第866話 太陰の魔力

「魔力が……魔力が回復した!」

「太陰よ。何があったのじゃ。今、外で戦っている、太陰の魔力を持つ者は何なのじゃ」

「ま、待って! もう少し……この濃厚な魔力を! もう少しで、何か……」

「気持ちはわかるが、説明が先なのじゃ! 今も我らの仲間が太陰の魔力を持つ者と戦っておるのじゃ!」


 少女が起き上がり、話が出来るまで回復したのだが、アレを離さずに飲み続ける。

 流石にミオに止められ、手を離してくれたのだが……未だに治まる気配がないのはどうすれば良いのだろうか。


「ミオ……私の魔力が外で暴れているのね?」

「うむ、その通りなのじゃ。このままでは街が破壊されてしまうし、我らの仲間も無事ではすまぬのじゃ」

「では、先に私の魔力を止めましょう」


 そう言って、少女が壁に向かって走り出し……思いっきり壁にぶつかり、床に倒れ込む。


「大丈夫か? ≪ミドル・ヒール≫」

「ありがとう。普通の壁を消せないなんて……やっぱり魔力が足りていないみたいだから、貴方の魔力をちょうだいっ!」

「太陰よ。アレックスのであれば、諸々終わった後で浴びる程飲めるというか、実際に浴びる事になるのじゃ」


 ミオのおかげで、アレに手を伸ばしてきた太陰が起き上がると、


「今の私は自身の魔力がいる方角しか分からず、この建物を通り抜ける力も無いようです。すみませんが、私の暴走する魔力の許へ案内してください」


 頭を下げて来たので、ついて来るように言って走る事に。

 来た時と同様に、マリーナが俺におぶさり、デイジー王女を抱きかかえ、来た道を戻って行く。


「レックス様。あの少女が飲んでいたお薬を、私も飲んでみたいのですが……」

「ど、どうしてですかっ!?」

「いえ、とても美味しそうに飲まれていたのと、初めて嗅ぐ香りなのですが、芳醇で味わい深い香りでした。香りが強いものは、味が濃いと思いますし」


 ……マズい。非常にマズい。

 ただでさえ、既にダメな事だらけなので、何とかして止めなければ。


「あ、あれはデイジー王女が自ら仰った通り、薬なのです。健康な者が飲むものではありません」

「ですが、あの少女も走れる程に健康そうですが、先程も飲もうとされておりました。やはり美味だからなのではないでしょうか?」

「か、身体は元気なのですが、実はあの少女は魔力を消耗しているのです。あの薬は、魔力を回復する薬ですので」

「……つまり、私が魔力を消耗すれば飲んでも良いという事ですね? 畏まりました」


 あれ? 何か変な方向に話が進んでしまった気がする。

 改めて訂正しようと思ったのだが、地下から地上へ上がり、来た時と違って、かなり開けていた……というか、建物が半壊していた。


「太陰よ! 向こうなのじゃ! 姿は見えぬが、お主の魔力が我らの仲間である黒竜と戦ってあるのじゃ」

「わかった! 戻ってきて! 見ての通り、私は解放された! 一つになるのよ!」


 ミオに言われた太陰が、大きな声で叫ぶ。

 ……が、何かかが変化した様子はない。

 魔力が見えないのは非常に不便だと困っていると、太陰が……またアレに手を伸ばす。


「太陰よ。何度も言うが……」

「違うの! 単純に魔力が足りないの! 私から分断された魔力を、私の中に戻すには、分断された魔力よりも大きな魔力が必要なの!」

「そういう事なら……レックス様。今こそ、分身スキルを使用する時です! オティーリエの為、この街の為、そして太陰さんの為に、上と下の両方から魔力を摂取する必要があります!」


 ミオとフョークラの言葉を聞き、太陰とマリーナが目を輝かせ、デイジー王女がキョトンと……いや、本当にそれしか方法がないのか!?


「他に方法は……」

「私の魔力が、向こうの私の魔力を上回るのが一番手っ取り早いと思うのですが、あの聖なる槍に集まっていた気の力を、直接の向こうの私にぶつけるという方法も有効かと思います」

「そっちの方が良い気がするんだが」

「承知しました。気の力を確実に体内へ注ぎ込んでください!」


 いや、今オティーリエと戦っている最中なんだよな?

 しかも俺には姿が見えない相手にアレを?

 太陰は嘘を言っているようにも見えないし、


「……分身で対応に変更させてくれ」

「流石はレックス様です! 良い判断です!」


 フョークラが喜んでいるが、デイジー王女はどうする気なんだよ。

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