った僕とライラとは違い、ミストラルの動きは滑らかだ。でも寸分の油断の気配もない。
「教える必要はないと思うんだがな。なにせお前たちも、あいつらと同じ仲間入りをするんだ」
「仲間入り? 貴方は竜人族の者に手を出したのね。それは魔王への命令違反ではなくて?」
そうだよ。僕たちの前に現れた魔王は、現場の状況に怒気を見せていたけど、自分の方から手を出そうとはしなかった。
なのに配下の者が勝手に手を出せば、命令違反、反逆になるんじゃないのかな。
「くくく。お前たちは勘違いをしている。愉快だ。その間違いのまま進み、滅ぶがいい」
魔剣使いの笑いに合わせて、黒い不気味な全身甲冑が音を鳴らす。
「そしてお前たちは、同族を殺す先兵となるのだ!」
言って男は突進した。
身構えていた僕たちは、三方向に分かれ間合いを取る。そしてすぐさま、魔剣使いに
「にゃあ」
僕の頭の上に居たニーミアだけが、藪の中に飛んで逃げる。
やっぱり戦いは怖いんだね。でもまだ子供なんだし、仕方ない。
ミストラルの片手棍が青白く輝き、振り下ろされる。
スレイグスタ老の鱗を割る程の威力の一撃だ。正直この一撃で勝負は決まると思った。
しかし魔剣使いは左に構えた盾で、真正面からミストラルの一撃を受け止めた。
そんな馬鹿な。と驚愕しつつも、僕は隙の出来た側面から斬りかかる。
黒甲冑の魔剣使いは読んでいた。
僕の白剣の一撃を右手の魔剣で弾き、続けざまの霊樹の木刀の突きも払い退ける。
ライラが目にも留まらぬ速さで魔剣使いの背後に回り込み、上段から両手棍を振り下ろす。
しかし、魔剣使いはライラの一撃には目もくれない。
直後、魔剣使いの兜にライラの渾身の一撃が直撃した。
僕たちは戦慄する。
あろうことか、ライラの一撃は魔剣使いには全く効いていなかった。
魔剣使いは、ライラには意識を向けずに、僕とミストラルの攻撃を完璧に受け流す。
眼中に含まれなかったライラは激怒し、何度となく両手棍を魔剣使いに叩き込む。
だけど、肩に当てても脚に当てても、魔剣使いは動きを鈍らせることなく、僕たちと剣を交える。
僕もミストラルも攻撃を繰り出しながら、ライラの攻撃が全く効いていないことに驚愕していた。
それでも、ミストラルは片手棍を目にも留まらぬ速さで振るう。しかしその全てが、魔剣使いの盾に阻まれる。
僕の連戟も、魔剣で完全に防がれた。
ライラの攻撃は無視され、僕たちの攻撃は完璧に受け流される。
なんて防御力なんだ!
鉄壁の剣と盾捌き。そして硬い全身甲冑に、強靭な肉体。
防御が完璧すぎて、一方的に攻撃を仕掛けているはずの僕たちの方が、何故か攻められているような感覚になる。
ライラが距離を取り、竜術の矢を放った。
僕とミストラルはそれに合わせて一旦距離を取り、連続して竜術を遠隔からお見舞いする。
激しい爆発音と衝撃が、泉のほとりに轟いた。
「
爆煙も収まらない内のミストラルの撤退指示に、僕とライラは驚く。
「初見で上位魔族をどうにかしようとは思わないで。ここは一度退くわ」
ミストラルの再度の指示に、僕とライラは全力で後退した。
来た道を急いで戻る。途中、ニーミアが戻って来て僕の懐に潜り込んだ。
「追い討ちをかけるなら、今が好機ですわ。それなのに逃げるなんて」
ライラが不満を漏らす。
「馬鹿言わないで。あの防御力よ。生半可な攻撃では通用しないわ」
「でも、いま逃げて次も通用しなかったら意味がないですわ」
「そうじゃないの。あれを無力化するのには、作戦が必要なのよ」
爆心地を警戒しつつ、
ライラは、実践慣れしていないのかもしれない。僕も慣れてるとは言い難いけど、ライラよりかは冷静に状況を判断できているつもりだよ。
僕たちの目的は、全身黒甲冑の魔剣使いを倒すことじゃない。奴をまずは無力化して、竜人族の若者と戦士のことをもっと詳しく聞き出すことが必要なんだ。
倒す、殺すという目的なら、手加減のないミストラルであれば、魔剣使いは今頃は沈んでいてもおかしくはないはずだよ。
藪を抜け、草原に出る僕たち。
このまま草原を突っ切り、林の中に入って気配を消し、一旦魔剣使いを撒く。そして作戦を練って、再度対峙する必要がある。
そう思って全力で駆けていると、前方に黒い雷が落ちた。
雷鳴と衝撃に、僕はたたらを踏む。
「くっ」
ミストラルが僕とライラを一気に追い抜き、身構える。
落雷の場所には、全身黒甲冑の魔剣使いが無傷で佇んでいた。
「そんなっ!?」
僕は悲鳴をあげる。
ライラの竜術は別として。僕とミストラルは倒そうとはしていなかったけど、それでも足止めできると思える程度には高威力の竜術を放ったつもりだった。
それなのに、無傷だなんて。
全身甲冑と盾は、僕たちが思っている以上の防御力なのかもしれない。
仕方なく立ち止まり、もう一度対峙する僕とミストラル。
しかしその脇を、ライラが高速で過ぎ去った。
「わたくしがお役に立ってみせますわっ!」
言って魔剣使いに向かい跳躍するライラ。
魔剣使いは、今回もライラには意識を向けていなかった。
ライラの攻撃は、防ぐまでもない。それが魔剣使いの、全身甲冑と己の肉体に対する評価なんだ。
「わたくしを無視するなですわぁぁぁっ!!」
叫びと同時に、ライラの竜気が爆発した。
可視化した竜気がライラの手にした両手棍へ流れ、先端に虹色の特大の光球を創る。
それでも
驚愕する魔剣使い。
ライラは跳躍の勢いを乗せ、虹色の竜気の光球を両手棍に乗せて降り下ろす。
魔剣使いに迫る虹色の光球。
しかし魔剣使いも素早く立ち直り、完璧な防御の動きを見せる。左は光球に合わせて盾を構え、右の魔剣を突き上げる。
「あっ!」
「ライラっ!!」
思わぬ事態に出遅れた僕とミストラルが叫ぶ。
そしてミストラルが駆け、僕は空間跳躍をした。
でも、間に合わなかった。
魔剣使いの突き上げた魔剣が、ライラの腹部を貫通する。
「このおぉぉぉぉっっ」
しかしライラは止まらなかった。
全力で振り下ろされた両手棍が、魔剣使いの盾に当たり根元から爆散する。そして魔剣使いに直撃した虹色の光球がライラと魔剣使いを包み込み爆発し、眩い光の柱が草原の空に向かって突き上がった。
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