新たな旅立ち
随分とぐっすり寝ていたみたい。
僕が目を覚ますと、太陽は既に結構な高さまで昇っていた。
「うわっ、ごめんよ」
僕の側で警戒を続けてくれていたアレスちゃんに謝る。
消耗しきっていたとはいえ、まさかこんなに寝ちゃうなんて。
「もうだいじようぶ?」
アレスちゃんは心配そうに僕を見る。
気だるさは抜けきっていなかったけど、衰弱感はない。
僕は大丈夫、と頷いて起き上がると、辺りの状況を確認した。
子竜は目覚めていて、暴君に今でも寄り添っている。しかし暴君の方はまだ瞳を閉じ、じっと
寝ているのか、起きていてもまだ動けるほど回復していないのか。
暴君は昨夜、鬱蒼とした森の隙間に着地した。だから周辺からは見つからないような場所に居ることになるけど、上空からは丸見えみたい。
空を見上げれば森の枝木の邪魔もなく、澄んだ空と遠くに白い山脈が見えた。
むうぅ。このままだと、もしも竜騎士が追って来た時には簡単に見つかっちゃう。
暴君が動けるようになるまでは、なるべく隠れていたいよね。
僕はアレスちゃんに相談する。
「れいじゅのけっかいをはればいいよ」
アレスちゃんは満面の笑みを浮かべ僕にそう言うと、右腰の霊樹の木刀を手に取った。
そして霊樹の木刀を地面に刺す。
地面に垂直に刺さった霊樹の木刀は、本来の幼木の姿に変わる。
そして、ふわりと揺れた。
「もうだいじょうぶ」
アレスちゃんの言葉に、僕は首を傾げる。
霊樹を元の姿の戻したことは意外だったけど、それ以外の変化は何も起きていないように感じる。
「りゅうのもりといっしょ」
アレスちゃんの補足に、僕はああ、と納得した。
竜の森は、巨大な霊樹や古木の森があるのに、外に住む者はその存在を知らない。幻惑の術で全てを隠しているからだね。それと同じ状況を、霊樹の幼木を使って再現しているのかな。
竜の森の結界は、中からだと何も妨げがないように外の風景を見渡せるけど、外からは絶対に見つからない。
僕たちは幻惑の結界の中に居るから何も起きていないように見えるけど、恐らく外からだと、暴君の姿を隠してくれているんだろうね。
こんな能力があったのか。僕は霊樹の凄さをまたひとつ知った。
子竜が不思議そうに僕たちを見つめていたけど、暴君の側から離れる気配はない。
僕は子竜に「心配ないよ」と声をかけて、座禅を組んだ。
暴君が回復するまで、安心な時間が確保できた。この時間を有効活用しなきゃいけない。
僕は瞑想をして、竜力の補充をすることにする。
僕もアレスちゃんも霊樹も、昨日は随分と力を使いすぎている。
今は霊樹の結界で守られているとはいっても、いつ竜騎士に見つかるかはわからない。だから、今のうちに出来る事はしておかなきゃね。
僕は深く瞑想する。
すぐ側で霊樹の力強い気配を感じた。
幼木なのに、周りの森の木々なんて足もとにも及ばないくらいの圧倒的な気配を感じる。
そしてアレスちゃん。
僕の膝の上に乗っているから、優しい気配と暖かな温もりを感じるよ。
少し離れたところで子竜の小さな気配を感じる。飛竜とはいっても、まだ子供なんだね。昨日からの疲れもあるのか、少し弱々しい。
でもそれ以上に弱々しい気配なのは、暴君だった。
昨日、鶏竜の巣で暴れまわっていたとは思えないほど衰弱しきっている。
竜力の枯渇と竜殺しの武器で付けられた傷で、弱り切っているんだろうね。これは、数日はここから動けないぞ。
人と同じなら、竜力の枯渇状態になると数日は衰弱が続くからね。
僕は竜脈から力を汲み取り、自身の竜力と霊樹に竜気を送り込みながら、今後のことを考えた。
ここから動かなければ、霊樹の結界で竜騎士には見つからないと思う。これは多分、問題ない。
だけど、それとは別に、基本的な問題があった。
水と食料。
これが問題だ。
水は僕が持っている水筒にまだ入っているけど、数日分なんて勿論足りない。食べ物に至っては、鶏竜の巣に背負い荷物を残してきたので、非常食もない。
昨夜はアレスちゃんが持ってきたお芋を食べたけど、もう残っていないよ。
水と食料、これが深刻な問題かも。
ああ、この問題は僕だけじゃないか。と思い至る。
側には子竜と暴君がいるんだ。飛竜の食事量ってどれくらいなのかな?
僕ひとり分ならなんとかなるかもしれないけど、流石に飛竜が食べるような分は集めきれないと思う。
瞑想が終わったら、子竜と相談してみよう。
僕はゆっくりと時間をかけて、竜力と霊樹の力の補充を行った。
竜力が満ちるのには、随分と時間がかかった。原因は、内包している竜宝玉だね。
竜宝玉は無尽蔵と思えるくらい、僕から竜気を吸収していった。
竜宝玉って、どれだけ強い竜力を
でも逆に言えば、昨日はその竜力が無くなりかけるくらい消費したってことだよね。
岩人形に始まり、鶏竜、暴君。そして黒飛竜と竜騎士。一日に沢山の経験をした。何度死にかけただろう。
僕は改めて竜峰の恐ろしさを知った。
というか、これって何度目さ。
何かある毎に竜峰の未知さ加減に驚かされる。
僕は本当に竜峰のことを何も知らないんだ。
ミストラルとスレイグスタ老は、よくこんな無知な僕が竜峰に入ることを認めてくれたなあ。
もしかして、僕の知らない意図が含まれているのかな?
竜峰に入る前は、僕も少しは立派になっていると錯覚していた。
人族では珍しく竜力を持ち、竜剣舞を習い竜術が使える。
これはもう、勇者のリステアも目の前じゃないか、と慢心していた。
でも違った。
全ては僕の思い込み。とんだ勘違いだったんだね。
竜峰は凄腕の冒険者でも入ろうとはしない。そして、入るためには王様の許可も必要な場所。
そんな場所に、いくら伝説の竜に師事していたとはいえ、たった一年弱修行をしただけの僕なんかが、足を踏み入れてもいいような場所ではなかったんだね。
ではいったいなぜ、そのことに気づいていたはずのミストラルとスレイグスタ老が僕を止めなかったのか。
僕はその意味を考えなきゃいけないのかもしれない。
この旅は、当初はミストラルを迎えに行く、ということが一番の目標だった。でも今は、そうじゃないとわかる。
竜峰に入ってからというもの、僕は失敗続き。いつもアレスちゃんに守ってもらっていた。それでミストラルの村にたどり着けたとしても、竜人族の人たちから鼻で笑われるだけだよね。
止めようか、という思いが一瞬過る。
ここが何処だかもうわからない。ミストラルから貰った地図は役に立たなくなってしまっている。
僕が竜脈を乱せば、異変を察知したミストラルが迎えに来てくれるだろう。
でも、それで本当にいいの?
僕は情けないままでこの旅を終えるの?
ううん、それは駄目だ。
僕は気合を入れ直す。
ここで旅を諦めてしまったら、ミストラルから愛想を尽かされるのは目に見えている。
どんなに無様でもいい。だけど、自分で一度言い出したことは、きちんと最後までやり遂げよう。
旅を続け、スレイグスタ老たちの意図した旅の目的を知り、どんなに無様でもいいから自分の足でミストラルの村までたどり着こう。
そしてたどり着いたら。
僕はミストラルに謝ろう。
無謀でしたと。浅はかでしたと。
僕はミストラルや他の竜人族に認めてもらうどころか、
でも、仕方がない。これは自分の失態。自分のこと、そして竜峰のことを何も理解していなかった馬鹿な僕が招いた結果。
でも、諦めないよ。
ミストラルをお嫁さんにすることも、竜人族に認められることも。
時間がかかってでも、僕は絶対に手に入れてみせる。
僕は新たな決意を胸の奥に宿し、瞑想を終えた。
さあ、先ずは目先の問題から解決しよう。
僕は水と食料のことを相談しようと、子竜に近づく。
「おはよう」
遅ればせながらの挨拶。
『おはよう』
子竜は警戒することもなく、僕とアレスちゃんを近づけさせた。
「傷は大丈夫?」
僕の質問に子竜は頷く。大きな傷は鼻水万能薬で直したけど、全身にはまだ無数に傷がある。
心配したけど、子竜は『大丈夫』と笑顔を見せた。
「ええっと、それじゃあひとつ相談なんだ」
『なに?』
「ごはんごはん」
アレスちゃんがお腹を押さえて空腹を訴える。
思うんだけど、精霊も僕たちのように普通にお腹を空かせるし、食事をするんだね。
『お腹空いたの?』
子竜が首を傾げる。
「うん。暴く……じゃなかった。レヴァリアが回復するまでには時間がかかるよね? それまでの食事と水をどうにかしないといけないと思っているんだけど、君たちの食事の量ってどれくらいなのかな?」
暴君は「レヴァリア」という名前なんだよね。昨夜、子竜が暴君のことをそう呼んでた。
子竜は少し考えて。
『レヴァリアのことは心配しないで。竜族は頻繁に食事をしなくても大丈夫なんだよ』
と言った。
「えっ!? そうなの? 僕の知っている竜は、いつもたらふくご飯を食べていたけど」
ニーミア、君は食いしん坊さんだったのか。
『その竜が何者かは知らないけど、僕くらいでも十日に一度の食事で、子羊一頭くらいだよ」
はい、目安がよくわかりません。
多いのか少ないのか。
でも少なくとも、子竜と暴君は数日は何も食べなくても平気らしい、ということはわかった。
それなら、僕は自分とアレスちゃんのことだけ心配すれば良いみたい。
「それじゃあ、僕たちは自分の分の食べ物を確保するね」
『気を使ってくれてありがとう』
子竜の言葉に僕は微笑みを返し、鬱蒼とした森の中へと向かった。
木の実か小動物を狩って食料にしよう。
霊樹の幼木の面倒はアレスちゃんにお願いする。
僕は慎重に気配を探りながら、森へと入っていった。
そして無事に食料を調達し、僕はそれから三日間を眠る暴君たちの下で過ごした。
四日目の朝。
僕が目覚めると、暴君は既に起きていた。
四つの鋭い瞳には生気が宿り、全身に残っていた傷も随分と自己再生を済ませていた。
『礼は言わぬ』
起き上がった僕に、暴君は言い捨てる。でも襲ってくるような気配も逃げる気配もない。
「うん、別にお礼を言ってもらうために助けたんじゃないから、いらない。だけど、僕との約束は果たしてね?」
僕も瞳に強い意志を乗せて暴君を見返した。
『ふんっ』
僕の言葉にそっぽを向く暴君。
『背中に乗れ。送ってやる』
どんな風の吹き回しなのか、暴君は僕と子竜に背中へ乗るように促す。
「えっ?」
僕はつい四日前、どんなに困難で情けない結果になっても、頑張ってミストラルの村まで行くと決めたんだ。
それなのに、暴君が送ってくれる?
予想外の展開に、僕は驚く。
でもまあ、因果応報。僕のとった行動で暴君に送ってもらう、という事になったんだと自己納得をする。
僕は霊樹の幼木を掘り起こし、木刀に変化させて暴君の背中に乗る。
鱗でごつごつとした背中は、ニーミアやアシェルさんとは違って、少し乗り心地が悪い。
だけど、送ってくれるのなら、それくらいは我慢できるよね。
暴君は、大小四枚の翼を荒々しく羽ばたかせて飛び立つと、一気に加速して山を飛び越えた。
古代種の竜族であるニーミアやアシェルさんのような、風景が線になるほどの速さではないけど、それでも驚くほど速い。
見る間に遠ざかっていく山々の景色を、僕は眺める。
空を自由に飛べるって凄いな。と思っていると、ひとつの小さな村の上空を通過した。
ん?
そして眼下に広がる森の海。
んん?
見えてきたのは、アームアード王国の王都。
ええっ!?
暴君は、さすがに王都までは飛行せずに、森の切れる手前に着地をして、僕を下ろした。
なんてこった!!
『我の背に乗れた事を誇りに思うがいい』
言って暴君は、さっさと飛んで帰っていった。
あああぁぁぁ。
僕は絶望に膝をつく。
そうか。そういうことなんですか!
僕は人族。人族なら竜峰の東の人族が暮らす国だろう、と暴君は連れて来てくれたんだね。
そういえば、僕はミストラルの村に向かっているなんて一言も言っていなかった。
暴君の勘違いと説明不足により、僕はどうやら振り出しに戻ったらしい。
「がんばれがんばれ」
アレスちゃんが現れ応援してくれた。
仕方ない、やり直しだ。
僕は強引に気合いを入れると、森を歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます