見逃します?

「エルネア君って、寝付きがいいわよね」


 エルネア君の寝顔をのぞき込みながら、セフィーナさんが笑っています。


 さっきまでちびっ子ちゃんたちと遊んでいたエルネア君ですが、布団に入るとあら不思議。あっという間に眠ってしまいました。

 ふふふ。まるでお子様ですね。

 プリシアちゃんと仲良く並んで寝ている姿からは、救国の英雄だとか、八大竜王だなんていう大層な肩書きは想像もつきません。


「それじゃあ、わたしたちも寝ましょうか」


 ミストラルさんも、ちびっ子ちゃんたちが寝付いたのを確認すると、欠伸あくびを噛み殺しながらお布団の中へ。


「あらあらまあまあ。ミストさん、何気なくエルネア君の横を占有しようとしていますね?」


 油断大敵です。

 ごく自然な動きでエルネア君の隣りに移動しようとしたミストラルさんに、牽制けんせいを入れます。

 もう片側は既に、プリシアちゃんとアリシアちゃんが寝ていますので、ミストラルさんに場所を取られてしまうと大変ですからね。


「ミストもルイセイネも朝が早いのだから、端っこに寝てもらえるかしら?」


 すると、セフィーナさんも参戦してきました。

 どうやら、今夜も女の戦いが幕を開けるようです。

 ふふふ、エルネア君は知っているのでしょうか。自分が眠った後に繰り広げられている、乙女の意地をかけた場所取り合戦のことを。


 まずはミストラルさんを布団から引っ張り出します。

 ミストラルさんも、せっかく寝付いたエルネア君やプリシアちゃんを起こさないように、力づくの抵抗などはしません。

 それに、わたくしたちは大切な家族ですからね。場所取り合戦といっても、暴力や言い合いをするわけではありません。


「それじゃあ、今夜はどういう勝負にしようかしら?」


 不敵に微笑むミストラルさん。

 ですが、その前にひとつ、気になることが。


「あらあらまあまあ、珍しいですね。ライラさんが場所取り合戦に参加せずに、もう眠ってらっしゃいます」

「疲れているのかしら?」


 今まで気づかなかったのも当然ですね。

 ライラさんは珍しく、自分からお布団の隅っこに入って眠っていました。

 普段ですと、ライラさんがまず抜け駆けして、エルネア君の横を狙うのですけど。

 王様と楽しい時間をたくさん過ごして、疲れてしまったのでしょうか。

 わたくしたちとしては、競合相手が減って嬉しい限りですけどね。


「それでは、改めまして……」


 身構える乙女三人。ですが、そこへ乱入してきたのは、酔っ払いの双子とお騒がせ巫女頭みこがしら様でした。


「面白い情報を掴んできたわ」

「興味深い情報を手に入れてきたわ」

「むきぃっ、なんで私がこの二人の介抱役かいほうやくなのですか!」


 騒がしくお部屋に入ってきたのは、ほろ酔いで頬を赤く染めたユフィーリアさんとニーナさん。そして、双子に両肩を貸すマドリーヌ様でした。


 ユフィーリアさんとニーナさんは、さっきまで王様と晩酌ばんしゃくをしていらっしゃったのでしょうね。

 マドリーヌ様は、酔ったお二人に招ばれて、神殿から来てくださったんだと思います。

 なんだかんだと言いつつも、仲の良いお三方。

 ですが、既に寝ている人もいますので、騒ぎ立てるのは厳禁です。


 しっ、と人差し指を立てるミストラルさん。

 わたくしとセフィーナさんは、ここまで頑張ってくださったマドリーヌ様からユフィーリアさんとニーナさんを引き取って、寝間着へ着替えるお手伝いをします。


「ところで、姉様たち。面白い情報とは?」


 手際よくニーナさんの服を剥ぎ取り、下着姿にくセフィーナさん。そうしながら、先ほどの話の続きをうながします。

 わたくしも、実は少しだけ興味があります。

 ふふふ。


 すると、わたくしに服を脱がされたユフィーリアさんが、とっておきの情報を教えてくれました。


「また、ライラが抜け駆けしようとしているわ」

「あらあらまあまあ」


 つい、お布団の隅っこで眠っているライラさんを見るわたくしたち。

 ですが、ライラさんは熟睡しているのか、反応はありませんでした。


 ニーナさんが続けます。


「ライラがレヴァリアを使って秘密裏に動いていたわ。それで、調べたの」


 ユフィーリアさんが言います。


「どうやら、翌朝早くからエルネア君を連れ出して、どこかへ行くみたいだわ」


 そして、二人で見事に声を重ねました。


「「ライラの抜け駆けだわ!」」


 あまりにぴったりな言葉と、ライラさんのお間抜けな抜け駆け計画に、わたくしたちは声を殺して笑いあいました。


「ライラも、毎度のことながら残念ね。抜け駆けが見事に見つかっているじゃないの」

「ライラさんは、詰めが甘いのです。抜け駆けするときは、もっとこう、慎重に」


 とはいえ、すぐに露見ろけんして失敗するライラさんが可愛いのですけどね。


「それで、どこへ行くかはわからないの?」


 セフィーナさんの質問に答えたのは、マドリーヌ様でした。


「恐らくですが。結構遠くへ行かれるのだと思いますよ? 飛竜騎士団の方が、子竜も連れずに南方へ高速で飛んでいくレヴァリア様を目撃しています。ライラさんの依頼で目的地の偵察に行っていたのではないでしょうか?」


 レヴァリア様が単独で行動することは、珍しくありません。ただし、ライラさんが何かしらのお願いをした後に高速で飛んで行ったとなると、可能性は高いですね。


「明け方前から、どこか遠くへ、ねぇ……?」


 困ったようにライラさんを見つめるミストラルさん。

 まるで、悪戯っ子にため息を吐きつつも、いとおしくてやまないお母さんのようです。


「今のうちに、ライラを縛りあげておくわ」

「今のうちに、エルネア君を隠しておくわ」

「ユフィ、エルネア君を隠すと言いながら独占するつもりね?」

「ミストは鋭いわ!」


 まったくもう、油断も隙もありません。

 ライラさんと違って、双子の悪巧みは奇天烈きてれつすぎてなかなか見抜けませんので、要注意です。

 とはいえ、知ってしまったのなら、妨害しないといけないのが、わたくしたちの役目ですね!

 さて、どうやって阻止しましょうか、と相談しようと思ったのですが。

 珍しく、ミストラルさんがライラさんの味方につきました。


「まあ、たまには良いのじゃないかしら? この国ではライラのわがままを優先させるという決め事もあるのだし、今回限りは、ね? それに、せっかくレヴァリアまで味方に引き入れて画策した抜け駆けを寝ている間に潰すのも、なんだか可哀想だし」


 レヴァリア様に協力してもらっているということは、それなりの報酬などを準備されているのだと思います。

 それを未然に阻止してしまっては、さすがに可哀想ですね。


「それでは、ライラさんのお間抜けな抜け駆け計画を、今回はお助けいたしましょう」


 ふふふ。たまには、こういう趣旨しゅしで動くのも楽しいですね。

 さっきまでエルネア君の隣をどうやって奪って寝ましょうか、と意気込んでいたのですが。

 気づけば、エルネア君そっちのけで、ライラさんの抜け駆けが話題の中心になっています。


「外は、寒いわよね?」

暦所こよみどころの神官の話によれば、明朝みょうちょうはうんと寒くなると言っていました」

「それじゃあ、遠出をするのなら防寒着が必要になるわね? 仕方ないわね。今のうちにエルネアとライラの分の着替えと防寒着を準備しておこうかしら」

「明け方前から活動するのでしたら、きっとお腹が空きますね。わたくしは、軽い朝食と温かい飲み物を準備しようと思います」

「でも、今から準備をしても冷めるのでは?」

「ふふふ、セフィーナさんはまだ甘いですね。アレスちゃん?」

「よばれたよばれた」


 わたくしの呼び声に、ぽんっ、と顕現してくるアレスちゃん。

 エルネア君のためなら、わたくしたちの声にも応えて現れてくれるのです。


「お料理ができたら、いつもの空間に保管しておいてくださいね。そして、ライラさんとエルネア君が起きる前に、そっと荷物の中に入れてください」

「おまかせおまかせ」


 アレスちゃんの謎の空間に食べ物などを入れると、鮮度そのままに保存できるのです。しかも保温効果もあるのです。


「着替えるときに部屋が寒いと辛いわ」

「着替えるときに部屋が暗いと大変だわ」


 セフィーナさんとわたくしの手によって寝間着へと換装かんそうしたユフィーリアさんとニーナさんは、寝る前だというのにまた酒棚からお酒を取り出しながら言います。


「きっと、私たちを起こさないように部屋を出て準備をすると思うわ。ライラ専用の部屋の暖炉に火を入れておいてもらうように、召使いに言っておくわ」

「部屋の灯りが漏れるように、わざと扉の隙間を作っておくわ。そうしたら、罠とも知らずに二人は隣の部屋で着替えるわ」


 罠ではないのですけどね、と皆さんが微笑ほほえみます。


「ふふふ。お二人は気づくのでしょうか。寝ている間に、わたくしたちがこうして協力していたということに」

「エルネアのことだから、気づかないのじゃないかしら?」


 ライラさんの抜け駆けを逆手さかてにとって、こうして皆さんで協力しあって陰から支える、という楽しみを知ったわたくしたち。

 エルネア君とライラさんが寝ている間に必要な準備をすませると、わたくしたちは深夜にようやく、お布団の中に入りました。


 はい。エルネア君の横は、いつの間にか反対側に移動したアリシアちゃんに奪われていました。






 ごそごそ、と誰かが動く気配に、わたくしは目を覚まします。

 といいますか、ライラさんが夜明け前に抜け駆けで動き出すとわかっていたので、眠りが浅くてすぐに気づけました。

 ですが、ここは寝たふりです。


 瞳を閉じて静かに様子を伺っていると、案の定、ライラさんはこっそりとエルネア君を起こし始めました。


 ふふふ、笑ってしまいそうです。


「エルネア様、エルネア様。起きてくださいですわ」


 ライラさんに揺すられて、エルネア君が目を覚ます気配がします。

 そして二人は、ひそひそとお布団から抜け出すと、ミストラルさんが準備をしてくれていた着替えと防寒着を取って、部屋から出て行きました。


「「ぷっ」」


 予想していた通りの行動に、ユフィーリアさんとニーナさんが抱き合って笑いをこらえています。

 ですが、ここで不審な動きを見せると、エルネア君に気づかれてしまいます。

 ですので、わたくしたちはこのまま静かに、お布団の中で様子を伺っていました。


 しばらくすると、中庭に降り立ったレヴァリア様にエルネア君とライラさんが接触する気配が。


「「きゃーっ!!」」


 そして、夜更け前の王宮に響き渡る、お二人の悲鳴。

 いったい、何をなさっているのですか!?


 さすがに、わたくしとミストラルさんだけではなく、セフィーナさんも笑います。

 ですが、こちらの様子を気取られることなく、レヴァリア様の気配は無事に王宮から遠ざかっていきました。


「さあ、こちらも動こうかしら」


 レヴァリア様の気配が遠ざかると、ミストラルさんがお布団を剥ぎます。

 もちろん、わたくしたちは準備万端です!


 お布団に入る前に、寝間着から普段着に着替えていました。

 プリシアちゃんも寝ている間に、わたくしたちの手によって、着替えを終えています。

 ただし、寝相も元気なプリシアちゃんですので、この状態で普通に寝せておくと、お布団から抜け出してしまい、エルネア君とライラさんに普段着に着替えていることが露見してしまいます。

 ということで、プリシアちゃんはお布団の中に隠していました。それでもぐっすりと眠れているのは、一緒に寝てくれているアリシアちゃんや、勝手に潜り込んできたフィオリーナちゃんとリームちゃんのおかげですね。


「ニーミア、追うわよ」

「にゃあ」


 ふふふ。ライラさんの抜け駆けを陰から補佐する、とは言いましたが。

 わたくしたちが便乗してはいけない、とは言われていませんからね。


 そんなわけでして。わたくしたちは、エルネア君とライラさんのお手伝いの他に、自分たちの準備も済ませていたのでした。


 ミストラルさんは、まだ眠っているプリシアちゃんを抱っこして、部屋を出ます。

 フィオリーナちゃんとリームちゃんは、子竜とはいえ、さすがは竜族ですね。こちらの動きに敏感に反応して目を覚ますと、ミストラルさんの後を追って飛んでいきました。

 次に、アリシアちゃんを揺すり起こしたセフィーナさんが、二人で出て行きます。

 ユフィーリアさんとニーナさんとマドリーヌ様も、わいわいと明け方前から騒がしくお話ししながら追従します。

 そして最後にわたくしが、忘れ物がないかを確認すると、部屋を後にしました。


 全員で中庭に出て、大きくなったニーミアちゃんの背中に乗ります。

 そして、まだ星空が浮かぶ空へ。


「皆さん、どちらへ?」


 すると、焦げ茶色の飛竜に騎乗したアーニャさんが声をかけてきました。


「エルネア君とライラさんを、ちょっと追いかけようと思いまして」

「あら、そうなのですね。お二人は、南東のホルム火山へと朝陽あさひを観に行きましたよですよ」

「あらあらまあまあ、ご親切にありがとうございます」


 情報はどこから漏れるかわかりませんね。

 ライラさんの詰めの甘さは、こういうところにも出ています。


 わたくしたちはアーニャさんにお礼を言うと、一路南東の空へ。

 ですが、本当のことを言いますと、アーニャさんに目的地を聞かずとも、わたくしたちはエルネア君たちの行き先を追えるのです。


「あっちあっち」


 おいもさんで裏切ったアレスちゃんが、エルネア君の気配を明確に捉えて、ニーミアちゃんに指示を出します。

 ニーミアちゃんは雲よりも高い空を飛びながら、先行するレヴァリア様を追います。






「結構遠かったわね」


 そして、ミストラルさんがつぶやいたように、わたくしたちは随分と遠くまで飛んできました。

 遥か遠くに見えるレヴァリア様の影は、雲を突き抜けてそびえる火山の山頂を目指して上昇しています。

 山腹では、朝が近づくにつれて濃い霧が発生し始めて、次第に霧と雲の雲海へと変化し始めました。


「そろそろ、二人の甘い時間を妨害する頃合いだわ」

「そろそろ、二人の抜け駆けを邪魔する頃合いだわ」

「んんっと、なにするの?」

「プリシア、目が覚めたのね。これから、家族みんなで日の出を見るのよ」

「おわおっ。初日の出だね!」


 いいえ、プリシアちゃん。

 初日の出は、もう何日も前に過ぎましたよ。


「んんっとぉ、エルネア君の家族は、本当に面白いね」


 まだ少し眠いのか、アリシアちゃんは欠伸を噛み殺しながら、早朝から賑やかなわたくしたちを眩しそうに見つめていました。


「にゃーん」


 ニーミアちゃんは、レヴァリア様が火山の山頂に着地するのを見計みはからって、合流するように翼を羽ばたかせました。

 そして、あっという間にホルム火山の山頂に到着するわたくしたち。


 先に到着していたレヴァリア様が、あきれたようにわたくしたちを見ています。

 どうやら、レヴァリア様はこちらの追跡に気づいていたようです。


 ですが、エルネア君とライラさんは、全く気づいていません。

 二人仲良く肩を寄せ合って、暁色に染まり出した東の雲海をうっとりと見つめています。


 むう。ちょっとだけ羨ましいですね。

 今度は、わたくしが抜け駆けを計画しましょう。


「はっくちょん!」


 ニーミアちゃんのふわふわで暖かい体毛に先程まで包まれていたので寒くはなかったのですが、ホルム火山の山頂はとても寒いです。


「あらあらまあまあ、いっぱい鼻水がでましたね」


 プリシアちゃんの鼻を拭ってあげていると、ぎょっとした表情でエルネア君とライラさんがこちらを振り返りました。

 どうやら、ようやくわたくしたちの存在に気づいたようです。


「にゃあ」


 ニーミアちゃんが、意地悪っぽく鳴いて、エルネア君の頭の上に飛んで行きました。

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