第818話 漁村

「では、行ってくる」

「一週間待って戻らなければ、この船は帰還しますので、御了承ください。あと、近くの国ではありますが、正直仲は良くありません。お気をつけて」

「わかった。一応言っておくと、戻る手段はあるので、その時は気にせず戻ってくれ」


 ドワーフの兵士と話して、人攫いがいる国へ。

 勿論、この国の全員が人攫いという訳ではないので、まずは情報収集なのだが、一応話に出てきたターナの街のメリナ商会というのを探してみようと思う。


「アレックス様。馬車を出されますか?」

「そうだな……いや、近くに村が見えるし、先ずはそこへ行ってみよう」

「アレックス。抱っこ抱っこー!」


 グレイスから馬車を出すかと聞かれ、すぐそこだからと断ったが……馬車を出した方が良かったか?

 マリーナが抱きついてきて、それを見たモニーも抱きついてきた。

 二人を抱きかかえたまま村へ着いたのだが……漁村のようで、船が沢山ある。

 小さな平家が沢山並んでいる村だが、それなりに広さはあり、住んでいる人も多そうだ。

 とりあえず、網を洗っている男性がいたので話を聞いてみる。


「すまない。ターナの街という所へ行きたいのだが、どっちに行けば良いだろうか」

「ターナ? 聞いた事がない名前だな」

「そうか……メリナ商会というのは?」

「それも知らないな」

「わかった。ありがとう」


 それから、五人の男性に聞いて回ったが、誰もターナの街の事は知らなかった。


「ふむ。あの人攫いの女性が嘘を言ったのかもしれぬのじゃ」

「だが嘘を吐いている感じはしなかったんだがな」

「あの女性はアレックス様のアレ攻めにあっていたハズ。あの天国にいる状況で嘘を吐くとは考え難いです」


 ミオとフョークラの意見を聞きながら、どうしようかと考えていると、モニカが口を開く。


「アレックス殿。この村は何かおかしい。船の豪華さと家が合っていない気がする」


 モニカに言われて海側を見てみると、立派な船が並んでおり、確かに家よりも船にお金が掛かっていそうだ。


「ふむ。漁村のようだし、我としては特に違和感はないのじゃ」

「まぁ魚を獲るのに船は必須だろうから、ミオの言う通りな気もするな。とはいえ、モニカの言う通り、随分と船が大きい気もするが」

「船が大きいって事は、遠くの海まで行くのではないでしょうか? 小さな船だと、大きな海は渡れないでしょうし……普通は」


 まぁグレイスの言う通り、遠くの海へ行くには、普通は大きな船が必要なのだろうが、あの船だとどれくらいまで行けるものなのだろうか。

 俺たちはレヴィアのおかげで、もっと小さな船で大陸を行き来しているから、普通がわからないんだよな。

 ターナの街ではなく、この船について村の人に聞いてみようかと思ったところで、


「えっと、アンタたちかね? ターナの街へ行きたいというのは」


 高齢の男性がやって来た。


「そうだが……何か?」

「いや、ターナの街ではないのだが、街へ行く用事があるから、一緒に乗せてやろうかと思ってな」

「それは助かる。是非とも宜しく頼みます」


 ご老人が馬車で街へ行くというので、好意に甘えさせてもらう事に。

 年齢に反して、結構スタスタと歩いて行くので、流石は漁村の男と言ったところか。

 足腰がしっかりしているようだ。


「これがワシの馬車なんだが……少し狭いが乗れるじゃろ。遠慮せずに乗ってくれ」

「ど、どうも」


 うーん。この人数が……まぁ確かに頑張れば乗れるかもしれない。

 二人掛けの席が二つだけの馬車に、俺とフョークラが座り、対面にグレイスとモニカが座ると、まずはその間にノーラが。

 続いて俺とフョークラの間にミオが。

 最後にモニーが俺の膝の上に座り、マリーナが背中から抱きついて……まぁ乗れたと言えば乗れたか。


「ふむ。では出発するぞ。しっかりつかまっておれ」


 そう言って、御者席に座る老人が手綱を操り、馬車が動き出した。

 ……動き出したのだが、遅い。

 よく見ると、馬が一頭しかいないのに、これだけ乗っていて……馬が可哀想では?


「あの……」

「しかし、お前も最後に大勢の人を乗せれて良かったな。お前は本当に沢山の人を乗せて歩くのが好きだったからな」


 流石に遅過ぎると思ったので、降りて歩くか、グレイスに馬車を出してもらおうと思ったのだが……ご老人が馬に話し掛けている言葉が聞こえ、何も言えなくなってしまった。


「アレックスよ。たまにはのんびり行くのじゃ」

「そうです。あ、父上。揺れた拍子に落ちないように、しっかり抱きしめてください」

「アレックスー。まだ分身しないのー?」


 しかしミオとモニーはともかく、マリーナは……とりあえず、触手を変な所に伸ばさないでくれよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る