第560話 困った時の奥の手、結衣

 くっ! これは……マズい。

 ラヴィニアの父親が、数十年ぶりに再会した娘の夫だと言って皆に紹介し、一番奥の席にラヴィニアと並んで座らされる。

 要はもの凄く目立つ場所に居て、しかも主賓という扱いだ。

 人魚族たち全員から注目されているというのに、アマゾネスの村に居る分身たちと感覚を共有しているから、今にもアレが出てしまう!


「えー、娘のアマンダは、幼い頃からとても活発で、何にでも好奇心を抱く子でした。その為、行動範囲も子供にしてはとても広く……」


 ラヴィニアの父親が、俺たちから少し離れた皆の前で、延々と思い出話を語っている間に、人魚族の女性たちがテーブルに料理を運んでくる。

 これは……父親の話を最後まで聞いておくべきなのだろう。

 隣に居るラヴィニアどころか、各テーブルに座っている誰もが、料理に手をつけずに話を聞いているし、人魚族のマナーというか風習のようなものだとみた。

 しかし、一つ困った事がある。

 人魚族の村だけあって、この場所は膝下くらいまで水に浸かっているので、このまま我慢出来ずにアレを出してしまうと、何処かへ流れ、俺が変な物を出した事がバレてしまう。

 救いなのは、そこにギリギリ水に浸かるかどうかという高さの椅子があって、これに合わせた高さのテーブルがあり、水面ギリギリのテーブルクロスで俺の下半身が隠れている事だろうか。


「それから、こちらのアレックス君に至っては、我々両親が与えられなかった愛をアマンダに与えてくれて……うぅ、本当に。本当に、ありがとう、アレックス君!」


 ラヴィニアの父親が未だに話を続けているが……あぁぁ、もう無理だっ!

 いっその事分身を解除して……いや、それだとレヴィアがここへ乗り込んできそうだ。

 それでは、ラヴィニアの両親が望む思い出話も出来なくなるだろうし、何より他の人魚族に迷惑を掛けかねない。

 だが、この感覚は……チェルシーか? そんなに激し……くぅっ!

 分身たちがチェルシーやレヴィアたちに激しく攻められ、ついに限界を超えたのだが、


「……ふぅ。ご主人様、ご安心を。あとは結衣にお任せください……」


 俺の影から現れた結衣が、小声で話し掛けてきて、テーブルの下に隠れる。

 すまない、結衣。こういう状況になると、いつも助けてもらっているな。


「……という訳で、若い二人の前途と繁栄を願って、乾杯っ!」


 え? 乾杯!?

 物凄く長い話だったが、どうやら乾杯の挨拶だったらしい。

 立ち上がると、アレが引っかかってテーブルをひっくり返しかねないのと、人魚族も立ち上がったりしないので、座ったままで目の前のグラスを口にする。

 グラスに注がれていたのは、仄かに果実の味がする水で、とても飲み易かった。

 海のすぐ傍なのに……水魔法で真水を出したりするのだろうか。


「……ご主人様。結衣も乾杯に合わせて、濃いのをいただきました。ありがとうございます」


 いや、何の報告だよ。

 結衣には助けてもらってはいるが……っと、何だ? 人魚族が四人程近付いて来たぞ?

 何だろうかと思ったら、手にしていた何かのビンの中身を、ラヴィニアのグラスに注ぎ始めた。


「いやー、あのアマンダちゃんが、こんなに綺麗で大きく……やっぱり好きな人が出来ると綺麗になるんだねー」

「いやいや、俺はアマンダちゃんは将来美人になるって、わかっていたぜ。何はともあれ、おめでとう!」

「ありがとうございます」


 ラヴィニアが深々とお辞儀をしているので、俺もそれを真似て頭を下げ……あ、俺のグラスにもその液体を注ぐのか。


「アレックスさん。俺たちはアマンダちゃんの幼馴染なんだ。どうか、よろしくお願いいたします」


 そう言って、人魚族たちは元のテーブルへ。

 この注がれたのは何だと思いながら少し飲んでみて……うん。これも果実の味がついた水だった。

 暫く、各テーブルの人魚族たちが俺とラヴィニアのところへやってきて、水を注いでいく。

 なるほど。これが人魚族の風習なんだな。

 そんな事を考えていると、


「うぅ……あなた。私、酔っちゃったみたいなの。そろそろ、お部屋へ連れていって」


 何故か顔を真っ赤に染めたラヴィニアがもたれかかって来た。


「≪リフレッシュ≫……え? 状態回復魔法が効かない? どうして、水でそんなに酔うんだ?」

「ふぇ? あなた、皆が注いでくれたり、各自が飲んで居るのはお酒よ? どうして平然と……」


 周囲を見渡すと、ラヴィニアだけでなく、父親や各テーブルの人魚族が皆顔を真っ赤にしている。

 俺は状態異常耐性があるからか、全く酔っていないから、今ならラヴィニアを抱きかかえ、結衣にアレをお願いしたまま会場を出ても、皆わからないのではないだろうか。

 という訳で、小声で結衣に説明すると、そそくさと会場を後にした。

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