覚悟を決めて

「それでは、今回の旅の設定を改めてお知らせします!」


 スラットンをなだめながら、僕は考え直した設定をみんなに伝える。


「まずは自己紹介もねて。僕はエルエル! そしてこちらがマイン様とアンナ様で、こちらはリード様」


 最初に流れ星さまとリード様を紹介する。スラットンの「エルエルってなんだよ!」という突っ込みを聞き流して、今度はリステアとスラットンを紹介した。


「彼こそが、人族が誇る太陽の勇者リステアです。リステアだから、偽名はリースだね! それとこの粗暴者がスラットン。残念ながら彼がリースの相棒なんだよね。スラットンの偽名は、影に潜んでいるドゥラネルと合わせてスラネルです! ……ぐえっ」


 スラットンに首を絞められた。

 リステアはあきれたようにため息を吐く。


「し、仕方がないんだよ。だって魔族の国では正体を隠さないといけないから、本名で呼び合うことはできないでしょ?」


 一生懸命に僕が考えたんだよ! と胸を張ったら、リステアが「だろうな」と何故かいろいろなものを諦めたように頷いた。

 せぬ。


「と、ともかく。僕とリースとスラネルは同じ隠れ村の幼馴染みで、マイン様とアンナ様は星の導きで僕たちの村を偶然に発見して訪れたんだ」


 マイン様とアンナ様が流れ星の巫女という事実を隠す必要はないよね。だって、二人の名前や活躍が魔族の国に伝わっていたとしても、そこから僕たちの正体には結びつかないからね。


「それで、閉鎖的な隠れ村から出て世界を見てみたいと思っていた僕たちは、流れ星さまと一緒に村を出たんだ」


 そこまでは、じつは最初から練り上げていた設定で、事前にリステアたちにも伝えてあった。

 だけど、現実はそう思い通りにはいかなくて、三人だったはずの流れ星さまは二人に減って、代わりにリード様が加わったんだよね。

 そこで、僕は新たな設定を追加した。


「リード様は、僕たちの隠れ村の近くに暮らす耳長族の戦士で、無謀に村を出た僕たちを心配してついてきてくれた人です」


 リステアとスラットンはちゃんと気づいているはずだ。リード様がただならぬ者だということを。


「僕たちは流れ星さまが約束の地を見つける旅に同行して、世界を知ろうとしている。まず手始めに、自分たちが隠れて住まなきゃいけない原因である魔族の国を見て回ろうとしているんだ」


 隠れ村の場所は、巨人の魔王の国の辺境に在ることにしている。そうしておけば、狂淵魔王の国の魔族たちに設定を深く探られても、違う国のこととして上手くかわせるはずだからね。

 その僕たちは、竜峰に浅く入って国境を越えて南下してきた。だから、ここは竜峰の麓なのです。


「以上が僕たちの共有の設定だからね? スラネル、ちゃんと覚えた?」

「覚えた? じゃねえよ! だから俺はその耳長族が誰かって聞いてるんだっ」

「ぐええ、首を絞めないで。リース、助けてっ」

「スラリン、落ち着け」

「スラリンじゃねぇよっ、俺はスラネルだ!」

「スラネルが素直に設定を受け入れた!?」

「うるせえっ」


 僕とリステアとスラットンが騒ぐ様子を、年長者のマイン様とアンナ様が優しく見守る。

 そしてリード様も、微笑みながら僕たちの様子を見ていた。


「く、苦しい……。でも、僕はえて言おう。リード様が何者か勘付けないようじゃあ、スラネルもまだまだだね」

「なんだと!?」


 僕の言葉をいぶかしんで、リード様をまじまじと見つめるスラットン。

 リステアも、失礼がない程度にリード様を見ていた。


「リースは何となく気づいているんじゃない? じつは二人とも、過去にリード様を目にしたことがあると思うんだよね」


 僕の結婚の儀の際に、剣聖ファルナ様の傍らに控えていた姿を、もしかしたら見ているかもしれないよね。

 そしてリステアは、確かに記憶の片隅に引っ掛かっているみたいだ。

 だけど残念なことに、スラットン薄い記憶力には反応がなかったみたい。


「まあ、確実に言えることは、このなかで最も強いのはリード様ってことだよ」


 お前よりもか? とリステアに聞かれて、僕は「手も足もでないよ」と頷いた。


「ただし、リード様が強いからといって僕たちは安易に頼ってはいけません。リード様には、主に流れ星さまに危険が迫らないように見守ってもらいたいです」

「あら、あらあらあら? 本当にそれで良いのでしょうか?」


 リード様はそう言うけど、僕は気づいていますよ。

 さっきから、リード様はこちらになるべく干渉しないように、一歩身を引いて様子を伺っていたよね。

 リード様は、僕とアリスさんの約束を守るために、わざわざ禁領まで来てくれた。そして、僕だけでなく妻たちや流れ星の巫女さまの修行を見てくれている。

 だけど、狂淵魔王の国での活動は完全に僕たちの個人的な事情だから、深入りを避けているんだと思う。

 だって、リード様が関わったら、間接的にファルナ様にも影響が及ぶかもしれないからね。


 ファルナ様の四護星しごせいであるリード様がご主人様に迷惑を掛けるわけには行かないよね。

 ということで、リード様は僕たちの最後の切り札として、最悪の場面になった時には流れ星さまの身の安全をお願いしたい。


「流れ星様の安全をお願いする、というお前の考えはわかる。だが、そこに俺たちが含まれていないということは……つまり?」

「リースはさすがだね。そうだよ、僕とリースとスラネルは、どんな状況になっても自力で抜けきるんだ」


 今まで僕に襲い掛かっていたスラットンの気配が、一瞬で変化した。

 真面目なものに。


「良いぜ。最初からそのつもりだ。最後は誰かが助けてくれるなんて生易しい任務だなんて考えちゃいねえよ。お前だって、俺たちなら絶対に無事生還できると信頼して誘ってくれたんだよな?」


 にやり、とスラットンらしい不適な笑みを僕に向ける。

 僕は、力強く頷き返した。


「リースとスラネルと僕なら、どんな状況になっても絶対に切り抜けられるよ!」

「お前の信頼に全力で応えよう」

「俺様の成長をお前に見せつけてやるよ!」

「それでこそ、僕の大親友のリースとスラネルだよ!」


 男三人で、出発前の気合を入れる。

 それをマイン様とアンナ様が「素敵な友情ですね」「こっちにもこういう元気な人族はいるんだね」と見守ってくれていた。

 そしてリード様は「エルエルが衰弱したら修業を見る一環として介助しますね?」と僕の痛いところを天然で突く。


「と、とにかく! まずはこの森を抜けて、狂淵魔王の国を見てみよう」


 衰弱したらってどういう意味だ? というスラットンの疑問を無視して、僕が先頭に立って移動を始めた。






 冬景色、とはいっても禁領ともアームアード王国とも違う、生命の息吹が弱まった何とも淋しい森を進みながら、僕たちは親睦しんぼくを深める。

 マイン様とアンナ様は、リステアやスラットン、時には僕にアームアード王国のことや竜峰以東に広がる多様な種族のことを熱心に聞く。

 リステアとスラットンは、主に僕たちの禁領での暮らしを興味深く質問していた。


 ただし、暗黙の了解と誰かが決めたわけでもなく、流れ星さまたちの素性やリード様への深い質問は避けられていた。

 そこは様々さまざまな場数を乗り越えてきたリステアとスラットンだからね。空気を読むのが上手い。

 逆に、空気を読まずに天然を遺憾なく発揮したのはリード様です。


 リード様は、リステアとスラットンに容赦なく夫婦の質問をしたり、精霊たちと突然おしゃべりを始めたりと、やりたい放題です。

 でも、そのリード様のおかげで、僕たちはいち早く森の先で起きている騒動を知った。


「あら、あらあらあら、そうなのですね?」


 風の精霊さんが寒風に乗って流れてきた。そして便たよりをリード様に伝える。


「森を抜けた先で、魔族同士が大規模に争っているそうですよ。どういたしましょう?」


 リード様の言葉に、僕たちは全員で顔を見合わせた。


「魔族同士の争い……そうだねぇ」


 普通に考えれば、自分から騒動に飛び込みたくはないよね。

 だけど、僕たちの旅の目的を考えると?


「狂淵魔王の国で何が起きているのか、それを知るためには、この国で起きていることから逃げてばかりじゃいけないよね?」


 僕の考えに、リステアが頷く。


「騒動への深入りは御免だが、どういう争いなのかくらいは把握していた方が良いだろうな」


 それじゃあ、と今後の行動が決まったところで、僕はみんなを見渡す。


「最初に言っておくね。僕たちがこの国を訪れた理由は、誰かを救うためでも、狂淵魔王と敵対するためでもない。僕たちはほんの僅かな間だけこの国を旅して、様々なことを見聞するだけなんだ。だから、この国の未来を安易には背負えない」


 この国で何が起きているのか。それを探る旅ということを忘れてはいけない。


「だから僕たちは、場合によっては何かを見捨てたり、非情にならなきゃいけないような場面に遭遇するかもしれない。でも、この国の未来はこの国の人たちでつむぐ必要があって、部外者の僕たちが深く干渉してはいけない問題があるんだと、自覚していてね?」


 どういう意味だよ? とスラットンが質問する。

 でも、スラットンだって僕が何を言いたいのかくらいは勘付いている。それでも敢えて突っ込んできたのは、僕に明言化してほしいかじゃないかな?


 リステアとスラットンは、人族が誇る大勇者とその相棒だ。アームアード王国やヨルテニトス王国では知らない者なんていない程の活躍をしてきた。

 だけど、ここは魔族が支配する魔族国だ。

 リステアやスラットンがこれまでつちかってきた人族の常識は通用しない。

 そして僕は、二人よりもずっと魔族の国に関わってきて、いろいろと知っている。

 触れてもいい文化。触れてはいけない問題。それらをわきまえずに気安く関わってしまったら、取り返しのつかない騒動にどっぷりとまってしまうかもしれない。

 だから僕たち部外者は、絶対に超えてはいけない線引きをしなきゃいけないんだ。


「魔族は、他の種族を奴隷にしているよね。でも、奴隷たちの未来を全部背負う覚悟がないのなら、絶対に触れちゃいけない。どれだけ心苦しくても、責任のとれない行動だけは控えて」


 僕の言葉に、マイン様とアンナ様は険しい表情になる。

 だけど、反論はなかった。


 過去に、マドリーヌがイシス様をき伏せる時に言っていた。

 救いを求める者がいるのなら、先ずはその地の巫女や神官が必死になって救うべきだと。

 それに、流れ星さまや僕たちはあくまでも部外者であり、この地の者たちの未来を担う責任を持てない。だから、無責任なことをするくらいなら、絶対に関わってはいけない。

 マイン様とアンナ様も、僕と同じ考えを共有してくれているみたいだね。


「さあ、事前の覚悟ができたのなら行こう!」


 言って僕は走り出す。

 リステアが遅れずに駆け出し、スラットンが続く。

 マイン様とアンナ様の出だしが一瞬だけ遅れたけど、次の瞬間には先行した僕たちをあっという間に追い抜いてしまう。

 移動法術「星渡り」だね!


「失礼ながら、先に向かいます」

「先行偵察は昔から得意だからね!」


 そう言葉を残して、マイン様とアンナ様は冬枯れた森の先に行ってしまった。


「あらあらあら、それではお先に失礼しますね。早く来ていただかないと精霊たちが不満になりますからね?」

「あっ、リード様! ちゃんと精霊さんたちも連れて行って!」


 そして、空間跳躍によって僕たちの側から一瞬で姿を消すリード様。

 耳長族なので、そこに驚きも不満もない。


 ただし!


 さっきまで僕たちを見守りながらたわむれていた精霊さんたちを、置いて行っちゃった!


 つまり……


『遅れたら承知しないぞー』

『私も早く騒動が見てみたいわ』

『置き去りのつぐないはお前たちに払ってもらうぞぅ』

「きゃーっ! リース、スラネル、騒動現場に急行しないと、僕たちの方が騒動の中心になっちゃうよ!」

「ど、どういうことだ!?」

「意味がわかんねぇよ!!」


 僕は、リステアとスラットンのお尻を叩いて、全力で冬の森を駆けた。

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