姉妹

「だめにゃん。エルネアお兄ちゃんは渡さないにゃん!」

『きゅんきゅん。独り占めはずるいよ』

「危険にゃん。これ以上竜族はいらないにゃん」

『仲良くしようよ?』

「仲良くしても、駄目なものは駄目にゃん!」


 にゃぁん、と悲鳴のように鳴いたニーミアは巨大化する。そして、素早く僕を捕まえて、大空へと飛び立つ。


『うわあっ、すごい! 可愛い格好良いよっ』


 そして、ニーミアと僕を追うように、フィオリーナが羽ばたく。


 どうしてこうなった!


「うわあん。エルネアお兄ちゃんは浮気者にゃん」

「いやいや、僕は何もしていないよ?」

「嘘にゃん。目を離した隙に、盟主を捕まえたにゃん」

「捕まえていないし」


 僕はニーミアの手の中で苦笑する。


『速いよ。待ってぇ』


 後方で、フィオリーナが必死に飛んでいる。

 ちょっと可哀想。


「違うにゃん。可哀想なのはにゃんにゃん」

「何をそんなに怯えているのさ?」

「エルネアお兄ちゃんが、お嫁さんを増やすように竜も増やすから怖いにゃん」


 ああ、なるほど。

 ようやく、ニーミアの心がわかった気がした。


 つまり、あれですね。


 ニーミアは、嫉妬心を出しているのか。


 ユグラ様を説得し、協力を取り付けた僕とフィレル王子は、意気揚々とカルネラ様の村へ戻った。

 そこにはもちろん、フィレル王子を導くためにユグラ様も同行していたんだけど……

 僕の傍らには、フィオリーナもついて来ていた。


 簡単なお話。


 おじいちゃんは、孫のわがままには勝てません。ということ。


 行きたい行きたい、と駄々をこねるフィオリーナに、ユグラ様が折れてしまったんだよね。それで、少しだけなら外に遊びに出ても良い、ということになった。

 条件としては、遊んだ後は巣に戻ること。そしてユグラ様の目の届く範囲から、けっして出ないこと。

 巣の翼竜たちも、ユグラ様が側に居るのなら安心だと、呆気なくフィオリーナの外出を認めてしまったんだ。


 正式に許可を得たフィオリーナは、帰りの道中だけじゃなくて、村に戻ってからも、僕の傍らから離れようとしなかった。

 そして、そこになぜか危機感と嫉妬心を感じたニーミアが、今こうして僕を連れ去ったわけですね。


「危険にゃん。ミストお姉ちゃんが言ってたにゃん。目を離すと前代未聞のことをしでかすって言ってたにゃん」

「フィオに懐かれるのは、前代未聞?」

「竜の盟主と人とが仲良くするなんて、聞いたことないにゃん。そもそも、人は竜の盟主に気づかないにゃん」


 そう言えば、フィオリーナを見つけた際に、みんなに驚かれていたね。

 フィオリーナの能力を見抜いたから、と軽く思っていたけど、そもそもは隠されていた存在だったのか。


 ごく少数の、限られた人だけがフィオリーナの役目を知っていただけ。そう考えると、村に戻ってきたときに、ユグラ様の存在に村人が驚きつつも、フィオリーナの同行には騒がなかった理由がわかる。

 村の竜人族の人たちがフィオリーナのことを知っていたら大騒ぎになっていたはずで、今こうして鬼ごっこなんてしていられないからね。


「鬼ごっこじゃないにゃん」


 やれやれ。ニーミアはなんでそんなに怯えているんだろうね。


 僕は、大きくてふわふわのニーミアの手を撫でる。


「大丈夫だよ。僕はニーミアのことが大好きだよ」

「プリシアとどっちが好きにゃん?」


 君の判断基準は、そこですか。

 つい、笑いが漏れてしまう。


「にゃんは真剣にゃん」


 ぷくり、と頬を膨らませて抗議するニーミア。


「プリシアちゃんもニーミアも、みんなも大好きだよ。分け隔てなんて、僕にはできないよ」

「ずるいにゃん」

「ごめんね。だけど、順番は付けたくないんだ。みんな、とっても大切な家族だからね」

「にゃんも家族にゃん?」

「もちろんだよ!」


 仲間、じゃない。みんなのことを僕は家族、身内だと本気で思っている。


「盟主は?」

「彼女とは、出会ってまだ半日も経っていないんだよ?」


 むうう、と思考を巡らせるニーミア。


「フィオと仲良くしてほしいな。彼女は初めて外に出られて、浮かれているんだよ。ニーミアになら、ユグラ様も安心して任せてくれると思うんだけどな」

「にゃんが保護者にゃん?」

「格的にも、力的にもね?」

「……仕方ないにゃんね」


 逡巡しゅんじゅんしていたニーミアは、僕の言葉でなんとか心を落ち着かせたみたい。

 飛ぶ速度を下げて、必死に追いかけてくるフィオリーナを待つ。


『ふわぁん。速いよ。待ってよぉ』


 あああ、フィオリーナが泣いちゃってます。


「ごめんなさいにゃん」


 フィオリーナのあまりの悲壮感に、ニーミアもやりすぎたと反省したみたい。

 追いついたフィオリーナを掌で優しく受け止めてあげる。

 フィオリーナはニーミアの掌に着地すると、僕に擦り寄ってしくしくと泣いた。


『わたしのこと嫌い?』

「ちがうにゃん。ごめんなさいにゃん」


 ニーミアは、ぺろり、とフィオリーナの顔を舐めてあげて、涙を拭う。


「反省したにゃん。これからは、仲良くするにゃん」

『本当に?』

「本当にゃん。お姉ちゃんは嘘言わないにゃん」

『うん。お姉ちゃんを信じる』


 フィオリーナはきゅうう、と鳴いて、ニーミアの掌に頬ずりをした。


 おや。何気に姉妹関係を結んじゃったね。


「姉妹だから、取り合いしないにゃん」

『姉妹だから、仲良くするの』


 姉妹といえば双子王女様をつい思い出してしまうけど、このふたりは素直で愛らしい姉妹になってほしいね。


 どうやら和解しあったニーミアとフィオリーナは、少しだけ空の遊覧を楽しんだ後に、仲良く村に戻る。

 ユグラ様は、村の奥、谷の入り口前にできた広場に待機していたので、ニーミアにはそこへ着陸してもらうことにした。

 優雅に舞い降りるニーミアの姿を、ユグラ様はどこぞのおじいちゃんのように優しく見守っていた。


『なるほど。アシェル様の娘か』

「わかるんですか?」


 一発でニーミアを看破したユグラ様に、驚いて聞いてみる。


『雪竜で守護を抜け出すようなお方は、アシェル様くらいしかいない。そして雪竜の子供で、奔放ほんぽうな振る舞いといえば、あのお方の娘しかいまい』


 なるほど、ご名答です。


 着地したあとに小さな姿へと戻ったニーミアは、今回は僕の頭ではなくて、フィオリーナの頭で寛ぐ。

 ニーミアを頭の上に乗せたフィオリーナは、嬉しそうにはしゃぎ回っていた。


『そうか。汝は特殊な竜王だと思っていたが、アシェル様の娘までも仲間にしていたのだな。これはフィオリーナ程度、容易く見つけられるわけだ』

「いえいえ。あれは本当に偶然だったんですよ」

『何を言う。偶然で見つけられるような存在ではない』

「隠された存在だからですか」

『左様。気付いているのなら、良い。盟主は能力と貴重さゆえに狙われやすい。あまり多言はしてくれるな』


 狙われる?

 どういうことでしよう。


『ふむ。盟主を守護する一族、という肩書きは、魅力的ではないか』


 ああ、そういうことか。とすぐに納得できた。


 ミストラルの村は、竜の森の守護竜を代々お世話する一族として有名だった。カルネラ様の一族も、英雄竜であるユグラ様をお世話する誇り高い一族として、その名を竜峰にとどろかせている。


 もしもフィオリーナを引き込み、竜の盟主に仕える一族、なんていう肩書きを手に入れることができたら、それは名誉なことであり、一族は瞬く間に有名になるだろうね。

 竜人族が名声を求めたり、竜族を巻き込んだ悪巧みをするようなことはあまりないだろうけど、全くないとも言えない。


 フィオリーナはまだ子供だし、大切に守りたいんだろうね。


「ミストラルは知ってますか」

『あの者は知っている。汝の身内程度には漏らして構わぬが、話が広まるようであれば、問答無用で巣に連れ帰る』

「はい。わかりました」


 これは、フィオリーナの自由のためにも、口を硬くしておかなきゃね。


 僕とユグラ様がひそひそ話をしていると、ミストラルとルイセイネが村の方からやって来た。


「帰り着いて早々、騒がしいわね」

「ごめんなさい」


 ニーミアとフィオリーナの遊ぶ姿を横目に、ミストラルは苦笑する。


「伯に会いに行って、なぜフィオを連れて帰って来るのかしらね?」

「ぐぬぬ、ごめんなさい……」


 やれやれ、とため息を吐くけど、ミストラルはどこか嬉しそうだ。

 僕がフィオリーナを見つけられたことが、嬉しいのかな。


 これって、自惚うぬぼれ?


「エルネア君、おかえりなさい」

「うん。ただいま」


 ルイセイネは、興味深そうにユグラ様を見上げる。

 ルイセイネも、計り知れない存在に対して耐性が付いたね。

 ユグラ様を見上げる瞳には、恐れの色がない。

 ユグラ様も、興味深そうにルイセイネを見下ろしていた。


 翼竜の巣から戻ってきた直後に、みんなの顔合わせは一応済んでいるんだけど。その直後にニーミアとフィオリーナの騒動があって、僕はユグラ様とミストラルたちのやりとりがどのように行われたのかを知らない。


 なぜ、一旦みんなが村に戻っていたのかもね。


『興味深い娘だ』


 ユグラ様はルイセイネを見て、喉を鳴らす。


 はい。僕は思考を停止します。


『ふはは、何やら秘密がありそうだな。汝の嫁らしい。ならば、只者ではないのだろう」


 考えるな、感じるんだ。

 いや、ちがう。


 思考しちゃうと、読まれるからね……


「ふふふ。仏頂面で、何をしているのかしらね」


 ミストラルが僕を見て笑う。

 ルイセイネも、ユグラ様から僕に視線を移して、吹き出した。

 僕って、そんなに変な顔をしていたのかな?


『竜王らしからぬ、珍妙な顔であった』


 ぐうう。恥ずかしい。


 赤面していると、ライラと双子王女様。そしてプリシアちゃんが遅れてやって来た。


「ずるいわ。フィレルの面倒を私たちに押し付けて、先にエルネア君のところへ行くなんて」

「卑怯だわ。フィレルの面倒よりも、エルネア君と一緒に居たいわ」

「エルネア様、おかえりなさいですわ」


 プリシアちゃんは、双子王女様に抱かれて、まだ眠っていた。


「あれれ。フィレル王子がどうかしたの?」


 僕がニーミアに拉致された後に、何かあったのだろうか。

 少なくとも、翼竜の巣から戻ってきてたときには、フィレル王子は元気そうだったけど。


「心配は無用ですわ。殿下は、少しお疲れになったみたいですわ」

「気が抜けたのね。戻ってきていち段落したら、気を失ったわ」

「まだまだね。この程度で気を失うようでは、先が思いやられるわ」


 ライラは、心底心配している感じ。双子王女様は、あきれつつも気に掛けてくれている。


 フィレル王子も、たくさん頑張って大きく成長したんですよ。現場に居なかったみんなにはわからないだろうから、これはフィレル王子の名誉のためにも、後で僕がきちんと弁明しておこう。


 そういえば、身内はこれで、全員が揃ったことになるのか。

 戻ってきた当初は、本当に慌ただしかったので、ここで改めて挨拶をしたい。


 僕はユグラ様に、順番にみんなを紹介していった。

 ユグラ様は、最初は興味深そうに瞳を細めていたけど、次第に大きく見開き、驚愕し、最後には呆れてがっくりと肩を落としていた。


 なんで?


『やれやれ。スレイグスタ様はとんでもない者を見出みいだしたものだ。竜姫だけでも破格であるのに、ヨルテニトスの末裔。アームアードの末裔。それにいわくの有りそうな巫女か。ついでに耳長族の娘とアシェル様の子供に、我の孫。汝は一体何者だ』


 ユグラ様がため息を吐いています。


 おや。ライラのことは曇らせて説明したんだけど。もしかして、誰かの心を読んだのかな。


 つんつん、と双子王女様に突かれた。通訳して欲しいらしい。

 そうでした。通訳しないと、みんなはわからないんだよね。さっきまでは全員が竜心持ちだったから、失念していました。

 ごめんなさい。


 僕の通訳を通して、それぞれに挨拶を交わしていく。

 こういうときに、双子王女様は不意に王族らしい挨拶や仕草を見せるときがある。そのへんは、流石だなぁ、と見つめていると、大樹の上の村の方から、わらわらと竜人族の人たちがやって来た。


「今日は伯もお見えですし、こちらで宴会をしましょう」


 カルネラ様の号令のもと、みんなは広場で宴の準備に取り掛かった。

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