死した者たち

「小僧。我に背を向けて立つとは、余程に死にたいらしいな?」


 背後から、ひしひしと圧力を感じる。だけど、僕は間違っていない。今、僕が向き合うべき相手は背後の人物ではなくて、大切なセフィーナさんだ。


「セフィーナさん、拳を収めて。やっぱり、間違っているよ。セフィーナさんだって、拳に頼らない選択肢を得るために、愛用の手甲てこうをおじいちゃんに渡したんでしょ? それなら、相手が望んでいるからといって喧嘩に乗っちゃ駄目だよ?」

「でも、戦わないといけない場合もあるわよ? ほら、ネレイラーシャ様の時がそうだったでしょう?」

「いいや、あの時と今は状況が違うよ」


 確かに、つい数日前に僕たちはヨルテニトス王国の北部山岳地帯で戦った。でも、あれは身を守るために仕方がなかった。レヴァリアが随時反撃をしていなければ、僕たちは意味もなく殺されていただろうからね。

 だけど、今回は違う。


 僕の背後で圧力を掛け続ける、化け物のような人物。

 背中を向けていることが不安になるけど、その反面で大丈夫だと確信めいたものを感じていた。

 だって、圧力は受けても、言葉とは裏腹に強い殺気は感じないもんね?


「この人は、戦いの果てに死にたがっているだけだ。だから、自分の最期に相応ふさわしい相手を探している。魔獣であれ、僕たちであれ、向かってくるなら戦う。でも、逆に言うなら、向かわなければこの人は戦わないと思う」

「勝手な言い分だな、小僧!」


 背後から、威圧のこもった低い声が響く。だけど、僕はそれを無視して、セフィーナさんと向き合い続けた。


「殺された獣たちを、こうして集めてとむらってくれるような人だよ? なら、悪い人じゃないよ。そんな人が、なぜ死にたがっているんだろう? 僕たちがすべきことは、この人に望まれる死を与えることじゃなくて、死にたいと思う心をはらうことなんじゃないかな?」


 もしもこの場にルイセイネやマドリーヌ様がいたら、絶対に救いの手を差し伸べると思う。だとしたら、家族である僕たちも、巫女の二人の想いになららうべきだ。

 僕の言葉に、腰を低く落としていたセフィーナさんが姿勢を崩した。


「……ありがとう、エルネア君。貴方のその言葉が聞けて、嬉しいわ」

「セフィーナさん?」


 セフィーナさんが僕の意見に全く抵抗しなかったことに違和感を覚える。もしかして、セフィーナさんも心が揺れていたのかな。だけど、意志を決定付ける最後のひとしを持っていなかったんだね。それを、僕が補った。

 僕の考えを肯定こうていするかのように、セフィーナさんは言ってくれた。


「初撃の無謀むぼうさは、素直に反省するわ。でも、その初撃のお陰で、その人が抱える闇をすぐに理解できたの。だけど、私にはどうすることもできなかった。さっき言ったように、私はこれまでにも死にたがっている人を見てきたわ。そして、助けられずに見捨ててきた。だから、今回も私には死にたがっている人を見捨てるという選択肢しか持っていなかったの」


 おい、勝手に話を進めるな。という背後の声を聞き流して、セフィーナさんは続ける。


「だから、私は違う答えがほしかった。エルネア君は、そんな私に正しい道を示してくれたわ。まあ、まだ解決はしていないけど、エルネア君がそう口にしたのなら必ず達成してくれるって、私は知っているからね。だから、良かったと思うわ。やっぱり、孤高なんてものより、エルネア君たちと一緒にいた方が私は成長できるわね」

「アルギルダルの言葉がまだ喉に引っかかっていたんだね?」

「そういうことね」


 格好良く苦笑したセフィーナさんに、僕も笑い返す。

 そして、僕はようやく背後に振り返る。


「というわけなので、私たちはもう貴方とは戦わないわ。それで、どうするの?」


 闘気を鎮めたセフィーナさんが、謎の人物に問い掛ける。すると、謎の人物は苛立ったように足を踏み鳴らした。


「ええい、わっぱどもが勝手に話を進めおって! 貴様らが戦意を無くそうとも、我には関係ない。抵抗しないというのであれば、我が貴様らを廃し、この森の支配者になってくれるわ!」

「あっ、そういえば?」


 謎の人物が吐き出す迫力なんてどこ吹く風、といった感じで、僕は手を打ち鳴らす。


「なぜ貴方はこの森、というか禁領が僕たちの土地って知っているのかな? そもそも、禁領に入っているのにテルルちゃんが見逃しているって時点で、貴方は悪い人じゃないですよね?」


 しまった、と動揺したように、謎の人物の足踏みが乱れた。


「エルネア君の言う通りね。それなら、誰かの許可を貰ってこの地に入ってきた者は、私たちのお客さんということになるのかしら?」

「そうだよ。だから、お客さんと喧嘩するわけにはいかないよね?」

「それじゃあ、お客さんをおもてなししなきゃいけないわね?」

「でも、その前に。殺された獣たちをきちんと弔ってあげなきゃね」

「にゃんも手伝うにゃん」

「よし、みんなでやろう!」

「やろうやろう」


 他に死骸がないか、空から確認してくるにゃん。と小さい姿のままで飛んでいくニーミア。

 僕たちは、状況を調べるために山積みから降ろした獣の死骸を、改めて積み直す。


「……え、ええいっ! 貴様らっ!!」


 突然、謎の人物が怒号どごうを発した。

 怒りに任せ、戦鎚を地面に叩きつける。

 衝撃波が生まれ、森が揺れた。


「我を無視するとは、良い度胸だ!」


 怒気を容赦なく向けてくる、謎の人物。

 だけど、僕たちには通用しないよ?


「やっぱり、古代種の竜族であるネレイラーシャ様の本気の殺気の方が怖かったわね?」

「セフィーナさん。それを言うなら、アシェルさんが怒った時の方が怖いよ?」

「言われてみると? でも、アシェル様はエルネア君にしか怒らないじゃない?」

「男だからね!」

「無視をするなと言っているだろうがっ!!」


 僕とセフィーナさんは、そこでようやく反応を示す。


「さっきも言いましたけど、死にたがっている人と戦う気はないですからね」

「家長のエルネア君が決めたことだから、もうこの土地で貴方と戦ってくれる人は誰もいないわよ? それに、いくら私たちに圧力を掛けても通用しないわ。だって、所詮しょせんは竜族程度だもの」

「まあ、竜族と同じくらいの迫力ってだけで凄いんだけどね?」

「でも、エルネア君と一緒にいると、その辺の竜族が可愛く思えてくるわ」

「ミストラルとか、もっと凄いしね!」

「それ、後で告げ口しておくわね?」

「いやいやんっ。なんでもするから、それだけは止めてください、セフィーナ様」

「ふふふ。言質げんちはとったわよ?」

「しまった! 罠か」

「勝手に罠をいて勝手にはまったのは、エルネア君だけどね?」

「き、貴様ら……」


 ついつい話し込んじゃう僕とセフィーナさんに、とうとう謎の人物の怒気が揺らいだ。そこを見計らって、僕はお願いする。


「さあ、貴方も手伝ってください。そもそも、獣を山積みにして弔う風習を僕たちは知らないんですから、教えてもらわないとこれ以上は作業を進められないですからね?」

「くっ……」


 もう僕たちに戦う意志が微塵もないと諦めてくれたのか、謎の人物は握り締めていた戦鎚をむなしく下ろす。

 どうやら、作戦成功のようだ。

 僕とセフィーナさんの、無駄話で相手の戦意を削いでやる気を失わせる作戦。

 今回は、上手く意思疎通ができたね。


「我ら……ええい、言いにくい。わしらの習慣では、死者を燃やして灰に変え、大地へ戻す」

「埋葬せずに?」

「そうだ。儂らは硬い岩盤がんばんの山々に住む。そんな土地では穴を掘っても石や岩で埋め直すことになる。それでは死者が可哀想ではないか」

「やっぱり、貴方は善い人ですね。死者の死後まで想える人は、そう多くはありません」


 人族であれば、聖職者の人たちが想い続けてくれるけど、宗教観のない他の種族では珍しい。

 というか、この人って何族なんだろう?

 人族?

 ニーミアやオズは何も言及していなかったけど?


「あっ、オズ?」

「今まで、儂のことを忘れておっただろう!?」

「気のせいだよ?」

「嘘をつけっ」


 オズも、手伝ってくれていた。

 獣の死骸に着いた汚れを二股の尻尾で払ってくれながら、僕を睨むオズ。

 オズの隣では、アレスちゃんも甲斐甲斐しくお手伝いをしてくれていた。

 可愛いなぁ。


「もう、森に死骸はなかったにゃん」


 ニーミアが戻ってきて、僕の頭の上に着地した。


「それじゃあ、この人の風習に倣って……。ええっと、お名前は?」

「ルルドドだ」

「ありがとうございます、ルルドドさん。禁領に住む者を代表して、お礼を言わせていただきます。僕たちは……」

「知っておる。小僧がエルネアで、小娘がセフィーナ。それに小竜がニーミアで、そこのちっこい魔獣がオズ、精霊の幼女がアレスだろう」

「おお、やっぱり貴方は僕たちのことを知っていたんですね?」

「違うわい! 貴様らが散々に話しておったからだろうがっ」

「はっ、そうだった!」


 僕の間抜けな反応に、ルルドドさんは肩を落として大きくため息を吐く。


「なんだ、拍子抜ひょうしぬけだな。古代種の竜族に乗り、世界の息吹を読み取れる猛者もさが現れた。此奴こやつらなら儂の最期に相応しいやもしれんと期待したのだが……」

「そういえば、僕たちはどうしておじさんの気配を読めなかったのかな? それと、おじさんはどうして禁領や僕たちのことを知っていたの? セフィーナさんの攻撃を受け止めた技は何? なんでモモちゃんみたいに獣の皮を被っているの? その手に持っている死骸って、この辺で暴れていた魔獣で間違いないんですよね? そもそも、おじさんの種族はなんなのかな!?」

「ええい、やかましい小僧だなっ。というか、おじさんとはなんたる言い草か!」


 えっ? 違うの? と、顔を確認したというセフィーナさんを見る僕。

 身長こそ低いけど、野太い声や言葉使いから、僕はてっきり年配者だと思ったんだけど?

 すると、セフィーナさんも驚いたように目を見開いた。


「私も、毛むくじゃらの汚いおじさんだと思っていたわ」

「な、なんと口の悪い!」


 あきれを通り越して、愕然がくぜんとするルルドドおじさん。


「でも、顔を隠されているからなぁ」

「そうね。姿を隠しているのに、憶測で言われることに憤慨ふんがいするなんて、身勝手じゃないかしら?」

「おのれっ。わかった、わかった。貴様らの口車に乗ってやろう。見せてくれよう。この、うるわしき珠玉しゅぎょくうたわれた儂の容姿をな!」


 そう言うと、ルルドドおじさんは勢い良く、被っていた灰色の獣の頭部を拭い去った。


「っ!!」


 そして、僕たちは絶句する。


 おじさんだった。

 まごうことなく、毛むくじゃらのおじさんだった!


 もっさりと濃く繁った赤黒いまゆ。触っただけで痛そうな口周りのひげ剛毛ごうもうが乱れに乱れた長い毛髪。その毛むくじゃらの奥に潜む、深いりの顔。

 さらに、小柄なのに異様なほど筋肉がついた全体像からみても、やはりおじさんだった。

 いったい、どこに麗しさが……


「んにゃん。山民族さんみんぞくにゃん」

「山民族?」

さいの魔獣の毛皮で、今までわからなかったにゃん。でも、おじさんは山民族にゃん」

「ほうほう、そういう種族なんだね?」

「にゃん」


 どうやら被っていた魔獣の毛皮のせいで、ニーミアやオズが持つ種族判別の認識が阻害されていたみたいだね。

 でも、山民族とは聞いたことのない種族だね?

 ニーミアの説明によると、山民族は大人でも人族の子供より小さい身長らしい。ただし筋力は凄いらしく、山民族は子供や女性でも筋骨隆々きんこつりゅうりゅうで、大岩を軽々と持ち上げられるという。

 ルルドドおじさんのたくましい肉体の盛りあがりを見て、僕とセフィーナさんはニーミアの説明に納得する。


「動きは遅いけど、力は竜族並みにあると言われているにゃん」

「凄いね!」

「ええい、はたで色々と言われるのは小っ恥ずかしいわ! ほれ、死骸は集めたのだ。そろそろ火を着けるぞ」

「それで、どうやって火を?」


 いや、普通に考えれば、火起こしをして、という手順だけどさ?

 でも、山積みになった獣の死骸に火を着けるのは至難の技だ。なにせ、血も肉も乾いていないから、余程の火力じゃないと死骸の山の全部には燃え広がってくれない。

 ルルドドおじさんも少し困った様子を見せたけど、それでも手を止めることはなかった。


「地道に燃やすしかなかろうよ」

「やっぱり、そうなるんですね。それじゃあ、僕に任せていただけませんか?」

「呪術でも使う気か。だが、呪術で火は起こせんだろう?」

「そこは、ほら?」

「よんだよんだ?」


 一緒に手伝ってくれていた、というかオズの邪魔をして遊んでいたアレスちゃんが駆け寄ってきた。


「ほほう。さては、この精霊の正体は火の精霊か」

「いえ、違います。でも、アレスちゃんならできるよね?」

「おまかせおまかせ」


 と言って、火の精霊を呼びだすアレスちゃん。そして、お願いする。


「じょうかのほのお。もやしてもやして?」

『お任せあれー』

『任せてっ』


 ぼうっ、と森の奥に火の玉が幾つも浮かび上がる。

 真っ赤な火の玉はゆっくりと死骸の山に降りて、獣たちの亡骸なきがらを静かに燃やし始めた。


「精霊の炎なら森に燃え移る心配はないし、けがれも浄化できますからね」

「人族でありながら、精霊術を使う小僧か」

「いいえ、僕は精霊を使役したわけじゃないですよ? ただ、アレスちゃんにお願いしただけです」


 そして、霊樹の精霊であるアレスちゃんが、下位の炎の精霊さんたちにお願いをして、火を着けたんだ。


「ふうむ。話に聞いていた通り、面白い小僧と仲間達だな」

「それって、誰に聞いたのかな!?」


 弔いの炎の前で、僕たちはルルドドおじさんが溢した言葉に首を傾げた。

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